辿り着いた先は別の国?
魔物に襲撃された馬車から使えそうな物を回収し、再び森の中を移動しようと街道の端まで来た時に、黒い腕輪を見つけました。
それは、おそらく持ち主のものであろう血に汚れていたけど、『魔眼の水晶』による判定の後で、みんなが着けてもらっていたのと同じものに見えます。
『隷属の腕輪ですな、馬車には奴隷も乗せられていたのでしょうな』
「えっ、今なんて言ったの? ラインハルト」
『あぁ、ケント様は、隷属の腕輪を御存知じゃありませんか』
「いや、この腕輪と同じような物は見た事があるけど、この腕輪は何のための物なの?」
『ケント様、これは奴隷を縛り、逆らえないようにする魔道具ですが……』
「嘘でしょ、あの性悪王女め、やってくれるじゃねぇかよ!」
ラインハルト達に、一緒に召喚されて来た同級生達が、全員この腕輪を着けさせられた事を話しました。
当然ながら、ラインハルト達の表情が曇り、その表情の変化を僕は、当然のように読み取れてしまいました。
うん、きっと皆が表情豊かなスケルトンなんだよ、そうだよね。
『ケント様、どうやら、皆さん騙されているようですな』
「だよね、そうとしか考えられない……って、あれ?」
『どうなさいました? ケント様』
「あのさ、召喚された人を元の世界に戻す魔法って、ちゃんとあるんだよね?」
『さぁ、どうでしょう、勇者召喚は王家の秘事とされていますので、ワシらでは分かりかねます』
ラインハルトだけでなく、バステンやフレッドも首を傾げている。
何だか、とても拙い状況な気がしてきました。
これだけ騙されているって事は、元の世界に戻る方法も、本当は無いような気がしてきます。
「これまでに召喚された勇者は、どうしたのかな? 元の世界に戻ったの?」
『そうですな、勇者召喚はお伽話の中でしか知りませんが、殆どの物語は、王家の美女と結ばれて末永く幸せに暮らした、という話ばかりですな』
「それは帰れなかったのかな、それとも帰らなかったのかな?」
『さぁ、それもワシらには分かりかねます』
「そっか、でも、疑って掛った方が良さそうな気がするよね」
『そうですな、話を聞いた限りでは、そのカミラとかいう王女からは剥き出しの野心を感じます』
「これは、ますます軍には戻らない方が良さそうだね」
『はい、戻ってしまったら、ろくな事にはならないでしょう、幸い、当分の間暮らすだけのお金はあります、暫く外から様子を見た方が良いでしょう』
「そうだね、出来れば機会を窺って、みんなを助ける方法も考えないと駄目だろうな……てか、そんな事出来るのか?」
ラインハルト達に護衛してもらって森を踏破すれば、そこには好待遇が待っていると思っていたけど、召喚したみんなを奴隷にしているとなれば話は別だよね。
一転して先行きに不安を感じてしまいました。
それを感じとったのでしょうか、バステンが口を開きました。
『ケント様、今の状況では不安になるなと言っても難しいと思いますが、あまり後ろ向きな思考に陥らない方がよろしいかと思います』
「だけど、バステン、今こうしている間も友達が、奴隷として捕らえられているんだよ」
『はい、その通りですが、その第三王女は、何らかの目的があって、皆さんを召喚したのですし、その目的が達成されていないうちは、危害を加えられる心配は少ないと思われます』
「そうか、わざわざ呼び出した物を処分してしまっては……あれ? でも、僕、処分されちゃってるよね?」
『はい、当時のケント様は、その、言い辛いですが、ハズレだと思われていたからです』
「なるほど、有用と思われている皆なら心配はいらないか、役に立たないハズレの僕とは違って……って、何でだろう、目から汗が……」
『ケント様、当時はともかく、今のケント様の隣に並ぶような魔術士など、王国中を捜しても見つかりませんよ、それに……』
「それに?」
『その隷属の腕輪は、闇属性魔法の術式を使って作られているものです、ケント様であれば、外す事も可能だと思います』
バステンの言葉を聞いて、僕は手に持った腕輪に意識を集中しました。
腕輪には特殊な術式が組み込まれていて、通常それを解除するための術式が必要なようです。
その他に、特定の者、たぶん腕輪を嵌める者の魔力パターンが登録される構造となっていて、その人物に逆らって行動しようとすると、体の動き、魔力の動きが阻害される仕組みのようだと自然に理解出来てしまいました。
材質は、魔物の血を粘土に練りこんで、術式を刻んで焼き固めた物のようです。
腕輪をロックしている術式に、割り込みを掛けると、パカっと二つのパーツに分かれました。
『なっ、そんな……』
「ん? どうしたの、バステンが外せるって教えてくれたんじゃない……」
『外せるとは言いましたが、不正な手順で外す場合は、何時間も掛かるはずです』
「えっ、そうなの? でも、術式に割り込みかけるイメージしたら外れたよ」
『手順としてはそうなのでしょうが、こんなに簡単に外すとは……』
どうやら、また常識外れな魔法を使ってしまったようで、ラインハルト達が目を丸くしていました。
目を丸くするスケルトン、これまたシュールで良いですね。
「ねぇ、この腕輪を性悪王女に嵌めたら、僕の奴隷に出来るのかな?」
『おそらく、無理だと思います。 隷属の腕輪の製造や解除は、王家の認可した者が管理していて、王族は奴隷にならないように解除の術式を知らされていると聞きます』
「ちぇ、それじゃ持ってても意味ないか……」
それにしても、チートな魔法を手に入れたから、大手を振って戻れば良いと簡単に考えていたけど、召喚した者を全員奴隷扱いしちゃう奴等と分かった以上は、戻れば利用されるだけですよね。
幸い闇属性の魔法が使えるから、僕自身が奴隷にされる可能性は殆ど無いだろうけど、君子危うきに近寄らず、リスクは避けた方が良いに決まってるよね。
そこで僕らは、城砦都市ヴォルザードには、召喚された者ではなく、旅人として潜入する事にしました。
ただし、森を一人で抜けて来たとなると、絶対に怪しまれるので、折角手に入れた綺麗な服だけど、ボロボロに汚して命からがら逃げて来たという風体にしました。
そして、自分は西の国から来た商隊に所属していた治癒士の見習いという事にして、身分証などは、全て魔物に襲われた時に無くしてしまった事にします。
「でも、さすがに無一文だと拙いよね」
『そうですなぁ、ケント様ならば、治癒士として直ぐに稼げるでしょうから、心配は要りませんが、一応いくらかの金は持っておいた方が良いですな』
「まぁ、必要だったら影空間から出せば良いんだけどね……」
怪しまれるような物も、全部影空間に収納してしまったし、何か必要になったら、ラインハルト達に調達してきてもらえば良いだけです。
森を進む間に、片っ端から魔物を倒し、ひたすら三人の強化を続けてきたお陰で、もはや三人もチートすぎるスケルトンになっていますよ。
僕が召喚するまでもなく、三人とも自由に影空間を移動出来るようになっちゃってます。
なので、基本的にラインハルトが僕の護衛として付き、バステン、フレッドの二人は自由に情報収集に動いてもらう事にしましたよ。
「よし、それじゃあ、そろそろ行きますか……」
『はい、ケント様』
森の木々の隙間から、既にヴォルザードの城砦の一部が見え始めています。
城砦都市ヴォルザードに入るには、城砦に設けられた門を潜るしかありません。
もっとも僕らの場合は、影移動を使えば入り込めちゃうんだけど、都市に入る許可を持たずにうろつくのは、何かあった時に面倒になるので、最初は正式な手筈に則って中に入る事にした訳です。
周囲の安全を三人に確保してもらい、森を抜け出して、ヨロヨロとした足取りを装いながら、ヴォルザードの門を目指しました。
すぐに城砦の上にある見張り台から発見されたらしく、門の上の砦部分で人が動くのが見えます。
途中で足がもつれて転ぶ芝居を加えつつ、門へと近付いて行きました。
何てったって、チートなスケルトンが三体も影の中で守りに付いているので、魔物に襲われる心配なんて全く無いし、芝居する余裕もあるんですよね。
「おい! お前、大丈夫か、早くこっちへ来い……あぁ、誰か、手を貸してやれ!」
大きな門の横にある、頑丈そうな扉が開いて、屈強な兵士が飛び出して来ました。
よろめきながら手を伸ばし、もう一度足をもつれさせて転んで見せます。
重たい足音が駆け寄ってきて、起き上がろうとした僕は、引っこ抜かれるようにして担がれました。
うほぉ、担がれている位置が、やたらと高い気がするんですけど。
「良く頑張った、もう大丈夫だ、撤収するぞ!」
「み、水を……み……」
「もう少しの我慢だ、すぐに町に入れる、町に行けば浴びるほど飲ませてやるぞ」
僕は頭を森の方に向けて、兵士の肩に担がれているので、街が近付く様子は見えなかったけど、厚い城壁を抜けて、街へと入りました。
はい、とりあえず潜入に成功しましたよ。
「誰か、水を持って来てくれ、大丈夫か、しっかりしろ」
「は、はい……み、水を……」
「おう、ちょっと待て、さぁ、水だ」
「あぁぁ……」
僕は差し出されたカップの水を、貪るようにして飲みました。
そして、その場に平伏して、そしてひたすらに礼を言いました。
「ありがとうございました、ありがとう……ありがとう……あり……」
「おい、大丈夫か?」
「は、はい……でも、みんな……みんな、やられて……」
「そうか、もう大丈夫だ、ここには魔物は入って来られない、だから安心して休め」
「はい、ありがとう……ありがとう……」
助けに来てくれた人を騙しているという罪悪感を感じつつも、ひたすら命からがら逃げ込んできた人を演じ続けましたよ。
それに、魔物は入って来られないどころか、ヤバいスケルトンを三体も引き連れて入って来ちゃってるんだよね。
その後、門の衛兵さんの詰め所へと案内されて、そこのベッドに横になりました。
今日の逃亡劇は演技だったのですが、この数日間、これまでとは違いすぎる生活を続けてきた疲れが出たのでしょう、僕は本当に深い眠りへと落ちてしまいました。
目を覚ました時、自分が何処にいるのか把握するまで、少し時間が掛かっちゃいました。
それだけ深い眠りに就いていたのでしょうね。
「おぅ、目が覚めたみたいだな、うん、昨日は死人みたいな面してたが、ちっとは見られるようになったな」
「あぁ……ここは……」
「ああ、ここは城砦都市ヴォルザードの門番詰め所だ、良く生きて辿り着いたな」
「あ、ありがとうございます……」
声を掛けてきたのは、昨日僕を担いで走ってくれた兵士さんです。
寝ぼけた頭が、ようやく状況を把握したところで、さてどうやって対応しようかと、少し俯いて考え込みました。
ですが、その姿は失った仲間を悼んでいるように見えたようですね。
「お前さんの仲間は残念だったが、それはお前さんの責任では無いし、お前さんが生き残った事は悪い事じゃないぞ」
「は、はい……ありがとうございます」
「気持ちが落ち着いたら、少し話を聞かせてもらいたいのだが、大丈夫か」
「はい、正直、今でも動揺していて、上手く答えられないかもしれませんが……」
そう言ったところで、胃袋が盛大に、ぐぐぐぅぅぅっと空腹をアピールしました。
「そうだな、先に食事にしよう」
「す、すみません、ありがとうございます」
食事は、パンとチーズ、スープという簡単なものでしたが、久しぶりに手の込んだ献立を口にして、演技抜きにして涙が零れました。
その涙は、いい感じに誤解してもらえたようです。
朝食の後で、事情聴取が始められました。
兵士さんは、守備隊の第三部隊長で、名前はカルツというそうです。
身長は190センチ近くあるでしょうか、胸板も厚く、顎もがっしりして、四角いってイメージです。
ダークブラウンの癖が強い髪に、ダークグリーンの瞳、髭の剃り跡が男臭いっすね。
僕は、偽名を使わずに、ケントと名乗りました。
勿論、こちらの世界に漢字なんて存在しないので、健人とは書けませんが、ケントという名前は珍しくないそうですね。
苗字を名乗れるのは、貴族として所領を治めている家の者だけだそうです。
そして、事情聴取の途中で、驚愕の事実が判明しましたよ。
「何を言ってるんだ、ここはリーゼンブルグ王国などではないぞ、いつの時代の話をしているのだ、ここはランズヘルト共和国だ」
「はぁ……?」
ラインハルト達がスケルトンとして彷徨っている間に月日は流れ、リーゼンブルグ王国は、森を境にして二つの国に分かれてしまっていました。
現在のリーゼンブルグ王国は、僕達が召喚された森の西側だけで、森を抜けた東側は、ランズヘルト共和国になっているのだそうです。
何ですとぉぉぉぉぉ! って、思わず叫びそうになりましたね。
森によって王家の実効支配が及ばなくなって、森の東側は、大きな都市の領主七人が合議制で事を進める共和国になったのだとか。
「すみません、まだ混乱しているようで、あれ、僕はリーゼンブルグを出て、あれ?」
「ふむ、まぁ慌てなくて良いぞ、落ち着いて考えれば、大丈夫だ」
僕は内心思い切り焦りながら、首を捻って混乱している振りを装いましたよ。
と言うか、ただ今絶賛混乱中ですよ。
「ところで、ケント、君は何をしている人なのかね?」
「西の国から来た商隊に、治癒士の見習いとして加わっていました……」
カルツさんには、事前に考えておいた筋書き通り、わずかな金を残して全部失ってしまったと話すと、心底同情されてしまいました。
「そうか、大変な経験をしたな、しかしケント、その歳で治癒士の見習いとは凄いな」
「い、いえ、見習いと言っても、師匠の雑用をこなす程度でしたので、実質的な治療はまだやった事が無いんです」
「それはそうだろう、治癒魔法は経験と勘が必要だと聞くからな、君の歳で治療までは無理だろうとは思っていたよ」
実は内臓が飛び出しちゃうような怪我でも、自分のなら治せちゃいますなんて言ったら、どんな反応されちゃうんでしょうね。
「それで、暮らしていく為の身分証とか、仕事とかを探したいのですが」
「それならば、ギルドに連れていってやろう」
「ギルドと言うと、僕は冒険者になるんでしょうか?」
「あぁ、そういう国もあるようだが、うちのギルドは仕事を求める人が、職種に関わらず登録するところだ」
「職種に関係無くですか?」
「そうだ、専門的な職人仕事から、未経験の者でも出来る仕事まで、仕事と名の付くものは、後暗いものを除いてみんな揃っているぞ」
「そうなんですか、それなら僕に出来る仕事もありそうですね」
治癒士として稼ぐのも良いのですが、やはり異世界に来たならばギルドで依頼を受けて仕事をするというのに憧れますよね。
魔物は、ラインハルト達に倒してもらえば良いですし、ダンジョンとか攻略しちゃいますかね。
「どうだ、ケント、体調さえ良ければ、これから行ってみるかね」
「はい、是非お願いします」
こうして僕は、憧れの異世界のギルドへと足を運ぶ事になりましたとさ。