領主の裏事情
マルトリッツ子爵の居城オーレンステット城へは、川の合流地点から少し遡った場所にある跳ね橋を渡らないと入れない。
市場が開かれていた居住区の間は橋で繋がれているが、城に直接入る橋は架けられていないのだ。
川を堀として使って防衛するという観点からすれば、当然の措置なのだろう。
跳ね橋を渡った先の敷地は、当然ながら一分の隙も無く整備されている。
石畳は綺麗に掃き清められ、雑草一本生えていない。
植木は綺麗に刈り込まれていて、専属の庭師が手入れをしているのだろう。
クラウスさんのお屋敷と較べても、隅々まで手入れが行き届いているし、うちの屋敷とは較べるまでもない。
まぁ、自宅警備員の迫力だったら負けないけどね。
馬車を降りて、城の玄関を通り、ホールに面した談話室へアルベールさんに案内された。
「魔王様、こちらで少々お待ちいただけますか、すぐに着替えてまいります」
「いやいや、そのままで構いませんよ。先程も申し上げた通り、外堀の工事現場でアルベールさんの働きぶりを見学させてもらって、可能ならば話が出来ればと思っていただけですから、手の込んだお持て成しとか必要ないです」
「そうですか……では、お茶だけでも」
アルベールさんは馬車を出迎え、ここまで同道した執事にお茶を頼むと、大きく深呼吸した後で向かいのソファーに腰を下ろした。
「魔王様、最初に無礼を働いた衛士なのですが……」
「あぁ、厳しく叱っておいてもらえば、それで十分ですよ。たぶん今頃、生きた心地もしていないでしょうし」
「はぁ……ありがとうございます」
アルベールさんは、肩の荷を全部下ろすような勢いで詰めていた息を吐き出すと、深々と頭を下げました。
うん、この人は苦労人って感じですね。
クラウスさんみたいなチャラさを感じないから、色々ストレス溜まってそうです。
「ところで魔王様、私が外堀の現場にいると何処でお聞きになられましたか?」
「リアットの街の食堂で、隣の席にいたお爺さんに聞きました」
「街の食堂……ですか?」
「そうです、今朝はヴォルザードの自宅からアルダロスの商工ギルドに行って、その後ブルギーニに行ってからリアットまで来ました。バタバタしていたんで、昼食を食べ損なってまして、食堂に入って何て言うんですかね、石の器に入った熱々で辛いスープのパスタを食べて、外堀の現場に行く途中で捕まったって訳ですね」
「ヴォルザードから、アルダロス、ブルギーニ、リアットですか?」
「はい、影の空間経由の移動ならば一瞬ですから、たいした事じゃないですよ」
闇属性魔法を使う人も少ないし、影移動で長距離を移動する人は更に少ないようなので、アルベールさん的には信じがたいようですね。
『ケント様、隠し部屋から覗かれていますぞ』
『どこ?』
『ケント様から見て左手にある風景画の額縁の陰です』
『どんな人?』
『中年のご婦人と、ケント様ぐらいのご婦人です』
『分かった、別に覗きたいなら覗かせといていいよ』
たぶん、アルベールさんの家族でしょう。
突然、魔王が現れたとか聞けば、偵察するのは当然でしょう。
「魔王様、なぜアルダロスの商工ギルドからブルギーニへ向かわれたのですか?」
「あぁ、そうですね、肝心な話を忘れていました。昨年末に、アンデッドの襲撃があった村という事で訪ねたのですが……違うな、事の起こりはヴォルザードで違法奴隷を保護したことからです」
「違法奴隷……そう言えば、ランズヘルト共和国では奴隷は違法でしたね?」
「はい、隷属させる首輪を嵌められた小さな女の子と裏路地で遭遇しまして……」
違法奴隷の女の子を見つけてから、リアットに来るまでの経緯をザックリと話すと、ようやくアルベールさんに訪問の意図を理解してもらえたようです。
「ブルギーニは、とてもアンデッドによる襲撃があったなんて思えないほど復興していましたし、それを支えられたのがアルベールさんだと聞いて、一度会って話をしてみたいと思ったんです」
「いえいえ、私など魔王様に比べれば、ただの不器用な中年男に過ぎませんよ」
「またまた、そんなご謙遜を……ブルギーニの村長さんがベタ褒めでしたよ」
「はっはっはっ、いや本当に私は不器用な男なんですよ。言われたことを実直にこなしていくしか出来ないです。全ては妻の才覚です」
「奥様ですか……もしかして、あちらで覗かれている?」
左手を風景画の方へと向けると、アルベールさんは右手で目元を覆って深いため息を洩らしました。
「はぁ……重ね重ね申し訳ございません。オーレリア、こちらに来て挨拶なさい」
アルベールさんが声を掛けて、暫くすると、ドアがノックされて二人の女性が入ってきました。
「アネッテ、お前まで……魔王様、妻のオーレリアと三女のアネッテでございます」
「オーレリアです、ようこそオーレンステット城へ」
「アネッテでございます、初めまして魔王様」
「ケント・コクブです、よろしく」
オーレリアさんは、いかにも貴族の奥方様という雰囲気で、アルベールさんが実直そうなオッサンに見えるので、余計に華やかな印象を受けます。
アネッテは僕よりも一つか二つ年上でしょうか、母親似でザ・貴族のお嬢様という感じです。
うん、なかなかけしからんスタイルですし、それを強調するようなドレスなので視線を奪われそうですよ。
「魔王様、先程お話になられていたブルギーニの復興策も、殆どはオーレリアが考えたものです。私がやった事と言えば、部下にオーレリアの案を伝え、現地で村人と一緒に働いたぐらいのものです」
ぐらい……なんて言うけれど、貴族として育ってきた人達にとっては、それが一番難しい事のような気がします。
そのオーレリアさんですが、確かに才気溢れる感じなんですが、何だか新しいオモチャを貰った子供みたいな目で僕を見ているのは気のせいでしょうかね。
我慢しきれないといった様子で話しかけてきました。
「お噂は本当でしたのね」
「えっ、噂……ですか?」
「ええ、世間に伝わっている恐ろしい噂は全て嘘で、実際には飾らない好青年。だからカミラ様が惚れこんでいらっしゃるのだと……」
「ど、どこの噂ですか?」
「私ども貴族の女社会には、独自のコネクションがございますの。カミラ様との仲睦まじいご様子も伺っておりますのよ」
えぇぇ……何ですか、その怖いコネクション。
アルベールさんが凄く謙虚な理由が、ちょっとだけ分かったような気がします。
貴族のご婦人方のオモチャにされるのかと思いきや、話は意外な方向へと転がりました。
「先程、魔王様がブルギーニとルートス、セラティの違いをお話になっていられましたが、あれは大規模な地滑りだけが要因ではございません」
「えっ、他にも理由があったんですか?」
「はい、フォルスト男爵は、平地への願望を捨てきれなかったようです」
マルトリッツ子爵領は、山間の土地と平地を較べると、平地の割合が上回っているそうですが、フォルスト男爵領は殆どが山間の土地だそうです。
ルートスやセラティも、斜面を切り開いた段々畑が多く、平地に比べると作付面積も限られているらしいです。
「もしかして、例の派閥争いですか?」
「第一王子派の中にも、砂漠化の影響を受けない領地を持つ者がいました。派閥の趨勢によっては、そうした土地を手に入れられるのではないか、もっと実入りの良い土地に領地替えしてもらえるのでは……という思いが強かったようです」
「根回しや裏工作にお金を注ぎ込んでしまったのでしょうか?」
「そのような話を耳にしております」
大規模な地滑りからの復興費用、夏の長雨による不作、派閥からの食糧拠出要求、領地替えの根回し費用……フォルスト男爵家の内情は、相当悪化していたようです。
そこにアンデッドによる襲撃が起こり、村二つを救うだけの体力は残されていなかったのでしょう。
「逆に、マルトリッツ領では、そうした余分な出費が無かったからブルギーニを手厚く支援出来たのですね?」
「おっしゃる通りです。当家は王家の派閥争いからも一歩引いていましたので、昨年の食糧拠出要求もお断りしました。そもそも、次の国王を誰にするかは、貴族が争って決めるものではございません。たとえ派閥の重鎮たちに目を付けられたとしても、たとえ金に目が眩んだ毒婦と言われようとも、我々が成すべきは領民の生活を豊かにする……その一言です」
なるほど、マルトリッツ子爵家では徹底した領民優先の政策が行われ、隣りのフォルスト男爵領では結果的に大事な金を無駄に使った訳ですね。
てか、いつの間にか会話の主導はオーレリアさんに移っていて、アルベールさんは横で頷く人形と化しています。
「もしかして、ルートスやセラティの窮状を把握してました?」
僕の質問の後、ちょっとした沈黙がありました。
オーレリアさんは、アルベールさんと視線を交わした後、小さく頷いてみせました。
「はい、存じておりましたが、他領の村には勝手に支援は出来ませんし、ルートス、セラティの両方を救う程の余裕はございませんでした」
「そう言えば、ブルギーニの村長さんも、復興はしたけど余裕は無いといってましたね」
「はい、酷な言い方ですが、フォルスト領の問題はフォルスト男爵が責任を持つべきです」
領地替えを望むという事は、領民を見捨てるのと同じです。
そんな薄情な領主の行動のツケを住民が肩代わりするのは理不尽だと思うが、現実問題として現在起こっている事態に対処するには住民の頑張りは不可欠だ。
「ちなみに、フォルスト領の今後は、どうなると思います?」
「そうですね。そんなに悲観するほどではないと思いますよ」
「というと、今はもう困窮した状況は底を打っていて、あとは良くなっていくだけだと?」
「そうでございますね。フォルスト男爵はアーブル・カルヴァインに多額の借財があったようですが……」
「あぁ、なるほど……アーブルが消えて、借金も帳消し……になるんですか?」
「その辺りはカミラ様次第かと……」
カルヴァイン領は王家の直轄地になると聞いているので、借金は王家が引き継ぐ形になるのでしょうが、今の状況を考えれば有耶無耶にしてしまった方が良いような気がします。
「そう言えば、カミラが第二王子派を引き継ぐ際に、グライスナー侯爵に派閥に加わっている領主に対する所領の安堵すると約束した話は伝わっていますか?」
「はい、伺っております」
「それって、フォルスト男爵にとっては領地替えの希望が断たれたのと同然ですよね」
「その通りでございます」
「フォルスト男爵は、今の領地の経営に力を入れるようになったんでしょうか?」
「それは、魔王様ご自身で確かめられていただいた方がよろしいかと存じます」
「はぁ……つまり、よろしくない状態ってことですね?」
「あくまでも噂でございますが……」
フォルスト男爵は、多額の資金を注ぎ込んだ裏工作が失敗し、領地替えの望みが無くなった事で、少々自暴自棄になっているそうです。
男爵のやる気の無さが、ルートスやセラティの復興が進んでいない理由の一つになっているようです。
「なるほど、表から見ただけでは分からない事情を抱えている訳ですね」
「困窮した土地は、単に見放されるだけでなく、魔王様がおっしゃっていらした悪徳奴隷商人など、弱みに付け込む悪党どもに狙われる場合がございます。ブルギーニとセラティを繋ぐ道は主要な街道ではございませんが、山賊などの根城となればブルギーニやシロンなどの村も脅かされる心配がございます」
「分かりました。支援物資を送るために、またアルダロスに行くことになるので、その時にでもカミラの耳に入れておきましょう」
「よろしくお願いいたします」
留置場入りなんてアクシデントはありましたが、フォルスト領の裏事情なども知れましたし、リアット訪問は有意義な時間になりました。
「色々と教えていただいて、ありがとうございました。そろそろ失礼させて……」
「あらあら、まだよろしいではありませんか、どうぞ夕食を召し上がっていって下さい。それまで、娘に城の中を案内させますから……」
「いやいや、どうぞお構いなく。またリアットの街には、フラっと寄せてもらうかもしれませんので、衛士の皆さんには虐めないように言っておいて下さい。では……」
「あっ、魔王様……」
いやいや、待ちませんよ。
夕食はまだしも、娘さんまで押し付けられたらかないませんからね。
闇の盾から影に潜って逃亡いたしました。
『ぶははは、ケント様、あのやり手の奥方の娘ならば、お役に立つのではありませんか?』
「いやいや、これ以上お嫁さんは増やさないからね。てか、噂を使って外堀を埋める工作されないか心配だよ」
『ぶははは、なるほど堀の工事は得意そうですからな』
「いやいや、洒落にならないから……」
とりあえず、ブルギーニやマルトリッツ領については心配無いと分かりました。
あとは、ルートスとセラティ、それにフォルスト男爵ですかね。
明日にでもアルダロスの王城に出向いて、カミラやディートヘルムに話をしておきましょう。
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