闇夜の死霊術士
木の実の食事を終えた頃には、日が傾いて来て、また森に夜が訪れます。
一瞬、昨晩ゴブリンに襲われた恐怖が頭をよぎりますが、今夜は心強い護衛が三人も居るから大丈夫ですよ。
「そう言えば、みんなは眠たくならないの?」
『ワシらはアンデッドの魔物ですから、睡眠も食事も必要ありませんな』
「そうか……この後、倒した魔物の魔石を取り込んでいったら、みんなは更に強化されるのかな?」
『そうですな、おそらくそうなるはずです』
「なるほど、だとすれば、積極的に魔物を狩って、みんなに魔石を取り込ませれば、更に戦力を強化出来るって事か……」
この先どんな事態に巻き込まれて、どうすれば元の世界に戻れるのかも分からないので、戦力強化が出来るなら、やっておいて損はないはずだよね。
そんな事を考えているうちに、日は傾き、そして沈んでいきました。
すると、昨日の晩と違って、まだ月が昇って来ないので、満天の星空が堪能できましたね。
こっちの世界にも銀河があるんだろうね、天の川が流れています。
暫しの間、星空を楽しんだ後で、僕は異変に気付きました。
「あれ? 月が出ていないのに、何でこんなに明るいの?」
『ケント様、周囲の風景は、どう見えていますかな?』
「えっと……曇った日の昼間、みたいな感じかな……」
『どうやらケント様は、闇属性の魔法を使うのに慣れてきたお陰で、夜目が利くようになったようですな』
「えっ? そうなの? もしかして、ここは真っ暗なの?」
『身体強化の魔法を目に集中すれば、何とか見えるでしょうが、普通の人間では伸ばした自分の手の先が、ようやく見えるか見えないかという暗さです』
おぅ、素晴らしきかな闇属性、昨夜は月が出ていて、ようやくゴブリンの姿が見えたぐらいだったけど、今は月の光も無しで森を見渡す事が出来ている。
てかさ、星が綺麗に見られるのに、暗闇も見えちゃうなんて高性能すぎじゃね?
そして、物陰に隠れながら、近付いてくるゴブリンの姿が目に入って来ました。
「どうやら、お客さんが来たみたいだね」
『ほほう、さすがはケント様、この暗さでも見えていらっしゃるとは』
「うん、どうやら闇属性の魔術士にとっては、夜の闇はアドバンテージになるみたいだよ、何だか身体の奥から力が湧いてくる気がする」
『ふっふっふっ、ですがケント様、我々の仕事は取らないで下さいよ』
「分かったよ、でも、ラインハルトと、バステンは待機ね、二人だとゴブリンの魔石まで粉々にしそうだからね」
『ぐぅ、そんな殺生な……』
『我々も、この力を……』
「ちゃんと調整できるようになるまでは駄目だからね、じゃあ、フレッド、さくっと倒して魔石回収お願いね」
『心得ました……』
凶悪なスケルトンが二体、歯噛みして悔しがっている姿は、なかなかにシュールです。
そして、その間に、もう一体のカーボンブラックのスケルトンが、闇に溶けるように姿を消したと思ったら、ゴブリン達の首がコロコロと転がりましたよ。
あれ絶対にゴブリンは、斬られたことも分かってないよね。
全部で十一匹のゴブリンが息絶えるまで、ほんの数秒しか掛りません。
回収した十一個の魔石は、二個を残して、みんなに三個ずつ吸収してもらいました。
外見には変化は無かったけど、何て言うか骨太になった感じですね。
そのまま移動せずにいると、ゴブリンの死体から流れた血の臭いに誘われて、コボルトやゴブリンが、ノコノコと集まって来ましたよ。
ラインハルトとバステンが泣いて頼むので、仕方がないので、今度は二人にやってもらいました。
バステンは、頭だけを爆散させて、なんとか魔石を回収出来たのだけど、ラインハルトの一撃を食らったコボルトは、魔石ごと毛と肉と血の飛沫に姿を変えちゃいました。
「ラインハルト、ハウス!」
『あぐぅ……』
影召喚で、強制的に呼び戻すと、ラインハルトは、ガックリと肩を落として落ち込んでました。
てかさ、マジで威力を調整しようよ、それ、どんな怪物と戦う一撃なんだよ。
その後も、フレッド&バステンのコンビで、ゴブリンやコボルトを仕留め、着々と強化を続けたんだけど、これはラインハルトにとっては悪循環なんだよね。
ただでさえ、力の調節が上手くいってないのに、更に強化されるんだから、たまったもんじゃないよね。
そんな時に、そいつらは姿を現しました。
赤褐色のゴツゴツした巨体は、3メートルぐらいありそうで、分厚い胸板や、二の腕、太腿など筋骨隆々としています。
こげ茶色の縮れた髪が肩の辺りまで伸び、バットで殴っても壊れそうも無い頑丈そうな顎、そして額には二本の角が生えていますね。
ゴブリンなどとは較べものにならない迫力の魔物は、ロックオーガと言うそうです。
それにしても運の無い連中だなぁ……そう思いながら、僕はラインハルトに頷きました。
三体のロックオーガは、この辺りでは一番強い魔物なのでしょう、周囲を警戒する事も無く、ゴブリンやコボルトの死体の山に近付いて座り込むと、グチャグチャ、ボリボリと貪り始めました。
その気味の悪い音と、周囲に漂う濃厚な血の臭いで、気分が悪くなってきちゃたよ。
どうやったって、自分が食われてた時の事を思い出しちゃうからね。
「ラインハルト、やっちゃって……」
『お任せあれ……』
ラインハルトもまた、物陰にかくれる事も無く、堂々とした足取りで、ロックオーガの方へと歩み寄って行きました。
「うぼぁぁぁぁ……」
ラインハルトに気付いたロックオーガ達が、威嚇のための声を上げてきます。
その声を聞いて、こちらをチラリと振り向いたラインハルトは、ニヤリと本当に楽しそうな笑みを浮かべましたよ。
あぁ、めっちゃ殺る気十分じゃないですか。
一体のロックオーガが、立ち上がり肩を怒らせながら、ラインハルトを出迎えました。
「うぼぁぁぁ、うばぁぁぁぁ!」
『うらぁぁぁぁぁ!』
掴み掛かって来るロックオーガを、ラインハルトは大剣も抜かず、素手で迎え撃ちます。
って、いくらタングステン製? でも、1m80cmぐらいの骨と、3mクラスの筋骨隆々がガチ勝負なんかしたら駄目じゃないの?
武器使おうよ、武器、折角グラムと名付けた意味無いじゃん。
思った通り、ロックオーガと力比べをするような形になったラインハルトは、上から圧し掛かられるように、グイグイと押し込まれ始めます。
影召喚で呼び戻した方が良いかな? と思って、バステンとフレッドを振り返ると、二人は揃って肩を竦めて、問題無いという表情をして見せました。
あぁ、二人とも骸骨なのに、表情分かっちゃうし、意図まで読めちゃうよ。
喜んで良いのか悲しんだ方が良いのか、複雑な気持ちになりながら向き直ると、状況が変わり始めていました。
「うぼっ……うぼぉぉ、うぼぉぉぉぉ……」
『ぁぁぁ……ぁぁぁぁ……うらぁぁぁぁぁ!』
さっきまで圧し掛かられていたラインハルトが、手首をへし折りながら、ロックオーガを押さえ込もうとしています。
手首を曲がっちゃいけない方向へ、思い切り曲げられ、ロックオーガが呻いてもラインハルトは力を緩める様子はなく、そのまま地面に減り込ませようとしているみたいです。
仲間が劣勢になった事に気付いたのか、残り二体のロックオーガが食事を止めて立ち上がってきましたよ。
それを見たラインハルトは、今や足元に平伏すような形となったロックオーガの顔面に膝蹴りを叩き込みました。
うひゃー、ロックオーガの頭が、風船のように爆散しちゃったよ。
更に、ラインハルトは、大剣グラムを抜き放つと、横薙ぎの一撃をロックオーガの脚に目掛けて放ちます。
ロックオーガは反射的に跳び退こうとしたけど、大剣グラムの一閃を食らい、膝から下が消失しちゃったよ。
ラインハルトは、動けなくなった一体を放置して、もう一体へと踏み込み、頭目掛けて横薙ぎの一閃を振るいます。
ロックオーガは反射的に腕でのガードを試みたけど、大剣グラムの一閃は、腕ごと頭を吹き飛ばしました。
うーん……剣なのに、切りつけた相手が爆散するっておかしいでしょ。
『うがぁぁぁぁぁ!』
ラインハルトは、勝利の雄叫びを上げた後、脚を失って動けなくなったロックオーガに、サックリと止めを刺しました。
どうです、やりましたよ俺と言わんばかりのポーズが、ぶっちゃけ物凄く暑苦しいです。
「フレッド、申し訳無いんだけど、魔石の回収をお願い出来るかな?」
『心得ました』
フレッドが闇に溶けるようにして、瞬時にラインハルトの下へと移動しました。
うん、忍者みたいで格好良いぞ。
『すいませんね、ケント様、団長があれなのは、昔からなんで……』
「あぁ……うん、薄々分かってたから大丈夫、時たま発散する場所を与えれば大丈夫なんでしょ?」
『その通りです、基本的には面倒見の良い人なんですけどね、あぁ、今はスケルトンか』
生きていた頃には、結構苦労していたらしい、遠い目をするバステンを見ながら、これからも苦労してもらおうと決めましたよ。
あんな暑苦しいおっさんの世話は、僕には無理っす。
ロックオーガ三体の魔石を、それぞれに取り込んでもらって強化を終えたところで、場所を移動して休むことにしました。
闇属性の魔術士の特性なのか、なんとなく夜の方が元気になってくるんだけど、昼間も行動する事を考えたら、少し眠っておいた方が良いよね。
あんまり眠たくはなかったんだけど、みんなに護衛を任せて眠る事にしました。
眠たくないなんて思ってたけど、それは神経が張り詰めていたからで、柔らかい草地を選んで横になった途端に、僕は気を失うように眠りに落ちていきました。
ちゅん、ちゅん、ちゅん……
翌朝は、再び鳥のさえずりで目を覚ましましたよ。
昨夜はお楽しみでしたね、えぇ、スケルトンナイツの皆さんが、心ゆくまで殺戮を楽しんでました。
と思ったら、何やら香ばしい良い匂いがしてきます。
『ケント様……朝食、出来てる……』
「おはよう、フレッド、おぉ! 魚だぁ!」
『その先の川で……取ってきた……』
「ありがとう、うわぁ、美味そう、いただきま~す!」
マスに良く似た魚は、臭みも無く、淡白な味わいで、とても美味しいです。
果物も摂って来てくれてあったのだけど、久々のたんぱく源に、僕は夢中で魚を貪りましたよ。
『ところで、ケント様』
「何かな、ラインハルト」
『ヴォルザードに行かれるのでしたら、服を何とかしないと拙いですな』
「うっ、そうだよね、流石にこの格好じゃ怪しまれるよね」
今現在の僕の格好と言えば、ゴブリン達に食い千切られて、服と言うより襤褸布に近い状態の制服姿です。
中身は生身の人間だけど、血が染み付いたそれは、ゾンビのコスプレ衣装って感じだよね。
これで街に行ったら、怪しまれること間違い無しだね。
「うーん……でもさ、街に行く途中に店とかあるの? と言うか、僕お金持ってないし」
『なので、ケント様、少し街道の近くを歩きませんか?』
「それは別に構わないけど、何で?」
『上手くすれば、着る物が手にはいるかもしれませんので』
「分かった、ラインハルトに任せるよ」
ラインハルトの提案に従って、街道を見渡せる程度の距離の森の中を進みます。
街道を進まないのは、いきなり馬車と鉢合わせになってしまうと、僕自身の事や、みんなの事まで説明しないと怪しまれるだろうし、場合によっては、いきなり攻撃される心配もあるからだそうです。
今後の事を考えても、人間同士の無用な争いは避けた方が賢明だよね。
そうして街道に沿って森の中を進んで行くと、馬車が一台倒れていました。
近付いてみると、辺りには血の跡がいくつもの残り、腐臭を放つ肉片も落ちています。
三人は周囲を警戒していましたが、すでに襲撃からは時間が経過しているせいか、魔物の気配はありません。
「ラインハルト、これは魔物に襲われたんだよね?」
『そうですな、そう考えるのが普通です』
「もしかして、この馬車から?」
『はい、どの道、この馬車の積荷は、このまま朽ちてゆくだけです、それを活用させていただくだけです』
魔物たちは、馬車に乗っていた人間には興味があっても、その積荷には興味は無いらしく、多くの荷物が無事な形で取り残されていました。
僕は、少しだけ罪悪感を感じながら、荷物を漁って、着られそうな服を探しました。
まだ160cmにも満たない僕には、少々大きめの服しかありませんでしたが、贅沢を言ってはいられません。
鞄の中に綺麗に畳んで入れられていた服を。手を合わせてから拝借いたしました。
皆も荷物や積荷を捜索して、使えそうな物を探してくれました。
その結果、こちらの世界の服装一式、それに、金貨や銀貨、魔石などの金目の物、商品と思われる反物や絨毯、ナイフや鍋、小麦粉、塩、砂糖、油、ロープ、針や糸などを手に入れる事ができました。
なんか、火事場泥棒みたいな気がしないでもないけど、ここに他の馬車が通り掛れば、同じ事が行われるし、こっちの世界では、死んだ人間の物を活用してやるのも供養なのだそうです。
普通の人では、これほどの量の荷物を持って、森の中を移動するなんて不可能だけど、僕の場合は、影の空間に置いておけるので、全部いただいて収納しましたよ。
ラインハルトの話によると、森を抜けての商売は、危険を伴うが、その分稼ぎも良いそうで、回収した財宝の額は、二、三年は遊んで暮らせるほどの額だそうです。
服も、お金も手に入れられたので、僕らは城砦都市ヴォルザードを目指す事にしました。
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