リアット
ブルギーニの村長アガーテに支援金を渡した後、影に潜って移動してきたのはマルトリッツ領の領都リアットです。
山から流れて来た二本の川が合流する場所にあり、マルトリッツ領の経済と交通、両方の中心地でもあるそうです。
丁度アルファベットのYの字をした地形で、上の一角に城、下流の両岸に街が広がっています。
城の裏手に回り込むように伸びる街道は、マルトリッツ領の山間部へと向かい、合流した川に沿って続く街道が王都へと向かう道だそうです。
この二本の道と交わるように、両岸の市街地から伸びる道は隣接する領地へと続いているそうです。
「ずいぶん大きな街だね」
『そうですな、我々が生きていた頃に比べると倍ぐらいの広さになっている気がします』
街は川の合流点を中心にして広がっていて、幾筋もの水路が作られています。
そして、街の一番外側では、新たな水路を掘る作業が進められていました。
「なんだか、ヴォルザードの城壁の水路版って感じだよね」
『おっしゃる通りですな、荷を積んだ船を通すと同時に、戦乱となった場合には水堀として活用するのでしょうな』
水路に浮かんだ船を撤去して、橋を落してしまえば水堀に早変わり……ということでしょう。
「ちょっと、上から見てみたい」
『かまいませんぞ』
体を影の空間に残して、星属性魔法を使って意識を空へと飛ばします。
まずは城の上空へ移動してみると、川の合流点に面した高い塔を中心として、外に向かって色々な施設が作られているようです。
宮殿や庭園が広がり、その外には芝生の馬場があり、その外に大きな建物がいくつか並び、更に広い草地が広がっています。
近づいてみると、どうやら騎士団の施設のようで、草地では訓練が行われていました。
続いて市街地へと向かうと、こちらの合流点の辺りは、両岸共に広場になっていて、川を隔てて城の塔を眺めることが出来るようになっています。
左岸の広場では野菜などの食品の市場、右岸の広場には洋服や布団、敷物などの生活用品の市場が開かれています。
広場と広場の間に広い橋が架けられていて、馬車が往来する車道と歩道に分けられていました。
どちらの広場も大変な賑わいで、活気に満ち溢れていました。
この広場を囲む一角が商業地区のようで、通りにはビッシリと商店が軒を連ねています。
水路を挟んだ一層外の区画には、役場や学校などの施設や工房、住宅が混在していました。
水路沿いは倉庫街になっているようで、大きな船が荷下ろしや積み込み作業を行っています。
更に一層外側には教会や墓地、畑なども点在していました。
たぶん昔は街の外側か、一番外周の区画だったのでしょう。
今は、更に二層の街区が出来上がっているようです。
繁華街や倉庫街には制服姿の衛士が見受けられます。
銀ピカの兜には真っ赤な羽飾りが付けてあり、強烈に存在感を主張しています。
だからと言って、衛士が威圧的な態度をとっているわけではなく、気さくに街の人と会話する姿もみられ、とても友好的な関係にみえますね。
一通り街の様子を眺め、意識を身体に戻しました。
「ただいま」
『おかえりなさいませ、いかがでしたか?』
「うん、良い街だね。スラムが見当たらないよ」
『街全体が栄えているのでしょうな』
「そうそう、そんな感じ。街の人の表情が明るいね」
歓楽街と思われる一角にも衛士の姿がありましたが、張り詰めたピリピリした空気は感じられませんでした。
まぁ、まだ色んな店が開く時間ではないからかもしれませんが、歓楽街からも荒んだ空気は感じられませんでした。
『やはり、ブルギーニで聞いた通り、当代の領主殿は傑物のようですな』
「ちょっと会ってみたい気がするけど、その前にお昼にしようかな」
いつものごとく、人通りの無い裏路地から表に出て、街の中心部へと足を向けました。
道行く人が交わす言葉が、ざわめきとなって押し寄せて来るようです。
表通りには人の流れが出来ていて、これほどの雑踏に紛れるのは久しぶりな気がします。
人の流れに沿って歩いていくと、合流点の広場へと出ました。
こちら側は日用品の市場なので、橋を渡って食料品の市場へと行ってみましょう。
橋の途中では、足を止めて城の尖塔を眺めている人がたくさんいます。
やはり、一種の観光スポットのようになっているんでしょう。
塔の下はテラスになっていて、こちら側を見下ろす高さになっています。
子爵家の人達が、あのテラスから市民の生活を覗いたりしてるんでしょうかね。
橋を渡った食料品の市場にも多くの人が詰めかけていて、威勢の良い売り声が響いていました。
肉、魚、野菜、穀類、スパイスなど、品揃えも豊富そうですし、素人目で見ただけですが鮮度も悪くなさそうです。
多くのお客が訪れて、多くの商品が売れれば、また新しい商品を仕入れられる。
どんどん物が売れるからこそ、品物の鮮度が保たれているのでしょう。
市場で売られている商品は、採ったままの素材という感じですが、周囲の店では加工した商品が売られています。
ハムやベーコン、ソーセージ、チーズ各種、料理の量り売り、クッキーなどの菓子等々、こちらにも多くのお客が入っています。
更に、市場を抜けた通りには、たくさんのレストランが並んでいました。
どこの店が美味しいのか分からないので、適当に選んで店に入ってみましょう。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、何人様?」
「一人なんですけど……」
「こちらの席にどうぞ」
犬獣人の女性店員さんは、尻尾をブンブン振りながら満面の笑顔で迎えてくれました。
うん、ギリクもこの半分、いや四分の一でもいいから愛想良くすればいいのにねぇ……。
「なんにします?」
「えっと、この店一番のおすすめを」
「おすすめね。ちょっと辛いけど大丈夫ですか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました」
店の中は、殆どの席が埋まるほどの盛況で、多くは仕事途中の人のようです。
まぁ、今日は平日ですし、この時間には子供はいないのでしょう。
二人掛けのテーブルについて、料理が来るのを待っていると、斜め向かいの席に座っていたお爺さんと目が合いました。
軽く会釈をすると、笑顔になったお爺さんが話し掛けてきました。
「坊や、この辺の子かい?」
「いえ、リアットには初めて来ました」
「ほぅ、どうかね私たちの街は?」
「とても賑やかで、活気がありますね」
「うんうん、ここは良い街じゃよ」
「とても良い領主様だと伺っています」
「うんうん、その通りじゃよ」
元々、リアットは領主の居城がある街として栄えていたそうですが、発展が加速しはじめたのは先代の領主様の頃だったそうです。
「先代のルーラント様は、最も貧しい人々の暮らしを良くすることから始められた。そのために、人を雇っている富裕層に働きかけ、貧しい人々の賃金を上げるように説いて回ったのじゃ」
「でも、賃金を上げれば儲けが減りますし、反発もあったんじゃないですか?」
「その通り。じゃが、ルーラント様は商売にかかる税金を減額することで、納得させていったのだよ。それに、一番貧しい者達が豊かになれば、それだけ多くの物が売れるようになり、結果的に儲けが増える」
「なるほど……でも、なかなか思い通りにはならなかったのでは?」
「そうじゃろうな。我々庶民では預かり知らぬご苦労はあったじゃろう。だが、見ての通りリアットは大きく栄えておる。先代の教えをアルベール様も守られていらっしゃるからな」
「なるほど、親子二代にわたる成果なんですね」
「二代にわたる成果じゃが、アルベール様は婿じゃよ。隣りの隣りのカッベルノ男爵の四男じゃが、実に気さくな方じゃよ」
「へぇ、会ってみたいですね」
「それならば、外堀の工事現場に行ってみなさい。お姿が見れるかもしれんぞ」
「えっ、工事現場で陣頭指揮をなさってるんですか?」
「ふぉふぉふぉ、それは行ってみてのお楽しみじゃ」
まさか、クラウスさんみたいに現場で働いていたりするんですかね。
そう言えば、ブルギーニでは村民と一緒に汗を流していた……みたいな話をしてましたね。
「はい、お待ちどう様、当店のおすすめですよ。器も熱いから気をつけてね」
「うわっ、思ってたよりも辛そうだなぁ……」
「お水は、ご自由にどうぞ」
厚い木のプレートに載せられた石をくり抜いて作った器の中では、真っ赤なスープがぐつぐつと煮立っています。
水の入ったカップと水差しが置かれたところをみると、ちょっと辛い程度ではないようです。
添えられているスプーンで、スープを掬って口に運ぶと、スパイスの利いた旨味の後からカーっと辛さが追い掛けてきました。
「辛っ、でも美味しい」
豚のバラ肉らしき塊は、ホロホロになるまで煮込まれていて、ネギっぽい野菜のシャキシャキ感も良いアクセントになっています。
肉と野菜のスープの中には、ムチムチした噛み応えのショートパスタが入っていて、ボリュームも満点です。
「辛い、美味い、でも辛い、けどこの味はクセになる……」
「どう? 気に入ってもらえたかな?」
「はい、でも汗が噴き出してくる……」
結局、食べ終わるまでに水を二杯おかわりして、汗だくになってしまいました。
お金を支払って、外堀の工事現場の場所を聞いたら、毎日いる訳ではないので、行っても無駄足になるかもしれないといわれました。
それでも、腹ごなしの散歩がてら、行ってみましょうかね。
合流した川沿いの道を歩いていくと、街の外に行くほどに賑わいこそ減っていくものの、街並みは新しくなり住宅や工房など生活の息吹が感じられます。
人が増え、消費が拡大し、経済規模が大きくなって発展を続けている真っ最中なんでしょう。
本当にヴォルザードと良く似た雰囲気だと感じます。
外堀の工事現場は、現在の一番外側の堀を渡り、街の外側に広がる畑の中にあります。
つまり、一度街を出ないと見にいけません。
街を出るには、堀にかかる橋の袂の検問所を通らないといけません。
堀の外は見渡す限りの畑で、いきなり影移動で姿を表したら怪しまれそうですし、かと言ってリーゼンブルグの身分証となると、商工ギルドの金ピカカードしか持っていません。
これは、どこか途中で影に潜って、影の中から見学するしか無さそうだと思い、回れ右をして道を戻ろうとしたら、制服姿の衛士二人が行く手に立ちふさがっていました。
「君、どこに行くんだい?」
「えっと、街に戻ろうかと……」
これって、いわゆる職務質問ってやつですよね。
もしかして、僕は不審人物だと思われちゃってるんですかね。
「ほう、街にねぇ……ここまで、何をしに来たんだい?」
「えっ、散歩ですけど……」
「散歩……どこから?」
「街の中心から……ですね」
一人が僕に話し掛けながら、もう一人の衛士はさりげない動きで僕の後ろへと回り込みました。
話し掛けている衛士は笑顔ですけど目が笑っていないし、挟み込んで逃がさないという強固な意思が感じられますね。
「街の中心……身分証は持ってる?」
「はい、まぁ……」
「ちょっと見せてもらえるかな?」
「はぁ……」
例によって、鞄の中の闇の盾に手を突っ込んで、影の空間に置いてある商工ギルドの金ピカカードを取り出しました。
「どうぞ……」
「なんだこれ……?」
「アルダロスの商工ギルドの登録カードですけど」
「はぁ? 商工ギルドのカードが、こんなカードのはずないだろう。それに、これは王家の紋章じゃないか」
「はぁ……だから普通のカードが良かったんだよなぁ……」
「ケント・コクブ……どこかで聞いたような? まぁいい、ちょっと付いて来い。逃げようなんて考えるなよ」
「はぁ……」
行く手を阻まれた時点で、闇の盾を出して潜っちゃえば良かったのですが、名前まで明かしてしまった以上は大人しく付いていきますかねぇ……。





