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可愛いトラブルメーカー

 ヴォルザードに戻り、朝食を済ませたら、守備隊の臨時宿舎に五人を迎えに行きます。

 今日は週明けの火の曜日なので、初心者向けの戦闘講習がある日です。

 五人が講習を受けるかどうかは本人達次第ですが、情報は教えてあげた方が良いよね。

 それに、新旧コンビと凸凹シスターズはともかく、ガセメガネには目を光らせておかないと、僕らの仲間は怠け者だなんてヴォルザードの人に思われたら大変ですからね。


「という訳で、初心者向けの戦闘講習があるんだけど、どうする?」

「勿論受けるよな、和樹」

「当然だ、ギリクの兄貴に速攻追いついて、ダンジョンで無双するぞ」


 まぁ、新旧コンビは予想通りだよね。


「小林さん達はどうする?」

「あっちゃん、どうする?」

「うーん……戦うのはちょっと……なんだけど、魔物の種類の講義は面白そうじゃない?」

「じゃあ、ちょっと受けてみようか」

「うん、そうだね」


 はい、凸凹シスターズも参加ですね。


「八木は?」

「うーん……俺は、どうすっかな?」

「講習を受ければ、とりあえず、今日一日は働かなくても済むけど……」

「んじゃ、受けてみっか、退屈だったら寝てりゃいいしな」

「何言って……いや、何でもない……」


 釘を刺しておこうかと思ったけど、ドノバンさんにやってもらった方が効果あるだろうから、止めておきましょう。

 くっくっくっ、ガセメガネめ、地獄に落ちるが良い。

 ギルドに出掛ける前に、五人にプロジェクト・メイサの進捗状況を知らせました。


「でかした! 国分!」

「くっそー、茫然自失してるカミラ、見てぇぇぇぇぇ!」

「うっわぁ、引いちゃう、普通だったらドン引きものだけど、今回は許しちゃうよ」

「ホント、ホント、あたしも凹んだカミラが見たかった!」


 みんな、ガッツポーズして喜んでくれたのですが、一人、八木だけが厳しい表情を崩していません。


「どうしたの? 八木」

「国分、お前それでやりきった……なんて思ってねぇだろうな?」


 さすがにガセメガネと呼ばれている新聞部員だけの事はあるよね。

 我が意を得たりという質問に、思わず笑みが零れちゃうよ。


「勿論、仕上げはこれからだよ。 駐屯地の中だけでなく、ラストックの街中、そしてカミラ自身の耳に噂が届くようにするつもりだよ」

「ほほう、国分のくせに分かってるじゃねぇか。 そうだ、噂話は流れ広まっていかなきゃ意味は無い!」

「そして、広まれば更に威力倍増……でしょ?」

「そうだ、その通りだ!」


 五人をギルドに連れていった後、僕がやる仕上げの作業は、カミラがおねしょしたという噂を広めていく事です。

 たった一人、専属メイドに知られただけでも、あれだけ凹んでいるのです、噂が蔓延するような事態になったら……カミラの顔が見ものですよね。


「いいか国分、ばら撒く噂は長くちゃ駄目だ。 言葉を短くして、聞く者にインパクトを与えろ」

「なるほど、短くて、センセーショナルな言葉ね……了解!」

「国分、遠慮なんかすんなよ、あの王女の神経をガリガリ削ってやれ」

「オッケー、みんなの分まで削ってくるよ」


 久々に、いや、こちらの世界に来てから初めて溜飲を下げた五人と一緒にギルドに向かいました。


「そう言えば国分、あんた昨日は何処に行ったのよ」

「そうだよ、りーぶるのうえん……なんて嘘ついて、マノンを何処に連れ込んだの?」

「ちょっと、連れ込むなんて聞えの悪い事してないよ……」

「まさか、あんた大人の階段上っちゃったんじゃないでしょうね?」

「ちょっと、唯香はどうすんの? ねぇ、どうすんの?」

「いや、だから……」


 忘れてました、マノンの背後には凸凹シスターズの二人が潜んでたんですもんね。


「ふははは、国分とマノンちゃんがどうなったか、俺様が教えてやろう!」

「何よ、なんでガセメガネが知ってるのよ」

「知りたいか? ジャイ、俺様は昨日この目で見たのだよ、国分がマノンちゃんにビンタを食らって振られた瞬間をな!」

「ちょっと国分、あんた何やらかしたのよ」

「そうだよ、あんなに初心なマノンがそんなに怒るなんて……変なことしたんでしょ?」

「ち、違うよ、誤解だって……そう、マノンも誤解しているだけなんだって……」


 八木が余計な事をベラベラ喋るから、凸凹シスターズの二人が目を怒らせて追及してきちゃってるよ。

 ギルドに向かう道すがら、通りを行く人も不審な目を向けてきてるしさ。


「何が誤解なものか、俺はちゃんと聞いていたぞ、『ケントの屑チャラ男!』って、思いっきり罵倒されてたじゃんかよ」

「屑チャラ男なんて言われてないよ……浮気者とは言われたけど……」

「浮気者って、唯香の存在がバレたって事?」

「いや、違うよ、委員長じゃなくてベアトリーチェが……」

「えぇぇ、国分君、他にも手を出してる子が居るの?」

「だから誤解だって、ベアトリーチェは……」

「呼びました……?」

「へっ……?」


 突然横から声を掛けられて、思わず間の抜けた返事をしちゃったよ。


「おはようございます、ケント様、私の事はリーチェと呼んでくださるように、お願いいたしましたよ」


 視線を向けると、赤い髪の美少女がいます。

 話題にしていた人が、唐突に現れたので、脳の認識が付いていけません。

 あぁ、良く見るとロップイヤーが隠れてますねぇ……モフりたいです。


「お、おはようございます、ベアトリーチェさん……」

「リーチェ……」

「えっ、えっと……リ、リーチェさん」

「リーチェ……」

「リ、リーチェ……」

「はい、ケント様……」


 ベアトリーチェは、それが当然であるかのように、流れるような動作で僕の頬にキスしました。

 周囲から沸き起こった黄色い歓声のなかで、ベアトリーチェはペロっと唇を舐めてみせます。

 く、食われちゃうんでしょうか? 僕は肉食ウサギの餌になってしまうんでしょうか?


 歓声が上がった方向へと目を向けると、ベアトリーチェの友達とおぼしき女子が数名きゃいきゃいしてて、同数ぐらいの男子が殺意の籠もった視線を送ってきます。

 その中でも、見るからに仕立ての良い服に身を包んだ少年は、こめかみに青筋が浮くほど歯を食いしばりながら、僕を睨み付けています。

 もう完全に新たなトラブルの導火線に火が着いてますよね。


「では、ケント様、失礼いたします」

「ひゃい……」


 悠然と去って行くベアトリーチェを、呆然と見送っていたら、襟首を掴まれて締め上げられました。


「貴様……国分ぅ! 誰だ、あの美少女は誰だ!」

「達也、八木、取調べだ、取調べを始めるぞ!」

「何を言っている、甘いぞ新旧コンビ、取調べなど不要、即刻処刑を行う!」


 と言うか、ベアトリーチェには昨日もキスされたけど、八木は見てなかったんだね。


「これじゃあ、国分が屑チャラ男って言われるの仕方無いねぇ……」

「国分君が、こんな人だなんて……唯香になんて言えば……」

「いや、誤解だって、本当に誤解なんだよ……と、とにかく講習始まっちゃうから……」


 講習開始の時間を理由に、とにかくギルドに向かって移動を始めたんだけど、チラリと振り向くと、あの少年がまだ睨んでるよ。

 何でこんな余計な恨みを買わないといけないの?


 講習の申し込みをさせるためにギルドのカウンターを目指すと、混雑を除けた壁際には、ミューエルさんとマノン、そしてギリクが立っています。

 ミューエルさんと話をしていたマノンは、僕らに気付くと、イタズラを見咎められた子供みたいな表情を浮かべました。

 この表情からして、誤解が解けたのかもしれませんね。


 と思っていたら、素早く凸凹シスターズの二人がマノンに歩み寄ると、何やら耳打ちをし始めました。

 い、いかん! マノン、その話に耳を傾けちゃ駄目だ、そいつには巨大な尾鰭が付いているんだ!

 ち、違うんだ、クジラなんかじゃない、本当はメダカぐらいの話なんだよ。


 慌てて駆け寄って否定しようにも、新旧コンビに両腕を抱えられているので、身動きが取れません。

 そして、凸凹シスターズに耳打ちされたマノンが、見る見るうちに夜叉に変貌を遂げてしまいました。

 てか、ミューエルさんまでプンスコ怒ってるみたいなんですけど……ピンと立てた人差し指で、ちょいちょいっと手招きされました。

 逃げるわけにもいかず、新旧コンビに引き摺られるようにして連行されました。


「お、おはようございます、ミューエルさん、ギリクさん、マ、マノン」

「おはよう……ケント、後で色々聞かせてもらえるよね?」

「は、はい、それはもう、ご、誤解なんです……」

「ふん、エロチビが……」

「今朝もベアトリーチェと仲良くしてたんだってね……トモコ、アケミ、講習を受けるんだよね、僕が申し込み方を教えてあげるよ、行こう……」


 あぁ……マノンちゃんが、氷のような視線を残して去って行きます。


「君たちも講習を受けるんだよね? 申し込みしておいで……」

「はい、ミューエルの姐さん」

「行くぞ、八木……」

「お、おぅ、行く行く……」


 ガセメガネめ、腕組みしたミューエルさんの胸に目を奪われていたみたいだけど、しっかりギリクに見られていたの気付いてないみたいだね。

 またボロ雑巾みたいにされてしまえ。


「何をニヤニヤしているのかなぁ、ケント……」

「ひゃ、ひゃい! い、いえ、別に……何でも……」

「手前、ミュー姉に嫌らしい目ぇ向けてんじゃねぇぞ、ごらぁ……」

「そ、そんな、とんでもないです、誤解です……」


 結局、五人はマノンの引率で講習へ、僕はミューエルさんに指示されたギリクに襟首を掴まれて、訓練場の片隅へと連れて行かれました。


「さぁ、キチンと話してもらうからね」

「本当に、誤解なんですって……」


 ミューエルさんの誤解を解くために、ドノバンさんに起こされて、指名依頼をやり遂げた話をしました。


「そ、それは、確かにベアトリーチェの身体には触りましたけど、あくまでも治療ですし、ずっとマリアンヌさんが近くで見ていたんですからね」


 話を終えても、ミューエルさんはギリクと目線を交わして、信じていない様子です。


「手前、ふかしこいてんじゃねぇよ、大体Fランクの小僧が指名依頼なんか受けられる訳ねぇだろう……」

「そうだよ、ケント、指名依頼って言うのはBランク以上じゃないと受けられないんだよ」

「はい、ですから、僕、この前Bランクに昇格させられたんです」

「馬鹿か手前は、いきなりFからBにランクアップする訳ねぇだろう」

「ですから……FからD、DからBへ、二回ランクアップした事になってるんですよ」


 ギルドのカードを見せても、ロックオーガの一件や、ギガウルフの話をしても、ギリクは全然信用しない様子です。


「俺よりも弱っちいチビが、俺よりも2ランクも上だと……ふざけんじゃねぇよ」

「いや、そう言われても、僕が上げて下さいって言った訳じゃないので……」

「なら勝負しろ、手前が本当に強いって言うなら、本気の俺様に勝ってみせろ」

「いや、でも勝負って言われても……」

「なんだ、怖いのか、チビ助」

「そりゃ怖いですよ、まだ死にたくないですもの……」


 止めてくれないかと、チラリと視線を向けると、ミューエルさんは腕組みをして考え込んでいます。


「ちょっとやってみようか」

「えぇぇ……ミューエルさんまで……」

「うん、ケントがどれ程なのか見てみたい」

「そんなぁ……」


 ミューエルさんは、凸凹シスターズからギガウルフ討伐の話は聞いたけど、半信半疑なんだそうです。

 結局、命の危険を避けるために、木剣を使い、首から上への攻撃は無し、魔法を使っても構わないという条件で、ギリクと本気の勝負をする事になってしまいました。

 ギリクとはいずれガチ勝負をしたいとは思っていましたが、それは詠唱無しのギリクと対等に渡り合えるようになってからだと思っていたので、このタイミングでの勝負は少々不本意です。

 ただ、週初めの朝とあって、訓練場を使う人がいないので、目立たずには済みそうです。


「覚悟しろよ、チビ助、一瞬で終わらせてやるよ……」

「はぁ……お願いします」


 あーっ……もうこうなったらヤケですよ、やってやろうじゃないですか、もう、完膚無きまでにキャーン言わせてやりますよ。

 とは言え、防具も付けて木剣も持ったものの、どうやって戦いましょうかね。

 光属性の攻撃魔法は、当たり所が悪いと洒落になりませんし、あと使えるのは闇の盾ぐらいですけど、どの程度の強度があるのか試してないんですよね。

 あれ? キャーン言わすどころか、もしかして大ピンチ。

 10メートルほどの距離を取って向かい合ったギリクは、自分の勝利を欠片も疑っていないみたいです。


「いくぞチビ助、マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ!」


 身体強化の詠唱をすると、ギリクの身体が一回り大きく膨らんだような気がしました。

 いつものように、左肩を前に出した右上段に構え、ギリクは狼のような笑いを浮かべ地を蹴りました。

 速い! いつもよりも数段速い踏み込みで、ギリクが一気に距離を詰めて来ます。


「どぶはっ!」


 勝負は一瞬で終わってしまいました。

 闇の盾は思った以上に強度があるようですね。

 突っ込んで来る足元に闇の盾を出し、足を引っ掛けて前のめりに転ぶ顔の前にもう一つ闇の盾を出したら、派手に突っ込んでギリクは自滅しちゃいました。

 うん、ぐてーんと訓練場に伸びたギリクの鼻からタラーって鼻血が流れているのも、何だか凄く間抜けに見えます。


「えっと……治癒魔法を掛けた方が良いですかね?」

「はぁ……木剣を取り上げてからにしてくれる……」

「あっ、はい、了解です」

「ケント、今のは何? 詠唱は?」

「今のは闇の盾と呼んでいるもので、詠唱はした事が無いんです」

「何か、話を聞いただけだと信じられないけど、実際に見せられると信じるしかないよね」


 右手から木剣をもぎ取り、腫れ上がった顔面に手を当てて治癒魔法を流せば、打撲の跡は綺麗に消えて、ギリクは意識を取り戻しました。


「このチビ助がぁ!」

「ギリク! もう終わりよ!」


 意識を取り戻した瞬間、掴み掛かってきたギリクをミューエルさんが止めてくれました。

 ビクリと動きを止めたギリクは、改めて自分の状況を確認すると、ワナワナと震え始めました。


「そ、そんな馬鹿な……俺がこんなクソチビに負けるなんて……」


 状況は把握したけど、それを認めたくないって感じです。

 僕としても、こんな不意打ちみたいな勝ち方だと、難癖付けられそうで嫌なんですけどね。


「まぁ、ドノバンさんがBランクだと認めたのだから、疑う余地は無かったんだけどね」

「えぇぇ……それじゃあ別に勝負する必要なかったじゃないですか」

「でも、やらないとギリクが納得しないからね……ね? ギリク」

「う、嘘だ……俺が、こんなチビに……嘘だ……」


 ギリクは、ふらりと立ち上がり、じりじりと後ずさりすると、脱兎の如く訓練場から飛び出して行きました。

 うん、ギリクにしては見事なまでのヤラれキャラですな。


「ギリクは、同年代どころか、少し上の人にも負けた事がないから、ちょっと自惚れ気味だったから良い薬かも」

「大丈夫ですかね? ミューエルさんの見ていない所で喧嘩とか吹っ掛けられるのは嫌ですよ」

「えっ? 男の子は拳と拳で語り合うものなんでしょ?」

「いやいや、僕はそんな肉体派じゃないですからね」

「そうなの? まぁ大丈夫じゃないかな……そっか、ケントは私が思っていたよりも出来る子なんだね」


 そうそう、そうなんですよミューエルさん、僕は結構出来る子なんで、何なら惚れちゃっても良いんですよ。


「それで、みんなが誤解しているって分かってもらえました?」

「うーん……半分ぐらい?」

「半分って……」

「だって、からかう意図があるとしても、みんなが見ている前で女の子の方からキスなんかしないでしょ?」

「うっ……それは確かに……でも、じゃあなんで?」

「うふふ、ベアトリーチェも色々と目立ってる子だからねぇ……それはケントが自分で考えなさい、じゃあね……」

「えぇぇ……」


 ミューエルさんは、思わせ振りな笑顔を残して行っちゃったんですけど、結局何も解決してませんよね。

 もう、ベアトリーチェのせいで目茶苦茶だよ。


『災難でしたな、ケント様』

『全くだよ、収穫は闇の盾が思った以上に頑丈だって分かったことぐらいかな……』

『相手の力を利用して、何もせずに勝つ、素晴らしい手並みでしたぞ』

『うーん……スッキリはしないんだけど、まぁいいや、プロジェクト・メイサの仕上げに行こう』

『では、ラストックに移動ですな』


 訓練場の片隅にある倉庫の影からラストックへと移動します。

 これから始めるのは、カミラの噂を撒く事で、もう台詞は考えてあります。

 まず手始めは、駐屯地の騎士がターゲットです。

 倉庫やトイレなどで、一人で居る騎士を探し、わざと聞えるように一人二役で芝居をしました。


「カミラ様が、おねしょだと?」

「馬鹿、声が大きい、人に聞かれたらどうすんだ……」


 これを基本パターンにして、駐屯地のあちこちで噂を撒きます。

 僕の声を耳にした騎士は、例外無く驚いて、僕の居る方へ走って来る者も居ました。

 駐屯地の中が済んだら、次はラストックの街中へと出掛けます。

 路地裏、井戸端、家の壁越しに……あちこちに噂を撒いていきました。


「カミラ様が、おねしょなんかする訳無いだろう」

「俺もそう思うけどよ、駐屯地の騎士から聞いたんだぞ……」


 街の人達も、驚き、戸惑い、声の主を確かめようとしていました。

 市場の物陰、学校の廊下、教会の礼拝堂……聞き手の人間に合わせて、少しずつ台詞を変えていきます。


「聞いたか、カミラ様の噂……」

「おねしょって……そんな馬鹿な……」


 肯定でも、否定でも、とにかく噂が広まれば良いのです。

 午前中いっぱい、街中で噂を撒いたら、駐屯地の診察室へ向かいます。

 無理をする委員長を支える約束ですからね。


 委員長は、額に怪我をした女子の手当てをしていました。

 頭の傷だけに出血が多く、委員長も必死の形相で手当をしているのですが、本当に無理をしているらしく、手当てを受ける女子よりも顔色が悪く見えます。

 でも、その甲斐あってか、額の傷は綺麗にふさがったようです。


「ありがとう唯香、全然傷跡も残ってないよ……って、ちょっと大丈夫、顔真っ青だよ」

「うん、大丈夫、ちょっと休めば平気だから……もう、お昼だしね……」

「ホントに? あぁ、ちょっとソファーで休んだ方がいいよ、ほら肩貸すよ」

「ありがとう、うん、ちょっと無理したかも……」

「もう、駄目だよ、唯香が倒れたら私達どうしたら良いか……」

「大丈夫だよ、きっと王子様が助けに来てくれるから……」

「もう、王子様って……唯香は夢見過ぎ……でも、来てくれないかな、王子様」

「大丈夫、きっと来るよ、それまで頑張ろう」

「うん、うん……そうだね、頑張るよ」


 治療を受けた女子は、ソファーに横たわった委員長に、そっと毛布を掛けると診察室から出て行きました。

 すぐ影の中から委員長の背中に手を当てて、治癒魔法を流します。


「あっ、健人……」

「しっ……静かに……唯香は無理しすぎ……」

「うん、でも、王子様が居るから大丈夫だよ……」


 すっと力を抜いた委員長は、静かに寝息を立て始めました。

 エルナが診察室に入って来て、こちらを見ましたが、またドアを閉めて出て行ってしまいました。

 今だけはそっとしておいてほしいです、真面目で夢見がちなお姫様が休めるように。

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専属メイド処刑されるんじゃ?
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