マノン?それとも委員長?
身分証の作製を終え、日用品の買出しに出掛けたのですが、僕が新旧コンビとガセメガネに捕まり、マノンは凸凹シスターズに捕まっている状況は何とかならないでしょうかね。
「どうやってマノンちゃんと知り合ったんだよ」
「どうやってって……ギルドの戦闘技術の講習で一緒になって……」
「どこまでやった?」
「どこまでも何も、一緒に仕事したぐらいだよ……」
「嘘つけ……絶対何かイベント発生させてんだろう?」
「な、無い無い……そ、そんなのある訳無いじゃないか……」
「怪しいな……」
「そ、そんな事より、着替えとか日用品を揃えないと困る事になるよ」
ラストックで抑圧された生活を続けていたせいか、新旧コンビとガセメガネの追及がしつこいです。
マノンの方も、凸凹シスターズから何やら聞かれたり、良からぬ事を吹き込まれているのか、顔を真っ赤にしたり、目を白黒させてます。
うーん……大丈夫かなぁ、マノンけっこう天然なところがあるから、余計な事を口走ったりしてないかな。
そして買い物を始めると、当座の生活費を渡してしまったのが裏目に出て、あれやこれやと余計な物まで買い込もうとする始末で、どこぞの国の爆買い観光客かよと、突っ込み通しの有様です。
「おい和樹、武器屋があるぜ」
「おう、武器は必要だよな、見ていこうぜ」
「待った、待った、まだ討伐の仕事なんか受けられないから、武器なんか要らないよ」
「なんだよ国分、ケチケチすんなよ、金持ってんだろ?」
「何言ってんだよ、八木達だけじゃなくて、他のみんなも救出したら、それだけ生活費が必要になるんだよ」
自分達では、1ヘルトだって稼いで無いのに、人の財布を当てにしないでほしいよね。
「でもよぉ国分、こんだけ魔の森に近かったら魔物とか出るんじゃねぇの?」
「そうだぜ、達也の言う通りだ、やっぱ武器要るだろう?」
「城壁の中には魔物なんか出ないからね、道行く人を見てよ、冒険者以外は武器なんか持ってないでしょ」
ヴォルザードは最果ての街と呼ばれてはいますが、魔物が大量発生した時以外は、街の中ではゴブリン一匹見ることはありません。
武器を携帯しているのは守備隊の人か冒険者で、その割合は多くありません。
「いやさ、国分よ、魔物は出なくても護身用にナイフとかは持ってた方が良いだろう?」
「だーめ! そんなに武器が欲しいなら、まずは週明け、火の曜日の戦闘講習を受けてからにしてよ。 とにかく、今は駄目!」
「ちっ、マジでケチだな……てか、あいつらは良いのかよ?」
八木の指差す先を見ると、服屋から大量の包みを抱えた凸凹シスターズが出て来るところで、思わず頭抱えて座り込んじゃいましたよ。
小林さんは大丈夫だろうなんて思い込んだ僕が馬鹿でした。
「ちょっと、二人とも、どんだけ買い込んでるんだよ、当座の生活費って言っておいたよね」
「何言ってんのよ、女の子がオシャレにお金をかけるなんて当たり前じゃないのよ」
「そうよ、女の子はオシャレするために生きてるようなものよ、ねっ、マノン」
「えっ、ぼ、僕は……」
口ごもるマノンに小林さんが何やら耳打ちしました。
「そ、そうだね、ぼ、僕も女の子のオシャレは大事だと思う……」
マノンも包みを抱えているけど、もしかして買収されちゃった?
そんなイタズラが見つかった子供みたいな顔で言われても説得力が無いんですけど、面倒な事を頼んだ手前怒れないよねぇ……
「それで、いくら使ったの?」
「やだなぁ……大丈夫だって、ちゃんと靴を買うお金は残してあるからさ」
「そうそう、さぁマノン、次は靴屋さんに案内して」
「う、うん……」
チラチラと僕の顔色を窺っているマノンが可哀相になってきます。
「なぁ国分、俺らも武器買っても良いよな?」
「駄目! 言っておくけど、戦闘講習の講師はドノバンさんだからね、身の丈に合わない武器なんて持ってたら、どんな扱きを食らうか分からないからね」
「うっ、あのおっさんかよ……どうする和樹?」
「しゃーない、ここは……保留だな」
この後、靴屋さんで凸凹シスターズの買い物につき合わされ、無尽蔵に食うんじゃないかと思うような新旧コンビの買い食いに振り回され、綺麗なお姉さんにフラフラ付いて行きそうなガセメガネの耳を掴んで引き戻し、夕方守備隊の宿舎に連れ戻すまでに散々な目に遭いました。
五人を宿舎に叩き込んで、ようやく一仕事を終えた時には、マノンと顔を見合わせて大きな溜息をついちゃいました。
「ゴメン、本当にゴメンね、マノン……」
「ううん、ケントのせいじゃないけど……疲れた……」
庭師の見習い仕事をした時よりも疲れ果てているマノンを見て、心底申し訳無い気持ちで一杯になりました。
「お詫びに夕食ご馳走するけど、この前のパスタ屋さんで良いかな?」
「うん、でも……僕も服買ってもらっちゃったし……」
そうなんです、何だか凸凹シスターズに着せ替え人形みたいにされたようで、洋服の包みを抱えています。
「あぁ、それは気にしなくて良いよ、今後の迷惑料だと思えば安いもんだし」
「うっ……そ、そうだよねぇ……」
今日のような状況が続くことを想像したのか、マノンが遠い目をしてますねぇ。
いや、ホント申し訳ないです。
パスタ屋さんで、メヌエットにニマニマした視線でチラ見されながら夕食を済ませて、マノンを自宅まで送って行きました。
送っていく間、マノンの手を握って……って、洋服の包みを両手で抱えてるから無理ですね。
「ケントは、これからも友達の救出活動をするんだよね?」
「うん、今の状況は酷過ぎるから、なるべく早くしたいんだけど……難しいんだ」
「トモコ達に手伝ってもらわないの?」
「うーん……手伝ってもらうには、魔の森の向こうまで行ってもらわないと駄目だし、ちょっと難しいよね」
現状、五人は戦力として考えられるレベルじゃ無さそうだし、連れていく意味が無いですよね。
「ケントがそんなに大変な事をしていたなんて、僕ぜんぜん気付かなかったよ」
「僕の方こそ、今まで黙っててゴメン……」
「ううん、そんな事情じゃ仕方ないよ……でも、僕も救出の手伝いは出来そうもないね」
「うん、でも、その分、他の同級生を救出した時も、ヴォルザードに馴染む手伝いをしてもらえたら凄く助かるんだけど……」
「勿論、僕に出来る事ならば協力するよ、だってケントは街を守ってくれたんだよね」
マノンがキラキラした瞳で見詰めて来るのですが、実際に戦ったのはラインハルト達なので、僕が手柄を横取りには出来ませんよね。
「でもロックオーガを倒したのはラインハルト達だから」
「でもでも、あのギガウルフはケントが倒したんでしょ?」
「う、うん、まぁね……」
「凄いなぁ……」
うっ……もっと褒めても良いんだよ、マノンちゃん、僕は褒められて伸びるタイプだからね。
「い、いやぁ、でも貰った力だし、僕が凄いんじゃないよ」
「それでも、ケントが倒したんだよね?」
「う、うん……たまたまだよ」
「ね、ねぇケント、い、いつか僕とダンジョンに潜ってくれる?」
「えっ……えっと、同級生を全員助けて、元の世界に送り返せたら……」
そう言うと、突然マノンが立ち止まりました。
今さっきまでキラキラ、ニコニコしていた表情が強張っています。
「ねぇケント、元の世界に戻れる事になったら、ケントも帰っちゃうの?」
「そ、それは……まだ分からない……」
「ヴォルザードに残るかもしれないの?」
「うん……正直、迷ってる……」
「ぼ、僕は……残ってほしいなぁ……」
うっ……そんなウルウルした目でお願いされちゃったら、残るって即断しちゃいそうですよ。
てか、マノンをお持ち帰りするという手も……って無理か。
日本に帰ったら、僕はポンコツな子供に逆戻りですから、マノンを連れていったとしても、養う事なんか出来ませんよね。
あれ? それとも戻ってからも魔法が使えたりするのでしょうかね。
「ま、まだ戻れるって決まってないから……考えてみる……」
「うん、考えてみて……」
そこからマノンの家までは、二人とも言葉が見つからなくて、黙ったままで歩きました。
みんなを救い出せたら……日本に帰れるようになったら……それが目標なはずなのに、その時が来たら僕は決断しなくちゃいけない訳で、その時が来るのが怖いと感じてしまいました。
「じゃあ、送ってくれてありがとう」
「うん、またね……」
マノンの家の前で別れて、下宿に戻ろうとしたら呼び止められました。
「ケ、ケント……痛っ!」
「ふぎゃ……」
呼び止められて、振り向いたところに、マノンの顔が接近して来たと思ったら、こめかみに頭突きを食らいました。
「お、おやすみ!」
「えぇぇ……?」
マノンは逃げるようにして家に入ってしまっていて、夜道に一人立ち尽くしてしまいました。
なぜに頭突きなのでしょう? というか、そんなに僕に腹を立てる事があったのでしょうかね。
もしかして小林さんと桜井さんに振り回されたのが、物凄く癪に障っていたのでしょうか。
えぇぇ……マノンとは良い感じになれていると思っていたのですが、勘違いなんでしょうかね。
一体なにがいけなかったのか、今後もマノンは協力してくれるのだろうかと、グルグルと考え続けているうちに、下宿まで戻って来てしまいました。
うーん……乙女心は謎すぎます。
アマンダさんに挨拶して、部屋に戻ると、ラストックからフレッドが戻って来て、声を掛けてきました。
『ケント様……聖女様のケアも忘れず……』
『はっ! そうだった、委員長にはみんなのケアを押し付けちゃったんだもんね』
影に沈んで、フレッドと一緒にラストックの駐屯地へと向かいました。
委員長はと言えば、診察室のソファーにグッタリと身体を預けています。
その表情には、ありありと疲労の色が浮かんでいて肩で息をしている状態でした。
「聖女様、あまり無理をなさっては……」
「ふざけないで、誰のせいでこんな事になってると思ってるのよ!」
委員長はエルナに向かって食って掛かりました。
まるで毛を逆立てて威嚇しているニャンコみたいです。
一方のエルナは、モフりたいのにモモフれずに戸惑う飼い主みたいな表情をしてます。
「今日のみんなの怪我の具合を見たでしょう。 みんな心も身体も打ちのめされてボロボロじゃないのよ! どうして私達が、こんなに辛い目に遭わなきゃいけないのよ!」
「それは、私も酷いとは思いますが、私の一存では……」
「だったら無理するななんて、無責任な事を言わないでよ。 これ以上仲間を失うなんて、私には耐えられない……そんなの絶対に嫌なの!」
立ち上がって喚き散らした委員長は、眩暈を感じたのか、額を抑えてソファーに崩れ落ちました。
慌てて駆け寄ろうとしたエルナは、睨み付ける委員長の視線に気圧されたように足を止めます。
「少し休んだら部屋に戻るから、一人にしてよ!」
「分かりました……早めに戻って休んで下さい」
エルナは一礼すると診察室を出て行きました。
診察室のドアを閉め、中から委員長のすすり泣く声が洩れてくるのを聞き、溜息を付いてから廊下を歩み去って行きます。
『フレッド、周囲に人は居ないよね?』
『大丈夫……誰か来たら知らせる……』
『頼むね……』
見張りをフレッドに頼んで、委員長の所へ戻ります。
委員長は、演技ではなくマジ泣きしているようで、こっちまで胸が苦しくなりました。
「委員……ゆ、唯香……」
「はっ……健人君?」
診察台の影から表に出ると、委員長が抱き付いて来ました。
「健人君……健人……」
「ゴメンね、唯香にばかり負担を掛けちゃって、五人は無事にヴォルザードに連れていって、当座の生活が出来るようにしてきたよ」
「本当に? みんな元気にしてる? 酷い事されてない?」
「新しい環境に戸惑ってはいるけど、ヴォルザードの人達が協力してくれているから大丈夫だよ」
当座の生活費を湯水のごとく消費して、爆買いしてたなんて言えないよね。
「良かった……本当に良かった」
「こっちの状況はどう? さっきの会話を聞かせてもらったんだけど、状況が悪化してるの?」
「うん、みんな五人が死んだと思っているから、騎士達に逆らう気力が無くなっちゃってるし、これまで以上に厳しい訓練を言われるままにやらされてるみたい」
「くっそぉ……やっぱり実戦に出るのを待っていられないかな……」
「何とか、救出を早める事は出来ないかな?」
「うーん……」
駐屯地に侵入しての救出作戦となると、大掛かりになりそうだし、どうすれば良いのかも分かりません。
『ケント様……聖女様の治癒を……』
『あっ、そうだね……』
フレッドに言われて委員長を治癒する事を思い出すと同時に、ずっと抱き合ったままなのを意識してしまい、心臓がドキドキしてきます。
でも、接触面積が大きい分、自己治癒の延長のようにして委員長に治癒魔法を流しました。
「えっ……これって……」
「ゆ、唯香……黙っていてゴメン、僕、光属性の魔法も使えるんだ」
「あっ……じゃあ、これまでにも……」
「うん……黙って治癒魔法を掛けてた、ゴメンね」
黙っていた事を謝ると、委員長は僕の背中に回した腕に、キュっと力を込めてきました。
「ありがとう……健人はずっと見守ってくれていたんだね」
「ゆ、唯香に、こんなに辛い思いをさせてきた僕には、お礼を言ってもらう資格なんて無いよ、ゴメンね」
「そんな事ない! 鷹山君なんて、あんなに凄い魔法を使えるのに、メイドの女の子に夢中でみんなを助けようともしてないんだよ」
「でも、鷹山も隷属の腕輪を着けてるから、奴らには逆らえないんじゃないの?」
「それでも、もっとやり様があると思う……それに較べて、健人は一人で救出の準備を整えて、五人を助けてくれたじゃない、凄い、本当に凄いよ」
委員長は、僕の首筋に顔を埋めるようにして、更に強く抱きついてきます。
「私の王子様……このまま、私を連れて逃げて……」
「唯香……ゴメン、今は……」
「ううん、わがまま言ってみたかっただけ……そうだ、私も実戦に同行出来るように頼んでみる」
「そうか、うん、それなら早く救い出せるよ」
「ヴォルザード……早く行ってみたいな……」
「とっても親切な人ばかりで、とっても良い街だよ」
『ケント様……世話役が戻って来る……』
「唯香、エルナが戻って来るみたいだから行くね……また連絡に来るから」
「うん、待ってる……」
ふぉぉぉぉぉ! また委員長にチュッてされちゃったよ。
フレッドに引っ張られて影の中へと戻ると、入れ替わるようにエルナが診察室へと入って来ました。
「聖女様、そろそろお部屋に……」
「今から戻るところよ……」
委員長は穏やかだった表情を一瞬で引き締めて、冷たい口調で言い放つと、エルナを押しのけるようにして診察室から出て行きました。
あまりに見事な豹変ぶりに、もしかして僕に見せているホワホワした表情も演技なのかと、ちょっとだけ不安になってしまいました。
ラストックの駐屯地から、一旦下宿に戻り、ラインハルトと一緒に魔の森の特訓場へと向かいました。
明日は光の曜日、先週はロックオーガの襲撃があったから、たぶん術士の講習もキチンと終わっていないはずです。
ならば、ミューエルさんは講習で、犬ッころは暇そうにしているはずです。
先週鎖骨を折られた借りを返さないといけませんからね。
それに、救出作戦などで、特訓出来ない日が続いています。
出来る時には鍛練して、もっともっと強くなって、早く委員長やみんなを救い出さないといけません。
『まだまだ、もっと腰を入れてシッカリ踏み込む!』
「やあぁぁぁぁ!」
『そらそら、遅い、遅いですぞ』
「うっ、くぅ……だぁ……ふぎゃあ……」
いくら踏み込んでも、いくら剣を振るっても、ラインハルトには届きそうもありません。
でも、何度叩きのめされても、転がされても、諦める気なんてありませんよ。
先週は、油断していたとは言え、ギリクに一本打ち込めました。
今週は、油断していないギリクに食い下がって、またウンザリさせてやります。
そのためには、1センチでも1ミリでも良いから前に進むだけです。
『ケント様、今夜はこのあたりで……』
「も、もう一本……」
『ケント様、シッカリ休むのも鍛練のうちですぞ』
「そうか……そうだね、ありがとうございました」
ラインハルトに一礼して、汗を流してから下宿へ戻ります。
さすがに川の水は冷たすぎるので、ヴォルザードに来る前に馬車から頂いた大きな鍋でお湯を沸かして、汗を流しました。
下宿のベッドに倒れ込めば、たちまち眠りに落ちてしまいました。