断罪の槍
「叩き落せ! 一匹たりとも中に入れるな!」
「来るぞ! とにかく落とす事に専念しろ!」
「北側にも回り込まれた! 応援頼む!」
「うぎゃぁぁぁ、助けて!」
「入り込まれた! カバーしろ! 早く!」
ラストックの駐屯地を囲む水堀は、既にニブルラットで埋め尽くされていました。
住民の避難は終わったのか分かりませんが、既に跳ね橋は上げられ、騎士達は城壁上に陣取り、上って来るニブルラットを必死で叩き落しています。
城壁の上には、近衛騎士に付き添われたディートヘルムの姿もありました。
緊張からか顔を蒼ざめさせていますが、ビビリながらも王子の役割は果たそうとしているようですが、邪魔になっているような気がしないでもないですね。
川の中ではザーエ達が、川を渡った荒地ではゼータ達が奮戦しているようですが、とにかくニブルラットの数が多すぎて、撃退しきれないようです。
川面もニブルラットで埋め尽くされている状態で、その圧力が駐屯地へと押し寄せて来ています。
騎士達も奮戦を続けていますが、押され気味に見えるので、城壁に沿って闇の盾を広げました。
足掛かりを失ったニブルラットが、下から登って来る連中を巻き込みながら、バラバラと落ちて行きましたが、またすぐによじ登り始めます。
それを見て、ほっと一息ついた騎士達は、再び表情を引き締めました。
「ラインハルト、状況を教えて!」
『申し訳ございません、ケント様。数も範囲も予想外で、眷属達の間を抜けて来られてしまいました』
眷族達の能力は高いのですが、あまりにも数が違い過ぎ、手で掬った水が指の間から零れるように抜けられてしまっているようです。
ラインハルトも奮戦を続けていたようで、例によって返り血に塗れていますが、対処しきれていません。
魔の森の方角を眺めると、ニブルラットの大群によって埋めつくされ、地面が波打っているように見えます。
しかも、ニブルラットの大軍の中には、ゴブリンやコボルト、オークなどの魔物まで混ざっているようです。
「グライスナー領への連絡は?」
『既にコボルトに書状を持たせて向かわせましたぞ』
既にかなりの数の魔物が、ラストックを回避して更に内地へと向かっているようです。
グライスナー領へと向かう途中には、ちょっとした峠もあり、森も広がっているので、餌を求める群れでなければ、街を襲わずに隠れ住むかもしれません。
「コボルト達を呼び戻して、城壁の防衛に回して」
『はっ、直ちに……』
「ゴブリンの極大発生の時みたいに餌場を作っても止まらないの?」
『仲間の死骸には見向きもせずに向かって来るので、我々だけでは止められない状況です』
「よし、ちょっと試してみようか、ザーエ達を一旦戻して」
川の中で奮戦を続けていたアンデッド・リザードマンを巻き込まないように戻らせてから、有り余っている魔力を使っての攻撃魔術を試してみます。
「まずは、風から……」
影の空間から川面に向かって風属性の魔術で竜巻を作りました。
イメージは、ギガースに対して行われたバルシャニアの集団魔術です。
少し規模は小さくなったものの、泳いでいた魔物達は渦に囚われ、川の水ごと巻き上げられました。
「おい、何だあの竜巻は!」
「馬鹿野郎、手を止めるな、上がって来るぞ!」
竜巻は、城壁の防衛を行っている騎士達の目にも入りましたが、ニブルラットを押し返す手を止めるわけにいかないようです。
川面を埋め尽くすニブルラットや魔物を巻き上げながら、竜巻を下流へと移動させてみました。
竜巻が通過した直後には空白地帯が出来るものの、すぐに魔物が押し寄せて埋め尽くされてしまいます。
「うーん、思ったような効果は出ないなぁ、それじゃあ、ここへ、火球を……」
ギガースを焼き焦がした炎の竜巻を真似したのですが、こちらの竜巻の中には、川の水も一緒に巻き上げられていたので、手加減無しで撃ち込んだ火球が接触した瞬間、猛烈な勢いで水蒸気が発生しました。
「あっ、これ拙いかも……みんな伏せて!」
ドガァァァァァン!
一瞬、川底が見えるぐらいの水蒸気爆発が起こり、渦に巻き込まれていた魔物は肉片となって降り注いで来ました。
城壁上へと闇の盾を出し、そこから大声で怒鳴ったけど、ちょっと間に合わなかったようで、爆風に煽られた騎士達が右往左往しています。
うわぁ、ディートヘルムも血塗れになってるよ。
「うひゃぁ、失敗、失敗、やり過ぎちゃったよ。てへっ」
『ぶはははは、ケント様、敵も味方も目を丸くして止まっておりますぞ」
爆心地を中心として、今度は大きめの空白地帯が生まれましたが、それも魔の森の方からジワジワと埋められていきます。
「うーん、ちょっと変だよね。あれだけの爆発があっても止まらないなんて」
『仰る通りですな。これは、何か原因があるのかと……』
ヴォルザードを襲ったゴブリンの極大発生は、一旦止まった後、突如として押し寄せてきましたが、その原因を作ったのは、四頭のサラマンダーでした。
「ニブルラットの群れの後ろに、何かが居るのかな?」
『その可能性は高いですな』
「ネロ、ちょっと戻って来て」
魔物の群れを空から斬り裂いていたネロを、影召喚で呼び戻します。
「斬っても斬っても、キリがにゃいにゃ」
「ネロ、群れの後ろに何か大きな魔物が居ないか見て来てくれない」
「分かったにゃ、行ってくるにゃ」
「ゼータ、エータ、シータは、魔物がヴォルザードに向かわないように、森の中で威嚇していて」
ニブルラットが、何に従って方向を決めているのか分かりませんが、この大群がヴォルザードに向かうと厄介です。
ゼータ達が威嚇していれば、ある程度は方向の制限が出来るはずです。
まるで百鬼夜行のごとく押し寄せて来る魔物を見ていると、偵察に出掛けたネロが戻ってきました。
「頭が三つある大きなヘビが居るにゃ」
「頭が三つ?」
『ケント様、ヒュドラかもしれません』
ヒュドラは、元々は頭が一つだった大蛇が、魔王によって複数の頭を持つ姿に作り変えられたと言われている魔物だそうです。
頭の数は、二つから九つまで幾つかの説がありますが、実際に目にしたという記録が残されておらず、正確な数は不明だそうです。
「頭がいくつあろうと関係無いよ。そいつのせいで魔物の群れが止まらないなら、討伐するだけだね。ネロ、案内して」
「任せるにゃ」
ネロと一緒に影に潜って、ニブルラットの群れの最後尾へと移動すると、思わず絶句するような光景が広がっていました。
ヒュドラとおぼしき魔物が、魔の森の木を押し倒すようにして進んで来るのですが、三つに分かれた鎌首の高さはギガースと同じぐらいあります。
三つの首の付け根から尾までは、更に倍以上の長さがあって、正に怪物と呼ぶのが相応しい大きさです。
「うわぁ……確かに、これじゃあ逃げたくなるよね……」
「にゃぁ……ネロの手にも負えないにゃ」
ヒュドラは、三つの鎌首をその大きさからは想像出来ない速さで動かして、魔物を腹に収めていきます。
三つの頭が前後左右を見張っているようで、迂闊には近付けません。
「何だか、生きている要塞って感じだね」
ヒュドラの三つの頭は、それぞれが違う魔術属性を備えているように見えます。
中央の首は火属性、向かって右側の首が風属性、三本目の首が水属性です。
火属性の首は火球を、風属性の首は風の刃を含んだブレス、水属性の首は毒液を吐き掛けて攻撃しているようです。
身体の大きさ、攻撃力、たぶん属性魔術によって守りも固めているでしょう。
普通の人が、正攻法で戦いを挑んでも、返り討ち間違いなしですね。
訓練された集団で挑んでも、相当厳しい戦いになるでしょう。
一見すると難攻不落にも思えますが、首から上の動きは速いのですが、鎌首を支える胴体は巨大で、素早く動けるようには見えません。
「さすがのヒュドラでも、胴体がバラバラになったら生きていられないよね?」
「にゃぁ……ご主人様が腹黒い笑みを浮かべているにゃ。やり過ぎは駄目にゃんだにゃ」
「でもさ、中途半端な攻撃で傷付けて、暴れられる方が拙くない?」
「それはそうだにゃ……でも、やり過ぎたらラインハルトに怒られるにゃ」
「いやいや、今日は緊急事態だから仕方ないでしょう。と言う訳で、大型の槍ゴーレム、投下!」
「にゃっ! 止める暇も無かったにゃ……って、落ちて来ないにゃ」
「いつもより高いところから落としてまーす!」
「ご主人様が暴走してるにゃ。ネロは、ヒュドラに同情するにゃ」
大型の槍は、上空10キロメートルぐらいを意識して落としてみました。
大気圏に突入しながら真っ赤に熱せられて降って来る…… やっぱり落すならば、派手な方が良いもんね。
20秒ほど待っていると、赤い点が見えて来ました。
燃え尽きてしまわないか心配でしたが、どうやら闇属性ゴーレムとしてのリンクも生きているようです。
「ネロ、表に出ちゃ駄目だからね」
「出ろと言われても断るにゃ」
巨大な闇の盾を出して、音速を超えて降って来る槍をキャッチし、ヒュドラの直上から射出しました。
槍が見えた瞬間に闇の盾を閉じて影の空間に退避、外部とのアクセスを断ってしまえば、音も振動も伝わってきません。
「にゃー……ご主人様、きっとやりすぎてるにゃ」
「まったくネロは心配性だね。ヒュドラを倒すんだから、あの程度は必要だって」
「きっと凄い事になってるにゃ、見るのが怖いにゃ……」
「大丈夫だって……たぶん。でも、一旦駐屯地へ戻ろうか」
「その方が良いにゃ」
ネロと一緒に駐屯地まで戻ってみたら、大騒ぎになっていました。
「星が落ちた! 神の裁きだ!」
「断罪の槍ではないのか」
「この世の終わりだ……滅びの時が訪れたんだ……」
騎士達は、ニブルラットを叩き落すのも忘れて、魔の森を指差して、騒ぎたてていますし、頭を抱えて蹲っている者さえいます。
いやいや、皆さん大袈裟すぎでしょう……って、きのこ雲出来てるよ。
既に日は落ちていますが、大きな月が昇っているので、魔の森の奥に立ち上る雲を照らし出しています。
モクモクと吹き上がった粉塵が、強い西風に乗って東の方へと流れていきます。
またしても、人も魔物も動きを止めて魔の森の方へと視線を注いでいますね。
『ぶはははは、さすがはケント様、もはや神の領域すら超えていかれましたな』
「いやぁ……神の領域はオーバーだけど、ちょっとやり過ぎちゃったかな?」
『ヒュドラは、どうなされましたか?』
「さぁ? あの真下に居たはずだから、形も残っていないかも。と言うか、森からの圧力が上がっちゃったみたいだね」
『ヒュドラどころではない威力でしたからな』
ヒュドラを討伐すれば、森からの圧力が減る予定でしたが、ちょっとだけ威力が高かったせいで、更に魔物が逃げ惑い、ラストックへと向かう勢いが増してしまったようです。
「仕方ない、途中に何発か打ち込んで、逃げる方向をバラバラにさせよう。ザーエ達は、ゼータ達の応援に行って」
「了解しましたぞ、王よ」
手持ちの槍ゴーレムは、大型が一本、中型が二本、小型が六本です。
とりあえず中型の一本を、ラストックと魔の森の間にある荒れ地に落しました。
一時的ですが、更にラストックに向かう圧力が増えたので、川の対岸に小型の槍を二本投下しました。
これでラストックへ向かってくる圧力はグッと低下しましたが、心配していた通りに、魔物の群れの一部がヴォルザードの方へ向かい始めたようです。
ゼータからの知らせを受けて、今度はヴォルザードへ向かおうとする群れの先頭に、小型の槍を三本、立て続けに落として群れの動きを止めました。
「ゼータ、押し返して」
「畏まりました、主殿」
ゼータ達が猛烈に吠え立てると、魔物の群れは向きを変えて戻って行きます。
何だか牧羊犬で羊の群れを誘導している気分ですね。
「ネロは、北から南に向かって押し返して」
「分かったにゃ」
東側をゼータ達とザーエ達に囲ませ、北からネロが追い込みを掛け、残った西側は僕らが担当しますかね。
「さあ、ラインハルト、バステン、やっちゃって」
『ぶははは、待ってましたぞ、行くぞバステン!』
『分団長、派手にやりましょう』
ラインハルトとバステンは、ラストックの対岸へと移動して、思うがままに暴れ始めました。
ラインハルトは、愛剣グラムに炎をまとわせ、魔物の群れを薙ぎ払ってます。
これでも止まらなかったんだから、ヒュドラの圧力は相当なものだったんだろうね。
ラインハルト達を援護するために、影の空間から魔物の群れに向かって火球をバラ撒いて、南に向かって押し返します。
どうにか魔物の群れの侵攻は収まったようなので、ヒュドラがどうなったのか確かめに行きました。
「あはっ、あはははは……見なかった事にしよう……これは隕石の仕業だよ」
大型の槍が落ちた場所には、直径200メートルを超えるようなクレーターが出来ていて、その周囲の木々も同心円状に薙ぎ倒されていました。
ヒュドラなんか影も形も無いのですが、ちゃんと討伐できたのでしょうかね。
と言うか、この攻撃にも耐える魔物がいたら、打つ手無いですよね。
駐屯地へと戻ると、押し寄せて来る魔物が激減したおかげで、騎士達もようやく一息入れて汗を拭っています。
何匹かニブルラットが城壁を乗り越えて侵入しましたが、コボルト達が追い掛けて始末したようです。
慣れない鎧に身を包んだディートヘルムも、ようやく緊張状態から脱したようですね。
水蒸気爆発によって降り注いだ魔物の血肉を浴びたせいで、なかなかに迫力のある出で立ちになっています。
ディートヘルムの正面に闇の盾を出し、表に出ながら声を掛けました。
「まだ終わった訳じゃない。気を抜くなよ、ディートヘルム」
「魔王様、ご助力ありがとうございました。あの、姉上は……」
「僕がここに居るんだよ。完治させてきたに決まってるじゃないか」
「はっ、失礼いたしました」
「カミラは第一王妃に毒を盛られて、身体が自由に動かなくなったところを刺されていた。かなり危険な状態だったけど、今はもう問題無い」
第一王妃は、カミラがアルフォンスを殺したのだと吹き込まれていたと話すと、近くにいる騎士達からは、戸惑うような声が上がっていました。
「そんなデマを一体誰が……」
「さぁ、それは、これから調べる必要があるけど、ここに居る者が考えることじゃないよね」
「ですが、姉上の身に、この先も災厄が降りかかるようでは……」
「ディートヘルム。それはカミラが考えることだ。お前には、お前のやるべき事があるだろう。僕が見ただけでも、相当な数の魔物が内地へと入り込んでいる。グライスナー侯爵領との間が、魔の森と同じような状態になっているはずだぞ」
「確かに……魔王様の仰る通りです」
「現状、ラストックは魔の森の中に孤立しているようなものだ。街道の往来を確保しないと、様々な物資が不足するんじゃないのか」
魔の森の中で孤立と聞いて、周囲には動揺が走り、思わず呻き声を上げる騎士もいました。
そんな中でも、ディートヘルム付きの近衛騎士、ユルゲンは落ち着いた様子を崩していませんでした。
「うろたえるな。魔王様の仰る通り現状は厳しいが、絶望的な状況を乗り越えたのだ。我々が成すべき事は、力を合わせて住民を守る事、なにより希望を捨てぬ事だ!」
ユルゲンの一喝を受けて、騎士だけでなくディートヘルムの背筋も伸びた気がします。
実際、ラストックの街は、魔物によって大きな被害が出ています。
オークの襲撃による被害から、ようやく復興してきた所でしたから、住民のショックも大きいはずです。
「ディートヘルム、僕は二、三日の間は来られなくなると思うが、眷族に様子を見せに来させるから、食料など緊急に必要な物資があれば伝えて。グライスナー侯爵領との往来が出来ない場合でも、影の空間を通して直接運ばせるから」
「ありがとうございます。数日分の食料は確保してありますが、孤立が長期化するような場合には、お願いさせていただきます」
城壁を守護していた騎士に数名の怪我人が出ていましたが、ニブルラットは人を襲って食べるのが目的ではなく、隠れ家として駐屯地に入り込もうとしたらしく、緊急の治療を要するような重傷者は居ませんでした。
ただ、街中の建物には、ニブルラットが隠れ潜んでいる可能性もありますし、夜が明けてからの復興作業は危険や困難を伴いそうです。
『ラインハルト、コボルト隊から五頭ほど選んで、ラストックの街に隠れているニブルラットの討伐をさせて。残りのみんなは、ヴォルザードの周辺の警戒をお願い』
『了解ですぞ、今の所、ヴォルザードに向かう大きな群れは確認出来ておりません。ただ、完全に南の大陸まで戻った訳ではないので、油断は禁物ですな』
『クラウスさんにも知らせておいた方が良いんだろうけど、ちょっと時間が遅くなり過ぎたかな』
『そうですな。明日……と言いたいところですが、ケント様はブースターを使用されたのでしたな』
『そうなんだよね。まだ大丈夫そうだけど、効果が切れた後、どうなるのか怖いね』
ラインハルトと今後の事を話していると、ハルトが呼びに来ました。
「わふぅ、ご主人様、騎士団長が来たよ」
「ようやくか、随分と時間掛かったけど、何かあったのかな?」
「わぅ、誰か逃げたとか言ってた」
「まさか……ディートヘルム、僕は王城へ戻るから、ラストックは頼んだぞ」
「はっ、お任せ下さい」
ディートヘルムつきの近衛騎士ユルゲンとも視線を交わしてから影へと潜り、王城を目指しました。





