隷属の魔道具
日没を迎えたヴォルザードの街は、いつも以上に活気に溢れていました。
日が暮れてからグリフォンは狩りを行わないので、みんな安心して屋外へと出て来られるからです。
日中に外出出来ないのなら、日が落ちてから買い物や用事を済ませれば良いと考えているのでしょう。
それならば、グリフォンが居座っている間は、昼夜逆転の生活をすれば良いではないかと思ってしまいますが、農作業などは昼間じゃないと出来ない作業もあるでしょうし、夜中は夜中で別の魔物が活気付く時間でもあります。
それに、子供達が学校に通えなくなってしまいますよね。
ノットさんの魔道具屋にも、普段よりも多くのお客さんが訪れていました。
お客さんのお目当ては、夜間の活動が増えるのを見越してか、光の魔道具のようでした。
「こんばんは、ノットさん、例のものはどうでしょう?」
「あぁ、ケントさん、こんばんは。どうぞ奥に通って下さい。親父と妹が作業してますので」
「分かりました、お邪魔しますね」
カウンターの脇をすり抜けて、奥の工房へと足を踏み入れます。
工房では、ノットさんの父親のガインさんと、妹のイエルスさんが、僕の注文品を制作している最中でした。
「こんばんは、お世話になってます」
「うむ……」
「どうも……」
ガインさんもイエルスさんも、軽く頷いただけで、すぐに作業に戻ってしまいます。
それでも、ガインさんが顎で示したテーブルの上には、注文の品物が載せられていました。
「まだ、それ一つだけだ……」
「他は、早くても明日の午後だね……」
ガインさんは、ドワーフの血が混じっているそうで、ずんぐりとした筋肉質の体型で、見るからに力が強そうな印象を受けます。
イエルスさんも父親似の体型で、二人とも職人気質らしく会話は短い単語二つ、三つでお終いという感じです。
テーブルの上に置かれているのは、特別性のボーラです。
束ねられた三本の鎖の一本の長さは1・5メートルぐらいで、ミノタウロスの角を削り出して作られています。
そして、鎖を束ねる部分には、隷属の腕輪が仕込まれています。
手にしてみると、ズッシリとした重さがあり、僕では到底扱えそうもありません。
「すみません。ちょっと試してきても構いませんか?」
「うむ……むしろ試して意見を聞かせてくれ。機能としては問題ない」
「私達も、作るのは初めてだから使い勝手の部分ね」
「分かりました、では……」
作業場から特製ボーラを両腕で抱えて、闇の盾を潜って訓練場へと逆戻りです。
「ラインハルト、バステン、フレッド、ちょっと試してみて」
『了解ですぞ。ふむ、鎖の部分はかなり頑丈に作ってあるようですな』
『この鎖が絡まれば、隷属の腕輪と同様の働きをするのですね』
『ケント様……発想が素晴らしい……』
グリフォンは、風属性の魔法を纏っているので攻撃を逸らされてしまいます。
攻撃を当てるには、グリフォンの魔法を無効化する必要があると考えた時に、魔法が使えなくなる手段として隷属の腕輪を思い出したのです。
ですが、普通の腕輪ではグリフォンに着けることができません。
そこで思い付いたのが、ボーラに隷属の腕輪の機能を持たせることです。
魔道具職人のガイルさんが問題無いと言うのですから、巻き付けば威力を発揮してくれそうです。
問題は、巻き付けるための使い勝手でしょう。
『ではケント様、試してみますので、少し離れていただけますかな?』
ラインハルトは、鎖を束ねた部分を右手で持ち、束ねた鎖を左手で持つと、大きく反動を付けて振り回し始めました。
ブーン、ブーンっとゆっくりと回され始めた鎖は、徐々に速度を上げて、風を切る音も鋭さを増していきました。
ビュ、ビュ、ビュ、ビュ、ビュ、ビュン!
タイミングを見計らってラインハルトが手を離すと、ボーラは空中を跳びながら広がり、30メートルほど先の大木にジャラジャラと音を立てて絡まりました。
人間だったら、衝撃で身体の骨がバラバラになりそうですが、相手はグリフォンですから問題無いでしょう。
「どうだった、ラインハルト」
『悪くないですな。いや、良い出来だと思いますぞ』
この後、バステンとフレッドも交代で試してみましたが、二人とも納得の出来映えのようです。
『バランスも良いですし、扱いやすいですね』
『重さもあるし、良く広がる……これならいける……』
工房に戻って感想を伝えると、ガインさんは、ようやく少しだけ笑みを浮かべてくれました。
職人さんとしては、ただ品物を納めただけでは駄目で、良い出来栄えだと言ってもらって初めて安心するのでしょう。
「この鎖は、スムーズに動くギリギリの隙間を狙って削り出してある。普通に考えて、接触が途切れるような事は無いだろうが、もし途切れれば隷属の効果も途切れてしまうからな」
「なるほど、隷属の腕輪も嵌めた状態じゃないと効果が出ないですもんね」
「そういう事だ」
「あの、魔道具の術式と、人が使う魔法って違うものなんですか?」
「基本的に、起こる現象は同じものだが、人が使う魔法の方が自由に操れる分だけ応用が利くな」
「魔道具の魔法は、誰でも使えるけど色々と制約が有るって事ですか?」
「その通りだ。古い言い伝えでは、遥か昔の賢者が、人が使っている魔法を魔道具用の術式として書き示したのだと言われているが、その技術の多くは失われてしまったらしい」
つまりは、術式による魔道具の魔法は、人間が使っている魔法の下位互換みたいなもので、遥か昔にはもっと多くの術式が存在していたらしいと言う事なのでしょう。
「それじゃあ、魔道具の術式も六つの属性に分かれているんですか?」
「基本的にはそうなるのだろうが、光の魔道具には治療の効果は無いし、土属性の魔道具も存在していないな」
「あの、僕らはリーゼンブルグの召喚術で召喚されて来たのですが、召喚っていうのは何属性になるんでしょうかね?」
「ふむ……魔物を呼び出すのであれば、それこそ闇属性の魔法になるだろうが、人間を呼び出す魔法となると……さて、何属性になるのかな……」
僕とガインさんが首を捻っていると、イエルスさんが作業の手を止めて話に加わって来ました。
「闇属性と何か別の属性を組み合わせたものでしょう」
「複合魔法という事ですか?」
「そう、人が使う魔法でも、風属性と火属性を組み合わせると、単純に倍の威力ではなく何倍にも威力が膨れ上がるし、物を冷やす魔道具の術式も、異なる魔法同士を掛け合わせたような形になっています」
「それって、闇属性と別の属性の魔法を一緒に使える人ならば、召喚が行えるかもしれない……って事ですか?」
「まぁ、考え方としてはそうなのでしょうけど、実際にそんな魔法を使える人なんか居ませんからね」
ガインさんも、イエルスさんも、僕が闇属性の魔法を使える事は知っていますが、その他に光属性や火属性、土属性の魔法まで使える事は知りません。
でも、もし闇属性と別の属性を掛け合わせれば召喚術が使えるようになるとしたら、僕が日本からヴォルザードに居る同級生達を逆召喚する事も出来るかもしれません。
いまはグリフォンの討伐に集中しないといけませんが、これが片付いたら残りの風属性や水属性も手に入れて、召喚が可能なのか検証してみる必要がありそうです。
あと二本の特製ボーラも、明日には仕上げてもらえるそうなので、今日のところは下宿へと戻ることにしました。
闇の曜日でアマンダさんの店は定休日ですが、厨房からは良い匂いが漂っています。
今日は、独立に向けてメリーヌさんが教わったレシピで料理を作り、手際や腕前を見てもらう事になっています。
修行に来る以前は、父親が残してくれた店を畳む事も考えていたようですが、今では自分が切り盛りしていくだけの自信を手に入れつつあるようです。
「アマンダさん、ただ今戻りました」
「あぁ、お帰りケント。丁度良かった、これからメリーヌの手際をチェックする所だったからね。予定通りに進めば、すぐに夕食になるからねぇ」
「そうなんですか、メリーヌさん、お腹ペコペコなんで、早めにお願いしますね」
「緊張してるんだから、そんなに急かさないで。もう、ケントの意地悪」
「ご、ごめんなさい」
メリーヌさんは、二十歳を超えている大人な女性なんですが、膨れっ面で拗ねてみせると、意外なほどに幼く見え、ダイナマイトな胸部装甲と相まって破壊力は絶大です。
「ケントのスケベ」
「ぐはぁ、な、何を言うのかなぁ、メイサちゃんは」
「ふん、メリーヌさんの手元じゃなくて、胸ばっかり見ているクセに」
「うっ、そ、そ、そんな事は……ある訳無いことも無いかなぁ……」
「スケベ……」
「ぐぅ……」
別に隠さなくったって、メイサちゃんの果てしなく平らな胸なんか見ませんよ。
でも、寝ている時にギューって抱き付かれると、意外なほどに柔らかくて、ちょっとドキドキしちゃってるのは内緒です。
「はい、お待ちどう様でした」
アマンダさんと較べるのは酷でしょうけど、メリーヌさんは少々手間取る場面もあったものの、無難に料理を仕上げました。
見た目も、味も、アマンダさん譲りの美味しさです。
「どう? ケント」
「はい、美味しいですよ。うん、凄く美味しい」
「そうだね。ちょっとモタつく事はあったけど、それは慣れれば大丈夫だろう。味も、まぁ大丈夫……でも、まだまだだね」
アマンダさんの言葉を聞いて、途中までは目を輝かせていたメリーヌさんは、ちょっとしょんぼりムードです。
これは、ちょっと援護が必要ですかね。
「でもアマンダさん、美味しいですよ」
「そりゃそうさ、あたしが教えたレシピだからね。不味いわけが無いさ。でもねケント、あたしと同じ味を出せても、メリーヌの場合は駄目なのさ」
「えっ、どうしてですか?」
「メリーヌは、亡くなった父親の味に近付いて、超えていかなきゃいけないからね」
俯き加減だったメリーヌさんは、はっとしたように顔を上げて、大きく一つ頷きました。
「はい。アマンダさんの仰る通りです。私は、父からは料理の手ほどきを受けていませんが、味は舌が覚えています。教えていただいたレシピを元に、父の味に近付き、必ずや超えてみせます」
「あぁ、そうだよ。それこそが亡くなった父親への恩返しなんだよ」
「はい、はい……」
ポロポロと涙をこぼすメリーヌさんを、席を立ったアマンダさんがギュっと抱き締めました。
うん、これぞ師弟愛といった光景ですが、二人の間にムニぃっと挟まれたら気持ち良いだろうなぁ……などと考えてしまったのは内緒です。
「ケントのスケベ……」
「ぐぅ……ソンナコトナイヨ……」
母親譲りで妙に勘の良いメイサちゃんには見抜かれてしまいました。
てか、メイサちゃんにまで見抜かれちゃうと言う事は……ですよねぇ。
美味しい夕食を堪能すると、ドーピングまでした昼間の特訓の疲れからか、強烈な眠気が襲ってきました。
食後のお茶を飲みながらの楽しいお喋りの時間なのに、カクっと寝落ちしそうになってしまいます。
「ケント、あんた、また無茶してるんじゃないだろうね?」
「んぁ……む、無茶なんてしてないれすよ……うん、大丈夫です」
「はぁ……今にも瞼がくっつきそうじゃないかい、ほらほら、さっさと風呂に入って寝ちまいな」
「はい……そう、しますね」
正直、アマンダさんの言う通り、起きていられそうもありません。
「何だか危なっかしいねぇ、メイサ、付いて行って風呂に入れてから、ベッドに叩き込んでおやり」
「もう、しょうがないなぁ……ホントにケントは……」
アマンダさんとメイサちゃんが、何やら話をしているようですが、内容が頭に入ってきませんね。
フラフラと階段を上がっていると、後からメイサちゃんに尻を押されました。
あぁ……それ助かるけど、つんのめりそう……
「ほらケント、ちゃんと起きてお風呂に入って!」
「うん、うん……分かってるって……」
「ほらズボン脱いで……シャツも、脱ぐ!」
「うん、うん……分かってる……」
「ふわぁ、ラインハルトのおじちゃん……」
どうやらメイサちゃんからラインハルトにバトンタッチしたみたいですね。
『ケント様、よろしいですか、流しますぞ』
魔道具のシャワーで埃を流した後で、ボディーブラシでワシワシ洗われました。
何となくジャガイモか大根にでもなった気分ですけど、まぁ汚れが落ちていれば良いでしょう。
『ケント様、終わりましたぞ、さぁ上がりましょう』
「うん、うん、ありがとう……」
浴室から出て、寝巻きに着替えようとしたら、メイサちゃんに怒られちゃいました。
「ほらケント、ちゃんと拭いてからじゃないと駄目!」
「う、うん、分かってる……背中、お願いね……」
「もう、届かないからしゃがんで! ほら!」
「はいはい、こうですか……」
バスタオルで背中をガシガシ拭いてくれるけど、こっちの世界って柔軟剤とかないから、タオルがゴワゴワなんだよねぇ。
「まだだよ。ほら頭が濡れたままだから!」
「うん、うん、分かってる……ほら、メイサちゃん、寝るよ……」
「待って、もう、全部脱ぎっぱなしなんだから……」
フラフラと部屋に戻ると、マルト達が尻尾をブンブン振って出迎えてくれました。
箱を並べたベッドも出来上がっていて、あとはもう寝るだけですね。
そこへ、パタパタと足音がしてメイサちゃんが入って来ました。
「ほら、メイサちゃん、寝るよ……」
「はぁ……もう疲れたよ……」
「うん、うん、メイサちゃんは働き者だからねぇ……」
「はぁ……まぁ、いいや……」
いつものように、メイサちゃんとマルト達とで、川の字になって布団に入ります。
うん、たまには僕がメイサちゃんを抱えて寝てみましょうかねぇ……
「ちょ、ケント……苦しぃ……」
「うーん……ちょっと骨っぽいけど、なかなか……なかなか……」
「ちょっと……もぅ、しょうがないなぁ……」
「うん、うん……」
メイサちゃんを抱え込んだ所で、パチっとスイッチが切れて眠りに落ちました。
翌朝、ふわっと浮き上がるようにして意識が覚醒すると、思考回路にかかっていた靄が晴れていき、色んな状況を認識し始めました。
メイサちゃんは、僕の左腕を枕にして、猫みたいに丸まって眠っていますが、左手は僕の寝巻きの胸元をキュっと握っています。
あれっ? なんか、昨夜はお楽しみでしたね……みたいな感じじゃないですか。
すーっと音も無くドアが開く気配を感じて視線を向けると、アマンダさんが入ってくるところでした。
「おはようケント、どうだい、ゆっくり眠れたかい?」
「は、はい……その、色々と面倒を掛けたような……」
「あぁ、別に構いやしないよ。普段はメイサが面倒を掛けてるんだ、たまには逆に面倒見させればいいのさ」
「はい、ありがとうございます」
「だから、いくらヴォルザードのためでも、一人で抱え込んで何とかしようなんて思うんじゃないよ」
「はい、分かりました」
ニッコリと笑ったアマンダさんは、すっと息を吸い込むと、二段ほど声のボリュームを上げました。
「ほらメイサ! さっさと起きな、今朝は仕込みは無いけど、いつまでも寝てるんじゃないよ! ほらほら、ケントも出掛けるんだよ」
「うーん……ケント、行っちゃやだぁ……」
「えっ……?」
アマンダさんに叩き起こされたメイサちゃんは、寝惚けているようで、僕に抱き付いて胸元に頭をグリグリと押し付けて来ます。
もしかすると、ちょっと前に指名依頼でダンジョンに出掛けた時の夢でも見ているのでしょうかね。
「ほらメイサ! いつまでも寝惚けてるんじゃないよ!」
「んなぁ……んー……ふぇっ、えっ……」
少しずつ状況を把握したメイサちゃんは、トマトみたいに真っ赤になっていきました。
「うん、うん、やっぱりメイサちゃんは、僕のことが大好きみたいだねぇ」
「ち、違うもん! これは……そう、ケントが身体も拭かないで行こうとしたのを思い出したんだもん」
「うえぇ……いや、あれは寝惚けてて……」
「ほらほらケントも起きて、着替えておいで、朝食にするよ」
「うっ……分かりました」
一般的な家庭って、こんな感じなんですかねぇ。
僕にメイサちゃんみたいな妹がいたら母さんも……って、考えても仕方ないですよね。
今の幸せを守るために、グリフォンをキャーン言わせに行きますか。
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