潜入ラストック駐屯地・昼編
ヴォルザードの領主で、チョイ悪オヤジのクラウスさんに会った翌朝、いつものようにギルドに向かう途中の裏通りで、僕は影の中へと沈みました。
勿論、誰にも見られないように、ラインハルトとバステンに見張ってもらっていますよ。
影の空間へと沈んだ僕は、フレッドを探して、そこまで一気に移動します。
『フレッド、それじゃあ、そっちに移動するから、目印よろしくね』
『了解……こちらは、大丈夫……』
昨晩の特訓の時に、自分が過去に行った場所だけでなく、ラインハルト達が居る場所にも移動出来ないか、練習してみたのです。
その結果、ラインハルト達が目印の役割を果たしてくれれば、僕が行った事の無い場所にも移動出来るようになりました。
うん、これ超~便利……そして、僕が移動した先は、リーゼンブルグ王国のラストック、いざ敵のアジトへと潜入ですよ。
昨日、クラウスさんと食事をしながら話をして、リーゼンブルグ王国とランズヘルト共和国が戦争になったら、ランズヘルト共和国に……いや、ヴォルザードに味方しようと決めました。
理由は、人に対する考え方の違いです。
「馬鹿野郎! いいかケント。 世の中には努力しないで駄目な奴は居るが、努力しても一生駄目な奴なんかいねぇんだ。 例え今は駄目な奴でも、そいつは見方を変えれば大きな伸び代を持ってるって事なんだぞ!」
自分をポンコツな子供だと言ったら、クラウスさんに怒鳴られてしまいました。
「そいつが、どうやったら伸びるのか見極めて、可能性を引き出してやるのは、上に立つ人間の仕事だ。 人間ってのは、今のケントみたいに働けるようになるまで十五年も掛かるんだぞ、一人前になるには更に十年は必要だ、それを考えたら、ぱっと見で駄目だからって、切り捨ててなんかいられねぇだろう? 新しい人間を育てるには、またそんだけの時間と手間と金掛けなきゃなんねぇんだぞ、そんな勿体無い事が出来るかよ!」
ヴォルザードは、ランズヘルト共和国では『最果ての街』と呼ばれているそうです。
堅固な城壁で守られていますが、それだけの城壁が必要となる危険があるという事でもあります。
何年かに一度、急に魔物の数が増える事があり、守備隊員や冒険者だけでなく、一般の人にも犠牲が出る事も少なくないのだとか。
だからこそ、クラウスさんは、人材の貴重さを身に染みて感じているのだそうです。
「いいかケント。 確かにお前には魔法の才能は無いのかもしれねぇが、魔の森から生きて抜け出して来たんだ、自信を持て、お前の中には、まだまだ才能が眠ってる。 それを見つけ出すために、色んな仕事をしてみろ。 ドノバンやギリクが稽古を付けてくれるって言うなら、今日みたいに死に物狂いでぶつかって行け。 そして、多くの失敗をして、多くを学べ。 そうすれば、お前が輝く方法が必ず、必ず見つかる! 分かったか!」
「は……はい、はい……分かりました……うぅ……」
恥ずかしい事に、クラウスさんとミューエルさんの前で、ボロボロ涙をこぼしてしまいました。
日本に居た頃は、居眠りばかりしていて、いつも怒られて、その度に、お前は駄目だ、駄目だと、ポンコツのレッテルを貼られてきました。
こんなに真正面から、僕の存在を認めてもらえた事など、一度も無かったと思います。
僕が『魔眼の水晶』では、ハズレと判定された事を知っても、それでも必ず輝けると断言してくれたクラウスさんと、厄介払いした挙句に、自分の手を汚さずに処分しようとした性悪王女とでは、どちらに味方するかなど、言うまでもありませんよね。
僕は、いずれ同級生のみんなを、ヴォルザードに逃がそうと決心しました。
ですが、それを実現するのは簡単ではありません。
僕は影移動で、苦も無く行き来が出来ますが、誰かと一緒に移動出来るかどうか分かりません。
となると、みんなをヴォルザードまで移動させるには、魔の森を踏破しなければなりません。
無論、ラインハルト達を護衛として使えば、踏破できる可能性はグッと高まりますが、それでも二百人近い人間を守るのは大変ですよ。
当然、リーゼンブルグから追っ手が掛かる心配もありますね。
そこで、まずは現在の状況を見極める事にしたのです。
クラウスさんも、会う前に情報だけ聞いた印象と、実際に会って話をした時の印象では、少し食い違いがありました。
フレッドの報告を信用していない訳ではありませんが、実際に僕の目で、今のみんなの状況を確認しておこうと思ったのです。
ラストックの街は、ラインハルト達が生きていた頃には無かった街だそうです。
昔は、ただの草地や荒れ地が広がっていたそうですが、今は収穫が終わった麦畑が広がる中に街があります。
ラインハルト達が死んだ後に、開墾された土地と街のようです。
同級生達が連れて行かれた駐屯地は、その街の外れ、魔の森の端を流れる川と、街に挟まれた場所にあります。
川を超えてくる魔物に対する備えの役目もあるのでしょう、頑丈そうな壁に囲まれ、今は開いているけど分厚い鉄の門、入口には衛兵が立って警戒していますね。
ですが、木々の影、建物の影、人の影……影に潜り、影を伝って移動出来る僕らは、難なく潜入を果たしましたよ。
むっふっふっ、闇属性魔道士、マジでチートです。
だだっ広い軍の施設の中では、術士と騎士、属性の種類やレベルに応じて、いくつものグループに分けられた同級生たちが訓練を受けていました。
端から順番に見て行く事にして、最初に見たのは、騎士になるための訓練です。
二つに分かれたグループは、昨日の僕のように、革の兜に胴、籠手を付けて木剣を握って向かい合っていますね。
一つのグループが二十人ほどで、両軍合わせて四十人ほどが睨み合っていますよ。
「両軍、詠唱始め!」
「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ!」
「模擬戦、始め!」
「うおぉぉぉぉぉ!」
一斉に詠唱を行った両軍は、雄叫びを上げながら相手方へと突っ込んで行きます。
鶴翼の陣とか、魚鱗の陣とか、何か隊列とか作戦があるのかと思いきや、ただ真っ直ぐに敵に向かって突っ込んでいく、なんとも力任せの戦いですね。
両方のグループとも、男子も女子も混じっているのですが、全く女の子に手加減しているような様子は見られませんね。
てか女の子達も互角以上の働きをしてますし、何か本気の殺し合いみたいで怖いんですけど。
「どうした! 役立たずはリーゼンブルグには必要ないぞ、貴様らも魔の森で魔物の餌になりたいのか?」
「死にたくなければ、相手を殺せ! 殺さなきゃ、殺されるぞ!」
「そんなんじゃ、魔物に食われるだけだぞ! 殺せ、殺せ、殺せ!」
うわぁ……魔物の餌になった役立たずって、僕の事だよねぇ……脅しの材料にされてるのかよ。
『ラインハルト、さっきのが身体強化を使う時の詠唱なの?』
『そうですぞ、どの程度の割合強化出来るか、どの程度の時間維持出来るか、などで騎士としての評価が変わってきます』
『どの程度、強化出来るものなの?』
『そうですな、魔力量弱の者ならば、五割増し程度まででしょうが、魔力量の高い者は三倍から五倍の身体強化をしますな』
なるほど、あの船山を片手でポイした性悪王女は、騎士タイプで魔力量も高いって事なんだろうね。
そんな事を考えているうちに、模擬戦の大勢は決まったようです。
どうやら勝敗のルールは、ぶつかった相手と格闘し、勝ったら相手の陣地に行き、陣地に辿り着いた人数が多いグループが勝ちのようですね。
男子も女子も関係無しで、勝った側も、負けた側もボロボロですよ。
鼻血出しながら雄叫び上げてる女子とか初めて見たよ、怖すぎだよ。
『ラインハルト、こんなにハードにやってるんじゃ、一年ぐらいで兵士になっちゃうんじゃない?』
『いいや、ケント様、このやり方では闘争心は身に付きますが、戦い方や冷静な判断力は身に付きませんぞ、これはワシらが生きていた頃にもあった、駄目な訓練方法ですぞ』
『そうなの? この前言ってた命懸けの鍛練って、これじゃないの?』
『命懸けと言ったのは、限界を超えるぐらいまで自分を追い込む事であって、危険な鍛練を目茶苦茶にやれば良いというものではありませぬ』
『うーん……つまりは、意味のある命懸けと、意味の無い命懸けみたいな感じ?』
『そういう事ですな』
別の場所では、術士の為の訓練が行われています。
こちらは、ギルドの術士訓練と同じ感じで、的に向かって魔法を放つ練習のようです。
「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ……つ、集え、集え、我が手に集いて、火となれ……お、踊れ、踊れ、火よ舞い踊り、火球となれ! や、やぁぁぁ!」
女子生徒が放った魔法は、手を離れるとすぐに散ってしまいましたね。
「駄目だ、駄目だ、もっと正確に詠唱して、正確にイメージしろ、そんなたどたどしい詠唱で火球になるか、馬鹿者!」
「す、すみません!」
魔法を使うための詠唱って、当然ながらこちらの世界の言葉なんだよね。
召喚の影響で、話せるし、読めるし、書けるし、理解出来るんだけど、発音だけは外国語だなぁ……って思っちゃうんだよね。
だから、みんな詠唱には苦労しているみたいで、なかなか上手く発動出来ずに、騎士に蹴られていたりします。
てか詠唱なんか要らないと思うんだけど、駄目なのかね。
何て事を思いながら見学していたら、バスケ部のイケメン君が登場しましたよ。
「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて火となれ、踊れ、踊れ、火よ舞い踊り、火球となれ! うりゃぁぁぁ!」
うぉぉ、ギルドで講習を受けていた人の火球はソフトボール程度だったのに、バスケットボールぐらいあるじゃないですか、しかも球速が150キロぐらい出てんじゃないの?
命中した藁人形を、あっと言う間に灰にして、見守っていたリーゼンブルグの術士も手を叩いて賞賛してますよ。
ちっ、もっと詠唱で苦労すれば良いのに、これだからイケメンって奴は……って、軽くムカついていたら、金髪の美女がタオルを手にして歩み寄って行きましたよ。
「さすがですわ、勇者様」
「ありがとう、シーリア、でも、この程度は僕にとっては簡単な事だよ」
いやいや、汗を拭うほどの事やってないよね。
てか、勇者様? あれっ、僕らはただの兵士じゃなかったの?
フレッドによると、この金髪美女は、イケメン専属のメイドなんだとか、身の回りの世話をする為に、寝食を共にしてるのだとか。
なんですとぉぉぉぉぉ! それって、完全なハニートラップだよね。
なんて羨まし……いやいや、怖ろしい、だが、このチート魔術士の僕だったら……完全に引っ掛かって骨抜きでしょうね。
「勇者様、まだ鍛練をお続けになるのですか?」
「勿論さ、僕はもっともっと力を付けなければならないんだ、もうこれ以上の犠牲を出さない為にも、力の足りない者たちの分まで、僕が強くならなきゃいけないんだ!」
うわぁ、何か、思ってもいない悲壮感を無理やり演出しているのがバレバレなんですけど。
てか、その犠牲って奴は、君の足元に潜んでますよ~だ。
もうリア充は勝手に爆発してろ、って事で術士の訓練所を後にすると、なんだか土木工事をしている場所がありましたよ。
良く見たら、ここに居るのも同級生のようです、てか、船山の野郎が居ますね。
『ケント様、ここは土属性の術士の訓練場ですな』
『土属性の訓練……?』
そこに居る人達は、みんな泥だらけで、練った土を型に詰めて形を整えています。
おっと、全員生徒かと思いきや、教育実習生の杉山彩子先生が混じってるじゃないですか。
彩子先生は、土を型に詰め終えると、おもむろに詠唱を始めます。
「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて土へと染みよ、染みよ、染みよ、土に染み渡り、硬化せよ!」
「どれ……良し、次!」
詠唱が終わると、リーゼンブルグの騎士がハンマーで叩いて出来栄えを検品するようです。
OKを貰ったものは、U字型の側溝のようです。
どうやら訓練を兼ねて、土木工事の材料を作らされているようですね。
これまで見て来た中では、一番地味で、しかも泥だらけになるとあって、どの顔も疲れ果てているように見えます。
「マナよ、マナよ、世を、つ、つ、司りしマナよ……つ、つ、集え、集え、わ、我が手に集いて……つ、土へと染みよ、し、染みよ、染みよ……土に染み渡り、こ、硬化せよ!」
うわぁ……船山の詠唱のなんとたどたどしい事か、あれ大丈夫なのかな?
「どれ……ちっ、全然固まってねぇ、何やってんだ、デカぶつ、手前は魔物の餌になりてぇのか?」
「くっ……こんな下らねぇ仕事やってられっ……ぐぇぇ……」
「まったく、何度も何度も、手前は学習能力が無いのか?」
おぅ、騎士さんも船山を右手一本でネックハンギングですよ。
彩子先生、止めに入りたくてもタイミングが掴めずにアワアワしてますね。
緊迫した場面なのに、なんだかホッコリ癒されちゃいます。
「服従か死か、好きな方を選べ、デカぶつ!」
「服……じゅ……す……」
「何だ? 聞こえねぇぞ、ハッキリ言え、ハッキリと!」
「ぐぅ……ふっ……じゅ……すぅ……」
「おう、これじゃ喋れないか、ふん……」
あぁ、また船山がゴミのように捨てられたよ、顔から泥に突っ込んで、何だか哀れに思えてきちゃうね。
騎士が、咳込む船山の髪の毛を掴んで引き摺り起こしましたね。
「で、どっちだ、服従か? 死か? お前も魔物の餌になりたいのか?」
「ふ、服従する……いえ、します」
「ふん、最初からそう言っておけば、無駄に痛い思いや、惨めな思いをしないで済むんだぞ、分かったか?」
船山は、不満そうな顔をしつつも、無言でガクガクと頷いていました。
うひゃひゃひゃ、船山弱っ! だっさ!
てか、船山の奴、騎士じゃなくて術士なんだね。
ラインハルトによると、こうして集められた兵士候補は、最初に体力測定をやらされ、その後に、身体強化の詠唱を教えられ、最初の測定よりも力が大きく強くなっていない者は術士タイプとして訓練を受ける事になるんだって。
船山は、強化しなくても力は強いけど、身体強化の魔法を使える者ほどは力は強くならないし、俊敏性にも劣るので、術士になるしかなかったんだろうね。
リーゼンブルグの騎士さん、ガッチリ船山を更正させて下さいね。
ところで委員長の姿が見えませんが、僕らの、僕らの委員長は何処にいるのでしょう。
『聖女様は……医務室……』
フレッドによると、委員長は施設の医務室で、訓練で怪我をした同級生だけでなく、ラストックの街の人々の治療もしているのだとか。
ならば、早速見学に参りましょう。
影移動を使えば、建物の内部への侵入も簡単です。
医務室は、日本の病院とは少々違っていて、診察台の他に、浴槽のような物が設えてあります。
この浴槽は、治癒を行える水属性の魔道士が使うものだそうで、治癒の力をこめた水を貯めて、人々は患部をその水に浸すのだそうです。
ですが、委員長は光属性の魔道士ですので、治療はもっぱら診察台の方で行うようです。
「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて癒しとなれ!」
委員長は朗々と詠唱をすると、診察台に座った男性の腰に手をあてがっています。
時間にすると三分ほど経った時点で、治療は終わりのようです。
「お加減は、いかがですか?」
「はい、おかげさまで、大分良くなって来ました、ありがとうございます、聖女様」
「そうですか、では、また明日」
「はい、ありがとうございました、聖女様」
委員長は、そうして一人あたり三分ほどの治療を十人ほど続けると、ふーっと大きく息を吐いて、額に浮いた汗を拭いました。
そんな委員長を見て、助手を務めているらしい女性が呼びかけました。
「聖女様、一旦休憩を……」
「いいえ、まだ大丈夫です」
「聖女様、まだ治療を待つ者が多く居ます、一人でも多く者を治療するためにも、休憩はキチンとなさって下さい」
「はぁ……そうですね、分かりました、少し休憩します」
委員長は、部屋の隅に置かれたソファーに身を沈めると、深い溜息をつきました。
『やはり、フレッドの言う通り、ケント様の方が治癒士としての腕前は上ですな』
『うーん……でも、厳密に比べた訳じゃないし、委員長も頑張ってると思うよ』
『ケント様、詠唱しない……治療できる時間も長い……』
それは、リーブル農園とか自己治癒で鍛えられたからじゃないかなぁ。
でも、何だか委員長の疲れ方が酷いような気はしますね。
「お願いします、どうか息子を、もう三日も熱が下がらないんです、お願いします、どうか聖女様に……」
「駄目だ、駄目だ、無理を言うな、聖女様にも限界はあるのだぞ……」
何だか医務室の外が騒がしいので、覗きに行くと、三歳ぐらいの男の子を抱えた女性と、兵士が押し問答をしています。
女性が抱えた男の子は、熱があるという話なのに、顔色が悪く土気色に見えますね。
あれ、結構拙いんじゃないですか。
「中に入って下さい、すぐ治療をします!」
「あぁ……聖女様、ありがとうございます、ありがとうございます」
「いいんですよ、さぁ、中へ、そこへ寝かせて下さい」
おぅ、委員長、あなたは本当に天使に昇華されたのですね。
診察台に子供を寝かせた委員長は、詠唱すると手を子供の胸へと宛がい、治療を始めました。
ですが、二度、三度と詠唱を行っても、子供の顔色が良くなって来ません。
それどころか、委員長の顔から血の気が引いてきているように見えます。
『ケント様、少し状況が思わしくないようですが……』
『うん、ちょっと手伝った方が良さそうだよね』
委員長にも治癒士としてのプライドがあるかもしれませんが、今は子供の回復を優先させようと思います。
周りの人々に悟られないように、治療台に出来た影から、僕は子供の背中の部分へと手を添えて、全身に治癒の効果が行き渡るようにイメージしました。
「おぉ、子供の顔色がみるみるうちに良くなっていくぞ……」
「呼吸も、脈も安定してきました」
「さすがは聖女様だ……奇跡だ!」
「ありがとうございます、聖女様、ありがとう、ありがとうございます」
どうやら子供の状態は安定したようなので、僕は影の中で成り行きを見守る事にしましたよ。
人々は、口々に委員長を賞賛するのですが、当の本人は驚いたような顔で自分の両手を見詰めています。
『良かった、子供は良くなったみたいだね』
『ケント様、少し拙いかもしれませんぞ』
『えっ、どうして?』
『あの聖女と呼ばれている女性は、自分の力だと思ってしまったかもしれません』
『うん、別に僕は自分の手柄じゃなくても良いよ』
『ケント様、少し拝見しただけですが、あの女性、かなり責任感が強いように思われますが』
『うん、そうだね、委員長は責任感が強い人だよ』
『そうした者が、一度は自分で出来たと思った事を出来なかった場合には、どうするでしょう?』
『えっ? あっ……そうか、今でも無理してそうだものね』
『はい、更に無理を重ねるようにならねば良いですが……』
再び休憩に入った委員長ですが、ソファーに座りながらも、自分の両手を見詰めて微笑み、少し涙ぐんでいるようにも見えます。
あちゃーっ、もしかして、自分の成果に感動しちゃってますか?
実は僕が手助けしてました……なんて言い出しにくいよねぇ。
良かれと思ってやったんだけど、何かトラブルの火種を作ってしまったような感じがして、ちょっと後味が悪いっすねぇ。
うーん……どうしたものでしょうかね。