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ハズレ判定から始まったチート魔術士生活  作者: 篠浦 知螺


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手紙

 指名依頼完了の報告に出向いたギルドは、夕方とあって混雑しています。

 また変に注目を集めるのも嫌なので、直接ドノバンさんの所に顔を出そうかと思っていたのですが、入口から入って来る人物が目に入りました。

 薄桃色の髪に、魅惑のバストの持ち主ミューエルさんと、無駄に図体のデカいお邪魔虫ギリクです。

 ミューエルさんが居るならば、挨拶しない訳にはいきませんよね。

 柱の影から表に出て、声を掛けました。


「こんばんは、ミューエルさん、ご無沙汰してます。ついでにギリクさんも、こんばんは」

「あっ、ケント、久しぶり!」

「けっ、調子に乗ってんなよチビ助」


 ミューエルさんは笑顔で、ギリクは苦虫を噛み潰したような表情で近付いて来ました。


「ミューエルさんは、採集から戻られた所ですか?」

「そうだよ。ケントは?」

「僕は、ドノバンさんから仕事を頼まれたので、その報告に……」

「けっ、腰巾着みたいに引っ付いて、胡麻摺ってやがんのかぁ?」

「いえいえ、どこかの図体ばかりデカい人では出来ない仕事なので、ご指名を頂きました」

「えっ、ケントは指名依頼をこなして来たの? 凄いじゃない!」

「まぁまぁ……大した仕事じゃなかったですけどね……」


 ふふーん、もっと驚いちゃっても良いんですよ、ミューエルさん。


「ふん、どうせ使い走り程度の仕事だろう……」

「どこかの図体ばかりデカい人では、使い走りも務まらないそうですけどねぇ……」

「んだと……このクソチビが……」

「何ですか? 僕はギリクさんだなんて一言も言ってませんけど……」

「手前ぇ……」

「もう二人とも、顔会わせる度に喧嘩ばっかり……めっ、だぞ!」


 ひゃっは――っ! 久々に、ミューエルさんからめっされちゃいました。


「おい、あれ見ろよ、魔王の次の狙いはミューエルみたいだぜ」

「おぉ、魔物使い相手にギリクはどうするんだ?」

「いや、無理だろう……狙われちまったら終わりだろう……」

「くぅぅ……ミューエルも蹂躙されちまうのかよ……」


 いやいや、そんな事は……正直ちょっと考えちゃってますよ。

 カミラは駄目だけど……いやいや、もう三人も居るんだから、これ以上は……でも、ギリクのものになるぐらいなら……こう、グワっと……


「ケント……ケント、聞いてる?」

「はい? グワっと……」

「ん? グワっと……?」

「えっと……グワっと依頼を片付けて、来ちゃいましたよぉ……なんて」


 ヤバいです。エロい妄想に耽って話を聞いてませんでした。

 ミューエルさんにジト目で見詰められちゃってますね。


「んー……あんまりエッチな事ばかり考えてると、マノンに報告しちゃうぞ」

「ひゃい? いえ、そんな……滅相もございませんですよ、はい」

「けっ、エロガキが……あんまり調子こいてると、目玉抉り出すぞ」

「ふふーん、出来ますかねぇ……鼻血垂らして気絶してた人は、誰でしたっけ?」

「くっ……あれは、ちょっと油断しただけで……」

「ふーん……親切に治癒魔法まで掛けたのに、お礼の一言も聞いてないんですけどぉ……」

「ぐぬぬ……手前……」

「何ですか……」


 歯軋りするほど奥歯を噛み締めながら、射殺すように見下ろしてくるギリクの視線を思いっきり下から目線で睨み返します。

 下から目線というのが、ちょっと情け無いんですけどね。


「もう二人とも……ギリク! 早く買取りしてもらって来て、帰るのが遅くなるよ。ケントも指名依頼の報告があるんでしょ!」

「けっ、手前なんざと遊んでると、薬草の鮮度がドンドン落ちて枯れちまうぜ……」


 ギリクは意味不明な捨て台詞を残して、薬草の入った籠を背負ってカウンターへと去って行きました。


「もう、ケントやり過ぎ、めっ!」

「うひぃ……でも、あのぐらいやらないと、周りの人がギリクさんに寄って来ないんじゃないですか?」

「まぁ、そう言われれば、そうなんだけどね」

「そう言えば、新旧コンビ……タツヤとカズキとか、トモコとアケミなんかは顔出してませんか?」

「あぁ、タツヤとカズキとは時々……だけど、トモコとアケミは姿が目に入ると逃げ出してる感じだね」

「まったく、本当に図体ばっかりデカくても、人と関わるの下手ですね」

「本当……ケントみたいに二人も三人も……とは言わないけど、一人ぐらいは恋人を作らないとね」

「いや、僕も結果的にそうなっていますけど……ちゃんと本気で三人ともと……」

「ほらほら、ケントも報告があるんでしょ?」

「うっ、そうでした……行ってきます」

「はいはい、またね、ケント」


 ちぇ……めっ、してもらったけど、ハグはお預けでした。

 ミューエルさんと別れてカウンターへと歩み寄ると、声を掛ける前からお姉さんが扉を開けて待っていました。

 うーん……そんなに僕と話をするのは嫌なんでしょうかね。

 職員用のスペースを覗くと、ドノバンさんに顎で早く来いと催促されてしまいました。


「ったく、いつまでギリクとじゃれてるつもりだ。茶がぬるくなっちまうぞ」

「すみません、いただきます」


 用意されていたお茶は、昨日とはまた違う茶葉のようで、ちょっと渋味はありますが、味わいが深く感じます。


「うーん……なんだか、大人の味わいですね」

「お前が言っても説得力に欠けるが、悪くない喩えだな」


 ニヤリと口元を緩めたドノバンさんも、ゆっくりとお茶を味わい始めました。


「それで、進捗状況はどんなもんだ?」

「えっと……お茶が不味くなりそうなので、報告は飲み終えた後で良いですかね」

「構わんぞ……そう言えば、ロドリゴには会ったか?」

「はい。凄い迫力で、圧倒されちゃいましたよ」

「そんな風には全然見えんがな……」


 ドノバンさんは、グビっとお茶を飲み、ふーっと一つ溜息を洩らした後で、胸の支えを吐き出すように話し始めました。


「あいつは、ヴォルザードの若手のホープだった。今のギリクなんかよりも全然使える奴だったんだが、調子に乗ってギガウルフに半殺しにされて、以来ダンジョンの門番なんかで燻ぶってやがる……」

「でも、片目だと距離感とかが掴みにくいんじゃないんですか?」

「ふん、それなら眼帯を付けた俺と、やり合ってみるか?」

「と、とんでもない、丁重にお断りさせていただきますよ」

「確かに片目はハンデになるだろうが、どうにもならないほどのハンデじゃない。風向きが変わって魔物共はリーゼンブルグを目指すようになるだろうが、それだって絶対じゃないからな。大量発生、極大発生にヴォルザードが襲われる危険があるってのに、使える人間が燻ぶっているなんざ、許される事じゃないんだがな……」


 カップを持つ手元に視線を落としながらも、ドノバンさんの脳裏には別のものが映っているように感じました。


「さて、いつまでも遊んでいるほど暇ではない、中間報告を済ませてくれ」

「はい、ダンジョンのトラブルの原因は、スカベンジャーに上位種が現れて群れを統率し、入ってくる者を襲っていたからでした」

「なんだと、スカベンジャーの上位種だと? そいつらが生きてるものを襲ってるっていうのか?」


 ドノバンさんが声を荒げると、ギルドの職員の皆さんにもザワザワと動揺が走りました。

 たぶん、スカベンジャーが生き物を襲うという部分に反応してるんでしょうね。


「はい、ゴブリンを三頭ばかり生け捕りにして、ダンジョンの中に追い込み、囮に使いました。主要ルートを下層に向って誘導して行ったところ、二階層までは魔物一匹出て来ない静けさで、三階層の途中にあるホールの前で待ち伏せしていたスカベンジャーに襲われました」

「待ち伏せだと?」

「はい、ヒカリゴケの光が届かない、天井の高い部分にビッシリと張り付いて、獲物が来るのを待ち構えてました……」


 その後、ゴブリン達がスカベンジャーに追われ、駆け込んだホールで更なる待ち伏せに遭い、襲われ食われる様子を話すと、職員の皆さんは顔を顰めて二の腕をゴシゴシと擦り始めました。

 たぶん、情景を想像して、思いっきり鳥肌立ってるんでしょうね。

 ザワザワ、ガサガサ、グチュグチュ、ボリボリ……わざと効果音入りで報告したんですけどね。

 三匹の上位種の大きさ、総数が千匹以上、二千匹近い群れだと話すと、腕組みしたドノバンさんの眉間には深い皺が刻まれました。


「ぬぅ……にわかには信じられない話だが、お前が嘘をついているようにも見えん。そんな状態では、ダンジョンに入った連中が戻って来ないのも頷けるな」

「あっ、でもフレイムハウンドの連中は生きているみたいですよ。僕の眷属が十四階層で見たって話ですから」

「なんだと。そうか、お前の所の連中は、スカベンジャーが居る所を飛び越して奥にまで進めるのか……だが、千匹を越える人を襲うスカベンジャーとは厄介だな。囲まれなければ追い払う事は出来るだろうが、逃がさずに始末するとなると……」

「えっと……駆除は終わりましたけど……」

「なにぃ! もう始末したのか?」


 既に駆除を終えたと伝えると、ドノバンさんが目を剥いて驚きました。


「はい、ゴブリンが待ち伏せされたホールの出入り口を閉じて、僕の眷属が一匹も残さず始末しました」

「死骸はどうした?」

「えっと……上位種からは魔石を取り出して、他はそのままの状態で影空間に置いてあります。検分してもらったら廃棄しようかと……」

「魔石は取り出していないのか?」

「はい、何て言うか、見ため的に無理なんで、そのまま捨てようと思ってます」


 30センチ級の巨大Gの腹を割って、中から魔石を取り出すなんて、ビジュアル的に無理ですし、それを眷属のみんながやってる姿も想像したくありません。

 上位種の魔石でも大きさはゴブリンよりも少し大きい程度だったので、通常サイズのスカベンジャーでは魔石も微々たるものでしょう。

 ドノバンさんは、僕の顔を暫し眺めながら、何か考えているようでした。


「ケント、明日の朝一番にギルドに来られるか?」

「はい、他で余程の事態が起こらなければ大丈夫です」

「よし、その死骸は買い取ってやるから、明日まで捨てずに取っておけ」

「えぇぇ、あれ買い取ってもらえるんですか?」

「なんだ、タダでくれるのか?」

「うーん……いえ、買い取ってもらえるならば、いくらかでも……」

「まぁ、お前にとっては大した金額じゃないかもしれんがな……」


 詳しい話は、死骸を検分しながら改めて話すという事で、今夜は解放されました。

 ミューエルさんと話の続きでも……と思いながらカウンターを出ると、またしても周囲の視線が一斉に僕に向けられます。

 ミューエルさんを探して、視線を向けてくる人ごみを見透かすように眺めていくと、自分が見られているのかと思うのか、僕が顔を向けた人達は慌てて視線を逸らします。

 うーん……なんだか、物凄く居心地悪いですね。

 残念ながら、ミューエルさんの姿も、目印代わりのギリクの姿も見えないので、諦めて帰る事にしました。

 またモーゼの十戒みたいな情景は避けたいので、その場で闇の盾を出して影に潜って移動する事にしました。

 どよめく声が聞こえましたけど、見世物になるのは苦手なので、このまま下宿に戻ります。


「ラインハルト、スカベンジャーって売れるの?」

『魔石は小さいですが、殻は加工して色々なものに使われるようですぞ』


 スカベンジャーの殻は、適度な厚みと硬さ、それに弾力性があるので、服のボタンや髪を梳かす櫛などに使われるのだそうです。

 見た目が見た目だけに、好んで捕まえる人は少ないそうですが、駆け出し冒険者の収入源になっているのだそうです。


「へぇ、そうなんだ、まあ捨てようと思っていたものが再利用されるなら、その方がいいよね」

『そうですな。まぁ、指名依頼の報酬に比べれば、微々たるものです』


 下宿の裏手で表に出て、裏口からアマンダさんに声を掛けます。

 今日もお店は大入り満員のようです。


「アマンダさん、ただ今戻り……メイサちゃん? ふぶぅ!」


 裏口から声を掛けたら、アマンダさんが返事をしてくれる前に、メイサちゃんがイノシシみたいな勢いで抱き付いて来ました。


「もう、メイサちゃん、危ないよ……」

「どこ行ってたの?」

「えっ、えっと……ギルドに、ドノバンさんと相談……」

「嘘っ! ダンジョンに行ったんでしょ! あれほど行っちゃ駄目って言ったのに!」


 誤魔化すのが下手な僕と、アマンダさん譲りで勘の良いメイサちゃんじゃ勝負にならないよね。


「ごめんね、メイサちゃん。でも、誰かがやらなきゃ皆が困っちゃうんだよ」

「だからって、ケントが行かなくてもいいじゃない」

「いや、他の人は影に潜って移動出来ないからね。僕なら安全に調査出来るってドノバンさんも判断したんだよ」

「うーっ……でも、でもケントじゃなくても……」

「僕が困っている時に、ヴォルザードは温かく僕を迎え入れてくれたから、今度は僕がヴォルザードの役に立ちたいんだよ。駄目かな?」

「うーっ……居なくならない?」

「僕が暮らす街は、ここヴォルザードだよ」

「ホントに、ホントに、ホント?」

「ホントに、ホントに、ホントだよ」

「うーっ……じゃあ許す……」


 許すと言ったわりには、メイサちゃんはギューっとしがみ付いたままで離れる気配がありませんね。


「ふふーん、でも、メイサちゃん、そんなに僕の事が大好きだとは知らなかったなぁ……」

「なっ、何言ってんの、ケントのクセに!」


 真っ赤になったメイサちゃんが、弾かれたように僕から離れました。


「えぇぇ……でも、ギューって抱き付いて来て、ケント、ダンジョンに行っちゃ嫌ぁん……なんて言ってたじゃない」

「言ってないもん! そんなヘニョヘニョした話し方なんかしないもん!」

「えぇぇ……でも、昨日はお風呂にまで一緒に入ろうとしてなかった?」

「し、し、しないもん、そんな事してないもん! ケントが居なくなると、下宿代が入って来なくなるから、お母さんが困るから……」

「えぇぇ……こんなにお客さん入って、お店は大繁盛してるのにぃ?」

「ち、違うもん……そう、ケントが居なくなると、モフモフが居なくなっちゃうから……」

「えぇぇ……そんな事言って、毎晩僕を枕にしてるのは誰かなぁ……」

「きぃぃぃぃぃ……違うもん、違うもん! 生意気、生意気、ケントのクセに生意気!」


 地団駄踏んで声を荒げて、ようやくいつものメイサちゃんって感じですね。


「ほら、あんた達、騒ぐんだったら二階に行ってな! お客さんの迷惑だよ」

「あたしは行かない。お店手伝うんだから、ケントは邪魔だから二階に行ってて!」

「はいはい、分かりましたよ……」


 お客さんは迷惑どころか、ニヨニヨと生暖かい視線でメイサちゃんを見守っています。

 てか、なんで僕にはナイフみたいな鋭い視線を向けて来るんでしょうかね。

 こんなにも献身的にメイサちゃんを可愛がってあげてるのに……


 夕食の時間までに、ちょっと捜査本部に顔を出して、定時連絡を済ませてしまいましょう。

 メイサちゃんが呼びに来た時に、戻っていないと不味いので、テーブルの上の明かりを灯して、すぐに戻ると書置きしておきました。

 時間が遅くなってしまったからか、捜査本部には梶川さん等、他の省庁の人達の姿は無く、須藤さんも帰り支度を始めたところでした。


「こんばんは、須藤さん、遅くなってすみません」

「おお、国分君、何かあったのかな?」

「ちょっとギルドの方で指名依頼をされまして、ダンジョンのトラブル解決に動いていました」


 僕の言葉を聞いた須藤さんは、ちょっと驚いた表情をした後で、くすりと笑いを洩らしました。


「いやぁ、国分君の話を聞いていると、ギルドとか、ダンジョンとか、本当にファンタジーな世界だと感じるよ」

「あっ、そう言われれば、確かにそうですね」


 日本では、特別に大きな動きは無いそうで、同級生宛の手紙の束を渡されました。

 あぁ、そう言えば、今日は授業が行われていたはずですが、完全にサボっちゃいましたね。


「国分君、それと、これは君宛だ……」

「えっ、僕に……」


 同級生宛の手紙の束とは別に渡されたのは、父さんからの手紙でした。

 几帳面に整った筆跡は、確かに父さんのものです。


「帰ってから、ゆっくり読みたまえ。それと明日は日曜日だから、こちらには顔を出さなくても良いよ」

「はい、じゃあ今日は失礼します」


 手紙に何が書かれているのか、早く読みたいような、読みたくないような、複雑な気持ちです。

 いつもと変わらない様にして夕食の席に着いたのですが、あっさりとアマンダさんに手紙の事を見透かされてしまいました。

 おまけにメイサちゃんにまで、今夜は自分の部屋で寝る……なんて気を使われる始末で、本当に駄目ですね。


 夕食の後、部屋に戻って魔道具の明かりを灯しました。

 別に点けなくても手紙を読めるのですが、何となく明かりが無いと大切な事を見落としてしまいそうな気がしたからです。

 真っ白な封筒は滑らかな手触りで、日本を感じさせます。

 こちらの世界の紙は、白さも滑らかさも少し欠けていますが温かく、滑らかで真っ白な封筒は冷たいと感じてしまったのは、僕の気持ちの持ちようなのでしょう。

 影収納からナイフを取り出して、慎重に封を切りました。




 健人へ


 まず最初に謝らせてほしい、すまなかった。

 私は、良い父親ではなかった。

 こんな事を書けば、軽蔑されると思うが、全て正直に書こうと思う。

 私が美津子と結婚したのは、仕事のためだった。


 健人には理解出来ないかもしれないが、私が結婚した当時は、家庭を持たない人間は社会的に信用されない傾向が強かった。

 取引先の社長からも、まだ結婚しないのか、良い人は居ないのか……などと度々言われ、独身でいる事が仕事に差し障るように感じていた。

 今考えれば馬鹿な事をしたと思うが、薦められるままに交際し、薦められるままに結婚をして、そのまま普通の家庭が築けると思い込んでいたのだ。


 最初は、普通の家庭の普通の夫を演じ、そして健人が生まれ、今度は普通の父親を演じたつもりだったが、私は家庭よりも仕事の方が楽しいと感じてしまい、やがて家庭が疎ましいとさえ感じるようになってしまった。

 そんな私に対して、美津子も愛情を保てるはずもなく、私達の間には諍いが増えてゆき、それが益々私を家庭から遠ざけていった。

 いや、そうではないな、美津子が悪い訳ではないのだから、私が勝手に距離を置いただけだ。


 正直私は、健人、君にも愛情を抱けずにいた。

 夫婦の営みをすれば子供が出来ると頭で分かったつもりでいたが、生まれて来た君を見て私は戸惑ってしまった。

 どう接すれば良いのか分からなかったのだ。


 私は、幼い頃に父親を亡くし、母が身体を壊した事もあり、子供時代を施設で過ごした。

 私が成人してから、母との生活を再開したのだが、正直に言って親子の関係というものが良く分からなかった。

 それなのに、何の覚悟も無く、自分の子供を持つ事になり、私はどうして良いのか分からなくなってしまったのだ。

 美津子からは、もっと父親としての愛情を注いで欲しいと言われたが、父親と暮らした記憶すらない私には無理な注文だった。

 結局、私は子育てからも逃げてしまい、それが美津子との溝を更に深める事になってしまった。


 今、私が共に暮らしているのは、私が家庭から遠のいた当時に、秘書として業務を支えてくれた女性だ。

 彼女は、美津子が理解してくれなかったビジネスマンとしての私を理解し、サポートしてくれていた。

 家庭から足が遠のき、仕事の時間が増えれば、当然彼女と過ごす時間が増え、私を理解してくれる彼女に溺れるまでに時間は掛からなかった。


 それでも、彼女は私に離婚を要求するどころか、むしろ夫として、父親としての責任を果たすように求めてきた。

 それが、相手を思いやる事もなく結婚し、子供をもうけた者の務めだと言われた。

 だが、その言葉さえも私は理解せず、美津子には離婚を求め、そして拒絶された。

 自分勝手な私は、美津子に嫌悪感さえ抱いてしまい、それは、あの家に、そして健人、君にまで伝染していってしまった。


 君が騒動に巻き込まれてしまった時、私は何て面倒な事に巻き込まれているのだと、憤りさえ感じてしまった。

 久々に家に戻り、美津子と顔を会わせた時にも、その憤りをぶつけてしまった。

 それがどんなに自分勝手で、どれほど酷い事なのか、私は美津子に刺されて初めて気が付いた。


 それまでの美津子は、私と口論になった時でも、顔を伏せ、ブツブツと小さな声で恨み言を洩らすだけの女だった。

 だから、あの日も私が一方的に要求を伝え、金だけ与えて面倒事は押し付けられると思い込んでいたのだ。

 だから、刺された時には、正直何が起こったのか分からなかったほどだ。

 何が引き金になったのか、正直今でも分からないのだが、激昂し包丁を振り回す美津子を見て、ようやく私は一人の人間の人生を踏みにじってきた事に気付かされた。


「痛い? 痛いでしょう? あんたは、人の痛みを知れ! 殺してやりたいぐらい、あんたが憎くて仕方無いけど、あたしじゃ健人を支えられないから殺さない。殺さないけど、痛みを知れ! 切り刻まれ、苛まれる痛みを知れ! 知って少しは父親らしい事をしてみせろ!」


 美津子からは、このような言葉を投げ付けられながら、包丁で切りつけられた。

 言葉通りに、命に別状は無かったものの、腹に刺し傷があったので念のための入院をしている間に、美津子が命を断ったことを聞かされた。

 そして、週刊誌で叩かれ、住んでいた家を処分して、今は東京から少し離れた場所で暮らしている。

 健人の偽者が現れた時は、どの面下げて会いに行けば良いのか分からず、弁護士に頼った事で問題を大きくしてしまった。

 私は本当に情け無い男だ。


 警察の方が訪ねて来て、健人が異世界に召喚されてから今に至る迄の話を聞かされて、本当に驚かされた。

 そして、健人からの手紙を読み、いかに自分の目が曇っていたのかを思い知らされた。

 本当に勝手な言い草だと思うだろうが、私の血を分けたお前が、しっかりとした一人の男として育ってくれた事を今はとても誇らしく思っている。


 すまなかった。

 いくら頭を下げても許されるものではないだろう。

 だから私は遠くから、健人の新しい家族との生活が、幸福に満ちたものである事を願う事にする。

 そして、今度は間違えないように、今の家族との生活を恥かしくないものにするつもりだ。

 美津子の納骨は、既に済ませた。

 戻って来た時に、一度手を合わせに出向いてやってほしい。


 警察の方に、健人の双肩には重い責任が圧し掛かっていると伺った。

 どうか、身体だけは壊さないように、健康に留意して頑張ってもらいたい。

 影ながら、健人の活躍と健康を願っている。


 父より




 二度、三度と読み返した後で、手紙を封筒へと戻しました。

 一番最初に頭に浮かんだのは、父さんに対する憤りではなく不安でした。

 父親からの愛情を受けた事が無かったから、子供にどう接して良いのか分からなかったと手紙には書いてあります。

 そうだとしたら、父さんから父親らしく接してもらった事の無い僕は、ちゃんとした父親になれるのでしょうか。

 まだ自分の子供なんて考える状況じゃないのに、変な不安が頭をもたげてきます。


 父さんが僕に愛情を持っていなかったという告白は、ショックではあるけれど、何となく納得してしまいました。

 僕の方でも、父さんとクラウスさんを比べたならば、過ごしてきた時間も容姿も全然違うのに、クラウスさんの方が親しみを感じてしまっています。

 親子という関係を築き直す事は、やはり難しいと感じてしまいました。


『大丈夫ですかな、ケント様』

「うん、ちょっとショックな部分はあったけど、覚悟は出来ていたから、そんなに動揺はしていないよ」


 ラインハルトも、僕が手紙を読み終えて、落ち着くまで声を掛けるのを待っていてくれたのでしょう。

 大丈夫、日本の家では一人きりの時間を過ごしてきた僕だけど、ヴォルザードでは一人になるのが難しいぐらい沢山の家族に囲まれているから大丈夫です。


「うん、今日も朝からダンジョンに行ったり、忙しかったから、ちょっと早いけどもう寝るよ」

『そうですな、まだまだ忙しい日々は続くでしょうから、休息は大事ですぞ』

「そうだね。さぁ、マルト、ミルト、ムルト、おいで。一緒に寝よう」

「わふぅ、ご主人様、撫でて、撫でて」

「わふわふぅ、うちも、うちも」

「わふぅ、うちは、お腹撫でて」

「はいはい、分かった、分かった、おいで」


 モフモフのマルト達に揉みくちゃにされながら、僕は幸せな眠りへと落ちていきました。

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― 新着の感想 ―
手紙の内容から息子への愛情は本当になくてケントの心象もどうでも良いけど自分のメンツは守ろうとする本音が見える 元妻やケントに愛情を持てなかった事自体はもう仕方ないとしても、顔を合わせるのでなく手紙で一…
この状況でも手紙だけで済まし会おうとしない父親。さも息子の事を思っているように手紙には書いているが遠回しにもう関わり合いたくないというのがありありと見て取れる。
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