出来の悪い子
※今回は薬屋コーリーさん目線の話です。
毎年、新年は五日から店を開ける。
昔は三日から開けていたこともあったのだが、大して稼ぎにもならないし、そもそも薬なんてものは買い置きしておけば良いのさ。
それに、子供が高い熱を出した……なんて時には、こっちの都合なんざ考えずに、店を開けてくれと怒鳴り散らしやがる。
そんな時は、年末年始は治癒院も休みになるんだから、薬ぐらいは買い置きしておくもんだと諭し、普段の五割増しぐらいの値段で売っている。
今年は店を開けてくれ、薬を売ってくれと喚く者もなく、静かな年明けになった。
五日の朝は、普段よりも早くミューエルが顔を出した。
「師匠、今年もよろしくお願いします」
「はいよ、あたしも何時くたばるか分からないから、盗める技術はみんな盗んでおきなよ」
「はい、勉強させてもらいますけど、まだまだ師匠には長生きしてもらいますよ」
「どうしようかね、もう生きてるのにも飽きてきたからねぇ……」
「そんな事を言わず、長生きしてください」
世の中には、出来の悪い子ほど可愛い……なんて言葉があるそうだが、そんなのは嘘だろう。
出来の良い子と出来の悪い子を比べたら、出来の良い子の方が可愛いに決まっている。
あたしの弟子のミューエルは、口に出して言うことはないけれど、本当に良く出来た子だ。
何が良いのか、こんなおいぼれの所に弟子入りを希望してきて、もう年だから弟子は取らないつもりだったが、熱意に負けて弟子入りを許した。
今年で八年目になるけれど、弱音一つ吐かず、黙々と調薬の勉強を続けている。
薬屋という商売は、多岐にわたる知識を要求される。
薬の材料となる薬草などの素材の知識、その素材を使えるように加工するための知識、調合して薬にする知識、病気に関する知識、打ち身や怪我への対処法の知識……などなど。
病気や怪我に対する知識は、本来なら治癒士が受け持つ知識だが、治癒士に掛かれず薬だけ買いに来る者もいる。
そうした者に的確な薬を売るには、相応の知識が必要になるのだ。
ミューエルには、そうした知識を片っ端から叩き込んできた。
なにせ、いつお迎えが来たっておかしくない歳だから、のんびり教えている余裕は無い。
当然、詰め込み詰め込みになるし、時には言葉もキツくなったが、一度だって辞めるとは口にしなかった。
薬屋として一人前と言うには少々心もとないが、もう二、三年もすれば立派に独り立ちできるだろう。
あとは良い伴侶が見つかれば良いのだが、こちらはなかなか難しそうだ。
器量が悪いわけじゃないから、いくらでも良い男が見つかりそうなものだが、ちょっと前まで駄犬に付きまとわれていたのが良くなかったのかもしれない。
それでも、駄犬をものともしない礼儀正しい坊やがいたのだが、それはまた普通の男とは桁が違っていたようで、今では五人も嫁を貰っているそうだ。
それも、領主の娘やら、隣国の王女やら、遠い国の皇女だとか、普通じゃ考えられない相手ばかりらしい。
五人貰うなら、六人だって構わないだろうが、当のミューエルにその気が無いんじゃ話にならないだろう。
ミューエルは、あたしが指示を出さなくても、一人でテキパキと開店準備を終わらせた。
「師匠、そろそろ店を開けますか?」
「そうだね、まぁ客なんか来ないだろうけどね」
世間の多くは五日まで休んで、六日から仕事を始めるところが多い。
まだ四日の朝一番なんか、客が来る訳がないと思っていたのだが……。
「あら、ギリク。開けるまで待ってたの?」
「いや、今来たばかりだ」
新年早々に駄犬が現れるなんて、こりゃあ本当にお迎えが来そうだ。
「今年もよろしくね」
「よろしくお願いします」
驚いた。どうせ、おうとか、ああとかで済ますのだろうと思っていたのに、駄犬は姿勢を改めてミューエルに頭を下げていた。
その上、店に入るなり、手にしていた籠を床に置き、あたしにも深々と頭を下げた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「こりゃ驚いた、雪どころか槍でも降ってくるんじゃないかい」
ギリクは髪を整え、髭も剃り、キチンとした服装をしている。
ミューエルに付きまとっていた頃を知る者がみたら、まるで別人だと言うだろう。
「これ、少ないですが、使って下さい」
ギリクが持ってきた籠には、薬草が入っていた。
私だけでなくミューエルでさえ驚いている。
「ギリク、これって昨日摘みに行ったの?」
「あぁ、でも近場だから」
「ヴェリンダさんも連れていったの?」
「いや、俺一人だ。今の時期、朝は冷え込むから、日が出て気温が上がってから家のことをやってもらっている」
「今日は一緒じゃなかったんだ」
「少し具合が悪そうだったから俺一人で来た。挨拶も済んだから、失礼する」
以前だったら用も無いのにデカい図体で店をウロウロしていたのに、ギリクはもう一度頭を下げると店を後にしようとした。
「待って、待ってギリク、師匠、買い取りお願い……」
「いや、それは新年の挨拶に持って来たものだから、そのまま収めてくれ」
「でも、こんなに……」
「ミューエル、貰っておきな」
ギリクが持ち込んだ薬草は、種類ごとに仕分けして、丁寧に下処理されていた。
これも以前は、何度言っても覚えようともしなかった事だ。
「じゃあ、俺はこれで……」
「お待ち」
挨拶も早々に店を出ようとするギリクを呼び止め、薬湯の素を袋に詰めた。
「ほれ、持っておゆき。一つまみで一杯分、煮立たせないようにして、しっかり色が付くまで煮出して飲みな。体を温める効果があるし、滋養も取れる」
「ありがとうございます。帰ってヴェリンダと飲ませてもらいます」
ギリクは薬湯の素を入れた袋を受け取ると、また深々と頭を下げてから店を出ていった。
暖かそうな上着の右袖が、風にヒラヒラと揺れていた。
「まったく、最初から真面目にやっておけば、あんな目に遭わずに済んだだろうに」
「ギリクは不器用だから……」
「ああいうのは、不器用じゃなくて馬鹿って言うのさ」
「んー……そうでもないと思う。だって、馬鹿には付ける薬は無いって言うでしょ」
「あぁ、そうだね。付ける薬があっただけ、根っからの馬鹿ではないんだろうね」
ギリクはミューエルの気を惹きたくて、間違えて、間違えて、間違え続けて右腕も生まれてくるはずだった命も失った。
どん底まで落ちて、何もかも失ってしまう一歩手前で、ようやくギリクは踏み止まった。
「さすがに今度は大丈夫だと思いますよ」
「そうあってもらわないと困るよ」
「ですよね」
ギリクがフラフラしていることで、どれだけミューエルの心に負担をかけていたことか。
それが無くなっただけでも、ミューエルの薬師としての仕上げの邪魔にならずにすむだろう。
「まぁ、へらず口と負け惜しみが聞こえないのは、ちょっと物足りない気もするね」
「ふふっ、へらず口は、その内に戻るんじゃないですか」
「あぁ、かもしれないね」
出来の悪い子ほど可愛い……なんてのは嘘だ。
出来の良い子の方が可愛いに決まっているが、出来の悪い子にも可愛いと思うところはあるらしい。





