雷に打たれる
※今回はメイサちゃん目線の話です。
ずっとずっと楽しみにしていた。
一年の終わりと、新しい年の始まりはケントと一緒に迎えられる……と思っていたけど、あまり……というより殆ど一緒に居られない。
年越しのパーティーでは、領主のクラウス様、次の領主のアウグスト様、ユイカさんの父タダオさんに捕まって、お酒を飲まされていた。
時々、合間を見つけてお嫁さんたちや私たちのところにも顔を出してくれていたけど、殆どは男同士の会話なるものに捕まっていた。
新しい年が明けて、少しは私たちとも遊んでくれるかなって期待していたけど、カミラさんと一緒に、リーゼンブルグの新国王の戴冠式に出掛けてしまった。
ケントはリーゼンブルグでは魔王様なんて呼ばれているそうで、新しい国王の義理の兄として、貴族たちに睨みを利かせないといけないらしい。
私は難しい話は分からないけど、新しい国王様は元々王位を継承するとは思われていなかったらしい。
前の国王と三人の兄が亡くなり、気が付けば王位を継ぐ立場になっていたそうだ。
そのため、貴族の後ろ盾が少なくて、分かりやすく言うなら舐められているらしい。
ケントは、バルシャニアがリーゼンブルグに攻め込むのを止めたり、悪い貴族が王家を乗っ取ろうとしたのを止めたそうだ。
その他にも、たくさんの功績を残していて、リーゼンブルグの貴族は新しい王様よりもケントを恐れているらしい。
うちの二階に下宿し始めた時には、そんな凄い活躍をすると思っていなかったけど、今ではリーゼンブルグの新しい王様の強力な後ろ盾になっているそうだ。
だから、戴冠式が終わった後も、祝賀パーティーに出席して、たくさんの貴族と言葉を交わしてきたらしい。
リーゼンブルグはヴォルザードの隣の国だから、内乱とか起こったら大変なのは分かっている。
新しい国王様はカミラさんの弟だから、ケントが力になってあげたいと思うのは当然なんだろう。
お嫁さんや子供との時間も大切にしないといけないのも分かる。
それでも、私と一緒にいてくれる時間が短すぎると思う。
新年二日目もケントは出掛けて行ってしまった。
バルシャニア帝国の皇帝夫妻と、皇太子様をヴォルザードまで送迎するためだそうだ。
まだ正式ではないそうだが、ヴォルザードの領主クラウス様の長女アンジェリーナ様とバルシャニアの皇太子様が婚約なさるらしい。
バルシャニアの皆様をお迎えするのは、婚約発表のための事前の打ち合わせをするためだそうだ。
ケントのお嫁さんの一人であるセラフィマさんは、バルシャニア皇帝の娘、皇女様だった。
バルシャニアの進軍を一人で止めたり、質の良い鉄を大量に仕入れたりするケントの力が見込まれて遠いバルシャニアから嫁いできたのだ。
今回、アンジェリーナ様と皇太子様が婚約なさるのも、色々と大人の事情が絡んでいるらしい。
ケントのお嫁さんの一人であるベアトリーチェさんは、クラウス様の娘だ。
つまり、バルシャニア皇帝一家とヴォルザードの領主一家は、どちらもお嫁さんの実家になる訳で、ケントが奔走するのも仕方ないのだろう。
それに、遠く離れたバルシャニアからヴォルザードまでは、普通に旅をすると何日も、何週間も、下手をすれば一ヶ月ぐらい掛かるそうだ。
それをパっと移動させられるのは、この世界にケントしかいないのだ。
両家の縁組は、ヴォルザード、バルシャニア、それにリーゼンブルグの平和と安定のためだとフィーデリアが教えてくれた。
それは理解できたけど、ケントは皇帝一家の送り迎えをするだけで十分なんじゃないかな。
結局、その日は全然ケントとすごす時間は無かった。
美緒やフィーデリア、ルジェクトと遊ぶのが楽しくない訳ではない。
美緒は色んなゲームや遊びを教えてくれて、漫画やアニメを見せてくれる。
それは、とっても面白いし、普通にヴォルザードで暮らしている人では、もしかすると生涯一度も体験できないものばかりだ。
だから、とっても感謝している。
感謝しているけど、ポッカリと胸に開いた穴は塞がらない。
ケントがうちに下宿していた頃は、何日も家を空けたり、遅くまで帰って来ない日が続いたりもしたけど、それでもニカっと優しい笑顔を浮かべて帰ってきてくれた。
ケントの前に下宿していた人たちは、大丈夫だ、心配ない、なんて言っていたくせに、ダンジョンや魔の森に出掛けて帰って来なくなった。
だけどケントは帰ってきてくれた。
心配はしたけど、ケントは必ず帰ってきてくれていた。
ケントとマルト、ミルト、ムルトと、いつまでも一緒に眠れるのだと思い込んでいた。
でも、ケントはお嫁さんを貰って、自分の家を建てて、うちの下宿から引っ越してしまった。
その時は、仕方のないことなのだと思ったけど、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎていき、新しい下宿人が来ても、ケントが居なくなった寂しさは薄れるどころか強くなるばかりだった。
だから、ケントの家に遊びに来れる機会は、ぜったいに逃さないようにしてきた。
今回だって、年越しのパーティーだけでなく、その後も泊まれるようにお母さんを説得した。
でも、寂しさは埋まってくれなかった。
新年三日目、今日の夕方には家に帰らなきゃいけない。
ずっとケントの家で暮らしている美緒やフィーデリアが、羨ましくてしかたない。
でも、美緒はルジェクに夢中だし、フィーデリアは家族を目の前で殺されてケントの家に引き取られたのだから、羨むのは間違っていると思っていた。
だから、その日の朝食の席で、フィーデリアがあんな事を言い出すなんて思ってもみなかった。
昨晩も帰りが遅かったケントが、すごく眠そうに食卓について、全員揃って朝食を食べ始めようとした時、すっとフィーデリアが手を挙げた。
「朝食前に申し訳ございません。少し話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
いつもはホンワカしているフィーデリアが、その時は少し緊張しているように見えた。
「私、フィーデリアは、昨晩ケント様に、将来娶っていただけるようにお願いいたしました」
その場にいた全員が、一斉に視線を向けたけど、ケントは顔の前で手を振って否定した。
それでも、ユイカさんやベアトリーチェさんの視線が鋭くなった気がする。
でも、フィーデリアは怯むことなく言葉を続けた。
「ケント様にも、お姉さま方にも認めていただけるように、自分を高めてまいります。これからも、よろしくお願いいたします」
そう言い終えると、フィーデリアは惚れ惚れするほど優雅に一礼してみせた。
それだけで、ケントのお嫁さんたちの表情が和らいだ。
そして、カミラさんが始めたのを切っ掛けに、みんながフィーデリアに拍手を送り始めたのだが……私は雷に打たれたように動けずにいた。
膝の上でスカートを握りしめ、奥歯を噛みしめていないと涙がこぼれてしまいそうだ。
本当はフィーデリアの気持ちに気付いていた。
気付いていたけど、気付かない振りをしていた。
私の方が先に知り合って、私の方が長くケントと暮らしていたから、私の方が……と思い込んでしまっていたのだ。
ケントがうちの二階から引っ越して、フィーデリアがケントの家で暮らすようになって、ケントと一緒に暮らした時間はいつしか逆転していたのだ。
負けたと思ってしまった。
堂々とした振舞いも、優雅な一礼も、真っ直ぐにケントを見詰める姿も、全部格好いいと、綺麗だと……今の私では敵わないと思い知らされてしまった。
「じゃあ、食べようか、いただきます!」
「いただきます!」
ケントの一言で、みんなは朝食を食べ始めたけど、私は動けないまま、目も開けられなくなってしまった。
怖かった、今の惨めな自分がどんな風に見られているのかを知るのが怖かった。
「えっ……」
不意に背中とポフポフと叩かれた。
驚いて目を開けると、テーブルの下からミルトが、左右にはマルトとムルトが寄り添い、頷いていた。
うんうん、分かってるよ……って、言われているような気がして、詰まっていた息を吐き出せた。
大きく、二度、三度と深呼吸すると、ようやく固まっていた体が動かせるようになった。
もう一度、胸いっぱいに息を吸い込む。
「ケント! あたしもケントのお嫁さんになる! ケントの方から結婚してくださいって頼み込むような、いい女になってやるから待ってなさい!」
ケントはポカーンと口を半開きにして驚いた後で、お腹を抱えて笑い転げた。
「あははは……はいはい、僕がおじいちゃんになる前に、いい女になってくれるのを楽しみにしてるよ」
「きぃぃぃぃぃ……ケントのくせに、生意気!」
「あははは……」
ケントは心底楽しそうに笑ってくれたけど、ケントのお嫁さんたちには呆れられてしまったかも。
でも、これが今の私だし、将来はスタイル抜群の良い女になってみせるんだからね。





