嵐の予感
領主の館で始まった酒盛りには、途中から唯香の父、唯生さんも加わってグダグダの度合いを加速させ、日付が変わった深夜まで続きました。
コンスタンさん一家は、そのまま領主の館に宿泊。
僕は唯生さんを担いで、自宅まで戻りました。
すみません、嘘をつきました。
唯生さんを担いで運んでくれたのは、アンジェお姉ちゃんの撫でテクに蕩けていたコボルト隊です。
静まり返ったヴォルザードの街を、唯生さんを担いだコボルト隊と一緒にフラフラと歩いて帰ります。
ヴォルザードの街にも街灯はありますが、東京みたいに明るくなくて、足元を照らす灯りが無いと普通の人だと歩くのも大変です。
まぁ、僕の場合は闇属性魔法が使える影響で、夜目が利くから灯りは必要ないんですけどね。
「ふわぁぁぁ……ちょっと飲みすぎだよなぁ……」
「ご主人様、フラフラ」
「フラフラ!」
自己治癒魔法を使えばお酒の酔いは一発で解消できるんですが、折角飲んだのに勿体ないのでそのままにしています。
おかげで、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしてますが、マルトとメルトが両側から支えてくれているのから大丈夫です。
『ケント様も、だいぶ鍛えられましたな』
「ラインハルトが生きていた頃も、目上の人から飲まされてたの?」
『そうですな、上役が勧める酒は断れないので、若い頃には苦労もしましたぞ』
「そうなんだぁ……今の日本じゃアルハラだね」
ラインハルトが生きていた時代、王国騎士団とは言えども体育会系社会で、上役や先輩から勧められた酒は断れずに飲まされていたそうです。
日本では、一気飲みの強制によって急性アルコール中毒で亡くなる人が出て社会問題化したのを切っ掛けに、お酒の強要は昔に比べると減っているそうです。
「まぁ、ここは日本じゃないしぃ、僕もお酒は嫌いじゃないからねぇ……」
『ですが、寝る前には酒を抜いておいた方がよろしいですぞ、でないと奥方たちに……』
「だよねぇ! 唯香は可愛いんだけど、怒ると怖いからなぁ……」
『ご懐妊中ですし、あまりご機嫌を損なわない方がよろしいでしょうな』
「だよねぇ……でもさぁ、まだ新年になったばかりだしぃ……折角の休みなんだしぃ……」
『ぶははは、分かりますぞ、よーく分かりますぞ』
ラインハルトたちも、生前は新年の休みに羽目を外して酔っぱらっていたそうです。
寝静まったヴォルザードの街を抜けて自宅に帰ると、門番のツーオが出迎えてくれました。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、ツーオ、いつもありがとうね」
「王よ、今宵はご機嫌ですな」
「うん、ちょっと飲みすぎた……」
「暖かくしてお休みください」
「うん、お休み……」
門を通って玄関へと向かうと、夜中なのに眷属のみんなが集まってきました。
「ご主人様、おかえりにゃ」
「うわっ、うわっ、なんでネロはそんなに元気なの?」
「昼間いっぱい寝てるからにゃ」
昼間は日当たりの良い場所で丸くなって、声を掛けても尻尾をパタっと振る程度のネロが、グリングリンと頭を擦りつけてくるので、よろけて倒れそうです。
でも、ふっかふかの毛並みが気持ちいいんだよねぇ。
コボルト隊に唯生さんを部屋まで運んでもらい、僕は庭に残って眷属のみんなと戯れました。
ネロに続いて、レビンとトレノも体をこすりつけて来るし、ゼータたちには跳ね飛ばされそうな勢いでじゃれ付かれました。
傍からみると楽しそうに見えるだろうし、実際楽しいんだけど、実は身体強化の魔術を使ってるんだよねぇ。
じゃないと、マジで体がバラバラになりそうな勢いなんですよ。
「はぁ、はぁ……疲れた、もう限界……」
ヘトヘトになるまで眷属のみんなと戯れたおかげで、だいぶ酔いが醒めてきました。
でも、汗だっくだくなので、寝る前にお風呂に入ってきましょう。
靴を脱いだら影移動でお風呂場の前へと移動しました。
ドタドタ歩いて移動すると、眠っているみんなを起こしちゃいそうですからね。
でも風呂場まで移動する途中には、影の空間からマノンとコウタの寝顔を確かめて、その後、唯香、セラフィマ、ベアトリーチェ、カミラの寝顔も覗いてきました。
こんなに可愛いお嫁さんを僕一人で独占しているんだから、幸せすぎて困っちゃいますよね。
脱衣所に行き、鼻歌まじりで余所行きの服や下着を脱ぎ捨てて、洗い場でザっと体を洗い流しました。
「んー、丁度いい湯加減……」
うちのお風呂、清掃時間を除くと二十四時間入れるんですよ。
ホテルの大浴場並みの広さがある湯舟は、外風呂にも続いています。
城壁の方からは見えなくしてありますが、ヴォルザード西側の魔の森を眺められる露天風呂です。
庇の先は、冬の澄んだ空に降るような星が輝いています。
「ふぅ……絶景だよね」
東京では街の光が邪魔をして、数えるほどの星しか見えないけど、ヴォルザードの空は星の輝きで埋め尽くされています。
そんな星空を眺めながらお湯に浸かれるなんて、しかもそれが自宅だなんて、贅沢だよねぇ。
星を眺めていると、背後から水音が聞こえてきました。
「今、お帰りですか?」
「えっ?」
お嫁さんたちは全員眠っていたので、てっきり眷属の誰かかと思っていたので、驚いて振り向いた先にいたのはフィーデリアでした。
お湯に浸かっているので、当然生まれたままの姿です。
「起こしちゃった?」
「いえ、お手洗いに起きたら、お風呂場から鼻歌が聞こえてきたので……」
「なるほど……」
「お邪魔でしたか?」
「ううん、大丈夫だよ……?」
大丈夫だとは言ったものの、フィーデリアはすっと体を寄せて腕を絡め、僕の肩に頭を預けてきました。
「星が綺麗ですね」
「う、うん……」
海の向こう、シャルターン王国で革命が起こり、民衆によって処刑されそうになっていた所を助けたフィーデリアは、まだ幼いと感じる女の子でした。
ですが今、僕の二の腕に押し当てられている感触は、女性を意識させられる柔らかさです。
マズい、マズい、これは非常にマズいですよ。
酔っぱらった状態で、この感触を味わってしまうのは非常に良くないです。
急いで自己治癒魔術を発動させて、体から酒の酔いを排除しました。
アルコールによる酩酊状態が無くなり、思考がクリアーになったのは良いですが、その分だけ二の腕の感触も鮮明になった気がします。
「フィ、フィーデリア……」
「はい、ケント様……」
僕の耳に吐息と共に響く甘い声は、艶めかしさすら感じます。
頭は必死に理性を働かせようとしているのに、下半身の野生が雄たけびを上げてしまいそうです。
「フィ、フィーデリアは、今年はどんな年にしたい?」
「昨年以上に、色々なことに挑戦したいと思っています」
フィーデリアは毎日学校に通うようになったし、安息の曜日にはアマンダさんの店を手伝いに行っています。
最初の頃は危なっかしかったそうですが、今では接客の仕事にも慣れ、フィーデリアとメイサちゃんの二枚看板で売上アップに貢献しているそうです。
「調理も勉強してるんだってね」
「はい、美緒からは服飾についても習っています」
「ヴォルザードで暮らしていくって決めたんだね」
「はい、将来は……将来は……」
思いつめたような声を聞いて視線を向けると、フィーデリアは真っすぐに僕の目を見詰めてきました。
フィーデリアの瞳の中にも、無数の星が煌めいて見えます。
「私は……ケント様の妻の一人に加えていただきたいと思っております!」
思いの丈を吐き出したフィーデリアは、僕の腕の中へと飛び込んできました。
頑張れ、僕の理性!
助け出してから、ずっとフィーデリアは妹のように思ってきました。
家族としての愛情はもってきましたが、男女の恋愛感情は持ってきませんでした。
「ケント様、お慕いしています」
僕の腕の中から上目遣いで囁いたフィーデリアは、すっと目を閉じました。
「ごめんね、フィーデリア。今は君の気持ちには応えられない」
閉じていた瞼を開いたフィーデリアは悲しげですが、納得もしているようでした。
「ケント様が私を女として見ていないのは分かっています。でも、この気持ちを伝えずにはおれませんでした。ですから、いつかケント様に求めてもらえるように、自分を磨いていきます」
僕の理性がフルパワーを発揮して、その場は何事もなく済んだのですが、フィーデリアは翌日の朝食の席で唯香たちに僕の妻を目指すと宣言しました。
何だか我が家は、新年早々嵐の予感です。





