戴冠式(後編)
戴冠式の式次第は予め知らされていますが、参加する側は案内に沿って所定の場所まで動き、後は式が終わるまで見守るだけです。
式の時間が近付いてくると、普段は落ち着いているカミラがソワソワしはじめました。
「やっぱり緊張してる?」
「それは勿論、自分がやる方が緊張しないと思います」
なんて言ってるけど、カミラが女王となるべく戴冠式に臨むとしたら、今よりも遥かに緊張していたでしょう。
実際、一時期はカミラが王の代理として国を運営していたこともありましたが、結局正式に王位に就くことなく、僕の所に嫁いできています。
「大丈夫だよ、ちゃんとディートヘルムを支えてくれる人たちがいるんだから」
「そうですね、緊張するよりも弟の晴れ姿を目に焼き付けておきます」
「それでいいと思うよ」
とは言え、僕の義理の弟の晴れ姿ですから、しっかりと撮影して保存しておきますよ。
撮影役として、フレッドとバステンが影の中でスタンバイしています。
「そろそろ、お時間となりますので、会場へ移動をお願いいたします」
「行こうか」
「はい」
カミラと腕を組み、案内に従って城の大広間へと移動します。
実は、リーゼンブルグの貴族の当主は、既に全員が会場に入り、整列を終えています。
奥の扉から中へと入り、階段が五段ほど高くなっている場所に姿を見せると、集まった貴族からどよめきが起こりました。
「見ろ、カミラさまだ!」
「いつの間に王都に戻られたのだ?」
「なんと、また美しくなられたようだな」
「隣にいるのは魔王様か?」
どうやら、ヴォルザードに輿入れしたはずのカミラが、突然姿を現したので驚いているみたいです。
リーゼンブルグ国内を元王族であるカミラを乗せた車列が移動すれば当然話題にあがるでしょうし、噂話が貴族の間を伝わるはずです。
でも、送還術で移動してきたので、車列も目撃されませんし、噂話が伝わることもありません。
リーゼンブルグでも、騎士たちをカルヴァイン領に送るなど送還術を使っていますが、実際目にしたリーゼンブルグの貴族は極少数なので想像もつかないのでしょう。
どうやら僕ら以外の参列者は、既に入場を済ませていたようで、余計に目立っているようです。
そして、いよいよ戴冠式が始まりました。
「リーゼンブルグ王国、第四王子ディートヘルム殿下、ご入場です!」
楽士隊によってファンファーレが演奏された後、ディートヘルムは参列者が居並ぶ中を玉座に向かって真っすぐに歩いて来ます。
そこに初めて会った時の少女かと思うような病弱な少年の面影は無く、健やかに伸び盛りを迎えた少年の姿がありました。
ちらりと横へ視線を向けると、カミラはぐっと奥歯を噛んで涙が溢れてくるのを堪えていました。
どれほど、この日が来るのを夢見てきたのでしょう。
いいや、こんな日が来るとは、僕らを召喚する前のカミラには夢見ることすら出来なかったかもしれません。
ディートヘルムは、真っすぐに視線を逸らすことなく、諸侯の間を堂々と歩き、階段を上ってきました。
一番高い位置に居るのは、僕とカミラの他には式を手伝う者と教会の大司教だけです。
大きな宝珠が嵌められた杖を掲げた大司教が、ディートヘルムに問い掛けます。
「ディートヘルム・リーゼンブルグ、汝はこの国のために身命を賭して働くことを誓うか?」
「誓います!」
「王冠をここへ……」
杖を預けた大司教が王冠を受け取り、片膝をついたディートヘルムの頭上へかぶせました。
「ディートヘルム・リーゼンブルグを新しき王とする、異議無き者は沈黙をもって称えよ……」
参加した全ての者が、水を打ったように静まり返りました。
「ここに、リーゼンブルグ王国の新しい王の誕生を宣言する!」
「リーゼンブルグ王国に栄光あれ!」
「ディートヘルム陛下に栄光あれ!」
大広間は拍手と歓声に包まれました。
僕も拍手をしながら、じっと参加者たちの顔を眺めてみましたが、あからさまに不満そうな表情を浮かべている者は見当たりませんでした。
正直に言うと、ディートヘルムの即位を快く思わない者が一定数いるのではないかと考えていました。
まぁ、この場では表情を取り繕っているのかもしれませんが、それでも少し安心しました。
王冠を戴いたディートヘルムは、ゆっくりと階段を降り、諸侯の祝福に応えながら大広間の出口を目指します。
僕とカミラも、少し離れた位置で後に続きます。
これからディートヘルムは、王城のテラスへと赴き、集まった王都の民衆に即位を宣言します。
そういえば、これから向かうテラスでは、以前年明けの式典で、アーブル・カルヴァインの一派が攻撃を仕掛けてきたことがありました。
ゾンビと爆剤を使った攻撃で、多くの死傷者が出てしまいましたが、今日は同じことを繰り返さないように、万全の警備体制が敷かれているそうです。
テラスから見下ろす中庭は、立錐の余地も無いほど民衆で埋め尽くされていました。
楽士隊のファンファーレが響き、歓声が上がった後で、近衛騎士が声高らかに宣言しました。
「リーゼンブルグ王国の新しい国王、ディートヘルム・リーゼンブルグ陛下ご入場!」
騎士の声を聴いた民衆は、固唾をのんでテラスを見詰めています。
本日ディートヘルムが即位することは伝えられていますが、カミラほど表に出る機会が無かったので、民衆への印象が薄いからでしょうか。
ところが、王冠を戴いたディートヘルムが姿を見せると、地鳴りのような歓声が広がっていきました。
この歓声は、バルシャニアの劇場で集まった民衆から受けた歓声に匹敵していますね。
ディートヘルムはテラスの端に立つと、軽く右手を挙げて歓声に応えました。
ちょっとだけ見える横顔が、緊張で引きつっているように感じるのは、僕の思い違いでしょうかね。
ディートヘルムは右手をすっと下ろして、民衆の歓声を抑えました。
「私は諸侯の承認の下、新しい王として即位した。我が父、先王アレクシスは愚王と呼ばれるほどの俗物であったが、私はそれを悪しき見本とし、民が豊かに暮らせる国を目指すことをここに誓う!」
「おぉぉぉぉぉ!」
ディートヘルムの誓いを聞いて、再び民衆の歓声が爆発した。
「ディートヘルム陛下に栄光あれ!」
「リーゼンブルグ王国に栄光あれ!」
繰り返される民衆の唱和に、ディートヘルムは右手を挙げて応えています。
そして、それを見守るカミラの瞳からは、堪えきれなかった涙が溢れました。
「良かったね、カミラ」
「はい……はい……これもひとえに魔王様のお力添えがあったからです」
「違うよ、いくら僕が力を貸しても、本人に立つ意思がなければ、王様になんてなれない。ディートヘルムが頑張ったんだよ」
「はい……私は、本当に幸せ者です」
溢れる涙を拭いもせずに、弟の晴れ姿を見詰めるカミラは、本当に美しいと思いました。
そんなカミラと結ばれた僕も、間違いなく幸せ者です。
愚王の息子ディートヘルムが、後の世で賢王と称えられるように、これからも力を貸していくつもりです。
もし道を誤った場合には、ぶん殴ってでも立ち直らせるつもりですが、その必要はなさそうな気がします。





