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月の雫亭

再び大通りに戻った俺は、今晩泊まる宿を探し始めた



宿、と言っても、安けりゃいいってものではない。 ここは異世界だ。 何があっても不思議じゃないこの状況下で、セキュリティに不安のある宿に泊まれるはずがない。

それに、今日まで現代日本の快適な生活に慣れ親しんできた俺である。 環境が整った宿の方が良いに決まっている



幸い、金は問題がない。 別に腐るほどあるからって無駄遣いしていい訳ではないが、これについては仕方ないと割りきるしかない。 自分の身が何よりも大切なのだから




「となると……誰かに聞いた方がいいのか?」


この街に来たばかりーーというよりも、この世界に来たばかりーーなため、どこの宿が良いとかそんな情報を俺は知らない。

唯一の知り合いであるアルト達はもうすでにいない。



適当にブラつきながら考えることにし、俺は大通りを中央に向かって歩き始める



「しっかし、いろんな人がいるのな」



道の脇には、飲食店やらアクセサリー店等の他にも、武器屋や回復薬などを売るお店も多数ある。

そんな店の店主や客には、俺のような人間の他にも、耳の長い女の人や背が低いのに、体躯はがっしりとした髭面の男、動物の耳や尻尾を生やした子供ななどもいた。

前世で言うところのエルフやドワーフ、獣人なのだろう。 そんな人たちでこの大通りは賑わっていた。



試しに街行く人達に鑑定をかけてみたが、あまりの情報量に一瞬吐き気を覚えた。 もう街中で使うのは止めようと決意した瞬間だった




「あれだな。 ゲームの翻訳機能があって助かったぜ……」



さっきギルドの職員さんと話しているときに気付いたのだが、口の動きと聞こえてくる言葉にズレがあった

そして街の中に数多く存在する店の看板の文字

これも、ゲームの機能が働いているのだろう。 見たことのない文字の上に日本語が書かれているように見えるのだ




WFOは日本のみならず、他国でも発売されているため、様々な国籍の人がプレイする。

だが、国が違えば言葉も違う。 両者が何をいっているのか伝わらなければ、折角のVRMMOも同じ国の人で固まってしまう

そうならないようにするために全てのプレイヤーに初めからついているスキルとして異国言語翻訳スキルという共通スキルが存在し、これによって、WFOでは、異国人どうしでのコミュニケーションが可能となっていた

尚、これは共通スキルであるため、個人が選ぶ15のスキルのうちには入らない




こうして、文字が読めるのも、会話が出来るのも、さっきの登録時のように字が書けるのもこのスキルのお陰なのだろう。

感謝感激雨霰である。



「お、ここなんか良さそうじゃん」


大通りに面した建物の前で立ち止まると、俺は入り口の上の方に書かれた看板を見上げた。

『月の雫亭』と書かれたその看板には、文字が読めない人にも分かるように配慮されているのだろう、人目で宿泊施設だと分かる絵も描かれていた

さっそく、中に入ると目の前には食堂。 大半が剣などの武器を持った男や女だったが、商人らしき人もちらほらと見てとれた



「いらっしゃい!」



少しの間、その光景にほぇ~としていたところ、俺可愛らしい女の子の声が聞こえた。

視線を下げると、そこには頭の赤いリボンの可愛らしい笑顔の女の子。

エプロンをしているあたり、どうやらこの宿の人らしい



「ようこそ! 『月の雫亭』へ! 」



「ああ。 君は、この宿の人かな? 今日からここで宿を取りたいんだけど……」




「宿のお客さん? なら、お母さん呼んでくるね!」



テトテト~っとした足取りで奥の方へ駆けていく女の子は少しして、恰幅の良い女性を連れてきた。 あの人が女の子のいうお母さんなのだろう。



「いらっしゃい! 宿を取るんだってね。 何泊するんだい?」



「何泊……そうですね、今持ち合わせがこれしかないんですけど、どれくらい泊まれますか?」



そう言って、俺が取り出したのは先程の金貨。

すると、それを見た女将さんは一瞬固まり、慌てて辺りを見回すと、そっと小声で耳打ちしてきた



「あんた、そんなもんいきなり出すんじゃないよっ! 他の誰かが見てたらどうするんだい!」



「い、いや。 でも、これしか持ってなくて……」



どうやら、この金貨。 一枚でもかなりのものらしい。 俺が金貨を持っているのを他の誰かに見られて、後で面倒事に巻き込まれる心配をしてくれたようだ。 優しい人である。

金貨は俺の着ている魔竜のローブの陰に隠れていたため、女将さん以外に見られていることはないだろう


「ったく、とんでもないねあんた。 うちは1泊で大銅貨5枚だからね。 それだけありゃ、半年以上は泊まれるよ」



「あ、じゃあ10日分お願いします」



「あいよ。 ちょっと待ってな。 お釣り取ってくるから」



金貨を受け取った女将さんはまた奥へと戻っていく。 宿の内装はかなりキレイで、見たところ、料理にも期待は出来そうだ。




「ねえねえ、お兄さんは冒険者の人?」



ふと、俺と一緒に取り残されていた女の子が、ローブをクイックイッと引っ張って尋ねてきた。

どうやら、今は注文が無いため一休み中のようだった



「そうだよ。 と言っても、今日登録してきたばっかりだから、まだまだ新米なんだ」



「そうなんだ! でも、これから冒険もするんでしょ? 今度いっぱいお話してね!えっと……」




「? あ、名前か。 俺はフミヅキっていうんだ。 よろしくね」



「うん! よろしくね!フミヅキのお兄さん!! エンゼルは、エンゼルっていうの!」



元気いっぱいの笑顔で自己紹介するエンゼルちゃんに、ほっこりする俺

念のため弁解しておくが、俺はロリコンじゃない。 そもそも、この程度のことで人をロリコン呼ばわりする奴の方が俺はおかしいと思っている。

誰だって、小さい子供の笑顔にはそうなるはずだ



「お待たせ。 お釣りだよ」



ちょうどその時に女将さんが戻ってきた。 その手には、袋が握られていた



「確認しておくれ。 ちゃんと銀板9枚と銀貨5枚になってるはずだよ」



手渡された袋はずっしりと重かった。

中を見ればギルドで見た銀板と銀貨が言われた数だけ入っていた




「お母さん! あのね、フミヅキのお兄さんに今度いっぱいお話してもらうんだよ!」



中身の確認を終えると、エンゼルちゃんが俺の隣で嬉しそうに跳び跳ねながら女将さんに報告していた



「あら、エンゼルはさっそくなついたんだねぇ。 フミヅキっていうんだね。 うちの娘と仲良くしておくれ」



「ええ。 こちらこそですよ」




「まぁ、しばらくうちに泊まるんだ。 うちは料理も上手いし、サービスもいいからね。 期待しておいておくれ」




そこは大いにさせてもらいます。

女将さんの名前はエルダさんで、旦那さんの名前はパウムさん。

パウムさんはここ、『月の雫亭』の料理担当らしく、その料理は旨いと評判らしい




どうやら、ブラついた先に見つけた宿はかなり当たりのやどだったようだ




案内されて2階の部屋にいけば、そこは日本には劣るものの、この世界ではかなり良い方であろうベッドが備え付けてあり、1人が生活するには十分な広さがあった。



食事は1日2食。 朝と夜でこれは料金に含まれているらしい。

ただし、時間までに食堂へ下りてこなければ、その分の食事は取り下げられる

なんでも、冒険者は丸1日宿に帰らないこともあるらしい。だが、帰れないことが分かっている時は1度宿を引き払い、帰って来てもう1度取るらしい




「それじゃあ、ごゆっくり!」



最後にエンゼルちゃんが部屋を出る。 それを見送り、俺はベッドに寝転がった



「……食事はいっか。 今日は疲れた……」



その日、俺は朝までぐっすり寝ることになる

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