名前
現在時刻は8時25分。場所は電車の中、例のあの人の約5m後ろ。…そう、また会うため電車を一本遅くしたのだ。しかし
「で?どれ?千紘の好きな人ってのは!」
わたしの隣にはなっちゃんがいるのだ…。
昨日の告白を聞いたなっちゃんは、今日なんと、「ウチもその人に会いたい!」と家の前まできたのだ。
「(まさか家までくるなんて…。)えっと、ほら、前に高校生が三人いるでしょ。真ん中のつり革つかんでる人。」
「ふむふむ。…なんか、いままでに千紘が好きになった人と、イメージ違うね?」
そうなのだ。彼の姿はわたしのタイプではなく、どちらかというと苦手なタイプだった。今までは、線が細めの所詮イケメンと呼ばれる男子が好きだった。のに、彼は日に焼けた黒い肌に広い肩幅、そして寝癖つきの短髪。
「だよね…。でも、なんかあの人を見たとき…なんていうか、『好き!』って感じがしたの!」
わたしがそう言うと、なっちゃんはなんだか優しい顔をして言った、
「ふーん、そっか。」
「うん。」
なんだか恥ずかしくなってわたしがそっぽを向くと、今度は意地の悪い顔をして、
「じゃぁ、もっと近づこうよ。」
「え?」
わたしの手をつかみ、ぐんぐんと彼に近づくなっちゃん。やっやばい、心臓の音が…。
彼から約一m。やっとなっちゃんが止まった。
「---だろぉ!絶対そうだって!」
「さすがにねぇだろ!」
わわわっ!?会話も聞こえてしまうほどの近さ。
「お前もそう思うだろ。“ヒロ”」
「そうかぁ?俺もねぇと思うけど。」
「裏切り者ー!」
“ヒロ”と呼ばれ返事を返したのは、あの人で。あの人が“ヒロ”という名前だと分かる。
「…同じだ。」
わたしがつぶやくと、なっちゃんは不思議そうな顔をした。しばらくしてから、分かったようで「やったじゃん!」と言ってくれた。
“チヒロ”と“ヒロ”そんな些細なおそろい。それだけだけど嬉しかった。