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07 猫又の戯言回し

「あんたは随分と残酷なお人のようだねェ」


 揶揄するような、意味深な、呆れたような、突き放すような。そのどれでもあってどれとも違うような、いっそのこと面白がっているだけなのかもしれない、そういう、つまりは何を考えているのか読ませない口調でもって、金色の双眸を細めつつ又吉は言った。

 言われた当人である朋幸は、きょとん、といかにもよく分からないという顔をする。


 時刻は正午を少し回ったところの、場所は真李亜宅ベランダ。閉めきった硝子戸から魔王の観ているTVの音声が湾曲して聞こえてきている。真李亜は昼食を作っているので、朋幸と又吉、一対一での対話だった。


 あの後――

 魔王の処遇とやらがざっくり暫定的に決まった後に、又吉はひょっこりと顔を出した。丁寧な挨拶をした猫又に、真李亜は最初硬直したものの、事前情報による心構えがあったのか、または魔王で多少免疫ができたのか、目立って取り乱すことは無く、つつがなく顔合わせは終了して、その後又吉は何をするで無く何を言うで無くベランダで日向ぼっこでもしている様子だったのだが、真李亜が昼食作りに立ったタイミングで不意に朋幸へ話しかけてきたのだ。


 曰く、「ちょいと世間話でもいたしやせんか」と。


 それを横で聞いた魔王は当然のように混ざりたがったが、「魔王様はTVでも観ててくだせェ」と、あっさりざっくりと迎撃されて撃沈して現在TVの前にいる。体育座りで。様になっているところが情けない。

 だがまぁそれは朋幸にとって関心の湧くような事では無かったのですっぱり無視しておくとして。朋幸はベランダへ出て硝子戸へ背をつけるようにして座って、とりあえず世間話ということなので、斜め上前方に広がる薄っぺらい秋空と千切れ雲を見やりつつ「良い天気だねー」などと言ってみた。又吉もそれに態々反骨する気は無いようで、乗っかるように「そうでございやすねェ」と髭をそよがせる。


「まだまだ昼間なんぞは陽気なもんで、過ごしやすいもんだねぇ」

「夜になると急に冷え込むから、着ていく服に困るんだけどな。又吉さんも、毛更わりで、寒かったり暑かったりするんじゃないの?」

「ヘェ、老体には堪えやすねェ。けれどまぁ、毎年の事と言っちまえばその程度でサァ」

「又吉さん何歳くらい?」

「はて……」


 言い淀む。記憶を辿っているのだろう、しばし遠い眼をして、それから後ろ足で耳の裏をバリバリやってから、


「あぁ、千歳ばかしでごぜェやすかねェ」


 と、懐かしそうに答えられたのは某聖人が産まれてから現在までのだいたい半分の年数だった。それは朋幸の予想よりもゼロが一つ多くて、文字通り桁の違う数字にまったくもって実感が湧かなかった。ので、きょとんと眼を瞬くくらいしか反応がとれない。


「千歳? えーっと、千年前って何時代だっけか。年号なんだっけ」

「さて、人間様のそういった細やかな事情名称はとんと存じちゃァおりやせんが、あっしが猫又になりたてだった頃の事ァよぅく覚えておりやすよ。なんたってあの時期には天皇さんが二柱もおわしやしたからねぇ、この国には」

「あ、あ、それなんかなんとなく知ってるぞ。たしか、そう、平安時代の話だ!」


 思い出せてスッキリ。といったふうに声を上げてから、朋幸は数秒沈黙して、


「うわ、平安時代!? すげぇ昔じゃん! すっげぇ! 又吉さんすげぇ!!」


 驚愕しおののいて感動した。本心からの感想だろうことはその両目を見れば明らかだ。何せ何故かヒーローを視る子供よりも純粋に純朴に熱烈に尊敬に充ちた目をしているのだから、又吉の方が反応に困って若干身を引いている。


「はァ、そりゃァどうも……」

「平安時代っつったらアレだよな、安倍晴明とかいた頃だよな、又吉さん会ったことある?」

「会うと云うほどのもンじゃァございやせんでしたが、まァ、恐いもの見たさとでも申しやしょうか、畜生と化物の間をふらふらしていた頃に何度かは。しかし恐いってェなら、あっしァ道長の方がよっぽど恐ろしく思ったもんですがね」

「ふぅん、そうなんだ」


 ちなみに、頷きつつそれがどういう人物なのか朋幸はわかっていない。学問の神様だっけとか思っている。それは藤原道長ではなく菅原道真だ。


「そういやその頃も魔王っていたの?」

「えぇ、もちろん、おりやしたよ」

「どんな人?」

「人を型にはしておられやせんでしたね。現象に近いお方で、此方の事には関心が無かったように記憶しておりやすよ。だからあのぐらいの頃は妖かしどもも好き放題で」

「へー」


 魔王にもいろいろといるらしい。


「その魔王にも又吉さん仕えてたの?」

「滅相もない! あっしァその時分まだ妖かし連中の中でも下の下、なりたてのひよっこだ、そんな身で魔王様にお仕えだなんて、とんでもない。遠目に御姿を拝謁する機会さえありやせんでしたよ」

「はぁん、そういうもんなんだ」


 どうやら、朋幸の思っていた以上に上下関係は厳しいらしい。体育会系なんだろうか。などとずれた感想を抱く。魔王と又吉のやりとりを見るにとてもそうは思えないのだが……。


「それは今代の魔王様が特に、あー、なんだ、えー」


 言い澱む又吉。落ち着きなく視線を彷徨わせ、毛づくろいなどをして、背後の、硝子戸越しにNHKの十五分アニメを結構真剣な横顔で凝視している魔王をみやり――


「あの魔王様が異例的にアレなだけでさァ」


 取り繕うことを諦めた。それはもう、完膚なきまでに諦めて言い切った。なるほど、と朋幸も特に意味は無いが力強く頷く。


「じゃあやっぱ波旬とか、サタンとか、イブリースとか、そういう魔王のほうが多数なんだな」

「いえ、それはあっしも知りやせんが」

「……知らないのか……」


 至極残念そうに眉尻を下げる朋幸。何やら魔王というものに多大なる幻想があったらしい。


「うん、まぁいいや。魔王は魔王だし魔王は魔王なんだもんな。偏見はいけない。うん。……あ、そうだ」


 不意に、それまでの話題を切り上げて


「そういえばえーっと、魔の者達? に、顔見世しないといけない、んじゃなかったっけか魔王」


 なんかそんなようなことを一昨日に車内で叱られていたはずだ、魔王が。


「こんなとこでTV観てていいのか魔王」

「あぁ、それでしたらもうひと通りはすませて来やしたから」


 済ませたらしい。時間といえば一日半もなかったのではないかと思うのだが。


「そんなあっさり済むようなことなのか、顔見世って」

「人間様の様式とはそりゃァ随分と違いやすから」

「どんな?」

「……簡潔に言ってしまえば、存在を示すだけ、でございやすかね」

「ふぅん?」


 よくわからない。


「実を言えばまだ人間側への顔見世は済んでねェのですがね、まぁ、そりゃあいつだって構いやせんし、なんなら態々してやることもありやせんから」

「人間側への顔見世?」


 きょとん、目を瞬く。人間側って、そんなことをしても良いのだろうか。少なくとも朋幸は現実的な記録として、魔王が人間達の前にあらわれて『我こそは魔王なり』と宣告した事がある、などとは寡聞に聞いたことがない。やるとしたらそれは最早宣戦布告世界征服の始まりなのではなかろうか。

 という旨を問うてみれば、又吉はさも愉快げに笑い転げた。はてなと首を傾げる朋幸に、なおもくつくつと笑いを口の端に残しつつ又吉が座りなおして言う。


「えぇ、えぇ、語弊がありやしたね、訂正しやしょう。あっしの言った人間側とは、あっしらのような魔の物達を識っていて、関わっていて、取引をしていて、条約を結んでいたり、敵対し合っていたりする、そういう連中の作った、幾つかある組織のうちの二三の、大将やってる奴の事でさァ」


 今度の説明は細かくて咀嚼に時間がかかった。説明を反芻し、反復し、三度目で漸く朋幸は驚きを顔に上らせる。


「つまり、専門家がいるのか! それも、知識だけじゃなくって、実際に又吉さん達みたいなのと接してる、そういうのが」

「そう、大小数えれば百を超える組織がね。家系も含めればもう少し残っておりやすか。その中で一二を争う巨大な組織がありやして、そこにはまぁ一応、次代の魔王が誕生したと顔を見せてやってもいいのですが、どうせ魔王様が体現なされた事それ自体は探ろうとするまでもなく探知される事ですし、そもそも人間如きに魔王様が挨拶に行ってやるなどと――あぁ、失礼」

「ん? なにがだ?」

「……いえ、気にしないなら構いやせんが」

「んん??」


 こほん、と咳払いの真似事をして仕切りなおす又吉。


「まぁそういう理由でして、概ね顔見世は済んでおりやすから、あとは魔王様のお好きなようになさって何ら問題――問題は場合によっちゃァ生じやすが、概ね構わないと、いうわけで」

「あっさりしてるなぁ」

「ま、根本として、というか、根源として、と言いやすか、魔の物達はそもそも個人主義なもんでござんして。大も小も人間様とは違いまさァ」

「ふぅん」


 わかるような、わからないような。首を傾げるが噛み砕いて説明してもらったところで分かるような解らない話なのだろうと予想できたので疑問は口の中に仕舞っておいた。かわりに好奇心を口から出す。


「そのおっきな組織ってなんなんだ?」

「……お嬢さん」

「ん?」


 ふぅぅ、と溜息。猫の溜息って何度見ても珍しいなぁ、なんてズレている上に矛盾を含めた感想を抱く朋幸へと真っ直ぐ向き直り、又吉は、その金色の瞳で朋幸の眼を見据えた。覗き込まれているのか、覗き込んでいるのか。境界を曖昧にする眼差しに囚われる。

 逸らすことの絶対に許されないような。


「見知らぬ世界を覗くのァ、そりゃあ面白いかもしれやせん」


 又吉が言う。子供のように高い声を低くして、子供へ言い含めるようにして、言う。


「けれど、あんた様ァそちら側の、表側の、人間だ。どんなに面白そうに見えたって、どんなに興味を唆られたって、此方側じゃァ無ェ。いいですかい、通常そのまま生きていたならば知るはずの無かった世界てェのは、そりゃァやっぱり、知るべきでない、関わるべきでない世界なんでさァ」

「…………。それは無理だ、又吉さん」


 数秒、考える間を置いて、考えるまでもないとでも云うように朋幸は否定した。


「だってもう関わってる。知ってしまったら、それは知る前には戻れないよ、又吉さん。そういうもんだ。世界に、情報に、ブラウザバックはついてないよ」

「では、見て見ぬふりをしなせェ。見猿言わ猿聞か猿と、そうして立ち去りゃ夢現、いずれ本当に忘れられやしょう」

「そんなのは嫌だ」

「まるで駄々っ子のような有り様だ。けれど、世の中というのは駄々を捏ねて押し通せるのは我が儘だけで、道理ァ無理だ。あんた様は、ただの人間でしょうよ。魔女でも、霊能力者でも、まして此方側の、魔に属する連中というわけでもない、ただの、普通の、平凡な、人間でしょう。あっしらとは存在が違うンだ。本来なら関わるべきじゃァねぇのでございやすよ。ただの人間のままで居続けようと思うのなら、ね」

 意味深にゆっくりと呟いてから又吉は言う。


「今のこれは悪夢みてぇなもんサ。忘れちまうのが、よろしいでしょうよ」

「そんなのは嫌だ」


 さっきと一語一句同じ調子で即答だった。又吉の耳がうんざりと下がる。


「……何故」

「理由なんて無い」


 どうしても嫌だと言って朋幸は眦を釣り上げた。


「見えてるもんは見えてるし、知り合った以上は知っているんだ。あいつが自分から居なくなるっていうなら、そんで、それでいいっていうなら、それはあいつの勝手だから構いやしない。けど、あいつは俺と居たいと言っていた。だったら俺は拒まない。俺は俺に関わってくる奴の世界を知りたい。だいたい、見えないフリとか聞こえないフリだとかそういうのは」

 なんだか卑怯だ。と声高に主張した。


「俺はそういう逃げをうつ俺になりたいだなんて思えないし、そういう俺を好きでいられるとは思えないよ。だから、俺はそういうのはしないんだ。だから、口だって閉ざさずに喋り続けるぞ。だいたい、そちらとかこちらとか分かんねぇよ。そっちもこっちも、同じ地球の上の、日本じゃねぇか」


 何が違うもんかとふんぞり返った。そんな尊大な態度で言い切っておいて、だけど、と反語を口にする。


「又吉さんとか、魔王が知られたくないような、俺が聞いちゃ悪いようなことを訊いていたんなら、ごめんなさい。俺そういうキビとかサビとかわかんねぇから、それは謝る」


 だけど、とまた反語。


「見えないフリとか知らないフリとか、そんなのはしない。だいたい、存在が違う? なんだそりゃ。魔王は魔王で、俺は俺で、それは個人が個人であって他人は自分じゃないっていう、そういう当たり前の話じゃないのか。魔王と人間と猫又の違いなんて人間と人間の違いと大して違いやしねぇよ。ただの人間だって? そりゃあそうだけど俺は俺で俺だよ又吉さん。何を知ったって何を見たって何と関わったって関係ない。俺は、俺で、俺だ。それだけの事だ」


 だから、と、朋幸は挑みかかるように拳を固く握って、言う。主張する。


「知らなかった世界は知った世界で関わった以上はどんな世界だって――」


 ――俺の、世界だ。

 一片の迷いもなく、疑念も羞恥も無く、まるでどころかまるっきり宣戦布告のように朋幸は告げた。宣った。


「だから俺は俺の世界を知る権利がある」


 それは滅茶苦茶な暴論だった。否、論説と云うのもおこがましい、暴言だった。それを臆面もなく真面目に言ってのける朋幸に、又吉は驚愕し、呆れ、そして少なからず、戦慄した。


 個人と個人の違いと、人間と魔王と猫の違いを同列に語るなんて、それだけでもう常軌を逸している。その上更にこの女は、見た物、知った事からは決して目を背けないのだと断言した。そんな人間がいるものだろうか。誰だって、都合の悪いことからは逃げるものだ。見たくないものからは目を背け、面倒事を避け、自分の理解が及ぶ範疇内でだけ生きているものではないだろうか。

 少なくとも又吉の見てきた人間はそうだった。

 当たり前だ。何もかもを受信してしまっては身がもたないではないか。


 否――もしかしたら大沢朋幸というこの人間は、受信などしていないのかもしれない。

 又吉はふとそんなことを考えた。

 受け入れてなどおらず、ただただ知覚しているに過ぎないのかもしれない。

 だって朋幸は言っていたではないか。いなくなるのも魔王の自由。傍にいるのも、魔王の自由、と。それはつまり、朋幸自身は選んでなどいないという事ではないか? 勝手にしろという、その言葉はそれじゃあまるで

 結局は、拒絶のようなものではないか。

 だったら、魔王の願いは、あまりにも、


「不毛……だな」

「ん?」

「あんた様、魔王様が傍にいたいと言うのを拒む気はないと申されやしたね」

「うん。好きにすればいいよ。だってそれは魔王の自由で魔王の好きにすべき事だろ」

「では魔王様が、あんた様と夫婦になりたいのだと言ったら、それも魔王様の自由でございやすかぃ?」

「はぁ?」


 如何にも訳がわからない、といった様子で朋幸は顔を歪ませる。


「なんだそりゃ」

「そう深く考えなさらないで。単なる――世間話、でごぜェやすよ」

「ふぅん」


 納得したのかしていないのか、半々といった声を鼻から出す。そうして、けれど、


「結婚はしないよ」


 答えは即答だった。

 考えるまでもないことだと、いうように。


「俺にはもう婚約者がいるもん」

「けれど故人でしょう」

「相手が死んだら約束ってのは無くなるもんなのか。そんな安い約束を、した憶えは俺にはねぇよ」


 熱を吐き出すように、低く。握った拳の、左薬指の付け根を撫でながら朋幸は言った。半ば伏せられた眼差しは、強固に前方の床を睨みつけている。


「結婚は、しないんだ。俺はアイツ以外とは、結婚しない。したくない。だから結婚はしない。それは、」


 ――絶対だ。

 焼けた鎖のような声だった。

 予想以上の頑固さに僅か言葉を失った又吉は、しかし一呼吸で調子を取り戻すと、ことさら明るい口調で「で、ござんしたらば」と言葉を紡ぐ。


「あんた様。魔王様が、あんた様と夫婦になりたいと望んだうえで、断られても、傍にいたいと望まれやしたら……どうなさいます。それは自由だ、好きにすれば良いなどと、申されやすか」

「うん。そう思うし、そう言うよ。当たり前だろ?」


 あっさりと、

 なんの疑問も抱かずに、罪悪感すら微塵も無く、朋幸は言い切った。


「っていうか、別に何も変わらないだろ。質問の意味がわかんねぇよ又吉さん。いや、質問っつぅか、前提の意味が、かな。だって質問は結局さっきと同じじゃないか」


 同じなわけがない。前提が違うのだから、同じであるわけがない。だというのに朋幸はやはり迷い無く言い切った。その眼差しにも表情にも口調にも、どこにも含むところは見当たらない。

本気で、そう思っているのだ、朋幸は。

 同じだと。

 又吉は――笑った。愉快で愉快で堪らないという様子で、小さな体躯を震わせ押し潰すようにして嗤った。

 そして言う。


「あんたは随分と残酷なお人のようだねェ」


 まるで相手の事なんて考えていない。

 自分は自分で、魔王は魔王で、個は個であり他人は自分では無いのだと言い切った朋幸は、やはり、何も受け入れてはいないのだ。きっと、もうずっと昔から。そう又吉は確信した。

 大沢朋幸は選ばない。

 対人関係において、他者との交わり、関わりにおいて、彼女は、

 彼女はそこに居るだけだ。

 ただそこに、立っているだけだ。目に見えるものを眺めるばかりなのだ。

 他人の都合などはなから朋幸の世界には関係が無く、朋幸の都合しか、朋幸の世界を動かせはしない。世界を個で認識する彼女は個でしかあれない。


 個で完成していて、

 個で完結している。


 きっと、と、何を言われているのか理解できていない朋幸を見ながら又吉は思う。きっと朋幸は、あんなにも親しくしている真李亜さえも、選んではいないのだろう。ただそこに立っているだけだから、真李亜が離れれば、もうそれまでで、追いかけもしないのだろう。引き止めすらしないのだろう。自分から、繋ごうとなど、しないのだろう。この女は。


 何せ、選ばないのだから。


 その、左薬指にはめられたエンゲージリング以外を、朋幸は、選ばない。

 死者の花嫁である彼女自身もまた、死んでいるようなものではないか。

 とっくの昔に大沢朋幸という女は、死んでいたのだ。


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