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011 打倒ストーカー作戦本部人員追加

 魔女、則ちウィッチとは何か?


 ……この問いかけには幾つもの視点から幾つもの回答が用意されているだろう。だが、時代背景や思想、立場を置いてこの問いに答えるならば、ただ単純に短絡的に、『魔法を使う者である』と答えるのが妥当である。


 実際、魔女とそうでない者との差を隔てるのはそれだけなのだ。

 ウィッチは魔法を使う。故にウィッチである。


 ――世界には、表の顔と裏の顔が存在している。

 明確に区切られた領分の、裏側を知るだけでは魔女とは云えない。

 明確に区切られた領分の向こう側で、魔法を行使する術を身につけた人間だけが、ウィッチと呼ばれ、また自らそう名乗るに足るのだ。


 では、魔法とは何か。

 魔法、不可思議なモノ、超常的力の体現。ありとあらゆる場所で、作品で、語られ尽くしてきた大いなる力。


 この世界における魔法とは、イメージである。

 漫然と漂うだけの魔力を、イメージによって具象・現象させる方法、それが魔法だ。明確に具体的に細部にいたるまでイメージ出来るならば、理論上魔法に不可能な事は無い。


 では、魔力とは何か。

 これはもう、世界を構成する不可視の力であるとしか説明の仕様がない。


「まぁ、その辺はなんとなく分かればそれでいいよ俺は」


 又吉の説明を遮って、朋幸はそんなことよりもと言葉を続ける。


「今の論点はあいつらがどうしてマリアを狙うのか、だ」

「さて……そればっかりはあっしにゃァ皆目見当もつきやせんねェ」


 魔王様が目的だと言うならば、まだ心当たりもありやすが。ぼやく声が聞こえているのかいないのか、朋幸は腕を組み、ううんと首を捻っている。ちなみに現在地は真李亜宅のリビングである。あの後、魔女二人が去ってすぐ身体の自由は戻ったので、とりあえず拠点まで戻ってきたのだ。

 結局アイスは買いそびれてしまったが。


「そういえば、あいつらがいなくなった後すぐに壊れた遊具が元通りになってたんだけど、あれも魔法か?」

「あぁ、まぁそうとも言えやしょうが。『場を固定した』と連中言ってたンでしょう、でしたら壊れた方の遊具は、幻のようなもんでさァ」

「……んん? どういう事だそれ」


 さっぱりわかんねぇと首を傾げる朋幸に、奴にも詳しい事ァ分かりかねますが、と前置き又吉は言う。


「あらかじめ、その時点へ状態が戻るように、場へ魔法をかけておくんでさァ」

「状態が……戻る?」

「えぇ。だから魔法をかけた以降の出来事は全てまぼろし……無かった事として世界が処理しやす。ただし、魔法をかけた時点でその場所に存在しなかったモノに関しては、この限りじゃァ無い。あくまでも魔法は、魔法をかけておいた物にしか効果がない。だからあすこであんたがたが死んでいたとしても、その出来事は無かったことにはなりやせん」


 死んだものは、死にっぱなしでさァ。

 無い肩を竦めるようにしてそう括った猫又に、朋幸は理解したのかどうやら、ふぅんと鼻から抜ける相槌を打った。

 と――


「ねぇ、そろそろいいかしら」


 ふいに真李亜が挙手をしてそんな事を言う。一同の注目を集める事に成功した真李亜は、挙げたその手で所在無く座っているエドガーを指差した。


「彼、誰?」

「エドガーだよ?」


 きょとん、と目を瞬き答えた朋幸に、真李亜はうんざりと顔を顰めた。


「……いや、それは玄関で聞いたわよ」

「アイス買いに行く途中で会って一緒にスーパーに行く道中でストーカーに襲われて」

「それも聞いた。そうじゃなくって、どちら様よ。私、彼と初対面なんだけど?」

「えっ」

「え?」


 思わず、といった様子で声を上げたのはエドガーだった。なんだか不必要なまでに狼狽している。


「あ、あの、憶えて、いまセンか……?」

「……どこかでお会いしましたっけ?」

「…………いえ……」

「エドガーはここの真上に住んでんだよ。今朝話さなかったっけ? ほら、すっげえ美人に会ったって」

「あぁ……あれって彼のことだったの」


 美人だなんて表現使うからてっきり女性だとばっかり思ったわよ。エドガーの手前か後半は憚るようにぼそぼそと口中で呟き、呟いてからはたと気づく


「ってアンタそれほぼ初対面じゃないの!」

「ん? そうか? まぁそうかもな。だとしてなんか拙いのか?」

「だ、だって……」


 ちら、とエドガーを横目に見てから、真李亜は気まずそうに目を逸らして唇を窄めた。


「……関係無いじゃない」


 そもそも私の問題なんだから。言い切る口調には他人を私事に巻き込むことへの抵抗が伺える。最も親しい朋幸にすら凭れることを厭うてギリギリまで隠していたくらいだから、自分の事を他人と共有したり、誰かを巻き込んだりする事は真李亜にとって余程受け入れ難い事ならしい。けれど朋幸はそんな真李亜に、だけどな、と諭すように言う。


「エドガーも攻撃されたし、多分一緒くたに思われたぞ」


 何せ相手はエドガーの部屋番号も知っていた。と、無駄に大仰な物言いをする朋幸。


「だからエドガーも、もう無関係じゃ無ぇだろ。なぁエドガー」

「え、あ、ハイ」

「だから、巻き込んじまった以上は事情を説明して一緒に対策を練るべきだろ。実力行使に出てくるようなストーカーだぞ。危ないじゃないか」


 しかも魔女だなんて警察にも言えねー。両手を天井へ向けて放り投げるみたいに翳して、朋幸はその勢いに逆らわず絨毯の上へひっくり返った。お手上げだ、という表現らしい。


「さっきからずっと考えてんだけどな、俺は実は結構キャパいっぱいだわ。いっぱいいっぱいで脳みそがショート寸前だ。だってさ、魔女だぞ魔女。魔法使い。しかも近代兵器まで駆使する魔法使いだったぞアイツ」


 拳銃に、手榴弾まで使われた。


「そんなん相手に、俺はいったいどうやって戦えば勝てるんだ」


 躊躇なく戦うつもりだったらしい。


「……アンタねぇ……示談とかそういう選択肢は無いわけ」

「あっちが攻撃の意を示してきた以上はこっちだって武力でねじ伏せるしかねぇだろ」


 過激思想である。


「そうでなくったってマリアのストーカーだぞ! マリアに怖い思いさせやがって、許すつもりなんか端から無ぇよ!」


 全面戦争だ! 勇み拳を振り上げる朋幸。しかしさっきから寝転がったままなので、どうにも子供が駄々を捏ねているようにしか見えないのがどうしたって締まらない。

 その横で、エドガーがおずおずと右手を挙げた。どうやら真李亜に倣って挙手してみたらしい。その真李亜がどうぞと発言を促す。


「ストーカー、というのはどういう……?」

「なんだエドガー知らないのか、ストーカーって言ったら特定の人物をつけ回す犯罪者のことだぞ」

「それは知ってマス」

「トモ、あんたちょっと黙っててくれる?」


 マオだって混ぜっ返さずに大人しくしてんでしょうが。と目で指す先では、朋幸の隣、つまりエドガーとは反対側で魔王が所在無く座っている。またも三角座りだ。突然矛先を向けられて驚いたのか、きょとんと目を瞬く。


「なんだ? 話は終わったのか?」

「……ちょっとそっちでTVでも観てなさい。二人で。いえ、三人でもいいわ。又吉さんも説明し終わるまでそっちにいてちょうだい。適当にDVDでも観ていて。音は小さめでね」

「はーい」


 完全に子供扱いだが、不満の色を見せるどころか当たり前のようにTVの前へ移動する朋幸。どうやらこれで平素の扱いらしい。そしてその扱いに疑問とかは無いらしい。魔王と、次いで又吉もその後ろに続く。

 あーだこーだとDVDを漁り始めたところまでを見送ってから、真李亜は改めてエドガーへと向き直った。


「……なんていうか、わけのわからない事に巻き込んじゃって、ごめんなさいね」

「いえ、そんな……あなたが困っているなら、私は力になりたいデス」

「…………お上手ね」


 ふふっ、と満更でもなさそうにはにかみ、それから真李亜は一呼吸を置いた。何か覚悟を決めるような深呼吸。


「私、ストーカーされているの」


 ややあってきっぱりと、切り込むように切り出した。それからの説明は同窓会の晩に朋幸へしたのとほとんど同様である。結婚していた事。離婚した事。それからストーカーの態度があからさまになったこと。真李亜は意図的に他人事のようにさっぱりと話したつもりだったが、対するエドガーの顔色は目に見えて蒼白になっていった。動揺が顔に出やすいタイプなのかもしれない。そのあまりの狼狽えっぷりに、話し終えて真李亜は笑ってしまった。


「そんな顔しないで。別に大したことじゃないのよ。よくある話じゃない」

「そ、そっなっ」

「……ごめんなさいね。聞いていて気持ちのいい話じゃ、ないわよね」


 表情を曇らせた真李亜に、焦った様子で首を左右に振るエドガー。


「そんな、わ、私の方こそ、ごめんなさい……」

「やだ、謝らないでよ。貴方は何も悪くないじゃない」


 小首を傾げて苦笑され、しかしエドガーはそのまま黙ってしまった。痛ましげに双眸を伏せて「Verzeihung……」と口中で呟くと、一転ガバリと顔を上げ、そのまま勢いに任せて身を乗り出し


「どうか、私にアナタを守らせてクダサイ」


 請うようにそう言いながら、真李亜の手を取った。突然の行為に驚かれている事にも気づかない様子でその瞳を覗きこむ。


「あの魔女から、必ずアナタを守ります」

「え、あ、その……」


 唐突な好意に泡を食った真李亜の顔が、しかしエドガーの真摯な眼差しを至近距離から受け止めているうちにだんだんと、赤みが差してゆく。幾度か口を開閉させるのだけれど言葉も無いようで、肩を強張らせながらも視線は逸らさない。……否、逸らせないのか。惹き込まれるようにぼぅっとジェードグリーンの虹彩を見つめ返し続けた真李亜は、はたと我に返って俯向いた。


「その……よ、よろしく……おねがいします」


 たどたどしい返答を聞いてエドガーの顔に花が咲く。そのままほころぶようにして微笑むのを見れば、真李亜の顔の朱がまた濃くなった。

 その後ろで朋幸が


「あ、そうだマスコット」


 と呟いたけれど、又吉が膝へ手を置き首を振り、


「もうしばらく後にしてやんなせェ、野暮天は馬に蹴られやすよ」


 と言って留めていたが、それにすら二人はまったく気づかずに、しばらくそうして向かい合っていたのだった。


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