その勝利は誰の手に。
「姉ちゃん久しぶり。約束通り姉ちゃんの身長追い抜いたぜ どーよ?」「何食べたらそんなに大きくなるわけ?可愛くないわね」
――というツイッターのフォロワーさまからの素敵絵とコラボさせていただいた作品です。
昔から、私の後ろをちょこちょことついてくる6つ年下の従兄弟がいた。兄弟でもないのに、姉ちゃん姉ちゃんとついてくるがきんちょ。家は近くはないけれど、同じ県住みで小学生の頃はよく遊んでいた。慕ってくれる分には悪い気はしなくて、私も可愛い弟のように可愛がっていた。そんな奴が中学を卒業すると同時に家庭の事情で一家は他県へと引っ越し、親戚の集まりがあっても、学校が忙しいという理由で奴が来ることはなく、私もわずかに寂しさを感じながらも、そこまで気にしていなかった。
小さくて、可愛い、男の子。女の子にも負けないくらいの可愛さ。私の指を握る小さな手。
――ここで、みなさんにお聞きしたい。
今、目の前で私を見下ろしてる男は……だ れ で す か ?
今日の私は早めに仕事を終え、夕方には帰路に着いた。そして、家の前に立つ長身の男に目を瞬かせた。誰だって、自分の家の前に見知らぬ男が塀に寄りかかっていたら不審に思うだろう。最近の世の中は危ない。その不審者がこっちを見て笑ったから尚更。
私は家に帰って休みたい。何故それを邪魔するの。通報しようか、しまいか。ふたつの選択肢で針が揺り動く。そして、手が、携帯を握りしめたとき、その不審者が動いた。
え、ちょ、なぜ、こっちにくる……!?やはり私!?え!?
冷凍庫のアイスが私を待ってるのにこんなところで『天国さんこんにちは!』なんて御免なんですけど……!
切実な願いも虚しく不審者はまっすぐ歩いてくる。ひええええええ!これは蹴るべきなの!?
蹴って逃げ…
「姉ちゃん久しぶり」
…るべき、よ、ね?え?姉ちゃん?
姉ちゃん…?私には妹しかいないはず。こんな大きな弟は、いた、だろうか…。いや、弟のような奴はいた…いた、けど。昔、いた。いや、まさか、まさかねえ?
「従兄弟を忘れるってヒドくね?」
思考がフリーズする。まさかのまさか、なの!?
「……聡太?」
「お、名前は覚えてくれてたんだな」
「……う」
「う?」
―-うそでしょ!?
そして冒頭に戻るのである。
見下ろされている。昔、見下ろしていた相手に見下ろされている。なんだろう。この悔しい気持ちは。男の子って…、成長期って……、こわ……!
やけに得意げな顔をしている奴に顔が引きつる。
「姉ちゃん変わってないな」
「……あんたは変わったわね」
「男だからな」
―-な ん だ そ れ は。
「おばさんから聞いた、お見合いすっぽかしたんだって?」
……母よ、あなたは何をべらべらとしゃべってるの。ていうか、あんたも会って早々に何故そんな話を持ち出してくるのよ!
「あんたには関係ないでしょ」
「大アリなんだけど」
「なんでよ?」
胡乱気に目をやると、奴は口元を緩ませた。姉ちゃん、嫌な予感しかしないんだけど……。
「俺が引っ越すときにした約束覚えてる?」
「約束?」
さっきから、あっちこっちに思考が引っ張り回されて混乱する。やくそく?んーそういえば、見送る時に、家の前で何か…ゆびきりをしたような、しなかったような……?あれ?
「俺がもし、姉ちゃんの身長を、追い越したら」
……ゆっくりと紡がれる言葉に、記憶の引き出しが動き出す。あの日、家の前でゆびきりをした、あの約束は。…確か。
『姉ちゃんと結婚したいって言ったらあり?』
『あんたが私の身長追い越したらね』
――ま、さ、か。
「約束通り姉ちゃんの身長追い抜いたぜ」
どーよ?とでも言うようなドヤ顔にますます顔が引きつる。年下の分際で何様か。昔の可愛い私の弟はどこへ行った!
「何食べたらそんなに大きくなるわけ?可愛くないわね」
大人の威厳を何とか保ちつつ、キッ!といけ好かない顔を睨む。ムカつく。
しかし、落ち着け私。所詮は子供のころの約束。“大きくなったらお父さんと結婚する!”きっとそんなもの。大丈夫。こいつが約束を守るがためにここにきたわけが……
「約束は守る、それが姉ちゃんの信条だったよな?」
「……!」
にやりとした笑みに、心がざわつく。どこでそんな顔を覚えた!?
じり…と一歩下がれば、じり…と一歩近づいてくる。変わらない距離。でも心はすでに闘争…て、違う違う!逃走態勢!逃げる、これしかない。許せ、弟よ…そんなことを呟きながら呼吸を整える。
――いち、に、よし!
「逃がすかよ」
「ぎゃ!?」
捕まったああああああ!
「離しなさいよ!」
「やだね、やっと捕まえた獲物をそう易々と逃がすかよ」
引っ張られた勢いで奴の胸板にぶつけた鼻が地味に痛む。ていうか獲物ってなんだ!私は人間だっつの!
「家の前でこんなことしてたら変な噂が立つでしょう!」
「まあそれはそれでよくね?」
「よくなーーーーい!」
じたばたぎゅうぎゅう、じたばたぎゅうぎゅう。終わりの見えないこの状況。なんでこうなった?ほんの軽い気持ちでしたあの約束、あのときの私が悪いの!?
「そんなに俺がいや?」
「いや!」
「なんで?」
「今のあんた可愛くないもの!」
「この年で可愛いかったらそれはそれで嫌だと思うけど?」
「う、…」
正当な意見に思わず、怯む。そして、その一瞬をついてさらに抱きすくめられ、頭に顎を乗せられる。パズルのようにはまった体に、心臓が速くなる。なんでこんなに混乱させられるのよ!
「別に急に結婚しろっていうわけじゃないしさ」
「そんなの当たり前でしょ!」
「とりあえず、付き合おうよ?」
「だからなんでそうなるのよ!」
「じゃあ、結婚する?」
「~~~っ!」
駆け引きのような言葉に負ける自分がいる。きっとそれはこの妙な熱のせいで。思考が熱でおかしくなる。
「付き合うのと結婚するの、どっちがいい?」
頭から降ってくる言葉に脳内が暴走する。これは脅しじゃない!?そうですよね!ね!―-という心の叫びを聞いてくれる優しい味方はここにはいない。なんでこんなときに限って人がいないのよおおおおおお。
「言っとくけど、逃げようとした姉ちゃんが悪いんだからな」
「……!」
どうしよ、どうしよ、確かに私のせいかもしれないけど!
「答えてくれないと」
…どくん、と心臓が大きく跳ねる。いや、待って、ちょっと、それは。あの!
「け…」
「付き合おう!」
「よくできました」
―-わたしのおバカ・・・。
腕を腰に移動させて、少し体を離し、右手は私の頭を撫でる。年下のくせに、なんなのよ!!
「私は子供じゃないわよ!聡太!」
「……」
「…な、なによ」
目を瞬かせ、むず痒くなるような、甘い目を向けられて何とも言えない気分になる。
なんで。なんで。なんでこんな変な気持ちになるのよ。
「名前」
「は?」
「俺の名前もういっかい」
少し、昔を思い出させるせがむような声に気持ちが緩む。
「そ、聡太?」
「もっかい」
「聡太」
「うん」
「え、と、」
なんだろう。可愛い。あれ、変わってない?昔と一緒?
「そ…」
「いつか、あなたって言ってくれたり?」
……な ん だ っ て ?
「結婚生活が楽しみだなあ」
「はああ!?」
前言撤回!可愛くない!全然可愛くない!!
「うちの親族はイトコ同士は体裁が悪いとかいうような感じじゃないし」
「はい!?」
どこまでも偉そうな顔をする奴に思考も気持ちも心臓も振り回される。
私、これからどうなんの!?ねえ!誰か教えてよ!!
「これから末永くよろしくな、姉ちゃん?」
「そんなよろしく受けるかーーーーーーー!」
――ふたりの本当の攻防戦は、きっとこの先永遠に。
fin?
この作品を書くにあたって、素晴らしいシチュエーションをくれたツイッターのフォロワーさまに感謝を込めて。読んでいただきありがとうございました。