パート01
「―――――っ」
出来れば思い出したくなかった過去を夢で見てしまい、俺は目を覚ました。自分の手を見てみると、無意識に強く握っていて汗ばんでいた。
……あの夢を見るのも、久しぶりだな。
もう一度寝ようにも、またあの夢を見そうだ。そう思って寝床にしていた芝生から起き上がり、服やズボンについた草を払った。
腕時計を見てみると、俺が寝始めた時から約一時間ぐらい寝た事が分かった。これなら、図書館に行って本を返しに行っても、あいつとの約束には充分間に合うだろう。
芝生の上に開いたまま置いていた図書館から借りた本を取っていたら、こっちに向かって歩いてくる狼の姿が見えた。
『久しいな、小僧』
「どうしたウルフ。俺に何か用なのか?」
ウルフは学園長の契約聖霊だ。毛並みは銀色のように光っていて、普通の狼よりも尻尾が少し短い。おまけに右目には傷跡があるので、すぐに分かる。
本来なら、契約者であるはずの学園長の傍にいるはずなのだが、学園長の代わりにおつかいなどをしたり、学園の生徒を呼びに行ったりする。つまりこの場合は……。
『聖霊ヒューマン型使いであるラット・ストライフ。至急、学園長室まで来い、との伝言だ。理由は小僧が一番よく分かっているはずであろう?』
「やっぱりな……」
職員室ならともかく、学園長室に直接来いという事は、かなり重要な話をすることになるんだろう。しかもウルフの言うとおり、呼び出された理由はなんとなく察しが付く。
あまりにもタイミングの悪さに、ついため息が出る。これだと、図書館に本を返しに行く暇はなさそうだ。
仕方なく、俺はウルフの後に続いて学園長室に向かった。
その頃、学園長室には学園長であるラエル・プティズムと一人の女子生徒、そしてその女子生徒の契約している聖霊の姿があった。
「……本当に、あいつは来るんですか?」
「ウルフに任せれば大丈夫さ。それに彼はきちんと約束は守る男だよ。……一部例外はあるけど」
「それってダメかもしれないじゃないですか!」
大声でツッコミを入れた女子生徒の名前は、カノン・フィクトリ―。金髪で髪をツインテールにまとめていて、目は少々つり目である。クラスでは委員長を務めており、学園の中でも成績はトップクラスだ。それだけではなく、戦闘カリキュラムでも二位でその強さから同級生からは『戦乙女(ヴァルキリ―)』と呼ばれている。
「マスター。あんな協調性の無い男の為に、わざわざここまでしなくてもよろしいかと……」
「ウィリアは黙ってて!」
「…………は」
カノンにそう命令されたのは、彼女の契約聖霊であるウィリア。聖霊種は耳が長く、知能が高いためエルフ型。生徒と聖霊の区別をする制服を着ているが、どことなく執事のような雰囲気を漂わせている。
「いいですか、学園長。この学園が何のためにあるのかを、一度はっきりとあいつに教えてやらないといけないんです!」
「それくらいは、さすがに彼でも分かってるとは思うけど……」
ここ、ガリシア学園では一般教養を学ぶだけではなく、聖霊の扱い方を学ぶ学園でもある。
聖霊とは、今から約五十年前に突如現れた存在だった。その力は巨大な聖霊もいれば、人間よりも弱小な聖霊もいたりと、ずいぶん極端であった。
しかし人はその存在を無視する事は出来なかった。なぜなら聖霊の力を使えば、国を侵略する事が容易になってしまったからだ。それがきっかけで、三十二年前に聖霊の力を使った戦争が起こってしまった。
結果は聖霊たちの力が暴走してしまい、戦争に参加した様々な国に大きな被害を及ぼした。
そんな事が二度と無いように、聖霊の力を扱えるように学園を作り上げた。それがこのガリシア学園だった。
そして聖霊と契約をし、従える人を聖霊使いと呼ぶようになっていた。
「分かってるはずでしょう、学園長! 聖霊を自由に扱えるようにする学園だというのに、あいつはそれをまったく無視していると!」
「例の戦闘カリキュラムでの事かい?」
聖霊使いは、人を助けるために聖霊を従える存在である。その中には護衛なども含まれており、聖霊と協力して守るための戦闘カリキュラムが、授業に組み込まれている。
内容は日によって異なるが、基本は聖霊の力を使って他の聖霊使いを倒す事が目的だ。
「聖霊と一緒に共闘するのが戦闘カリキュラム。にも関わらず、あいつはたった一人で戦ってるんですよ!? それも聖霊と聖霊使いを相手に!」
「僕が聞いた話だと、きちんとフィールドには聖霊と一緒に入ってると聞いているよ。何も問題は無いはずだけど?」
「そこから先が問題なんです! 聖霊は入った後はただじっと立っているだけで、戦闘はあいつ一人でやってるんですよ!」
「まあまあ、カノンさん少し落ち着いて」
今にも噛みつきかねない勢いだったカノンをなんとか椅子に座らせて、ラエルは手元に置いておいたラットの資料を読んだ。
「ふむ……。成績は平均を常に越えているから問題ないし、授業態度も悪くはない。聖霊とのコミュニケーションは良好だし、戦闘カリキュラムでも未だ負けなし。あるとしても、君との引き分けがあるだけ。特に問題を起こしている訳じゃない。まさに生徒たちの鏡とも言えるね」
「た、確かにそうですけど……。でも他の生徒からいろいろと言われてるんですよ。ただでさえ、変わり者って呼ばれてますし……」
「……ふむ。つまり、カノンさんは彼の事が好きと」
ずったーんと、カノンは大きな音を立てながら椅子から転げ落ちた。
「ど、どどどどうしてそうなるんですか!? そ、そりゃあいつとは付き合いは長い方ですし、他の人よりもあいつの事については知ってますけど……」
「いやー青春だねー」
「だから違いますって!」
「何が違うんだ?」
その時、ウルフと一緒にラットが学園室に入ってきた。