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バクの見る夢 『承』

作者: 彬月正一郎
掲載日:2006/05/21

暗くて狭い部屋だった。


光りも届かない独房のようなところにボクは居た。


親を亡くし。助けてくれたヒトを亡くし。


ふらふらさ迷っているうちに。此処に連れて来られた。


もう、疲れていた。


考えるのがイヤになるくらいに。


もう、どうでもよかった。


生きるのがどうでもいいくらいに。


どれくらいそうしていたのかわからない。


不意に、光りが走った。


眩しかったが、目を閉じるのは怖かったから、そのまま光りが広がって行くのを見ていた。


どうやらそれは部屋のドアが開いて、光りが差し込んできたためらしい。


その光りに、影が入る。


「起きているか」


影が言う。


起きています、とボクが応える。


「選ばせてやる」


影は言う。


「此処でくたばるのと−−−俺の所に来るの、どちらがいい?」


その選択に−−−。


その選択にボクは−−−。




□■□■□■□■□■□



五月。




□■□■□■□■□■□




待ち合わせ場所の公園はどこかうら寂れた印象だった。


まず第一に、日当たりがよくない。鉄橋の真下にあり、木々も生えてない。


おそらく都市計画の余波を受け、こんな休日の午前中にひとっこひとりいない公園が出来上がってしまったのだろう。


−−−この場所を指定した人物は、このような空間こそお好みなのだろう。かつては使われていた遊具はそのまま残っているから、どこかにベンチくらいあるだろうと見回すと、案の定ベンチはあった。


ただ、錆び付いて少し汚かったが、まぁこの際贅沢はいってられないと、腰を降ろす。


手元の時計を確認する。現在、十時少し前。約束の時間は十時だから、充分余裕をもって到着したことになる。


時間は守る。それは最低限のマナーだろう。




−−−。




「が、あいつがそれを守るのは珍しいのだ」


時間は十一時になりかけている。


…ボク等は携帯などという、今時の高校生なら誰しもが標準装備している文明の利器を持っていなかったので、こういうときの連絡手段に困る。


…いいんだいいんだ。待つことには慣れているから。一人寂れた公園で待ちぼうけをくらったって平気だ。


…ちょっと、悲しい。


「なんか飲物でも買ってこようかな…」


しかし、それで行き違いになってもイヤだ。


だが、喉も渇いてきた。


しかし、ここを離れるのは危険な香りがする。


でも、ちょっとだけなら…。


そうやって、立ち上がったり座ったりを繰り返していたら。


「何を、挙動不審な動きをしているんですか?」


突然、声がかかった。


黒のタートルのセーター。明るい暖色系のスカート。長い前髪を真ん中で分けた髪型。


摸本夢理が立っていた。


摸本の名字が指すとおり、ボクとは浅からぬ縁がある少女だ。


しかしボクと彼女の続柄はいまいち説明しにくいので、人に紹介するときは『親戚』で通っている。


「しかし、こんな所でお会いするなんて、偶然ですね、お兄様」


………。


嘘つけ。


「あら?お兄様信じていませんね。…心外です。悲しいです。泣いてしまいますよ?…泣きましょうか?」


「なんで疑問詞なんだよ。いったいぜんたい何のようだよ夢理」


「ええ、まぁ、立ち話もなんなんで座らせて頂きますね?」


夢理はこの汚いベンチに、おそらくはボクの十倍は高い服でおしげもなく座った。


………まぁ、コレがホントのブルジョアかも知れない。


「しかし、よくボクが此処に居るのがわかったな。誰にも言ってないはずだけど」


「ええ、それは乙女の直感と言うものですわ」


…野性の感、というヤツではないだろうか?


「まぁ、ホントのことを言うと、アパートから出てくるのをつけてきただけなんですけどね」


ストーカーだった。


「そしたらお兄様、公園で一時間もボケっとしてるだけなんですもの。それはそれで面白くはありましたが、あからさまに不審な行動をとってらしたので、思わず声をかけてしまいました」


一時間も気配を消してボクを観察してるお前も充分不審だ。


「それで、お兄様、此処で何をしてらしたんですか?」


ここで嘘をつく必要もないので正直に言う。


「ああ。ちょっと友達と待ち合わせをさ」


「嘘ですね」


一刀両断だった。


「何でそう思うんだよ?根拠もなく嘘だと決めつけるのはよくないぞ」


「根拠ならあります」


「ほう、なんだ?」


「お兄様に友達なんているはずありません」


「………」


酷い根拠だった。


「それに、待ち合わせに一時間も遅刻する人は、友達とは言えません」


もっともな根拠だった。


反論の余地はない。


「もしかしてお相手はあのお方ですか?以前お会いした、髪を脱色してらっしゃる−−−」


「いや、そいつじゃない。別口の−−−知り合いさ」


思わず、友人から格下げしてしまった。


遅刻するお前が悪い。


「いやまぁ、ボクのことはおいておくとして、お前は一体ボクになんの用なんだよ?」


「ええ、すっかり忘れておりましたわ−−−例の件を確認しに参りました」


「例の件?」


なんだっけ?


「私達の、婚約の話しです−−−」




+--+--+--+--+--+--+--+




先月、ボクの後見人である摸本夢路から、一つの提案を受けた。


自分の孫である夢理を妻にめとってくれと。


今の摸本宗家は跡目争いで揺れていた。


夢路の考えでは、摸本の名を継ぐ資格があるのはボクだと主張している。


しかし夢路の養子であるボクには摸本の名を継ぐことはできない。


故に、摸本の直系である夢理と結婚すれば、摸本の名を継げると考えたのだ。



そのときボクはその提案を保留した。


正確には断わった。


何だけど−−−。




「−−−その話しは、爺さんから聞いたのか?」


「と、いうより−−−今の私の状況、知っていますか?」


知らない。


夢理と会うこと事態一ヶ月ぶりだ。


「私はこの数週間で、二十件以上のお見合いこなしました」


「………」


壮絶な話しだ。


確か、夢理はボクの二個しただから中学三年生のはず。


お見合いとか、する年ではない。


「そして、その全てからプロポーズを受けました」


…微妙に自慢しているんだろうか?


もちろん、結婚とかする年ではない。


「摸本のネームバリューがどれほどかは承知していますが−−−正直困惑しています」


摸本宗家の直系の娘。それだけでひくてもあまただろう。


しかし、十五歳の娘が結婚相手などそう簡単に決められるものではない。


「上は四十、下は十四歳まで、いろいろな方がお父様の寄越した見合い相手がいましたが−−−どうにも決め手に欠ける、といったところでしょうか?」


「ん?お前、結婚する気があるのか?」


なんか、意外。


「今のところは婚約ですが、念頭には入れております。…これも務めですから」


………。


敵わないな。


彼女は、ボクより遥かにしっかりしている。


家のこと、立場のこと、自分のこと。


そのすべてを引っくるめて、判断しようとしている。


−−−それを、少し悲しく感じた。


「それで−−−お兄様はいかがなさるんですか?」


「え?」


何をさ?


「ですから、どうするのかと聞いているんです」


「ボクが、なにをどうするって言うんだよ?」


夢理は、少し呆れ気味のため息をついた。


「そうですかそうですか。では、わかりやすく聞いて差し上げますね。つまり−−−お兄様は私と結婚する気があるのかと聞いているのです」


「−−−はい?」


脳がフリーズした。


誰か三つのキーを押してくれ。


「今のは−−−YESととってもよろしいのですか?」


「いや、違う違う!疑問系だったろ!?有り得ない質問されたから反射で言っただけだ!」


「そうですか。そうですね。言われてみればその通りです」


夢理は恐ろしく冷静だ。


どうやらからかわれていたみたいだ。


「いろいろな選択肢、可能性を考慮してみたかったのですが、お兄様がリタイアとは残念です」


「………」


−−−可能性、選択肢。


初めから、そんなものはないから−−−。


選べることは選んでおきたい。


そういうことだろうか−−−?


「夢理…」


「なんですか?お兄様?」


ボクは彼女に対して、なにか、言おうとした。


だけど、その言葉がでることはなかった。


「お邪魔だったかしら?」


遅ればせながら参上した、待ち人である創崎誓衣によって。






+--+--+--+--+--+--+--+




創崎誓衣。


ボクの高校のクラスメイト。


背中まで流した長い髪の少女。


白い、というよりは悪い顔色。


先月、ちょっとした事故により知り合い、そのまま友人となった間柄。


今日のボクの待ち人。




創崎は、ぶっちぎりで遅刻してきたわりには、なぜか最悪不機嫌そうだった。


「創崎−−−遅かったな」


ボクは、その迫力に少しビビりながらも、一応の抗議をしてみる。


「朝起きれなかったのよ。許してちょうだい。−−−そんなことより」


ボクの抗議と謝罪の言葉をそんなことで片付けられた。


「こちらはどなたなのかしら?」


創崎は半眼で夢理をみやる。


…ふむ。どうやって説明したものか?


複雑な間柄なのだ。ここは無難に親戚とでも言っておこう。


「初めまして。私は樹さんの親戚で−−−」


育ちのいい夢理は、例え相手の礼節がなっていなかろうとなんだろうと、きちんと挨拶をする。


少し見習わないとな。


「婚約者の摸本夢理です。よろしくお願いします」


ずっこけた。


ベンチに座りながらずっこけるとはどれほど荒業か?


結果としてボクはベンチからずり落ちた。


慌てて立ち上がる。


「いかがなさいました?樹さん」


ニッコリと、邪悪そのものとしか思えない笑顔を夢理はボクに向ける。


何故、何故そんなことを言う?何が目的なんだ貴様。


ボクが何か反論しようとしたとき、創崎が口を挟む。


「それは、ご丁寧どうも。私は樹くんの友人で−−−」


まだ、まだ取り返しができる。創崎は意外なほど冷静だ。


後で、それは誤解なんだと説明すれば、まだ、『女子中学生を婚約者にした変態』というレッテルは回避できる−−−!


「同じベッドで寝たこともあるくらいの友人の創崎誓衣です。ヨロシク」


ふたたびずっこける。


なんだ?なにが起きた?


いったいどんなイベントが開始されたというのだ?


「どうしたの、樹くん」


「ええ、先程から様子がおかしいですわ」


二人は倒れ込んで動かないボクに、感情の篭らない声をかける。


夢理とは婚約した覚えはないし。


創崎とは同じベッドで寝たといっても、違うタイミングで同じベッドを使ったのに過ぎない。


だって言うのに。


なんで、なんで二人してボクの存在をおとしめるようなことを言うのだ−−−!


立ち上がる。


二人に冷たい目で見られる。


うう。ボクがなにか悪いことしましたか?


『僕達の、存在自体が罪なのさ−−−』


ああ、シリアスモードでもないのにでてこないでください赤道さん!


「樹さんに−−−こんな友人がいたとは驚きです」


「樹くんに−−−婚約者がいたなんて初耳だわ」


いつのまにか、二人は見つめ合い、互いに牽制しあうような雰囲気を見せる。


ボクはこの展開に焦りながらも、ターゲットが自分からほかに移動したことに安堵を覚えていた。


我ながら、情けないな…。


しかし、この先の読めない展開は、意外なほどあっさりと決着がついた。


「それでは、樹さんは誓衣さんと約束があるでしょうから、これで私は失礼させていただきますね」


夢理は、ゆっくりとベンチから立ち上がる。


「あら、たいした用事じゃないからいいのよ?」


「いえいえ、ここでお二人の邪魔をするほど野暮ではございません」


一礼すると、夢理は歩き出す。


「それでは樹さん。また後で」


最後に、爆弾をのこして、摸本夢理は舞台から消えた。


ボクには、もはや知り合いから敵にまで降格、もしくは昇格した創崎誓衣の鋭い視線だけが残った。






+--+--+--+--+--+--+--+




「なるほどなるほど、つまりは−−−ややこしい関係。ということね」


あれから、ボクと創崎は公園を出て、目的の場所まで徒歩で移動していた。


その道すがら−−−ボクと夢理についての関係を、親切丁寧に説明した。


…正直、彼女がどれほど納得してくれたかはわからない。だけど、前よりは、険のとれた態度になっていた。



「ああ。実家のお家問題ってヤツさ。ボクは、家を継ぐつもりもないし、勝手にしろって感じ」


少し、愚痴めいたものが混じる。


「なにかと大変そうなのね」


それを感じとったのか、創崎の言葉には同情めいた響きがあった。


少し、失敗。


摸本樹は、弱音を他人に吐いたりするキャラではない。


「まぁ、夢理や、その兄貴の夢霧さんがうまいことやってくれるさ。−−−ボクの、出る幕はない」


それは、真実そうだろう。いくら、じいさんが望んでも、ボクや夢理が拒否するなら、不可能だろう。


決して、無理強いするような人じゃないから。


「私としては、摸本君の実家がそんなお金持ちだったことに驚きだけど−−−あら?」


創崎はなにかを見つけたのか、小走りに道の途中の空き地に向かっていく。


「どうした創崎。もう見つけたのか?」


追い掛ける。


「違うわ。別のものを見つけたの」


創崎は空き地にしゃがみ込み、雑草を引き抜いている。


「………なにをやっているんだ?」


「つつじを見つけたの。こんなところにも生えているのね。気付かなかったわ」


創崎は自前の袋にその草を詰めると、鞄にしまった。


「創崎さん…後学の為に聞きたいんだけど、その草、どうするの?」


「知らないの?この草は食べられるのよ」


「………」


そうか、彼女はアウトドア派だったのか…。


見た目はめちゃくちゃインドアなのにな。


「食べられるで思い出したけど…私はお腹が空いたわ」


だからなんだ。


「つまり、なんか食べさせなさいという意味よ」


ストレートに言いやがった。


道草でも食べてろ。


「創崎…今日はお前遅刻してきたんだから、そのお詫びとして奢ってあげようとかいう殊勝な心掛けはないのか?」


「ないわ」


にべもなかった。


「でも、まぁ、悪いとは思っているから、摸本君にもチャンスをあげるわ」


彼女はなに様なんだろう?


そしてボクはどれだけ下級層なんだろう?


「チャンスって、どんな?」


「もちろん、これよ」


彼女は、手をグーの形にしてボクに突き出す。


「………」


じゃんけん。


日本人なら大多数の人間が知っている勝負方法。


あまりにも知名度が高いので説明の必要がないのがもっともこの手法が使われる理由の一つである。


そして−−−創崎誓衣はじゃんけんが異様なまでに強い。


それが、彼女個人の技術なのか、彼女の特性によるものなのかはわからないが−−−とにかく強い。


ボクは、十回に一回程度しか勝てないので、あまり気乗りしないが、これが多く使われるもう一つの理由として、勝率の平等性がある以上、断ることはできない。


「つまり、ボクが勝てば、奢ってもらえると」


「ワリカンになるのよ」


「………」


まぁ、いいんだけどね。


所詮ボクは下級層だ。


「さて…先に言っておくわ。私は『グー』をだすわ」


でた。創崎得意の駆け引き。


だす前に自分のだす手を宣言する、一般的には相手も自分も混乱するだけの意味のない手法とされているが−−−。


「貴方は、どうする?」


しかし、この手法をもちいた創崎の勝率は飛躍的に上がる。


つまり、彼女はこの勝負、それだけ真剣だということだ。


−−−真剣には真剣で応えなきゃならない。


「よし、ならオレはパーをだすよ」


…彼女がグーをだすと言っている以上。勝つ為にはパーをださねばならない−−−彼女の言っていることを本当だと仮定するなら。


しかし、コレは駆け引きであり勝負なのだ。


故に、正直である必要はない。


ボクが真にだそうという手は−−−チョキ。


グーをだせば勝ちか、少なくとも引き分け−−−アイコを狙えるが、それでは保守的過ぎて読まれる可能性がある。


だからこその、チョキ。


勝利の為の、チョキ。


奇しくもそれはピースサインだ。


「決まったようね。それでは勝負といきましょうか」


彼女は不敵に笑うと、じゃんけんのモーションに入る。


覚悟は決まった。ボクは自らの手札を掛け声と共に突き出す−−−!




「………」


「………」


勝敗は、決した。


ボクは、宣言は覆し、チョキをだし。


創崎は、宣言通りに、グーをだした。


「私の−−−勝ちね」


にんまりと、似合わない笑顔を浮かべる。


何故−−−勝てない?


コレだけ敗北が重なれば、ゲームシステム自体が怪しく思えてくる。


しかし、勝負は勝負。結果は結果。


誰かが言った。じゃんけんは法律より厳しい、と。


「さて、なにをご馳走になろうかしら?」


ボクは重い足取りで創崎についていく。


きっと、数時間後には軽くなっているだろう−−−財布を思って。




+--+--+--+--+--+--+--+






創崎誓衣についてのあれこれ。


ボクのクラスメイトにして出席不良児。周囲からは暗い電波系と恐れられている。


ボクが彼女と話すようになったのは先月の末なのだが、一般的なボクと電波系の彼女と話すようになったきっかけは、ボクのちょっとした不注意で、彼女の特性を知ってしまったからだ。


その特性とは−−−予知夢。


先に起こることを知る、能力。


彼女は、未来を予知した夢を見る能力者だ。


それが、どれほどのことなのか、創崎は気付いてないが−−−ボクの能力と合間って、友人となったのだ。


そして、ボクがどうして今日彼女と行動しているというと−−−。


「…なかなか、見つからないものね」


「まぁ、この程度の情報量じゃね」


手にした紙を見る。


『イメージはくらくらした感じ。空は晴れていて、高い煙突。辺りは黒い。そこで、なにかを見つける。日時は昼間、それ以外は不明』


相変わらず、曖昧であやふやで抽象的だ。


彼女の予知の欠点というか弱点は、『夢』という、覚めてしまえば余韻しか残らないような不確かなものを媒体にしているので、記憶としては感覚でしか覚えてないことが多いということだ。


しっかりと記録する裏技があることはあるのだが、それは彼女がイヤがるので基本的には使えない。


「一応、絵もあるんだけど?」


それは、予知を感覚ではなく映像で見ているからできる特性なのだが…。


「いや、その抽象画じゃ余計に混乱するだけだ」


彼女の記憶力の為か絵心の為かわからないが−−−とても風景画とは思えない落書きを彼女は描いてみせた。


創崎もそれを自覚しているのか、素直にそれをしまう。


「うーん…」


時刻は夕方。


彼女が予知した場所になにがあるのか興味はあるが、これ以上の探索は無意味だろう。


潮時というヤツだ。


「なぁ、創崎。日も暮れたし、これ以上捜したって無理だよ。また後日にしないか?」


そう、提案してみる。


「………」


途端、創崎は剣呑な目付きになる。


あれ…?


もう見つけるのが無理なのは創崎もわかっていると思ったけど。


「ふーん。なるほど。つまり、そういうこと」


なにか、一人で納得している。


「な、なんでしょうか?」


思わず、敬語になる。


なんか今日はこんなんばっかりだ。


「つまり、あの夢理とかいう娘と約束があるから今日は無理と…早めに切り上げたいと、そういうこと」


「………」


無理と夢理をかけているのかどうかはわからないが、どうやらボクは見えない地雷を踏んだようだ。


「別にかまわないわ。今日で街のほとんどは調べられたから…後は好きなように時間を使ってちょうだい」


言葉には、やはり刺がある。


「なんか…夢理を毛嫌いしてないか創崎?」


「してないわよ、別に。礼儀正しい良い娘だったわ」


「………」


つまり、怒りの原因はボクというわけですか。


なにをしたというんだ。弁護士を呼んでくれ。


「ああ。今日は良い夢を見そう。摸本君がひどい目に遇うような」


恐ろしいことを言い出した。


「安心して。覚えていたら、教えてあげるから」


「………」


甚だ不安だった。


「家まで送っていくよ…」


彼女の家まで、歩いてもそうはかからない。


不機嫌な彼女をなんとかなだめて家に送りとどけると、ボクも帰路についた。


完全に日が落ちた道を一人で歩く。


ふと道を見ると。


「つつじだ…」


なんの気なしに、摘んでみる。


「………」


今日ボクが手に入れたもの。


コレだけでも、今日はいい一日だったと思える。


それが、錯覚だったとしても。






+--+--+--+--+--+--+--+






摸本夢理について知っているあれこれ。


ボクが養子として引き取られた摸本夢路の孫娘。


性格はドライで合理主義で現実主義者。


故に摸本家の中では比較的−−−あくまで、比較的だが、割り切ってる分、付き合いやすい相手でもある。


礼儀礼節を重んじる彼女がなぜあんな挑発的な言動をしたのかわからないが、きっと、なにか深遠な理由があるのだろう。


「いえいえ。お兄様のお友達と言うのが面白くって、ついつい調子にのってしまっただけですわ」


「………」


だ、そうだ。


ちなみに、コレは幻聴ではない。


−−−一人暮しのアパートに帰ると、見覚えのある人影。


「また後で、と言ったじゃないですか?」


本日二度目。摸本夢理だった。




「まさか本気だったとはね…」


「嫌ですね。私がお兄様に嘘をつくわけないじゃないですか」


作りものの笑いを作る夢理。


ボクの見る彼女の笑顔は、いつだってどこか作りものめいている。


「それで−−−なんのようなんだよ?」


「え?」


テーブルを挟んで向かい側。


なぜか、夢理は困った顔をする。


「え、えーと、用件、ですか?」


「…?」


なんだ?まさか用件を忘れたのか?


夢理らしくないな。


「ああ、思い出しました。言伝があるんです」


夢理はようやくようやくといった感じで話しをしだす。


なんか、怪しい。


なにを企んでいる。


「爺さんか?まぁ…一度ビシッと言っておかないといけないからな」


あのボケ爺はまたなにを企んでいるんだか。


「いえ、違います。夢霧お兄様の方です」


「夢霧さんが?」


摸本夢霧。


摸本家長兄。


夢理の実兄。


「夢霧お兄様が二人で話しをしたいそうです。取り急ぎ宗家に来てくれ。…だそうです」


「そっか…」


おそらく、跡目について正式に決まったのだろう。


そして、ボクの今後の処遇についても。


「了解したよ。次の休みにでも、伺わせてもらう。爺さんの見舞いもかねてね」


「仔細承知致しました。迎えを寄越しますので、ここで待っていてください」


「いいよ迎えなんて。勝手にいくから」


「ですが、この前のようなことがあったら困ります」


ああ−−−そういえば前回、高夢のヤツと一悶着あったな。


夢理は、あのとき立川さんを巻き込んでしまったのを危惧しているのだろう。


「ああ。わかった。お言葉に甘えて、迎えを寄越してもらうことにするよ」


「安心しました。−−−ところで」


「ん?」


「創崎誓衣さんとは何者ですか?」


「………」


何者ですか、って。


曲者にでも見えたのか?


「別に、ただのクラスメイトだよ」


「ただ者−−−ではありませんでしたわ」


「………」


やはり、なにか感じ入るものがあったか。


このボクが−−−初めて創崎誓衣の存在を意識したときと同じような戦慄を、夢理も感じとっていたのか。


「夢理、それは−−−」


「ええ。ただ者ではございませんでした。この私に−−−あそこまで接近して、気配を気どられないなんて」


「−−−は?」


なんか、ニュアンスが違うような。


「あの呼吸方、あの間合い−−−並の使い手ではありません」


「いや、呼吸方とか言われても…」


「私も、精進が足りません。あの方と全面的にぶつかったら、今の私では苦戦は必至。−−−あの場は退いて正解でした」


「………」


戦略的撤退だったのか。


いやもう、なにがなんだかわからないけどさ。


「少し、鍛え直す必要がありますね。−−−どこの馬の骨とも知らない相手に、敗北をきっする私ではありません」


「………」


夢理は立ち上がり妙な闘志を見せる。


「それでは、夜も更けて参りましたし、私には鍛練の必要が出来たので、これで失礼させてもらいますね」


「ああ。がんばってな」


おざなりな返事をする。


もう、なにがなんだかわからない、それでも−−−。


夢理を玄関まで見送る。彼女は車を呼んでいるので、送る必要はない。


−−−彼女と創崎が対決する日は、遠くないと、ボクは予感する。


件崎のように、予感する。



「−−−そろそろ食事にしないとな」


そこで思い出す。自分には道草があったことを。


「………料理の仕方、聞いてなかったな」


本日の最終評価、馬の骨となったクラスメイトを思い出し。


ボクは少し、おかしくなった。



ボクは少し、おかしくなっているらしい。




+--+--+--+--+--+--+--+






摸本夢霧。



摸本家直系の長男。


次期当主に最も近く、最も遠い人。


確か、年は今年で二十四歳。


背が高く、切れ長な目と横に長い眼鏡。


自宅ということで、シャツと黒のホットパンツという出で立ちだったが、スーツ姿はきっと似合うのだろう。




「お久しぶりです、夢霧さん」


「………」


ボクは今、摸本宗家、夢霧さんの私室兼仕事場にいる。


そこは広い部屋にパソコンが数台、ソファアに椅子。


ずいぶんと、簡素なものだった。




夢霧さんは、ボクが入ってきた、ドアに背を向け、椅子に座り、ずっとパソコンで作業している。


「夢霧さん。樹です」


聞こえなかったと思い、もう一度呼んでみる。


「聞こえているよ」


振向きもせず、夢霧さんは応える。


「ソファアがあるだろ。そこに座ってくれ」


言われた通り、応接用に用意されたと思われるソファアに座る。


「お久し−−−ぶりですね」


「ああ。最後に会ったのは去年の暮れだからな」


やはり、こちらを振り向きもせずに応える。


「お仕事、忙しいんですか?」


「別に。会話だけなら口だけで事足りる。なら、余った手と目は別のことに使ってもかまわんだろう」


こともなげに、応える。


まぁ、ボクも別にかまわないさ。


「それでも−−−暇というわけでもない。だから、本題に入らせてもらうぞ」


「ええ。ボクもそうしてもらえると助かります」


「摸本の名を継ぐのは夢理に決まった」


「………」


まぁ、順当と言えば順当な結果だ。


違うと言えば、違う結果だが。


「他に、人材がいない。高夢は馬鹿で使いものにならんし、お前は養子の身だ。−−−宗家には、夢理しかいないんだ」


「それで、正しいと思いますよ」


当主を夢理が。そして宗家を夢霧さんが管理すれば、充分だろう。


「本当に、そう思うか?」


「え?」


「夢理が当主で、家が持つと思うか?」


「それは−−−」


どうなんだろう。


確かに、夢理はしっかりしている。


だけど、それは標準と照らし合わせて見れば、とのことだ。


「俺は−−−無理だと思う。祖父亡き後になったら、夢理一人で、分家、呪家、そして摸本。支えきるのは不可能だと考える」


「………」


「俺でもわかる。夢理は、それほどの才能を有していない」


それは、夢理にはボクやアイツのような、怪物的な摸本の力を持っていないという意味だろう。


そういう、意味だろう。


「親父や叔父さんは俺と同じで、摸本の力を−−−呪いを持たなかった。だから、ピンとこないんだろうな。どれほど、この家が呪いの力に頼っているか」



夢霧さんは、ここで少しタイピングのピッチを上げる。


「樹」


初めて−−−夢霧さんはボクの名を呼んだ。


「別に俺は、お前のことが好きでも嫌いでもなんでもない」


「………」


「親父達のは醜い嫉妬だし。高夢のはただの劣等感だ。−−−確かに、数年前は俺にも含みがなかったわけではないが…今は、なんとも思っていない」


「………」


なにが−−−。


「なにが、言いたいんですか?」


「少し、婉曲すぎたかな?つまり−−−」



夢霧さんは、やはり、こちらを振り向きもせず。


「この家に、戻ってこないか?」







+--+--+--+--+--+--+--+






このボクが摸本家を出たのは十四歳のころだったと思う。


家族の一人とトラブルを起こし、半ば家を追い出される形で。


そのことに対して、特に感慨はない。


もともと、爺さん以外の家族とは疎遠だったし、忌み嫌われていた。


だから−−−それほど未練はなかった。


それでも−−−二度とここには戻ることはないと思った。




思ったけど。




「………」


「お前の力が、必要なんだ」


「どうして−−−ですか」


なんで、今更。


「さっきいったように、夢理だけじゃ、今ほどの権限を持ち続けることはできないからさ」


それは−−−そうなんだろうが。


「お前なら、たの呪家とも渡り合っていける。分家達の抑止力にもなりえる。なにより−−−弟のこともある」


弟。


摸本夢継。


ボクが、トラブルを起こした摸本の家族。


「ボクには…できません。そんな資格もないですし、自信もないですよ」


「そんなことは問題じゃない。お前という存在。それを有しているということが大事なんだ」



「………」


「決して、お前にだって悪い話しじゃないと思う。親父達は−−−俺が説得する」


誰かに、何かに、必要とされること。


それは確かにボクが望んでいることだ。


望んでいた願いが、今、目の前にある。


だけど−−−。


「どうする、樹」


夢霧さんは決してこちらを見ない。


ボクは−−−。


「…考えさせて下さい」


考えを、保留した。


決定を、先延ばしにした。


「そうか…」


パソコンのキーがやむ。


「すみません」


「いや、すぐに決断できる話しじゃないからな」


また、パソコンのキーを叩きだす。


「話しは以上だ。思ったより時間を食ってしまったな。祖父の見舞いにいきたいなら、もう行ってもいいぞ」


「そうさせて−−−もらいます」


「樹」


「なんですか?」


「祖父の容体は見た目以上に悪い。あまり−−−無理はさせないようにな」


「そんなに−−−悪いんですか」


「ああ。食事はほとんど、雀の涙程度しか食べていない」


「………」


先月のあの気丈な姿は、やはり−−−。


「好んで食べるのは、夢理の手料理くらいだ」


「食べてるんですか!?アレを!?」


「ああ。あの殺人料理をな」


少し、呆れたようなニュアンスが混じる。


夢霧さんも食べたのか。


…確かに、あの味ではなぁ。


「確かに、殺人的にうまいからな、夢理の料理は。まったく、食い意地がはってるよ内の祖父は」


そういう意味かよ!?


…本当はうまいのか?ボクの舌がおかしいのか?


わからない…。


世の中には、わからなくてもいいこともある。


「それでは失礼します」


ボクはソファから立ち上がり、ドアに手をかける。


そこに。


「樹」


三度、声がかけられる。


「なんですか?」


ボクは振り返る。


「人間の時間は有限だ」


夢霧さんは振り返らない。


「お前の決断に残された時間は残念なことに、それほど長くない。−−−言っている意味がわかるな?」


「………ええ。わかっていますよ、夢霧さん」


今度こそ、ドア開け部屋を出る。


−−−結局、ボクは夢霧さんの顔を見ることはなかった。






+--+--+--+--+--+--+--+






「ボクは−−−死んでしまいたいです」



「なら、ここでくたばれ」






+--+--+--+--+--+--+--+






摸本夢路。



ボクの後見人してボクの引き取り手。


歳は今年で八十を越えたらしい。


ボクの家族。


たった一人の。




「やぁ爺さん。息災かい?」


「なにをしにきた樹」


夢路は−−−爺さんは先月となんら変わらない姿で、声で迎える。


それに、少し安心する。


「なにをしにきたはないだろう?見舞いにきたんだよ」


「俺も耄碌したもんだ。お前のような小伜に心配されるとはな」


「歳なんだから、そんなの気にする必要はないだろ?どうなの調子は」


「ふん。まぁ、迎えがくるのもそう遠くないというところか」


「またそんなこと言ってさ…立川さんを困らせてんじゃないの?」


「あれは困るのも仕事の内だ、かまわんだろう」


変わらない。


変わらない。夢路は、爺さんは出会ったころとなにも変わらない。


いつだって他人に厳しく、自分にも厳しい人だ。


「そして、それはお前にも当て嵌まることだ、樹。−−−少しは、考えは纏まったか?」


「………ずいぶん、ことを急いで聞くね」


「迎えが近いと言ったろう?ことは急をようしているんだ。−−−俺が生きてる内に、答を聞かせてほしくてな」


「夢理の話しなら、断るよ」


ボクは、言い切った。


「………」


「夢理にそのつもりもないしボクもそのつもりはない」


「………」


「夢霧さんにも誘われたけどね、やっぱり、ボクには無理だよ。今更−−−家族とか、そういうのはさ」


ずっと、考えていた答だ。


導き出した結論だ。


摸本樹には、家族なんていらない。


「樹…」


「考えは、変わらないよ。大丈夫さ。夢理はしっかりしてるし、夢霧さんだってついてる。そんな心配しなくても、うまくやっていけるさ」


「樹、お前はどうする」


「だから、この件は断るって−−−」


「俺が死んだらどうするのかと聞いているんだ」


「………」


初めて−−−直接的に『死』というのを夢路から聞いた。


考えてはいたが、考えたくなかったことだ。


考えたくなかった、ことだ。


「…大丈夫だよ爺さん」


ボクは、応える。


もう先の短い老人を安心させるために。


「一人でも大丈夫だから」


「………」


「オレは、一人でも平気だから」


安心、させるために。


「もう十七だぜ?一人でもやっていけるさ。爺さんに心配されるような歳じゃない」


だから−−−。


「オレは大丈夫だから、心配するな」


心配しないでくれ。


ボクは、貴方のおかげで−−−。


「樹…」


「なんだよ爺さん」


「お前は−−−」


その言葉が言い終わる前に、夢路は咳をついた。


ゴホ、ゴホっと。


ボクは、背中をさすってやろうと手を延ばす。



まず初めに、赤が目に入った。


変な布団の柄だな、と、間抜けなことを考えた。


「−−−!!!」


それが−−−夢路の口から出ているものだと気付くのに数瞬かかった。


「じ、爺さん!大丈夫か!?」


夢路は苦しそうに、それでも両眼はカッと開いていた。


「誰か!誰かいないのか!!」


大声で人を呼ぶ。−−−近くに人の気配はしない。


「くそっ!これだからデカい家は!!」


夢路から手を離し、人を呼ぶ為に立ち上がる−−−ところを、すごい力で引き戻された。


「爺さん…」


「樹…」


夢路が、老人とは思えない力で、ボクを引き止めていた。


「爺さん…人を呼んでこないと…」


その両の眼は、ボクだけを捉らえて−−−。


「樹、生きていれば、死ぬ。それは避けえないことだ。だから−−−お前が気に病むことはない」


「そんなことはいいから、早く医者を−−−!」


「俺がどんな死に方をしようと、それは自業自得だ。それだけのことをしてきた。だから−−−お前が気にする必要はない」


「爺さん…」


今頃、気付いた。


「樹…俺が教えたことを…覚えているな?」


この老人は、自分が助からないことを知っていて。


「いいから、喋るな」


「お前には、ロクなことを教えられなかった、だから、せめて俺は−−−」


「喋るなって言ってんだよクソジジイ!!」


それでも、なにかボクに残したくて、遺したくて、力を振り絞り−−−。


「ああああああ!!!」


絶叫。


声にならない絶叫を上げる。


否。悲鳴を上げた。







+--+--+--+--+--+--+--+




「なぜ、そう思う?」


「ボクは一人なんです。一人ぼっちなんです。どこにも仲間なんていないんです。なんにもないなら−−−死んでいるのとかわらないじゃないですか」






+--+--+--+--+--+--+--+




あれからどうしたのか、実はよく覚えていない。


ただ、屋敷にいた使用人、駐在の医者。そんなのがやってきたようなきがする。


そして−−−気がついたら、ボクは病院の待合室いた。




「………」


病院内は怖いくらい静寂だった。



カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ。



近くに時計なんてないのに、針の音が聞こえる。


まるで、なにかのカウントダウンを刻むように。


「………」


思考まるで働かない。


自分の目を通して、無声映画を見ているようだ。


「少しは、落ち着いたか?」


無音の世界に声がはいる。


今気づいた。ボクは病院の長椅子に腰掛け、ずっと下を向いていたようだ。


声の方に顔を向ける。


「夢霧さん…」


「死体のような顔をしてるぞ。ほら」


夢霧さんは−−−あのとき、決してこちらを向こうともしなかったのに、ボクに缶コーヒーを手渡してきた。


「…ありがとうございます」


それを、受け取る。


冷たかった。


「祖父の容体は、今は安定してるようだ」


「助かりますか?」


ボクは、懇願するように、聞く。


それに、夢霧さんは−−−首をふった。


「この場合安定とは、『安らかに死ねる』という意味で、とても助かる状態じゃないそうだ。−−−意識も、戻っていない」


「………」


死。


近親者の死。


覚悟はしていた。


覚悟はしていたんだよ。


「酷いことをいうと思うが、お前はそろそろここを離れた方がいいかもしれん」


「………」


「もうすぐ、親父や、親戚連中がやってくる。−−−お前に対する嫌がらせもあるだろう。もちろん、俺が尽力してやるが−−−どこまで強硬姿勢にでれるかまだわからん」


コレは、決断を促す脅しだろう。


摸本に与するなら、ここに残らせるし。


そうでないなら−−−。


「祖父が意識を取り戻すのは、五分五分といったところだろうが−−−それが最後だろうな」


死ぬ。


死ぬ。


それはなんて−−−。


「寿命とはいえ、やはり、やりきれんな。身内の死は」


寿命?


「人は、生きていれば死ぬ。それは運命だ。すでに決定したこと。それを覆すのは、人の身では不可能だ」


運命。


運命。


決定していること。


それは今のこと。


決定していないこと


それは先のこと。


ボクは、ボク達は。


それを、何度も覆したじゃないか−−−!?


「夢霧さん…」


「なんだ?」


「ボクはここを少し離れます。−−−後のことは、よろしくお願いします」


「…本気か?」


夢霧さんは、困惑した声をだす。


「ええ。−−−やるべきことが、できましたから」


「…そうか。それならとめたりしないが−−−これを持って行け」


夢霧さんは、そういって携帯電話を取り出した。


「なにかあったら連絡する。−−−できるだけ、近いところにいろ」


「ありがとう−−−ございます」


ありがたく受け取る。


「なにをするのかは知らないが、残された時間は短い。それを忘れるな」


夢霧さんの言葉を後ろに、ボクはもう動き出していた。


病院内は速足で歩く。



「よう、浮浪児じゃないか」


この時間、家にいてくれればいいんだが。


「てめぇ、財産目当てで駆け付けてきたが、おい返されたってオチか。まったく、意地汚い奴だぜ」


今からタクシーで飛ばして、どれくらいかかるだろう。


「おい、無視してんじゃねえよ!」


なにか、肩にかかる感触。


邪魔だ。


「うるさい」


右手の甲に、痛みが走る。


どこかで、なにかが倒れる派手な音がする。


気にしない。


そういえば右手は夢霧さんにもらった缶コーヒーを持ったままだった。


気にしない。


ボクは病院を飛び出ると、真っ直ぐに、目的の場所に向かった。


その途中、気付く。


そうだ、携帯電話をかりたのだ。


すでに暗記している番号を押す。


コール音。


…唯一の不安は、相手が電話に出る、という一般常識を保有しているかということだ。


果たして、数回目のコール音。


「…はい」


出た。


「ボクだ」


名乗ったりはしない、そんなのは面倒だ。


「…なに?」


相手はなにか疲れているような声をだす。


「電話なんて珍しいわね。今の私は忙しいから、たいした用件でないなら切るわよ」


「頼みがある」


「………」


「頼みがある。なんでもいうことを聞く。ボクが持っているものならなんだって渡す。だから−−−お願いだ」


「……どうやらずいぶんと必死のようね」


「ああ。今のままなら必ず死ぬから、必死になってる」


「高く−−−つくわよ?」


「構わない」


ボクは一瞬の逡巡もない。


「ボクの全てをくれてやっても、惜しくない」


ボクは一瞬の迷いもない。


−−−それの決意を、確かに胸に抱き。


「なら、こちらに異存はないわ。−−−すぐ家に来るの?」


「ああ。準備しといてくれ」


「だけど−−−貴方がなにを望みなのかはわからないけど−−−そう上手くいくことじゃないわよ?」


それは−−−。


「その心配は、無用」


もうボクには、あの夢の正体に思い至っている。


「創崎」


彼女の名を呼ぶ。


ボクが最後の最後に縋ろうとする名前を呼ぶ。


「この前、捜した夢の場所を覚えているか?」


「あの、煙突の?」


運命。


この世界にそんなものを作っているヤツがいたとしたら、初めて感謝する。


初めて、感謝する。


初めて、憎しみ以外の感情を持つ。


いつだって、ボクが手に入れたものは、失くなってしまう。


ずっと、そうだった。


だけど、今は−−−今は、失くさずにすむかも知れない。


大切な人を−−−亡くさずにすむかも知れない。


大切なもののためなら、ボクはどうなったって構わない。


もともと、そういうものだったから。


「創崎、アレは−−−」


神を利用しても。


神を裏切ったとしても。


神を−−−敵に廻しても。


ボクには、大切なものがある。


それだけが、この五年、摸本樹を支えてきたんだから−−−!


「アレは、斎場だ」


「−−−」


創崎が息を飲む音がした。


それだけで、ボクがなにをしたいのかわかったのだろう。


それだけで、自分の見たものを思いだしたのだろう。


「それじゃあ、創崎。よろしく」


相手の返事も待たず、ボクは電話を切る。


ボタン一つで、たった今まで話していた相手と断絶できる。


人の生と死は、それと同じくらい、簡単なものなのかも知れない。


「………」


もちろん、ボクはそんなことは認めない。


運命は、変わるのだ。


運命を、変えるのだ。




+--+--+--+--+--+--+--+






「くだらんな」


「え?」


「人は、一人で生きて、一人で死ぬものだ。それに他者や甘えや自分や辛辣も関係ない」


「………」


「死すべきときには理由が。生きるべきときにも理由が。ならば、理由がないから死ぬなど愚の骨頂」


ボクは−−−。


「俺は常に一人。婚姻し、子をなしたとしても、死ぬときは一人よ。−−−そういう、生き方をしておる」


ボクは、その生き様を−−−。






+--+--+--+--+--+--+--+






空は頭にくるくらい、澄み渡った青空だった。


ボクは、一人。誰かの人生の後始末をする場所に向けて歩いている。


「………」


心は驚くほど静寂。


それでいて確かたる足取り。


「………」


斎場を行く。


そこにはこんな晴天だというのに、黒く染まった人々。


摸本樹も心を黒に染め、弔問客の中をすり抜けていく。


その中には見知った顔も見知らぬ顔もあったが、今はそいつらに用はない。


今、ボクが目指しているのはたった一つの事実のみ。


それは、簡単に見つかった。


「………」


現当主の趣味なのか、はたまたコレはそういうものなのか、それは必要以上にデカデカと書かれていた。


『摸本夢路斎場』


「………」


その、金をかけたであろう看板には、大きくそう書かれていた。


「…ふざけるなよ」


今すぐ、それを叩き潰したい衝動に駆られる。


今すぐ、それを喰い潰したい衝動に駆られる。



その前に、一つの疑問。


創崎は−−−なぜこのことを予知していたのだろう?


今まで、創崎の予知は自分に関係あること。もしくは世間で放送されるようなことばかりだった。


だけど、今回はボク個人に関することだ。


それが、なにを意味するのか。


それに、どんな意味があるのか。


「………」


そのことについては、考えないようにしていた。


だが、この現象に説明つけるとすると。


それはつまり−−−。


頭からその疑問を振り払う。


今は、そんなことを気にしている場合じゃない。


今すぐにでも、こんな未来を消さないと−−−。


「不思議な気分だな。−−−自分の葬儀を自分で見るのは」


後ろから。


とても聞き慣れた。


老人の声がした。


とても自然に。


ともすれば聞き違いだと思うくらいに。


「お前の気配を追って来たが、ずいぶんと楽しい夢を見ているみたいじゃないか」


いや、聞き違えるはずなどない。


気配だけでも、振り向かなくてもわかる。


それでも−−−その姿を見たくて、振り向いた。


「なぁ、樹?」


「……爺さん」


そこにいたのは、摸本夢路、その人だった。






+--+--+--+--+--+--+--+




「寂しくは、ないんですか−−−?」


「寂しい?なにを言うか。人は生まれてから常に一人。だが、一人と一人が生きるこの世界で、寂しいなど皆無だ」


「なぜです?」


「常に、同類という存在がいるからだ。−−−俺と、お前の様にな」






+--+--+--+--+--+--+--+






「久しぶりだな、お前とこうやって語らうのは」


「夢の中だけどね」



ボク等は、斎場から離れた、河原のある場所に肩を並べるように腰をおろし、川の流れを見つめていた。


「例えどんな死に方でも、こんなところで存在を締め括れたら、それはそれで幸せなのかも知れんな」


「死に方もなにも、寿命だろ、爺さんは」


ここで、夢路は笑みを見せた。


とても曖昧で複雑で、ボクにはつかめない、笑みだった。


「寿命。そうだ、寿命だ。俺の存在そのものの、寿命だ」


夢路は、感慨深げに語る。


「俺がしてきたことを思えば、ずいぶんと長く生きたものだな。−−−そうだな、樹。お前はどれくらい生きられると思う?」


「さあ?やっぱり、長くは生きられないんじゃないかな。長く生きるつもりもないし−−−あの頃と、なにも変わってないよ」


なにも、変わらない。


少し、おかしくなっただけだ。


「そうか。−−−俺も、生き方が変わったつもりは毛頭ないな」


「変わらないね、お互い」


「まったくだ。少しは変わって見せろ。面白くもない」


「それは無理だよ、なにしろ−−−」


ボクは、今まで一度たりとも言ったことのないことを、老人に伝える。


「ボクの理想の生き方は、爺さんなんだから」


「………」


「爺さんのように回りから必要とされて、それでも一人で生きて、一人で死ねる、そういう生き方を」


ずっと、胸にいだいていた。


自分より、ずっと前を走り続ける夢路を−−−。


その、孤高と言える生き方を、ずっと憧れていた。


ずっと、大好きだった。


自分と同じ道を歩いている、仲間が。


同類が。


一人だけど、もう一人いる。


それに、ボクがどれだけ安心できたことか。


世界を、自分を諦めずにすんだことか。


「一人で生きて、一人で死ぬ。か…。他のものはなにも要らず、なにも欲せず、ただ、前だけを見つめ、己に不随するものだけを助け、ついてこられないものは捨て、立ち塞がるものはなんであろうと打ち砕く。−−−そういう生き方をしてきた」


「うん」


「その果てがこの境地か…皮肉なものよな」


「…なにがさ?」


「樹。余計な真似はするな」


ボクの質問には答えず、夢路は鋭い視線を向ける。


「…なんでだよ」


「余計な真似はするな、樹。俺は寿命なんだ。例えいかに未来を変えても、最後を変えることはできない−−−人はいずれ死ぬ。人はいずれいなくなる。運命として、甘受しろ」


それでも−−−。


「それでもさ」


言い訳のように、ボクは言葉を紡ぐ。


「あと、少しくらいならいいじゃないか。ボクは爺さんになにも返していない。ボクを助けてくれた爺さんに対して、なにも返していない。だから−−−」


だから、もう少しだけそばにいてくれ。


夢路は、首を横に振る。


「返済など、不要。俺は、別にお前から見返りが欲しくてお前を拾ったわけじゃない。あなどるなみくびるな。俺は、俺のしたいようにしただけだ」


そうだろう。


それはそうなんだろう。


そうなんだろけど−−−。


「…爺さんは、死ぬのが怖くないのか?」


いつかした問いを、繰り返す。


「怖くない」


即答だった。


おそらく、きっとボクも即答できる。


「死ぬのは怖くない。なにを恐れることがある。やっとか、という感慨さえある。−−−それが、俺達の共有した思いだろうが」


そう。そうだった。


それが、ボク達の出発点。


終点が出発点。


そんな、間違った生き方している、一人と一人。


「どれだけ、自分が余計な真似をしようとしていたか悟ったか?ふん、ここまで言わないとわからないとは、たいした馬鹿者だ」


夢路はボクに笑顔向ける。


それは、いつかみた、凄みのある、己の生き方になに一つ迷いのないような、笑顔だった。


ボクの憧れた、笑顔だった。


「そうだね、悪かったよ。余計な真似して。−−−じゃあな、爺さん」


「ようやくわかったか、この馬鹿者は」


それでも−−−未練は断ち切れない。


断ち切らなければ、ならない。


一人で生きていく為には。


「あとは−−−お前のことだけだな」


「は?」


「樹」


「なんだよ」


「もう起きろ」


夢路は、ボクの肩に手をかける。


−−−世界が遠くなる。


「待っ」


待ってくれ。


まだ、話したいことが。


もっと、伝えたいことが。


世界から−−−分離される。


切り離される。




もう少し、もう少しだけ、お願いだ。


「待っ」


断絶した。




+--+--+--+--+--+--+--+






「気が変わった」


「え?」


「選択肢など、今のお前には上等すぎた。お前は−−−もう少し、流されろ」


「………」


「俺のところに来い。お前に居場所を用意してやる。−−−この世は一人ではないということを、実感させてやる」



その言葉にボクは−−−。







+--+--+--+--+--+--+--+




「てくれ!」


手を伸ばす。


なにもない空間に手を伸ばす恰好で、ボクは創崎の夢から目を覚ました。


けっして、いい目覚めではなかった。


携帯を取り出す。時刻は夜半過ぎ。


着信はなかった。


「………」


創崎はまだ眠っているのだろうか?


辺りには物音一つしない。


喉がカラカラだったので、ポケットの缶コーヒーを開けて飲む。


ブラックだった。


冷たくはないが、今は水が欲しかった。


体が、干からびてしまったような錯覚さえある。


「結局、ボクにできることはなにもないのか…」


『呪いでは、誰も救えない』


それは、自分も含めて。


摸本夢路という、長く呪いとともに生きた者が教えてくれた−−−三つのうちの一つ。


−−−それを、いつも−−−いつか、否定したかった。


だけど、それは今度も破られた。


また、大切な人を失ってしまった。


誰も−−−救えなかった。


死にたい−−−気分だった。




「−−−気分はどう?」


ボクはいつまでぼーっとしていたのだろう?


気がつけば傍らには創崎が立っていた。


「…おはよう。気がつかなかったよ」


「ノックはしたわよ。返答がないから入って−−−この場合出てきたんだけど」


「そっか。悪い、ぼーっとしてたみたいだ」


「そう。−−−なにか食べた方がいいわ。…今にも死にそうな顔してるわよ」


今にも死なないだろうか?


今すぐにでも。


「いや、別にいいよ。−−−オレは、大丈夫だから」


「………なにか食べた方がいいわね。待っていなさい、すぐに食べられるものを作ってくるわ」


創崎は、ボクの返答も聞かず、キッチンに向かっていく。


それをとめようかと思ったが、面倒なのでやめておいた。


それに、今更ながら、朝からなにも食べてないことを思い出したのだ。


−−−それでも、食欲があったわけではなかったが。




+--+--+--+--+--+--+--+






涙を、流した。


その言葉に、涙したのだ。


初めて、自分を受け入れてくれた人に、涙したのだ。


初めて、現れた自分の同類の存在に、涙したのだ。


「初めに−−−お前がこれから名乗るべき名前について教えよう」


「名前…」


「そうだ。お前には、もう、普通の名前を冠することはできない。呪われた名、『摸本』を名乗るがいい」


「摸本…」


「それが、お前に一生付き纏う呪いの名だ」







+--+--+--+--+--+--+--+






創崎の作ったのは、なんの変哲のないパスタだった。


ただし、ソテーには見なれない野菜が使われていた。


そうか、こうやって使うのか…。


「食べなさいよ」


「…いただきます」


対面式のテーブルには二人分のパスタ。


ボクと創崎は向かい合って食事をとる。


カチャカチャと、二つのフォークの音が部屋に響く。


「………」


「………」


二人とも、無言。


ただ、黙々と食事をとる。


「…お祖父さんのことは、残念だったわね」


−−−ふいに、創崎が語りかけてくる。


創崎にしてはらしくなく、恐る恐るといった感じに。


「−−−覚えているのか?」


「漠然と−−−だけど。…二人で長々と喋っているのを、少しだけ、覚えているわ」


「そうか…」


今回は、夢喰いをしたわけじゃない。


未来を、握り潰したわけじゃない。


だから、創崎が、見た夢を覚えていることだってありえる。


そのことを、忘れていた。


「貴方についても、いろいろ知ってしまったわ。…家のこととか」


「そうか…」


彼女には、隠していたことが多かった。


摸本家のこと。自分のこと。−−−呪いのこと。


話すことはできたけど、話さなかった。


それは、家の為だと思ってたけど、本当は−−−。


「今回は、完全に私事だった」


「………」



告戒を、する。


「もう、わかっているだろうけど、摸本夢路という−−−ボクの家族を、死なせたくないから、キミの能力を利用した」


「そう…。でも、夢は消えてないわ」


「やめた」


「………」


「やめることにした。寿命なんだし、先延ばしにしてもたかが知れてる。だから−−−やめた」


創崎は、フォーク置き。


「でも、貴方はそれでいいの」


「それが、爺さんの生き方だ」


ボクは間をおかずにそう答える。


「………」


「摸本夢路という男は、一人で生きて、一人で死ぬ。そういう生き方をしてきた。後にはなにも残さない。後にはなにも遺らない。そういう−−−生き方をしてきた」


だから、ボクがどんなに望んだとしても。


「ボクが、爺さんの生き方に介入できる余地はない」


介入できる予知もない。

介入される夢もない。


全ては、運命のままに。


それが、爺さんの望んだ結末。


それが、ボク達の望んでいる結末だ。


だから。


「これが、一番いい結末なんだよ、創崎」


パスタから目を離し、創崎を見つめる。


創崎は、黒い、何処までも深い瞳で−−−。


「そうかしら」


「……なにが」


「本当にそうかしら。貴方のお祖父さんは、本当にそこまで達観していたのかしら」


「なにが、言いたいんだ、創崎」


暗い、口調を、ボクはする。


「貴方のお祖父さんは、本当に、そこまで強い人なのかしら。いえ、本当に怖くないのかしら、−−−死ぬのが」


「それは−−−違うよ、創崎」


あの人は−−−ボク達は、死ぬのなんて怖くない。ボク達は、そういうものだから。


「でも、なにかしら、怖いのよ。きっと」


なぜ−−−そんなことを言う?


「なんで、そう思うんだ」


「貴方達は、よく似てるわ」


「本当に、そっくりよ。だから、わかる」


創崎は、目を逸らさない。


「大事なことを伝えたくても、なに一つ伝えられない。一人で生きようなんて思っているから、一人で完結しようとする」


ボクは、創崎の目を見ていられず、視線を下に落とす。


「だから、常にすれ違ってばかりで−−−ううん。並んで歩いても、今みたいに目を逸らして、前だけを見て歩いて行ってしまう」


それ以上は、言うな、創崎。


「同じ道を歩んでいるからって、安心して、脇目も振らずに前に歩いて−−−隣の人が躓いたりしても、気付かず歩き続けて−−−だから、気がつけば誰もいない」


もう、止めろ。そんなのは−−−。


「もう一度、よく考えてみなさい。お祖父さんが、なにを望み、なにを願い、なにを怖がっているのか−−−」


「−−−なにがわかる」


「………」


「お前に、なにがわかるっていうんだ!」


恐い声色。


「わかるのか?わかるのかお前に!?」


とても、自分の声とは思えない。


「蔑まれて、疎まれて、厄介者扱いされて、それでも生きていかなきゃなんない気持ちがわかるのか!?」


とても、自分の台詞とは思えない。


「生きてるだけで、他人の迷惑で、夜眠ることさえ怖くてできやしない。そんな人生」


とても、自分だとは思えない。


「わかるのか?わかるわけない。わかるわけない。ボク達の気持ちは−−−ボク達はしかわからない」


完全に、キャラが違う。


「それでも、爺さんは誇りをもって生きたんだ!胸を張って、なにに臆することなく、恥じることなく後悔することなく」


とても、自分が信じられない。


「だから、このまま死なせてやるのが一番いいんだ!それが正しいんだ!」


こんなふうに、ムキになるのは、ボクのキャラじゃない。


「爺さんは、自分の生き方を貫き通そうとしているんだよ!それを、それを−−−」


違う。違う。ボクらしくない。


「邪魔することは、許されないんだ…」


ボクは、なにを言っているんだろう?


ボクは、なにが言いたいのだろう?


わからない。


ボクとは違い過ぎてわからない。


こんな、弱いボクは知らない。


「創崎に、わかるわけ、ないんだ…」


洩れた声は、あまりにも弱々しい。


顔を、上げられない。


創崎の顔を、見られない。


あわせる顔がない。


きっと、今のボクには顔がない。


少し間があった。


一秒に満たないほどの、間があった。


「そうね。わかるわけ、ないわ」


創崎の声が聞こえる。


「だから、聞かせてもらうわ。−−−私の質問に、答えなさい」


「……?」


なにを、言っているんだ。


「すべて、正直に答えなさい。貴方は−−−このままでいいと思ってる?」


その問いに、なんの意味がある。


ボクの心は、もう決まっている。


「ああ。オレは、そう思う」


もう、なにをするところではない。


すべては、夢路の生き様の為に。


「貴方は−−−お祖父さんに、死んでほしくないと思ってる?」


それは。


それは?


「それは、思ってるさ。思ってるけど−−−とめるつもりは、オレにはないし、そんなことは、願えない」


願えないし、望めない。


夢路の為にも。


「貴方は−−−お祖父さんのところにいきたいと思ってる?」


だから、それは。


だから、それは?


「思っていない。オレには、オレには、そんなことで、爺さんの最後を汚したくない」


死ぬときは一人−−−それが夢路の生き方なんだから。


「貴方は−−−後悔しない?」


「後悔しない」


即答した。


「オレは、後悔なんかしない」


強く、心に思う。でなければ−−−。


「そう……。そうね。それじゃあ最後に」


創崎の声は、どこか−−−どこか、悲しげな雰囲気があった。



なにを思い。悲しいのだろう?




「貴方は−−−お祖父さんが死ぬのが怖い?」


−−−。


「−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−いや」


声を、搾り出す。


思いを、縛りつける。


「覚悟は、できている」


そう、できている。


「オレは、大丈夫だよ、創崎」


顔を上げる。


大丈夫、覚悟は決まっているんだ。


ならば、なにを怖がることがある。


ボクは、心を縛りつけ、すべての答を導き出す。


それは、すべて、摸本樹の、紛れのない本心−−−。






創崎は。



創崎は。



創崎は。


そのボクの答に。



ボクの目を見る。


その、底無しの瞳で。


その、虚無に似た瞳で。


「嘘ね」


「………」


「今答えたのは、全部嘘よ」


なんで−−−。


「なんで、そう思うんだよ?なんの根拠があって、そう思うんだよ。そんな、オレは、嘘なんて−−−」


「ついてるわ」


創崎は、確信を込めて。


一体、その自信はどこからくるのか?


一体、なぜ自信をもって言えるのか?


わからない。


自分の気持ちも、わからない。


だけど、でも。


ボクは。


「なんに対して、嘘ついているって言うんだよ…」


「もちろん、自分に対してよ」


自分に、嘘をついている?


いや、そんなはずは−−−ない。


はずだ。


「…そんなことは−−−ない」


「あるわ」


「…だから、なんで、そう思うんだよ」


「貴方は−−−嘘がヘタ過ぎるのよ」


「………」


「と、いうより、わかりやすすぎるの。そんなんじゃ−−−誰も、自分も騙せないわ」


騙せない。


だけど、コレがボクの本心の−−−はずだ。


「オレは、自分に嘘なんか−−−」


「なんだったら、証明してあげてもいいわ」


「え?」


「貴方が嘘をついているのを証明できる、と言ったのよ」


「…どうやって」


「簡単よ」


創崎は、手の形をグーにして、ボクに突き出す。

「じゃんけんしましょう?」




+--+--+--+--+--+--+--+




「強いん−−−ですね」


「強くなくては、生きていけない」


「………」


「それだけだ」






+--+--+--+--+--+--+--+




じゃんけん。


ボクは寡聞にして、コレの起源や由来を知らないが、コレがただの運まかせではなく、一種の心理戦であることは知っている。


相手の、出す手を読む。


相手の、心を読むのだ。


だけど−−−。


「それで、どうやって−−−」


「私が勝てば、貴方はお祖父さんのところに行く。−−−簡単でしょ?」


ボクの言うことが嘘だと証明するのだろう?


「−−−ボクが勝ったら?」


「そのときは−−−私も騙されてあげるわ」


創崎は、まるで自分が負けるわけはないと言わんばかりの自信。


ボクには−−−ボクには、そんな自信はない。


「創崎…コレがどうして証明になるんだ」


「私は『チョキ』をだすわ」


「………」


創崎は、ボクの話しを聞かずに、手をチョキにして、ボクの前に出し、そう宣言する。


「だから、それがどうして−−−」



「このままでいいわ」


「え?」


「このままでいいと言ったのよ」


創崎は、ボクにチョキを突き出したままの恰好。


「なんの−−−」


つもりなんだ?


「これは、宣言じゃなくて先制。あとは、貴方が手を出すだけよ」


先制。


宣誓。


先制攻撃。


だけど、それがじゃんけんにおいてなんの意味が−−−。


「貴方はどんな手をだしてもいいわ−−−グーでもチョキでもパーでもお好きなように」


「………」


そうか、そういうことか。


「ボクは…『グー』を出すよ、創崎」


それは、変えられない結果だ。


結果、なのだ。


「さあ、それはどうかしらね」


応える創崎は、やはり不敵だ。


勝つならば、グーを出せばいい。


勝つならば?


一体、ボクはなにに勝つというんだ?


「創崎…」


「その前に、一つだけ」


創崎は。


「強い、ということはそんなにも素晴らしいことなのかしら」


ボクに聞く。


「………」


ボクは。


「なにものも必要としない強さ。だけど、言い換えればそれは、なにも持っていないということよね。だって、必要ないんだから」


答えられない。


「………」


それでも、創崎は続ける。


「なにも持ってない。なにもないなら、それは−−−」


死んでいるのと変わらない。


そう、結論した子供がいた。


「−−−どんな、気分なんでしょうね?多分、死ぬのなんて怖くないんでしょうね」


怖くない。


怖くないんだよ。


でも、それは。


その死は。


「だけど、死ぬのが怖くない人生なんて、それはどんなに−−−なにもない人生なのかしらね」


なんの意味もなかったと。


そう、決まってしまう。


一人だから。


一人で始まって一人で終わる人生だから。


意味なんて、ないのが当たり前。


当たり前なのだ。


「私が言いたいのはそれだけ。さあ、証明を始めましょうか」


「………」


そうだ、ボクはこれから創崎とじゃんけんとするのだった。


いや、創崎はすでに手を出している、後はボクが出すだけだ。


出す手は、考えるわけもない。


わけもないんだけど−−−。






創崎の目は、真剣だ。


−−−真剣には、真剣で応えなくちゃいけない。


だけど、コレは駆け引きでも勝負でもない。


駆け引きはないし。


勝負はするまでもない。


「いくわよ」


いろいろな言葉が頭を廻る。



創崎。


夢路。


夢霧さん。


赤道さん。


そしてボク。


ボクは−−−。


考えることもない。


考えることもない。


考えることもない。


「じゃん、けん」


創崎の声が遠い。


ボクの答が遠い。


だけど、体は反射するように動いて−−−。


「ポン」




「………」


「………」


結果は、出た。


答が、出た。


ボクは、五指を開いた形の手を出し。


彼女は、そのまま、人差し指と中指だけを立たせた形の手だった。


それは、ピースサインと呼ばれるものではなかったか。


「ほら、ね」


「………」


「私の、言った通りでしょう?」


「………」


「私は、貴方の嘘を見破った」


「………」


「だから−−−次は貴方の番よ」


ボクは、立ち上がる。


「何処へ?」


「約束を果たしに」


「なんの為に?」


「ボクの為に」


「誰の為に?」


「爺さんの為に」


「−−−そう。なら行ってらっしゃい」


「ああ。−−−世話になった」


「いいのよ。…すぐ返して貰うから」


「ご馳走様。後のこと、よろしく」


「ええ」


ボクは、玄関まで歩いていく。


「なあ、創崎」


「なに?」


彼女は、椅子に座ったままだ。


「ボクが、違う手を出していたらどうしたんだ?」


「ああ、それ?そんなの、決まっているじゃない」


創崎の言葉を背に、ボクは玄関の扉を開ける。


「後出しで、貴方の負けに決まってるじゃない。−−−先制攻撃とは、そういうものよ」


扉を閉める。もちろんボクが外に出てからだ。


急ぐ。


ことは急を要する。


目指すは病院。


もう、後戻りも寄り道もしない。


例え、世界の裏側いようが隣にいようが。


傍に居たいときは、傍にいるのだ。




+--+--+--+--+--+--+--+




「呪いでは、なにも救えない」






+--+--+--+--+--+--+--+






ボクが病院に戻ったときにはもう、夜は明けようとしていた。


「………」


この時間、病院内は閑散としていて、なんだか−−−。


死が、満ちている気がした。


イヤな悪寒を振り払い、ボクは目的の病室を急ぐ。


ここで、少し疑問に思う。


他の、見舞い客はいないのだろうか?


摸本夢路。


摸本家元当主。


その病室なら、多くの親族、関係者がいると思うのだが。


だが、他に親族がいないのなら好都合。


真っ直ぐに、夢路の病室に行く。


ほどなく、病室の前にたどり着いた。


そこには−−−。


「……夢理」


「…ああ。お兄様。早かったのですね」


椅子にかけ、顔色が一目で悪いと思える少女がいた。


「早かった?」


「−−−先ほど夢霧お兄様がお迎えにいったのですが…」


そのとき、気付いた。


携帯電話を、創崎の家に忘れてきてしまった。


いや、そんなことより。


「夢霧さんが、ってことは−−−」


「先ほど、お祖父様が意識を取り戻しました」


意識が−−−戻ったのか。


なんて、タイミング。


「……話せるのか?」


「はい…他の親族はすべてお祖父様が帰させました。−−−今入っていいのは、お兄様と……あと一人だけです」


「夢理は?」


「私は、先ほど済ませましたから」


うっすらと、笑顔を見せる。


見ていられない、顔だった。


「夢理」


「……なんですか」


「ボクはここに来て、正しかったのかな」


「………」


夢理は、少し、躊躇いながら、それでも、答える。


「お兄様が、摸本に関わるのはこれが最後です。ですから、後はお兄様のお好きなようにやるのが−−−いいと思います」


そんなことを聞いたわけじゃなかったが、それでも、その通りなんだろう。


夢路が死ねば、ボクはもう摸本との接点は無くなる。


いる理由もないし、義務もない。


一人ぼっちになる。


「お兄様。お話しになりたいのなら、急いだほうがいいと思います。−−−おそらく、これが最後です」


「ああ−−−わかっている」


夢理の横を抜け、扉に手をかける。


その前に−−−。


「夢理」


「…なんですか」


再度、声をかけた。


「じゃあな」


「………」


扉を明ける。


間違ったことをする。


正しいことは、ボクにはできないから。




+--+--+--+--+--+--+--+




「お前に一生付き纏う、呪い名だ」






+--+--+--+--+--+--+--+






始まりがあれば終わりもある。


使い古された言葉だけど、そこにあえて付け加えるなら、終わりにも終わりがある。っていったところか。


始めから終わっていた終わり。


それに付け加え参入すること。


それはどれほど滑稽で愚かなことなのだろう。


そしてボクはそれをなん度繰り返すのだろう。


ただ、今は間違うだけだ。






いろいろな、見慣れない電子機器に囲まれたベッドの上に、一人の老人が横たわっていた。


「……爺さん」


「………」


呼びかける。返事はない。


だが、僅かな呼吸が、老人が生きていることを示している。


「親戚は全員おい帰したんだって?まったく、そんなんだから偏屈者とか言われるんだ。夢堂さんや夢霧さんがまた苦労するよ」


「………」


それでも、呼びかける。


「まぁ、らしいって言えばらしいけどね。−−−ホントに、変わらないね」


「何故きた?」


ここで、初めて夢路が口を開く。


わずか、数時間前にも聞いたはずなのに、なぜか。


別人の声のような気がした。


「ここには来るな、と言ったはずだぞ樹」


「………」


その通り、夢路はそういった。


でも−−−。


「爺さんに、話しがあったからさ」


でも、そんなこと出来るわけないじゃないか。


「なんだ?」


「ボクが−−−摸本の名を継ぐよ」


「………」


ボクは、また間違える。


だけど、この、死ぬゆく老人の為に出来ることは、もう、これくらいしか残されていない。


「夢霧さんとは話しはついてるんだ。夢理と結婚しなくても、摸本の一員として迎えてくれるように」


「………」


「ボクに、なにが出来るかどうかわからないけど、それでも、摸本の為に、生きていくよ」


「………」


「強くなる。一人でも生きていけるように。強くなる。一人でも平気になるために」


「………」


「だから、爺さん−−−」


「何故、ここにきた」


−−−安心してくれ。


そう、続ける前に、再度、問われた。


「何故、ここにきた」


「………」


ボクは、答えられない。


老人はボクを見る。


やはり、その瞳はボクの知らないものだった。


「何故、きた?お前さえここに来なければ、俺は−−−自分の人生に満足して、死ねたのに」


「………」


答えることが、できない。


「お前さえ来なければ、俺は、自分の人生になんの疑問もなく、静かに逝けたのに」


「………」


答えることは、できない。


「気付くことはなかった。己の人生に、疑問を挟むことはなかった。−−−恐怖を、感じることはなかった」


老人の声は、とても小さいのに、その声は明瞭に聞き取れた。


「……死ぬのは怖いか?爺さん」


「怖くない」


静かだった。


まるで、世界に二人きりのように。


まるで、一人きりの世界に入ってしまったように。


「怖くない。死ぬのは怖くない。それはいい、ただ−−−」




老人は、そこで、視線を天に逸らす。




「俺が死んで、お前が一人ぼっちになってしまうと思うと、怖い」




「………」




「それが、一番、怖い。なにより、怖い。」




老人は、そう告げる。


それは−−−。


「…怖い。お前が一人になってしまうことが、怖い。お前が−−−俺のような人生を歩むのかと思うと、怖い」


−−−それは、弱音だった。


摸本夢路という、八十年を生きた、世間では怪物とまで言われた老人は、初めて−−−ボクが知る限り、初めて−−−弱音を吐いた。


「………」


なにも、言えない。


目の前のことがよくわからない。


こんなのは知らない。


こんな気持ちは知らない。


ああ、ボクは−−−。


なんて間違いを、犯してしまったんだ。


やはり、来るべきではなかった。


来るべきではなかったのだ。


これじゃあ、これじゃあただの−−−。




一人の、寂しい老人ではないか。




孤高など、どこにもない。


高潔さなど、微塵もない。


ただ、そこにいるのは。


ただ、そこにいるのは。


どうしようもないくらいに失敗した−−−。


失敗した。


失敗した。


ボクは失敗した。


夢路は失敗した。


夢路は、自らの、一人で生きて一人で死ぬという、自分の人生の生き様を、最後の最後で失敗した。


ボクは、老人の一人で生きて 一人で死ぬという、老人の人生の生き様を、最後の最後で邪魔をした。




後悔で、押し潰されそう。


なにを、思い上がっていたんだろう、ボクは。


ボクが、老人の、夢路の助けになれるとでも、思っていたのか?


思い上がりも、甚だしい。


それでも−−−。




「あ、あ…−−−」


それでも、声を搾り出す。


「…大丈夫だよ、爺さん。摸本家には、爺さんがいなくても受け入れてもらえることになっているんだ、それなら−−−オレは、一人ぼっちなんてことには、ならない」



搾り出す。


老人を−−−夢路を安心させたくて、そう言う。


だけど−−−。




つぅーっと夢路の目から、一筋の水が流れる。


それも、ボクの知らない顔だった。


「…無理はするな、樹。お前の嘘は−−−すぐわかる」


……まるで、創崎みたいなことを言う。


「オレは、嘘なんて−−−」


「ツケが廻ったんだ、俺は」


「………」


「今まで、なにも省みなかった。だから、最後の最後で、このような報いを受ける」


やめてくれ。


「俺は、」


「やめてくれ」


「最後で、」


「そんなのは」


「後悔してる」


してほしくない。




「すまない、樹」


「違う、オレは嘘なんてついてない。オレは−−−」


ボクは。


ボクは。


ボクは。


ボクは−−−!


「−−−嘘はよくないわよ、樹君」




−−−。


幻聴かと、思った。


幻聴だと、思った。


ここに、いるはずのない人の声がした。


二人しかいない世界に、もう一人。


一人と一人の世界に、もう一人


「勝手に入ってしまって失礼。ですが、それはお互い様だと思いませんか?お祖父様」


ボクと、夢路が同じ方向を見る。


今まで、決して同じものを見なかったボク達が、新たなる来訪者を見る。


「そ、創−−−」


「創崎誓衣」


彼女は、ボクが名を呼ぶ前に、自らの名前を唱える。


「初めまして−−−というのもおかしな話しですね。創崎誓衣と申します、お会いできて光栄です。−−−お祖父様」


突然の来訪者、創崎誓衣は、深々と、摸本夢路に対して頭を下げた。






+--+--+--+--+--+--+--+




「この二つだけ。他には、お前に教えることはなにもない」






+--+--+--+--+--+--+--+




なにが正しくてなにが間違っているなんてことは、このボク、摸本樹にはついぞ、わからなかった。


だけど、物語りの終わり、エピローグ。



そこに介入することはストーリーの破綻の一役かっているのは間違いない。


つまり、人にできることは、物語りを作ることではなく、その終わりを受け入れるか否定するか、そのどちらかなのだろう。


そして、それを否定したボクの結末は、神様でもラプラスでもないボクにはわからない。


だけど−−−。






「創崎……」


頭を、整理する。


「どうして、ここに?」


その為には、情報が必要だ。


なんてことを、狂った頭で考えた。


「呼ばれたからよ。その前に、忘れ物よ、樹君」


創崎はボクに、−−−夢霧さんから借りた、携帯を手渡す。


「………」


『なにかあったら、連絡する』


夢霧さんの言葉が蘇る。


それが、今か。


「わざわざ迎えに着ていただいたわ。…少々門番が手強かったけど、無事到着といったところかしら」


「門番って…?」


「まぁ、スキルと、身長差の勝利といったところね。あの歳にしては中々だけど、私の方が上だわ」


聞いてねぇよ。


ていうか、門番って?


…夢理?


「ちょっと待った!お前夢理になにをした!?」


「心配ないわ、みね打ちよ」


みね打ち?


「裏拳ともいうけど」


「拳より酷いだろ!?」


なんだ?なんなんだ?


コイツは一体なにしに来たんだ?


緊張感とか、そういったものが思い切り吹っ飛んだぞ?


なんなんだ、コイツの存在感は?


なにかのイヤがらせとしか思えない。


「創崎」


創崎に文句を言おうと、詰め寄ろうしたとき。


「くっくっく」


渇いた、笑い声がした。


「くっくっく」


「………」


創崎は、いつも通りの無表情だ。


「爺さん……」


「かっかっか!面白いお嬢さんじゃないか。樹、このお嬢さんはお前のなんなんだ?」


「婚約者です」


創崎が、ボクが答えるよりも早く、答える。


「創崎!?」


「あら?なにかおかしいところがある?」


「落ち着いて下さいよ、創崎さん、いつ、ボク達が婚約しましたか?」


思わず、敬語になる。


「とぼけるのね?はっきり言ったじゃない『ボクのすべてをくれてやる』って。これは、プロポーズじゃないかしら」


いいましたね、確かに。


だけど、それはその場の勢いと言いますか、ノリと言いますか。


ああ、なんか心の中までへりくだっているぞ、ボク!


「往生際の悪い奴だな。いい加減認めたらどうだ」


「うるさい!黙ってろジジイ!」


往生際の老人を怒鳴り付ける。


なんか、キャラ変わってないか、ボク?


創崎のせいだ。


創崎が−−−。


「それなら、仕方ないわね」


創崎は、肩をすくめ、ため息をつく。


「なにが?」


「もう一度、プロポーズをさせてあげるわ」


「………は?」


「もう一度プロポーズしろ、と言ったのよ」


「命令系になっているんですけど!?」


夢路に助けを求めようと、顔を向ける。


「グッドラック」


そりゃないよ。


「さぁ、早くしなさい。−−−別に、嘘でもいいんだから」


「え?」


「嘘でもかまわないわ。−−−どうせ、貴方の嘘はすぐわかるんだから」


なんて、言い草だ。


別に、ボクは創崎のことがキライというわけじゃないが、恋人とか、ましてや婚約なんてとても考えられない。


「ううううう」


な、なんでこんな展開に?


でも、創崎の目は恐いし、夢路の目は楽しそうだ。


ボクだけが、狼狽してる。


「なにをしてるか、この意気地なしが。据え膳食わぬは男の恥、さっさと覚悟を決めぬか!」


「ああ、もう、わかったよ!ボクは創崎誓衣を愛しています!これでいいだろう!?」


夢路に激を飛ばされ、勢いで言い放つ。


が、恥ずかしさで顔から火が出そうだ。


なんで、なんでボクがこんな辱めを!?


つい、創崎を睨んでしまう。




創崎は−−−。


「………」


創崎は、いつも通りの深い瞳の剣呑な目付き。


だけど、その目にはどこか−−−ホッとしたような。


安心したような。


そんな、目だった。


「創崎……?」


ボクはそんな創崎に不安を抱いて、呼びかける。


「だ、そうですよ、お祖父様」


「ああ。そのようだな」


そんなボクを無視して、二人は納得しあう。


「なにを−−−」


「それでは、次は私の番ですね」


創崎は、一歩、夢路に近づき、向かい合う。


「創、崎?」


創崎は、夢路の目をじっと見つめて。


「…誓います」


言葉を、紡いだ。




「病めるときも健やかなるときも晴れた日も雨の降る日も常に変わらぬ愛を捧げることを−−−ここに誓います」


「………」


…ボクは、なにも言えない。



「彼が一人だと思うときは常に傍らに居て、彼が二人だと思うときは常に傍らにいることを−−−ここに誓います」


それは、なんの誓いなのか。


それは、誰の為の誓いなのか。


「彼を−−−一人ぼっちにはしないと、創崎誓衣の名にかけて、誓います」


一瞬の逡巡もなく、創崎は言った。


創崎の顔はいつもと変わらないように見える。


いつもと、変わらない顔だ。


だけど、どうしてか、その顔は。


普段より、遥かに。


美しいと、感じた。



「お祖父様は、証人、ということでよろしいですか?」


「ああ。確かに聞いた。承認しよう。−−−樹、お前には勿体ないくらいの、いい嫁さんを見つけたようだな」


「………」


反論する気も起きない。


なに、二人で決めちゃっているんだか。


「ああ−−−良かった」


夢路は、視線を宙に泳がし、そう呟く。


それは、どこか、安堵の響きがあった。


怖いものなどなにもない。そんな強さがあった。


満ち足りた、そんな満足感があった。


夢路は−−−視線を、ボクに移す。


「こんないい女を捕まえてくるとは、流石−−−俺の息子だ」


うっすらと、夢路は笑みを作る。


それは、自分の人生に、なんの後悔もない。


そう、感じさせる、笑みだった。


ボクの見たかった、笑みだった。


「…ボクにとっても、夢路は自慢の爺さんさ。…たまに突拍子もないことをするけどさ」


「………」


血は繋がっていない。


もしかしたら、遠い血縁かも知れない。


だけど、家族では有り得ない。それでも−−−。


息子と呼んでくれた、貴方に。


「覚えている?昔、狩りに行く!って言って二人で山に入ってさ。結局、なんの獲物も捕れなくて、怒ってボクに猟銃ぶっぱなしたの」


「………」


「猟銃にスパス使うなんて、はっきりいって頭おかしいって思ったよ」


ボクは笑う。


夢路はボクを見つめ、うっすらと笑みを浮かべている。



「急にそば職人に開眼したこともあったよな。サムエなんか来ちゃってさ。今だから言うけど、あのそば、めちゃくちゃまずかったぞ」


「………」


夢路はボクを見つめ、うっすらと笑みを浮かべている。


「爺さんのそば熱が冷めるまで三食そばのみ!立川さんがいなかったらそばアレルギーになってたな」


思い出は数え切れないし。


記憶には取り留めがない。


夢路と過ごした時間が十年にも満たないなんて、とても信じられない。


まるで、生まれたときから一緒にいたような錯覚。


いや、錯覚なんかじゃない。


ボクは、夢路と出会って、初めて、生まれたんだ。


「こんなこともあった。学校のクラス対抗のサッカー試合。自信がないって言ったら特訓してやる!言ってさ。サッカーボールのキャッチボールしたよな」


「………」


夢路はボクを見つめ、うっすらと笑みを浮かべている。


「爺さんさ、ホントはサッカーのルール知らないんだろ?」


いくらでも、覚えている。


あの日の天気。


あの日の気温。


あの日の夢路にあの日のボクを。


ボクは、すべて覚えている。


夢路も、きっと覚えている。


思い出を、持っている。


なら、死んでいるのと同じだなんてことには、ならない。


「ボクが風邪をを引いて寝込んだときがあったよな。あのとき、爺さんが見舞いで持ってきたの、エロ本だったよな。一体、なに考えてんだよ」


「………」


夢路はボクを見つめ、うっすらと笑みを浮かべている。


創崎が、夢路の腕を取る。


「あれは即行で夢理に取り上げられたよ。品性下劣だと。嫌われたもんだよな」


ボクは、とめどなく喋り続ける。


だって、思い出が多すぎる。


覚えているから。


ボクが、覚えているから。


創崎は、夢路の腕から手を離す。


「二人で星空を眺めたことがあったよな。たしかあのとき爺さんがいろいろな星について講釈したよな。北極星がどうのこうのってさ」


「………」


夢路はボクを見つめ、うっすらと笑みを浮かべている。


その目に、創崎はそっと触れ。


瞼を、閉ざさした。


「アレってほとんどデタラメなんだろう?南極星もあるって言って、バカにされたぞ」


創崎が、ボクの手を握る。


ボクは、自然と握り返す。


「こんな、ことも、あった、よな−−−」


ボクは語り続ける。


返答がないから、まるで独り言のように語り続ける。


でも、きっと聞いているはずだ。


ボクは、思い出話しを止めない。


正確には止まらない。


夜が明けて、日が昇っても、ボクは思い出語しを続ける。


夜が明けて、日が昇っても、創崎はボクの傍に居続けた。




「それから、さ−−−」



ずっと、部屋にはボクの声だけが響いていた。




+--+--+--+--+--+--+--+




蛇足−−−というより後日談。



摸本夢路の葬式には、ボクは参加しなかった。


夢霧さんは誘ってくれたが、夢路という後ろ楯の無くなったボクが行くのはやはりまだ無理があったらしく、夢路には悪いが、参列は出来なかった。


もともと−−−葬式になんて出る気はなかったけど。




そうして、ボクはいつかの場所で長い煙突を眺めている。


近くには河原。


そこで、なにをするわけでもなく眺めている。


「見つけたわ。やっぱり、ここにいたのね」


不意に声がかかる。


「創崎……」


気がつけば、学生服姿の創崎がボクのすぐ近くにまでいた。


ホントに、気配を感じさせないんだな…。


「なにしにきたんだよ?」


「貴方が落ち込んでいるんじゃないかと思って」

創崎はボクの隣りに腰を降ろした。


「別に、落ち込んでたりなんかしないさ」


「そう?暗そうな顔してたわよ」


ボクの顔を覗き込むように、創崎が聞いてくる。


「爺さんのことを、考えてたんだ」


「………」


摸本夢路。


その人が教えてくれたことを。


「ボクは、爺さんから三つのことを教わったんだ。摸本のこと呪いのこと……」


「−−−あと一つは?」


ボクは、視線を創崎とは逆隣りに移す。


そこは−−−。


「家族のこと」


−−−夢路のいた場所だ。


「………」


「決して、口にだして爺さんが言ったわけじゃないけど、確かに、教わった。それだけは、それだけは今だボクの中で生きているから−−−」


「………」


「ボクは、大丈夫だ」


創崎に視線を帰す。


創崎は−−−。


キレイに笑っていた。


「そう。ならいいわ。安心した」


そして創崎は立ち上がる。


「摸本くん?」


「なに?」


「私はまだ、正式なプロポーズを聞いていないわ」


「………」


そうか、そういう問題もありましたね。


「創崎それは−−−」


「冗談よ」


創崎は、イヤらしく笑ってみせる。


実に、創崎らしい笑顔だった。


「私に嘘は通じないわよ。だから、貴方の気持ちもわかっている。−−−ふふ、今は手玉にとらせてもらうわ」


「………」


「それじゃあね、摸本くん」


そういって、創崎はボクから離れていく。


いや、きっと離れたりはしないのだろう。


あの誓いが、ある限り。

「やれやれだよ」


ボクは、苦笑する。


ホントに、やれやれだ。


一難終わってまた一難。


それでも、どこか楽しい気分。


一人じゃないってこういう気分。


斎場を、一度振り返る。


「じゃあな、爺さん」


短く、別れの言葉を告げる。


ボクは立ち上がり、創崎の後を追い掛けていく。


後にはもう振り返らない。


創崎と共に、ボクは斎場をあとにした。






bakumoto ituki TO BE NEXT…




□■□■□■□■□■□




斎場から少し離れた場所で、ある人影が葬式を眺めていた。


「これで、邪魔者は消えた」


その人影は、辺りには誰もいないのに、そう語る。


「そろそろ、動くとするか」


二枚の写真を取り出す。


創崎誓衣。


摸本樹。


「まずは、どちらから当たるか…」


人影が、動く。


もうこの場所には興味がないと、言わんばかりに。


人影が消える。


本当に消えたわけではない。


ただ、どこかへ歩いていっただけだ。


これは、現実なんだから。


現実で起きることは承諾された。


故に、現実で起きることは現実で起きるのだ。

本編、二作目です。携帯で書いているから出ない字や、誤字を編集するのも一苦労です。とくに今回は編集ができない、という憂きめにあいました。そのうち直します。それでは、お付き合いありがとうございました。

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