帰ってきた七夕の物語(6)
しまった。
すぐに織姫は後悔した。
何の疑いもなく、差し出された彦星の左手に対して、両手を使って関節技に行こうとしたことを。
罠だ。
すべてが彦星の仕掛けた罠なのだ。
あの正座に似た姿勢。
力なく前に突き出した左腕。
どれも、一見、無防備に見える。
しかし、そうではないのだ、
この二つを使うことで、彦星は織姫の打撃技を巧妙に封じてみせたのだ。
誰にでもできることではない。
組技に秀でた彦星だからこその作戦である。
蹴りにきた足を座ったままで防御し、そのままキャッチし、関節技につなげて反撃できる自信がなければ、戦いの最中に、正座などできない。
そのリスクをおかして、彦星は織姫にプレッシャーを与えるコトに成功した。
次に、無造作に差し出された左腕、
それに加えて、
「好きなようにどうぞ」のセリフ。
これが最大のトリックである。
好きなように仕掛けて良いはずなのに、この瞬間、
織姫の頭の中から、自分が得意であるはずの打撃技は、すっかり消え失せてしまっていた。
「差し出された左腕への攻撃」
しか、思いつかなくなっていたのである。
「好きなように」といいながら、彦星は、まんまと相手の攻撃方法を限定的にしてしまったのだ。
関節技では、彦星の方に分がある。
左腕をつかんだ瞬間、織姫は、するするっと彦星の方に吸い込まれていく気がした。
織姫に左腕をつかまれたまま、彦星が仰向けに倒れていく、
それに引かれて、織姫の身体がつんのめっていく。
猛烈な印象ではなかった。
重力が消えたような、不思議な感覚。
その動きの中で、彦星の両足が巧みに動き、右足が織姫の首を絡めとり。左足が織姫の伸びた右腕の脇の下から伸びあがり、右足と蛇のように絡まり合ってロックした。
『三角締め』
攻めに行ったはずの織姫が、いつの間にか、下になった彦星に腕と首をロックされてしまっていた。
静かに、獣の牙のような犬歯をむき出して笑っている彦星を見つめながら、
頸動脈を締め上げられた織姫の意識は、数瞬後にブラックアウトした。
彦星の勝ちであった。
(続く)