帰ってきた七夕の物語(4)
最初に動いたのは彦星だった。
しかし、その動きは、織姫の意表を衝く動きだった。
彼は、その場にすぅっ、と座りこんだのである。
正座であった。
両膝を畳につけて、その上に、そっと両手を乗せている。
ただし、両足の指は、しっかりと畳を噛んでいるので、べったり座りこんだわけではない。
座ったが、すぐにも立ちあがることができる。
そんな姿勢であった。
背筋を伸ばして、彦星は織姫を見上げた。
「これが、我の研究よ」
「む・・・」
織姫があきらかに戸惑っている。
普通に考えれば、座り込んで自由の効かない相手に、自由に攻撃を仕掛けることのできるのであるから、立った状態の自分の方が、有利である。
有利のはずだ。
ほら、さほど足を上げなくても、蹴りごろの高さに、彦星の頭部があるではないか。
ほらほら、まるで蹴ってくださいと言ってるようではないか。
「・・・・・・」
あまりにも蹴りやすい。
それが却って、蹴りずらい。
奇妙なジレンマで、見事に織姫の動きが鈍っていた。
『蹴った瞬間に、その足をどうにかされてしまうのではないか?』
という、無気味な恐怖。
では、殴ろうか?
しかし、殴るには、彦星の頭部が低すぎるのである。
通常の打撃系格闘技では、相手が『立っていること』を前提にして技が成り立っている。
『最初から座っている相手』に仕掛ける技は、まず練習しない。
練習していない技は技ではない。
威力が伴わないのだ。
織姫は、内心、舌を巻いた。
隙だらけに見える彦星のこの姿勢。
なかなか、やっかいな構えであった。
「ふふ、どうやら効いているようだな」
満足げに彦星はつぶやき、
「では、次の研究を見せてやろう」
そう言われて、織姫の眼が見開かれた。
(続く)