帰ってきた七夕の物語(3)
膳は、ほとんど手をつけられぬ状態のまま、部屋の隅へ片付けられた。
広い座敷の中で、彦星、織姫。
二人が向かい合う。
「はじめようぞ」
獰猛な笑みを浮かべつつ、彦星がつぶやく。
「わかりました」
目を細めながら織姫がささやく。
二人が宣言した瞬間、明らかに室内の空気が変わった。
その場に第三者がいれば、室温が下がったのをはっきり肌で感じたことだろう。
二人の恋人が放つ気配・・・
殺気?
鬼気?
そのような重圧が、みるみるうちに、座敷の空気を歪めていく。
二人はこれからどのような動きをするのか?
その場の緊張感を例えるなら、
ぱんぱんに膨れた風船が、いまにも破裂しそうな状態、そんなイメージ。
二人は今まさに、獲物めがけて襲いかかろうとする肉食獣のようなものであった。
どちらかが隙を作れば、たちまち他方が襲いかかっていくだろう。
いつのまにか、とてつもない緊張感を伴った死闘が始まってしまったのだ。
年に1回の決闘。
それが今日、7月7日の儀式である。
二人は今宵の逢瀬のために、1年間、技を磨きあげてくるのであった・・・
見よ、
彦星の耳を、
つぶれてねじけて、まるでできの悪いギョウザのようになってしまっているではないか。
あれは、レスリングや柔道といった相手に組みつき、寝技を主体とする格闘技の者に見られる特徴だ。
寝転がり、床にこすれて、あのような形になってしまうのだ。
更に見よ、寝転がってブリッジの体勢になるため、首が異常に太くなっている。
ブリッジの状態で、大人二人分もの重さを耐えるために、首の筋力は重要だ。
耳と首を一目見ただけで、彼がどれだけ練習してきたのかが、織姫にはすぐにわかった。
自分のために彦星が使った1年間を想うと、たまらなく愛おしい気持ちになった。
見よ、
織姫の拳を、
両手の拳頭の関節に、すごみのあるタコが盛り上がっているではないか。
拳というのものは、実はすごく壊れやすい。
複雑な構造をした関節がいくつも組み合わさっているためだ。
握り方が甘い状態で固いものを殴ると、プロの格闘家であっても、たやすく骨折をする。
拳を凶器とするならば、常に鍛え、固いものを打ち硬さを持続させねばならない・・・
それは1日2日でできることではない。
たゆまぬ鍛錬=苦痛との戦いを続けねばならないのだ。
拳ダコの異様な盛り上がり方を目にした時、彼女がどれだけ練習してきたのかが、彦星にはすぐにわかった。
自分のために織姫が使った1年間を想うと、たまらなく愛おしい気持ちになった。
互いが、相手のために要した時間。
1年間。
その間、片時も相手を想う気持ちを忘れたことはない。
これが、この二人の、
恋心だ。
最初に動いたのは、彦星だった。
(続く)