帰ってきた七夕の物語(1)
七夕。
大河に阻まれ、年に一度しか逢瀬を許されない二人の、ほんのひとときの甘い時間。
織姫。
彦星。
二人は、一年ぶりの想い人との再会を、静かに見つめ合うことで確かめ合った。
長い長い、無言の見つめ合い。
それは、会いたくとも会えない狂おしいほどの想いに身を焦がした、一年分の愛しき気持ちが、濃密に、身の内からこぼれだしてくるような沈黙であった。
なんと雄弁な沈黙。
視線を絡ませるだけで、二人の間には、すでに会話が交わされているのだ。
逢いたくて、
逢いたくて、
逢いたくて・・・
ようやく今宵、こうして逢えた・・・
手をのばせば、ほらすぐそこに、あなたが。
いる。
一歩足を踏み出せば、
すぅっと、抱擁できる場所に。
いる。
いる、
いる、
いるのだ・・・
見つめ合い、まばたきすらしない二人。
小舟で、大河を渡り、岸辺に降り立った彦星。
それを迎えた織姫。
すい、
と、やさしいそよ風が、二人の間をすべりぬけていった。
「織姫ェ・・・」
先に声を出したのは、彦星であった。
「彦星・・・」
織姫もまた、ため息のような声で、想い人の名を呼んだ。
そして再び、沈黙。
やさしい風だけが二人の頬をなぶっていく。
どう、声をかけたらよいのか?
どんな言葉がふさわしい?
この1年の月日の中で、胸に秘めた想いのすべてを伝えるには・・・?
わからない、
毎年、悩んできたことである。
今年もまた、悩むこととなった。
わからない。
が、心底相手を想い続けてきた、
それは、わかる。
相手が我を想っていることが伝わってくる。
おそらく、我が相手を想っていることも、同じく伝わっている。
想いは、ひとつだ。
「すぐ・・・、『始め』ようか?」
彦星が尋ねると、織姫は、ふふ、と笑みを浮かべて答えた。
「いえ・・・今宵はまず座敷の方へ」
その言葉を聞き、彦星は、意外そうに片眉をあげた。
が、すぐに唇の端を吊り上げ、
「そうだな・・・夜は長い・・・」
織姫の案内で、二人は静かに屋敷へ上がっていった。
(続く)