プロポーズ
歌い終わり、ゆっくりと瞳を開けると突然歓声が鳴り響いた。
「 わぁ!!!姫様ーー!!」
「 月の姫様こっち向いてぇ!!」
「 月の姫…いや、月の女神様…どうかご慈悲を…」
嬉しそうにアンコールをかけている者、絵画家なのか絵を書いている者、椅子に腰かけたまま胸の前で両手を組み泣きながら祈りを捧げているものがいた。
マリアベルは涙を流しながらそんな町の民を見つめていた。
――――私は…皆のために…月に登ろう…そうすることで皆が…愛する人たちが幸せになるのなら…――――――
マリアベルはそう決心したのだった…。
「 皆。ありがとう。皆、この国を守ってね?お父様に優しくしてあげてね 」
「 何をおっしゃいます!姫様!私たちにとって陛下やお后様、姫様方はこの国の宝ですよ!」
マリアベルの言葉に一人の青年が答えた。すると、青年に続いてまた一人、また一人と言葉を言うものは増えて言った。
マリアベルは民のその言葉を聞くとまた泣き出してしまいそうになってしまった。
「 マリア 」
そんな時、突然名を呼ばれそちらに視線を送るとそこにはマリアベルに向かって手を差し伸べているロードの姿があった。
マリアベルはゆっくりとその手に自分のそれを重ね、その場を走って後にしたのだった。
しばらくは元気な子ども達が二人についてきて一緒に走っていたが。疲れてしまったのか、途中から姿が見えなくなってしまっていた。
「 はぁはぁはぁはぁ……… 」
「 はぁはぁはぁはぁ……っ…あはははは!!」
「 ふ…ふふふ…」
二人は高台のある場所でやっと走るのを止め顔を見合わせると、突然笑い出したのだった。
そしてロードは高台にある手すりの傍に行き、今にも沈もうとしている夕日を見つめていた。マリアベルもロードと並ぶように横に立ち手すりに手をあて夕日を見つめた。
高台にはとても涼しい風が吹いていた。
夕日を見つめていたロードの視界に青銀色の糸のような物が入り、その糸の流れているほうに視線を向けると、そこには風に髪をなびかせ、それを手で制している月の姫が自分の隣に立っていた。だが、ロードが見て驚いたのはその姿ではなく一瞬、本当にほんの一瞬だったがマリアベルの背から白く大きく美しい翼が生えていたように見えてしまったのだ。そう、それはまるで天界に住まうと言われている天使のような…。
ロードはその翼を目にするとサッとマリアベルの手首を掴んだ。すると、それに驚いたマリアベルが驚いた表情を作りロードの方に視線を送る。
「 ロード様?どうなさいました?」
そう聞かれ、ロードが我にかえるとマリアベルの背にあったはずの翼は元々なかったかのように消えてなくなっていた。
「 え…いぇ… 」
そう言うとロードはマリアベルの手首からそっと自分のそれを放した。
――――――なんだ今のは…?一瞬姫が飛んで天に消えて行ってしまうかと思った…――――――
「 マリア 」
そこでロードは何かを決意したかのようにマリアベルの方に強い視線を送る。
「 はい…? 」
マリアベルもロードの強い眼差しを見ると、何か大事な話をするのだと察し真剣な表情をロードに向けた。
「 あなたに…お話したいことがございます 」
「 お話? 」
「 はい。私は昔、父上に連れられて町に降りた事がございます。町の偵察もかねたものだったので私も父上も平民と同じ服装をしておりました。私はそのとき11歳で生まれて初めての町でした。周りにある物全てが初めて見るものばかりで、そのおかげで私は迷子になってしまいました 」
話し出したロードをマリアベルは優しい、けれど瞳はとても真剣な物で聞いていてくれた。
「 困った私は、町の中で父上を探しても更に迷子になってしまうだけだと思い町の外にある泉に行きました。そこに行けばいつか町を探しても私がいないことに気がついた父上が来てくれると思ったからでした。生まれて初めての世界を目にして私は寂しく泣きそうになってしまいました。いえ、涙は…少しは流れていましたね…。私はそんな顔を民や父上には見せられないと考え、傍にあった泉で顔を洗おうと近づきました。ところが、泉に近づくととても美しい歌声が聞こえてきたのです 」
「 歌声? 」
マリアベルはそこでやっと返事を返した。
「 えぇ。幼いながらも一生懸命さが伝わるとても元気づけられる歌声でした。大きくなってから気付きましたが、あの時のあの歌の名前は『女神の悲愛』でした。私はその歌声を聞いた途端悲しみを忘れ深い眠りについてしまいました。目が覚めると城の寝室にいたので父上にあの時歌を歌っていた少女の話を聞きましたが、父上が来たときは私意外誰もいなかったそうです。父上は夢を見たのではと言いました。その理由は、その少女の姿がとても人間とは思えないほど美しいものだったからです。瞳の色はわかりませんでしたが、青銀色の髪をした年は10歳9歳ほどの少女… 」
ロードのその話を聞いていると、マリアベルは驚いたように目を見開き両手の指先で口を塞ぐようにして話を聞き入っていた。そして、ロードはさきほどの強い眼差しを止め目の前にいる愛しい物を優しい眼差しで見つめていた。
「 それから私は毎日のように町中を探し回りました。あのように歌声の美しい少女なら我が国の子どもに違いないと考えたからです。ですが、どこを探しても少女は見つかりませんでした…。そして、あれから5年が過ぎ私の誕生式典にミルヴィン王がいらせられました。私はミルヴィン王にお話したのです5年前の事を、するとミルヴィン王はマリアベル姫の事を話されました。私は貴方に希望を持って会いに行こうと決めました… 」
マリアベルはそこでやっとわかった。王が何故カナリアでなく末姫である自分を王子の案内役に指名したのかを。
「 そのとき王はある約束をしてくださいました 」
「 約束?」
マリアベルの問いにロードは頷いて答えた。
「 『もし、あなた様が探している忘れられない少女がマリアベルでしたら。サンメリア国の妃にしたいという殿下の考え尊重いたしましょう。ですが、マリアベルは私の大切な末姫。あの子が不幸になるところを私は見たくはないのです。なので、もしあの子があなた様を愛したというのなら…結婚をお許しいたしましょう。』と」
「 父様…」
「 そして… 」
そこで話を区切ったロードにマリアベルは視線を送ると、突然ロードは床に片膝を付き胸に片手を当てマリアベルのほうに視線を送る態勢になり言った。
「 ついに…ついに見つけたのです。あの時、歌っているあなたから勇気と、安心感をいただいた時から…あなたのことを愛しておりました。この5年間ずっと、あなたを探し続けておりました。私と…結婚してくださいませんか…? 」
「 …っつ!? 」
マリアベルは顔を両手のひらで覆い泣いている顔を隠した。
―――――『はい。私もあなたを愛しております。』そう言いたい…言いたいけれどできない…!だって私は…―――――――
「 あ…」
マリアベルが返事を言おうとすると、ロードの手が唇に触れ言葉を留めた。
「 お返事は今ではなくても構いません…。私の気持ちを知って頂けたら幸いです。いつまででも待ちましょう 」
そう言うとロードはマリアベルに手を差し出した。マリアベルは涙を流したままロードの手にそれを重ね握った。
そして二人は手をつないだまま城に向かって歩きだしたのだった…。
「 マ~リーアーーーー!!!!! 」
バターン!!!!
マリアベルとロードが城に帰ると、まずマリアベルを見て驚いたのはマリアベル付きの次女達だった。何故驚いたのかというと、マリアベルは涙は止まっていたが、どう見ても泣いた後の瞳をしていたからだ。そんなマリアベルを心配した次女の一人がカナリアの元まで赴き、その旨を伝えたのだ。それを聞いたカナリアは突然次女を置いて走り出しまずルルベルの自室へ行き何も言わず腕を掴みマリアベルの自室へと走り出したのだ。
そして今に至る。
突然の姉達の訪問に驚いたマリアベルは椅子に腰かけたまま驚いた表情で姉達の方に視線を向けていた。そんなマリアベルの瞳を見るとカナリアは傍まで行き叫ぶようにして言った。
「 い…いやぁぁぁぁ!!!私の…私の可愛いマリアの瞳が!!! 」
そこからは何故かワナワナとしながら続きを話さないカナリアの変わりにルルベルがマリアベルの両頬にそっと手を添え言った。
「 曇ってる… 」
ルルベルの言葉を聞くなりマリアベルは次女から渡された氷と水の入った袋を両目に急いで当てた。
そんなマリアベルの動作だけでカナリアは気を失うように後ろに倒れふしてしまった。
「 あぁ!!カナリア姫様!? 」
そこにやっとのことでカナリアに追いついた、カナリア付きの次女が倒れるカナリアを腕の中に収めた。ルルベルはそんなカナリアの心配などせず、真剣な眼差しでマリアベルにまた話かけた。
「 何があった? 」
あまり話すのが好きではないルルベルがこんなに話しているのにも驚きだが、その真剣な眼差しにマリアベルはグっと俯いてしまった。
何も話そうとしないマリアベルにルルベルは瞳を細め少し怒っているような声音でもう一度言葉を口から吐き出した。
「 ロード殿下か…? 」
そう言われた途端、マリアベルの頬は真っ赤ないちごのような色になってしまった。それと同時に止まっていたはずの涙も流れてきてしまった。そんなマリアベルを見つめていたルルベルは踵を返し後ろに既に控えていたルルベル付きの次女に命令した。
「 私の剣を持て 」
ルルベルは普段話すのをあまり好まない見た目はとても優しそうな姫だが、それは表の姿だった。本当のルルベルはサルーナ国で一番の「緑の騎士姫」という名で呼ばれるほどの剣技の才を持つ人だ。おそらく、どこの国に言ってもルルベルに叶う相手はいないだろう。
ルルベルの言葉を聞くと、マリアベルは大急ぎで椅子から腰を上げルルベルの袖を掴んだ。
「 お、おやめください!ルルベルお姉様! 」
そうルルベルを止めるが、ルルベル本人は今にも誰かを殺してしまいそうな気を放っていた。
「 そうよ。おやめなさいルル 」
そこでやっと目を覚ましたカナリアがルルベルに声をかけた。
自分より上の者でもある姉、カナリアにそう言われてしまうとルルベルは従うしかなくなってしまう。「ふぅ…」とため息を吐くとマリアベルの部屋にあるソファにゆっくりと腰かけた。
それに続くようにカナリアもソファに腰をかけさきほどまで座っていたマリアベルと向かい合わせの格好になる。
「 …それで。泣いている理由を私たちに話せる? 」
カナリアが腰かけた後。マリアベルも元座っていた椅子に腰を下ろした。それを見計らっていたかのようにカナリアが話し出した。
カナリアからの言葉を聞くなり、マリアベルは二人の背後で付き従い立っている次女に視線を向けると、それに気付いたカナリアが次女達に声をかけた。
「 私たちはしばらくこの部屋にいるから。あなたたちは外に出ていてちょうだい 」
カナリアがそう告げると次女は達はお互い顔を見合わせ不安そうに一礼をし、部屋を出ていった。次女たちも皆。マリアベルの事を心配していたようだ。
次女達が出ていくところを目で見送ったカナリアは、戸が締まるとマリアベルの方に向き直った。
マリアベルは一つ深呼吸をすると、夢で見た物聞いた話、ロードから言われた言葉を全て姉達に話した。