次の月の女神
女神の姿を見たことはないが。きっとこんな姿なのだろうと想像できるほどにマリアベルは美しかった。
そう、そしてあの日の彼女もとても綺麗だった。
ロードは5年前のある出来事の事を思い出していた。
あの日、ロードは父親に連れられてサンメリア国とサルーナ国のちょうど境目にある小さな町に用事があり行っていた。その日、その町では何かあるのかたくさんの人で賑わっていた。そのおかげでロードは父親とはぐれてしまい、仕方なく町の外にある泉の元までやってきていた。町の中を探しても自分が見つからなかったら父は必ず外を探すと思ったからだった。
寂しさで泣きそうになっていたロードは頑張って涙を流さないようにしたた。
「もう11歳になったのだから泣かないぞ…立派な王子となりサンメリア国を裕福な国にするんだ!」
11歳のロードは既に大人顔負けのような考えをもっていた。
ロードは泉の水で顔を洗い、泣き顔を消そうと考え泉に近づくと歌が聞こえてきた。声はとても幼いがとてもハリのある美しい声だった。
――――誰か歌ってる?美しい声だな…我が国の者か?いや、こんな歌声の者がいるのなら今頃歌劇場で歌っているはずだ。美しい…もっと聞いていたい…――――――
幼心でそう考えたロードは泉に近づくと、声のするほうに視線を向けた。
泉の畔、ロードのいるところとは真逆のその場所に歌声の主は立っていた。
見た目でいうと10歳か9歳だろうと思われるその少女は瞳を閉じ両手を胸にあて少し顎をひき上を向くようにして歌っていた。
歌声も美しいが彼女のその存在自体が美しかった。少女の髪は青銀色をしていた。瞳の色も見たかったが見ることはできなかった。歌っていたからだ。
しばらく美しい歌に聞き入っていたロードは静かに眠りについてしまっていたらしい。気付いた時には城の自室の寝室にいた。
父のところに行ってみると『泉でお前が眠っていたので連れてきたが、お前以外に誰もいなかった』と言われてしまい。あの少女の事はわからずじまいだった。
それからというもの、幼いロードは毎日のように町に出ては少女を探した。ここは音楽が盛んな国サンメリア国だ、彼女のような美しい歌声の持ち主なら絶対この国にいるはずだと思ったからだ。
だが、3年4年かけてもそれらしき少女はいなかった。ある日、成人を迎えた日彼の城では誕生の宴と言うことでパーティーが催された。
そこでミルヴィン王と初めて会話をしたのだ。ロードはミルヴィンにその少女の話をした。すると『青銀色の髪…ですか…我妻が青銀色の髪と瞳をしておりますが?歌もそれなりだと思われます』そう言うと、『妻』と呼んだ女性を自分の傍へと呼び寄せた。その女性は確かに青銀色の髪と瞳をしていたが、違った。いや、彼の中の何かが違うと訴えていたのだった。ミルヴィンが女性にロードが探している少女の話をすると話しかけてきた。
「陛下。マリアベルのことをお忘れになられないでくださいませ 」
女性のその言葉を聞くとミルヴィンは『おぉ!そうだったどうだった 』と笑い出した。そして言った。
「殿下、私の家族にはもう一人青銀色の髪と瞳、そしてその歌声は月の女神のようだと言われている娘がおります。年もちょうど15歳になったばかり、殿下の探している少女と一致するのではないでしょうか 」
ロードはミルヴィンのいう『月の姫』に希望を託したのだった。
いつしか、マリアベルがロードの存在に気付き声をかけてきた。
「ロード様。おかえりなさい 」
ロードは我にかえるとマリアベルの元へ歩み寄った。
「お飲み物をどうぞ 」
「わざわざお客様であるロード様に持ってきていただいてすみません…」
グラスを受け取ると、マリアベルは沈んだ表情でロードにそう告げた。
「構いません。私が好きで持ってきたのですから、あまりお気になさらず 」
ロードがそう微笑みならが告げると、そんなロードの表情を見たマリアベルがちょっと安心したかのように微笑み返したのだった。
その後、マリアベルとロードは楽しい一日を過ごしたのだった。
パーティーがあった日の夜、寝着に着替え終わり、鏡の前にある椅子に腰かけマリアベルの長い綺麗な髪を次女が櫛で吸いていると、少し微笑みながらマリアベルに話かけてきた。
「姫様。どうなさいました?なんだかとても…楽しそうですわ 」
次女にそう聞かれ、マリアベルは一生懸命首を横に振って否定した。
「な、なんでもないわ!」
そんなマリアベルの態度に次女は『ははぁ~~ん』と言いながら横目で鏡に写ったマリアベルを見つめた。
「な、なぁに?」
マリアベルが聞くと次女は口元に片手を当てて言った。
「姫様。もしや…恋…ですか?ロード様に恋なさったのでは?」
「な!なにを言うの!?ロード様とは今日あったばかりの人なのよ!?恋のはずないじゃない!…」
そう言うと、マリアベルは頬を真っ赤に染めたままそっぽを向いてしまう。
「恋に時間は関係ありませんわ。姫様。心の中に居座ってしまい…忘れることができなくて…その人の笑顔を微笑んだ表情をもっと見ていたいと考えておいでなのでしたらそれは間違いなく恋ですわ 」
次女にそう言われると、マリアベルは突然立ち上がって寝室のベッドの方ヘ行ってしまう。
「も、もう寝るわね!おやすみなさい!」
マリアベルがそう言いながら寝室の扉を開け中に入っていくと、それを見送っていた次女は「おやすみなさいませ 」と言い返したのであった。
マリアベルはその日、不思議な夢を見た。
「ここはどこ…?」
マリアベルは不思議な場所に立っていた。
足元には何か白くてフワフワしたものがあり、とても歩きにくくなっていた。頭上には空のような美しい水色の景色があった。
「ここは…もしかして…雲の上…?」
マリアベルは歩きにくい足場をなんとかして歩いては前に進んで行った。
しばらく歩いて行くと、空が段々暗くなってきた。夜になったのだろう。夜ということは月が上がるはずだ。だが一向に月は上がってはこなかった。
不安になりながらに歩いていると、地上で悲鳴が聞こえてきた。マリアベルは不思議になり雲の切れ目から地上を覗いた。地上はちょうどマリアベルの国サルーナ国だった。
砂漠には砂しかないはずなのに何か黒い生き物がたくさんはびこっていた。よく見ると、町の中にも同じような黒い物がいた。どうやら悲鳴は、その黒いものに襲われている町の人達の声のようだった。
「な、何?あれは…」
「あれは無魔だ 」
突然背後から澄み切った美しい声が聞こえてきて、マリアベルは振り向いた。そこには、体から青銀色の光を放った髪と瞳の色がマリアベルと同じ女性が宙に浮いていた。女性は悲しそうな瞳でマリアベルを見つめていた。
「あなた…は?」
マリアベルがそう聞くと、女性は悲しそうな瞳のまま口角を上げ質問に答えてくれた。
「我に名は無い…。地上の者達は、私のことを「月の女神」と呼ぶ 」
そう答えられたマリアベルは驚きのあまり立ち上がってしまった。
「つ、月の女神様!?こ、こんにちわ!」
マリアベルがそう答えながら深く頭を下げると、顎に手を当てられ前を向かせられてしまった。
「そのように敬う必要は無いぞ。マリアベル姫。そなたは私の娘。次の月の女神なのだから 」
「…え?」
マリアベルが不思議な眼差しを月の女神に向けると、女神は雲の切れ目から地上を見て言った。
それにつられマリアベルも地上に視線を向けた。
「あの、黒い者達は『無魔』と言うもの 」
「無…魔…?」
マリアベルが地上に視線を向けたままでそう言うと、女神も同じく地上に視線を向けたまま頷き続きを語った。
「無魔とは、暗闇から生まれでる者。生まれてきたらあのように人間を襲い、己のかてとする者達。ですが、彼らに唯一対抗する手段がある 」
「それは…?」
マリアベルがそう聞きながら女神の方に視線を向けると、女神はまだ地上に視線を向けたまま続きを述べた。
「それは月の女神。無魔達は暗い闇から生まれる。唯一彼らに抵抗できるのは神に見初められた月の女神の加護だけ。無魔達は月の女神の光にあてられると灰となって消えてしまうのだ 」
女神のその言葉を聞き、マリアベルは一つ疑問を覚えて、つい女神に聞いてしまう。
「ですが、女神様はここにいらっしゃいます 」
そこでやっと、女神はマリアベルへと視線を写し、首を横に降った。
「我らが今見ているのは未来の世界。我がそなたに会うため、そなたに指名を教えるするために未来の夢をそなたに見せているのです 」
女神のその言葉を聞き、さきほど自分が女神からなんと呼ばれたのか思い出したマリアベルはそのことに付いても聞いてみた。
「指名…?あの、そういえばさっきもおっしゃっていましたが、次の月の女神とは…?」
マリアベルがそう聞くと、女神は立ち上がる。するとまた女神の体からまばゆい光が溢れ出し宙に浮いた。
「そなたは『女神の悲愛』の物語をご存知か? 」
問われ、マリアベルはただ頷くだけの行動をした。すると、女神は一つ頷いてから話を続けた。
「あの物語は本当にあった話です。そして、その物語に出てくる月の女神というのは私です…。我が月の女神となってからもう何百年も立ちました。我もそろそろ力尽きる頃…そうなる前に誰かに我の後を継がせなければなりません。物語には我は身篭っていたとありますね。その赤子はどうなったかご存知か?」
そう聞かれ、マリアベルは首を横に降った。
「あの人の…彼の目の前から消える寸前、我はお腹にいる赤子の卵子をそのまま他の村の心優しいと噂の夫婦の女性のお腹へとうつしました。赤子はそれから無事生まれました。それからもう何百年もたちましたが、月の女神となった我の血は薄くなることもなく、譲り受け続けています。そして、マリアベルそなたの母も我の生まれ変わりなのですよ 」
そう言われると、マリアベルは驚きで目を見開いた。
「で、では、母様も次の月の女神候補なのですか?」
と聞くと、女神は悲しそうな表情のまま首を横に降った。
「いいえ。彼女には我の後を継ぐほどの光は備わってはおりません。ですが、マリアベル。そなたにはその光があります。そなたは今までに産まれた我の子供たちの中で一番より濃く我の血を受け継いでいるもの。だから、そなたを次の月の女神と決めたのです。さきほどの未来は、あれは我が力尽き女神としての光を放てなくなってからの世界です。そなたが月の女神とならなければ、サルーナ国は…いえ、世界は闇に覆われ、どこからか無魔達が姿を表し夜の間だけ地獄を見せる事になるのです 」
「そ…そんな…」
「それに…」
驚いた表情を崩せないでいるマリアベルに女神は話を続けた。
「それに、彼女では我の後を継げない理由がもう一つあるのです 」
「そ、それは…?」
「彼女は本物の恋を知ってしまいました。恋をし、結ばれることで女神の血の中にある神の力が消え失せてしまうのです。マリアベル、お願いです。我の後を継ぎ、次の女神となってください。そうでなけれ世界が…」
女神がそう告げると同時に雲の切れ目が大きく広がりマリアベルの足元に穴を開けた。マリアベルはそのまま真っ逆さまに落ちて行ってしまった。
――――――私は死んでしまうの!?こ、怖い!!!―――――
そう心の中で叫びながら強く目を瞑った時、脳裏にさきほどの女神の声が響いた。
――――今すぐ答えてとは言いません。待ちましょう、あなたの16歳の誕生日の夜まで――――――