久しぶりに会った三歳年下の婚約者が「男を近寄らせすぎじゃないか?」と怒っています~結局、話し合いが大事ってこと~
久しぶりに会った三歳歳下の婚約者は、子猫のように毛を逆立てながら可愛らしく私を睨んでいる。今回の議題は、男女の適切な距離感、だそうだ。国は違えど王族である我々が会える時間は少ないので、議論は手早く進めなければならない。東屋で話し合ったあとは、我が国自慢の庭園を案内する予定なのだから。
「それでルーファス様の仰る適切な距離とは具体的にどういうものなのか教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「だから、男に近寄るなと言っている! たったそれだけのことだ!」
「男……?」
随分と力は落ちたものの、歴史の長いかの国の第二王子であるルーファスはそう言って顔を顰め、成長途中の十五歳にしては大きな手をテーブルの上でぐっと握った。
「貴女が職務上、男と話す機会が多いのは、まあ、仕方がない。だが! 男の事務官を雇い、男の家令に耳打ちし、男の御者を労い……。それまでならまだ部下や使用人だからと許せるものを! これ見よがしに男の騎士にエスコートさせるなんて、一体どういうつもりなんだ!」
「ああ、つまり、やきもちですね?」
「ちがっ、……。わない!」
「ふふ、ルーファス様のそういう素直なところは美徳ですわ」
この素直さが、本っ当に可愛い。そう心から思いながら、私は咄嗟に扇で顔半分を覆った。きっとあまり人に見せられない顔になっている。今や大陸一の大国の第一王女がしていい顔でないのは確かだ。
でも仕方がない面もある。だって、ルーファスは十年前に初めて会ってからずっと猫のように可愛らしいのだ。我が国では見たことがないが、長毛種の気位の高い猫の絵にそっくりなのである。実際の猫が彼のように素直であるのかは分からないが、そこはまあ、雰囲気の話だ。だから甘やかしてしまうのも、必然といえる。
「そうですね。部下や使用人が男性に偏りがちであるのは、わたくしも気になっていたところではあります。しかしこのご時世、まず結婚をしない女性というのは稀有ですわ。そして、結婚した女性はどうしても出産育児が第一の仕事ですから、それと併用してわたくしの側仕えというのはやはり難しいのです。能力も必要ですから特に。そのくらい能力の高い女性であれば、側仕えという枠におさまらないので……。身の回りの世話をしてくれる侍女はおりますが、彼女らは数が多い上に、彼女らでさえ結婚して職を辞すことも多々あります」
「……分かっている」
「ですよね。それで騎士というか、護衛ですが」
「そうだ! 昨今、騎士は女性も増えた。わざわざ男を雇う必要はないだろう!」
「そうでしょうか、本当に?」
「……どういう意味だ」
ルーファスはむつりと顔を顰めたままだけれど、こちらの話を聞く体勢に入った。本当に、よい子である。
「女性騎士は、わたくしの身辺にもおります。というか、昔からおります。彼女らは魔法に造詣を深めたり幼少期から身体を鍛えていたりと努力し、もしもの時に女性の高位貴族をすぐ傍で守れるように控えておりますわ」
「では、全員女性の騎士に代えればいいだけの話じゃないか!」
「男性騎士と女性騎士では絶対数が違いすぎます。男性騎士千人に対し、女性騎士は十人、いえ、五人もいればいいほうでしょう」
「う……」
「そして、先程も申しましたが女性はどうしても家庭に入る期間があります。それは騎士であっても変わりません。女性騎士は強い子を生むからと、男性騎士のお相手としてよく望まれますから職場結婚も多いです」
「うぐ……」
「そんな貴重な女性騎士を、わたくしが独り占めする訳にはいきませんわ」
困ったように微笑めば、ルーファスは確かにと顔を歪め、けれどまたぐっと口を結んだ。
「……っ、だが」
「はい」
「だが……」
私は少し、目を見開いた。ルーファスがここまで食い下がるのは珍しいからだ。彼は多少無謀なところもあるがとても素直で、頭だって別に悪くはない。王族なのだからもっと優秀であるべきでは、なんてセンスのないことを言う者もいるが、まだたったの十五歳である。私はむしろ今の内にいろいろと間違えてやらかしてほしいとすら思っている。直感が鋭く決定的な馬鹿をやる類の人ではない彼であれば、そのほうが学びになるだろう。
彼の足りない部分は私が十分補える。その分、彼には私の足りない部分を補ってほしいのだ。でなければ、この大きくなり過ぎた国の玉座に座り続けるのは難しいだろうから。
「それで、何があったのです?」
「……何、とは何だ」
「やきもち焼きだけれど、素直で実直でお優しいルーファス様がこんなに狼狽えているなんて、おかしな話ではないですか。何があって、突然このようなことを?」
警戒されないように微笑みながらそう聞けば、ルーファスは一瞬迷ったもののそろそろと口を開いた。
「……実は、その、友人の友人というか……。いや、友人の知人の話なんだが」
「はい」
「その知人が、もしかして自分は『種』が違うのではないか、と……」
「あら」
かの国は勢力こそ弱まってしまったものの、この大陸一古く由緒正しい血を持っている。つまり、有り体に言ってしまえば古臭いのだ。その古臭い国のおそらく高位貴族の家で種が違うという疑いをかけられるなんて、死にも等しい。
「それは確定の話しなのですか?」
「おそらく。……戸籍上の父が、そう言っていたと」
「……まあ」
ルーファスの交友関係は把握してあるので、その「友人の知人」とやらの候補はすぐに絞り込めた。しかし皆、種に違和を感じるような者ではない筈だ。
「調べました?」
「知人の母君は既に儚くなっているのだが、その……。元々かなり奔放な性質だったらしく、多分、そうだと……」
「あら、死人に口なしですのね。そして明確な証拠もない、と」
「……それもそうだな」
素直なルーファスはそこでやっと顔を上げ、目に光を宿した。
「お帰りの際に、うちの影をお貸ししますわ。優秀な者たちですので、その名の通り、影から様々なことを調べられるでしょう。きっと役立つ筈です」
「いいのか!?」
「ええ、でも、ご両親には内緒ですよ?」
「分かった、ありがとう!」
ぱっと笑うルーファスに笑みを返す。これは、影の者を使ういい経験になるだろう。彼が我が国に婿に来てくれる前からこんな機会があるとは思わなかったが、嬉しい誤算である。かの国はこちらの教育をあまり受け付けてはくれないから……。まあ、仕方がない。あちらにはあちらの事情があり、それはこちらにもあることである。
どちらにしろ、今は彼が元気になればそれでいいのだ。ついていかせる影にはよくよく言い聞かせないと、と算段をつけながら、私は彼のふわふわの猫のような髪の毛を眺めた。
―――
あれから三ヶ月がたち、私たちは再び我が国で婚約者同士の交流を深めていた。年に一回だった年もあったことを考えると、かなり早い再会である。
まだ十五歳のルーファスであるが、かの国の成人は十六歳なので来年には結婚予定なのだ。さすがに彼が幼いので夫婦としての本格的なあれそれは、こちらの国の基準である十八歳まで行わない取り決めをしている。我が国の倫理観からして、ちょっとあれなのだ。ただこちらとしても早く彼にこの国に慣れてほしいので、わざわざ結婚を遅らせるようなことはしなかった。
「それで、あの件はどうなりまして?」
全ての報告は受けているが、一応、こういうことは本人の口から聞いておかねばならない。私からの質問に、ルーファスはぱっと笑った。
「ああ、あいつは……、えっと、友人の知人はちゃんと戸籍上の父の子だということが証明された! 母君が奔放であったというのも、後妻が自分の立場を確固たるものにする為の嘘だったらしい! それでまあ、いろいろとあって……。でも、ちゃんと上手くいったよ!」
「よろしゅうございましたね」
「本当に! 影を貸してくれてありがとう!」
三ヶ月ぶりのルーファスは、この前とは打って変わって晴れ晴れとした表情で我が国自慢の紅茶を飲んでいる。そう、これが標準なのである。こうしていると猫というより犬だけれども、犬っぽい猫というものもいるそうなので、きっと彼はその属性なのだ。彼は猫。異論は認めない。
「それで、男女の適切な距離感、というのはどうします?」
「うん? ……ああ、そうだな。そういう話だった」
「ふふ、ええ」
これも一応、済ませておいたほうがいい話題だろう。我々の結婚は、古い血がほしい我が国と大国の庇護がほしいかの国の為のものである。結婚してしまえばルーファスは軽々と生国には戻れないのだ。ただでさえ私は年上であるし、可愛い彼の不安は取り去ってやりたかった。
けれど彼は、少しだけ大人びた顔をして私をじっと見つめた。
「……貴女はおそらく、既に適切な距離感を保っている、のだと思う」
「あら、そうですか。どのあたりが?」
「耳打ちやエスコートのような多少の接触も、正直見ていて気持ちのいいものではないが、僕がまだ貴女の傍にずっといられないように、仕方のないことなんだ。騎士にしてもそうだ。適材適所であるし、あの日の僕はあまりにも子どもじみたことを言った。僕自身の自信のなさを、貴女になすりつけてはいけなかったんだ。申し訳ない」
はいともいいえとも返さず、私はただ一つだけ頷いた。ルーファスはまだまだ子どもであると思うのに、急にこういうことを言いだすから私にも心の準備が足りない時がある。まあ、どれだけ担ぎ上げられようと、私もまだ未熟であるということなのだ。現女王である母に、まだまだだと笑われる原因はここにある。
「それに」
「それに?」
「貴女は僕のことを愛しているからな。僕以外の男には興味がないということを忘れていた」
「それは一番忘れてほしくはないところですわ」
「すまない!」
「ふふふ」
ああ、やっぱりいい。この自己肯定感の高さ。私は扇の下でまた口角をにちゃりと上げた。かの国のお国柄なのか教育方針なのかルーファス自身が生まれ持ったものなのか、彼はいつだって私に愛されていることを疑いはしないのだ。この自信がどこからきているのかは分からない。ついさっき「自信がない」なんて嘯いた口でこれを言い切るのだから、面白すぎる。
「それで、貴女どうなんだ?」
「あら、どうとは?」
「僕に女性と近づいてほしくない、とかそういうのはあるのか」
「そうですねえ……」
考えたこともない、とはさすがに言わない。私もまだ若いのだ。ルーファスと同い年の少女に殺意を覚えることもある。かの国の者で、且つ彼と近しければなおのことだ。大人たちはたったの三歳と言うが、年若い我々にとって三歳とは大きな差なのである。勿論、「年増」などと分別もなく下品なことを抜かした娘には、それ相応の対応をした。しかしまあ、それは色恋の嫉妬というよりは、単純に侮られたことへの怒りのほうが大きい。
「うーん」
「ないのか、あるだろう。侍女に身の回りの世話をさせるなとか、ほかの女性とダンスを踊るなとか、近くに寄るなとか、いろいろ」
「それは生活と社交に問題が出るのは?」
第二王子として大切に大切に育てられたルーファスは、自分で服の脱ぎ着もまともにできなさそうである。おそらく簡易なものであればできるだろうが、王子の着る衣装は装飾が多く複雑なことも多い。
「別段、構いませんわ。……と、言いたいところですけど。信じていますから、などと言えたら格好がつくのでしょうが」
「そうか、で?」
「何か、楽しそうですわね?」
「そうだな、で?」
悪戯な顔でこちらを見るルーファスは、なんだか少し大人びて見えてどきりとする。……大人になってくれないと困るものの、もう少し子どものままでいてほしいと願うのは、私の我儘なのだろう。
「具体例をあげるのは難しいですが、そうですね、勘違いを放置しないでいただきたいわ」
「勘違い?」
「侍女が身の回りの世話をするのは当然です。けれど、その侍女が勘違いをして貴方に恋をすることもあるでしょう」
「身分差がすごいな」
「ふふふ」
ここで呆れた顔ができるあたり、この人も王族である。あまりに身分が低い者は、そもそもそういう対象ではないのだろう。しかし、釘は刺しておかねばならない。ルーファスというよりは、その周りへ、だが。
「人ですもの。失敗も勘違いもしてしまうでしょう。けれど、それを正してやるのが上に立つ者の仕事ですわ」
「それもそうだ」
「けれど、侍女に限らず、勘違いをする女性はいるでしょう。恋とは人を愚かにするものらしいですから」
「そういうものか、僕には貴女という婚約者がいるのに?」
「そういうものだから、ご友人の知人の方はご自身の亡き母君を疑わざるを得なかったのでしょう?」
「は、確かに!」
ああ、本当に素直なことだ。この素直さが眩しくて、愛おしい。
「わたくしもルーファス様のことを信じてはいますが、それと気分が悪いというのは別の話です。けれど、貴方がきちんと対処してくださるなら、わたくしも安心できますわ」
「分かった。気をつけよう」
「わたくしも気をつけますわね。嫌だと思ったら、その都度教えてくださいませ」
「ああ、そうする! 貴女も教えてくれ!」
「ええ」
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