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私の未来は、私が切り開く  作者: 逆立ちハムスター


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土の味は、いつだって苦くて酸っぱい。

爪の間に食い込んだ黒い泥を、私は前歯で噛み砕き、ペッと地面に吐き出した。


「おい、アリア。手を休めるなよ。鞭が飛んでくるぞ」


隣の畝で、痩せこけた背中を丸めながらクワを振るうレイが、声を潜めて言った。彼のボロ切れのような服からは、浮き出た肋骨が透けて見えている。私と同じ、このルミナス王国の底辺に這いつくばる農奴の若者だ。


「わかっているわよ、レイ。でも、考えていたの。私たちがこうして、死人のような顔で土を掘り返し、実った麦のすべてを奪われる理由をね」


「理由だって? そんなもの、奴らが貴族で、俺たちが農民だからだろ。それ以外に何がある?」


レイは諦めきった目で笑った。その瞳には、この国に生きるすべての民が共有する、深くて暗い絶望の色彩が張り付いている。


ルミナス王国。それが、私たちの故郷であり、私たちの血と肉を貪り尽くす怪物の名だった。

現国王ルードヴィヒ三世は、放蕩と贅沢を極め、その治世を支える貴族たちは、民から最後の一粒の麦、最後の一枚の硬貨にいたるまでを容赦なく毟り取っていく。逆らう者は、村の広場にある絞首台に吊るされる。それがこの国の「法」であり、神の秩序だと教え込まれてきた。


だが私は、その神を信じたことは一度もない。

もし神がいるのなら、なぜ私の両親は、飢え死にする間際に神の名前ではなく「麦が食べたい」と泣きながら息を引き取らねばならなかったのか。なぜ、冬の寒さに耐えかねて領主の森の落ち葉を拾っただけの老人が、見せしめに手足を切断されねばならなかったのか。


「ねえ、レイ。家畜だって、屠殺される前には暴れるわ」


私はクワを握る手に力を込めた。手のひらのマメが潰れ、じわりと血が滲む。その痛みが、私の脳をどこまでも冷徹に冴え渡らせていく。


「俺たちは家畜以下ってことさ」


レイは自嘲気密に呟き、再び黙々と土を耕し始めた。


私はそんな彼の横顔を見つめながら、頭の中で『地図』を広げていた。

私には、幼い頃からの奇妙な癖があった。地面に描かれた境界線、山や川の配置、風の吹き方、兵士たちの歩幅や交代の時間。そういったあらゆる「数字」と「配置」が、一度見ると、どうしても頭から離れないのだ。独学で文字を覚え、小作人の管理を任されていた偏屈な老人から古い書物や歴史書を盗み見るようにして読んだ。その知識と、この鋭敏な観察眼が、私の唯一の武器だった。


ここ、レスタ村を支配するルバール子爵の私兵は、総勢でおよそ五十名。

彼らは三日に一度、交代で村の見回りに来る。装備は鉄製の長槍と、使い古された革鎧。決して精鋭とは言えない。なぜなら、彼らにとって農民とは「動く案山子」に過ぎず、反抗するなどという選択肢は彼らの頭の片隅にも存在しないからだ。


彼らの最大の弱点は、その『傲慢』にある。


その日の夕暮れ、恐れていた「その時」がやってきた。


村の広場に、けたたましい馬蹄の音が響き渡る。ルバール子爵の徴税官、ギルバートが十人の兵を連れて現れたのだ。

村人たちは這いつくばるようにして広場に集められた。誰もがガタガタと震え、地面に額を擦りつけている。


「これだけか? アッ?」


ギルバートは、村長が差し出した麻袋を乗せた荷車を見下ろし、不機嫌そうに鼻を鳴らした。麻袋の中には、今年の凶作の中で、村人たちが自分の子供の口を減らしてまで集めた、血と涙の結晶である麦が入っている。


「申し訳ございませぬ、ギルバート様……! 今年は長雨が続き、これでも村の総力を挙げて集めたものでございます。これ以上は、冬を越すための種モミしか……」


白髪の村長が涙を流して懇願する。だが、ギルバートの顔に浮かんだのは、慈悲ではなく、冷酷な嗜虐の笑みだった。


「種モミが残っているなら、まだ絞れるということだな。おい、残りの麦もすべて没収しろ。それと——」


ギルバートの目が、村長の後ろで怯えていた一人の少女に留まった。まだ十四歳になったばかりの、レイの妹、リサだった。


「その娘を連れて行け。今年の税の『不足分』として、館で使役してやる」


「なっ……! お許しください! リサはまだ幼く、館の仕事など……!」


村長が縋り付こうとしたが、兵士のブーツがその顔面を容赦なく踏みつけた。鈍い音がして、村長が泥の中に転がる。


「リサ!」


レイが叫び、飛び出そうとした。だが、彼の体が動くより早く、私はその腕を掴んで引き留めた。


「放せ、アリア! リサが、あいつらに……!」


「今出たら、あんたもリサも殺されるわ」


私の声は、自分でも驚くほど冷えていた。心臓は怒りで早鐘を打っている。視界が真っ赤に染まりそうなほどの憎悪が、私の内側から湧き上がっていた。だが私の脳は、それとは完全に切り離されたところで、冷徹な計算を始めていた。


ギルバート、兵が十人。馬が三頭。

周囲の村人は約二百人。男手はその半分。武器はクワとカマ。

正面から戦えば、数で勝っていても、鉄の武器と馬の機動力に蹂躙される。

だが場所とタイミングをさえ選べば——勝てる。いや、圧勝できる。


「レイ、私を信じて」


私は彼の耳元で囁いた。その瞳に、ただの怒りではない、絶対的な『確信』を込めて。


「今夜、リサを取り戻す。それだけじゃない。この地獄を、終わらせるのよ」


私の言葉に、レイは息を呑んだ。その目には、狂気を見るような恐れと、同時に、暗闇の中に一筋の光を見つけたような縟熱じょくねつの希望が宿っていた。


ギルバートたちは、泣き叫ぶリサを馬の背に縛り付け、せせら笑いながら去っていった。広場に残されたのは、奪いつくされた絶望と、村長の血が混ざった泥だけだった。


夜。満月の光が、静まり返った村を照らしていた。


村の古い家畜小屋に、信頼できる若い男たち、三十人ほどが集まっていた。皆、クワや斧を握りしめ、悔しさと恐怖で体を震わせている。その中心に、私は立っていた。


「アリア、本当にやるのか? 相手は領主の兵隊だぞ。失敗したら、俺たちだけでなく、村ごと皆殺しだ」


一人の男が、怯えた声で言った。当然の恐怖だ。彼らにとって、貴族に逆らうことは、神に向かって唾を吐くのと同じ、不可能な自殺行為なのだから。


私はゆっくりと、彼ら全員の顔を見つめた。私の瞳には、一切の迷いもない。


「みんな、よく聞いて。私たちはこれまで、従順な羊として生きてきた。言われるがままに働き、言われるがままに飢え、大切な人を奪われても、ただ泣き寝入りしてきた。でも、その結果はどう? 羊のままでいれば、いつか狼が満腹になって見逃してくれる? 違うわ。奴らは私たちが死ぬまで、その肉を貪り続けるのよ」


私の声は静かだが、不思議なほど皆の耳の奥へと染み込んでいった。カリスマ、という言葉を当時の私は知らなかったが、言葉に魂を乗せ、人の心を動かす術を、私は本能的に理解していた。


「私たちは今夜、死ぬために戦うのじゃない。生きるために、奴らを殺すの。私には策がある。ただの暴動じゃない。私たちは、奴らを『狩る』のよ」


「策だって……? どうやってあの鉄の武器を持った奴らに勝つんだ」


レイが私の前に一歩踏み出し、皆の気持ちを代弁するように問いかけた。


私は家畜小屋の地面に、一本の棒で素早く図面を描いた。


「ギルバートたちは、ここから半里先にある『首吊り谷』を通って領主の館へ向かう。彼らの足取りは遅い。リサを連れているし、没収した重い麦の荷車があるから。おそらく、谷に差し掛かるのは真夜中、ちょうど今から一刻(約二時間)後よ」


首吊り谷。そこは、かつて反抗した農民が吊るされたという、切り立った崖に挟まれた狭い一本道だった。


「あそこは一本道だ。馬の機動力は活かせない。まず、谷の入り口と出口を、あらかじめ切り倒しておいた大木で塞ぐ。奴らは前進も後退もできなくなる」


「でも、崖の上から石を落とすくらいじゃ、鎧を着た奴らは殺せないぞ」


「石じゃないわ」私は不敵に微笑んだ。「油よ。村の貯蔵庫にある、粗悪な粗油をすべて集めて。それを上から浴びせるの。そして、火矢を放つ」


男たちが、息を呑むのがわかった。


「戦術書には、火攻めは平原で行うものと書かれていた。けれど、それは間違い。狭い谷底こそ、火攻めの真価が発揮されるはず。熱気と煙は逃げ場を失い、対流を起こして谷底をオーブンに変えるわ。鎧を着ている奴らほど、その鉄が熱を吸収して、内側から焼き殺されることになる」


私の口から飛び出す、聞いたこともないような理路整然とした戦術。そしてあまりにも冷酷で、効果的な「奇策」。

男たちの目に、恐怖とは異なる輝きが宿り始めた。それは、圧倒的な知略に対する『崇拝』の始まりだった。


「奴らが混乱し、火と煙でのたうち回っているところに、私たちが崖の上から長い二股の棒で突き落とし、仕留める。武器の差なんて関係ない。私たちは、上から突くだけよ。……どう? これでも、私たちが負けると思う?」


沈黙が支配した。だが、それは絶望の沈黙ではない。

男たちの握るクワの手に、血が通っていくのが見えた。


「……アリア、お前は悪魔か、それとも聖女か」


レイが震える声で、しかしその顔に深い笑みを浮かべて言った。


「そんなの、どちらでもいいわ。この地獄を覆せるなら、私は喜んで悪魔にでもなってやるわ」


私はクワを高く掲げた。


「行くわよ、みんな。私たちの、最初の勝利のために」


「「「おおおおお……!」」」


地鳴りのような、しかし静かな決意の咆哮が、家畜小屋に響いた。


────


真夜中。首吊り谷は、深い闇と不気味な静寂に包まれていた。

崖の上、木々の影に身を潜めた私たちは、眼下を見下ろしていた。私の隣には、弓を構えたレイがいる。彼の目は、獲物を狙う狼のように鋭くなっていた。


やがて、遠くから松明の明かりと、荷車の軋む音が聞こえてきた。

ギルバートたちの一団だ。彼らは、まさか自分たちが「獲物」として狙われているとは夢にも思わず、だらしなく笑いながら歩いている。荷車の後ろには、手を縛られて引きずられるリサの姿が見えた。


(もう少し……もう少し引きつけるのよ……)


私は心臓の鼓動を意識的に遅らせ、冷徹に距離を測る。

先頭の馬が、谷の中央を過ぎた。殿しんがりの兵士が、谷の入り口に入った。


今だ。


「放て!」


私の鋭い号令とともに、あらかじめ仕掛けられていたロープが切られた。

ドォン! と凄まじい衝撃音とともに、谷の入り口と出口に、巨大な丸太が何本も転がり落ち、道を完全に塞いだ。


「な、なんだ!? 何が起きた!?」


ギルバートの狼狽した声が谷底に響き渡る。


「上だ! 上を見ろ!」


兵士が叫んだ瞬間、私は叫んだ。


「油を注げ!」


崖の上から、男たちが一斉に大樽をひっくり返した。ドボドボと、独特の臭気を放つ黒い液体が、兵士たちの頭上から容赦なく降り注ぐ。


「ひっ、これは……油だと……!? まさか、農奴どもが——」


「レイ、火を」


私が命じると、レイは火をつけた矢を放った。美しい放物線を描いた一本の火の粉が、谷底の油の海へと着弾する。


——轟!


一瞬にして首吊り谷は紅蓮の炎に包まれた。


「ぎゃあああああ!」

「熱い! 助けてくれ! 体が、鎧が焼ける!」


阿鼻叫喚の地獄絵図が、眼下に広がった。私の計算通り、狭い谷底に閉じ込められた熱気は逃げ場を失い、猛烈な勢いで兵士たちを内側から焼き焦がしていく。馬は狂ったように暴れ回り、ギルバートは馬から振り落とされ、泥と炎の中で無様にのたうち回った。


「突き落とせ! 生き残りを逃すな!」


私は冷酷に命令を下した。躊躇する時間は終わったのだ。

農民たちは、かつて自分たちを痛めつけた兵士たちに向かって、崖の上から容赦なくクワや丸太を突き立て、火の海へと叩き落としていった。


それは、戦いというよりも、文字通りの『駆除』だった。


農民が貴族の兵に圧勝するという、この国の歴史上、あり得なかった奇跡が、今、目の前で現実のものとなっていた。


炎に照らされる私の顔は、冷徹そのものだった。

だが私の胸の奥で、確かに何かが弾けた。


(これが、権力を覆す力……。これが戦術の力)


私は炎の中で恐怖に目を見開くギルバートを見下ろしながら、確信していた。

これは始まりに過ぎない。この小さな谷で起きた火は、やがてルミナス王国全土を焼き尽くす、巨大な反乱の業火へと変わるのだと。


私は泥の底から空を見上げるのをやめた。

これからは私がこの世界を、上から見下ろして作り変える番だ。

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