スキル『トーチ』がチートスキルだったお話
どことなく西洋風で、文明の進み具合は中世だか近世だか。産業革命はまだ起こっていない。
二十一世紀に生きる日本人だった俺が生まれ変わった世界は、そんなちょっぴり暮らしづらい場所であった。
魔法がなく、魔物もいない。異種族はおらず、幻獣もいない。妖精も精霊もお伽噺の存在で、神様は下界にお告げを発信しない。
異世界転生といえばファンタジーバリバリな世界だろうという、転生直後の淡い期待を期待を裏切るような物足りなさ。
だが、この世界には魔法がなくても、不思議な力、異能力とでも言うべき『スキル』があった。
この世界の人間は、成人を迎えると『スキル』を習得する。
覚えるスキルは一人ひとつだけで、内容は個人ごとに異なる。
剣の腕が抜群に向上する『剣技』だとか、圧倒的なパワーを身に付ける『膂力』だとか、何もないところから破壊現象を起こす『雷撃』だとか。
そういった荒事に使えるスキルに目覚めたのならば、世界が世界なら魔物を退治する冒険者として大成しただろう。ただし、この世界には魔物も幻獣もいないなので、それを向ける先は野獣か同族である人間になる。
ちなみに、スキルによって職業が固定され、生き方を左右されるようなことはあまり起こらない。
なにせ、スキルに目覚める成人年齢は、二十歳なのだ。ほとんどの人間は、成人である二十歳を迎えるまでに、この世界でどう生きるか決め終わっている。
特定の職業に向いた強力なスキルに目覚めたのならば、転職して高給取りになれるのだろうが……俺が生まれた国では十五歳にもなれば手に職をつけるものだ。
スキルに合わせて職を選ぶという、思い切った生き方をする人間は意外と少ない。というか、職を自由に選べる人間が少ないとでもいうか。
と、そんな夢もへったくれもない薄味ファンタジー世界に生まれた俺は、二十歳の誕生日を明日に控えていた。
そう、待ちに待ったスキル習得の前日なのである。さらに言えば現在は夜で、スキル覚醒前夜である。
「チートスキルに目覚めないものかなぁ」
いつも通りに寝る準備を整えた俺は、思わずそんな独り言をつぶやいていた。
別に、今の自分の生き方に、不満を覚えているなどということはない。
ちゃんと毎日を過ごせるだけの給金はあるし、前世よりも不便な日常生活にも慣れた。
今さら切った張ったの暴力的な生き方をしたいわけではないし、劇的なボーイミーツガールをしたいわけでもない。
ただ、仮にも異世界転生したわけであるし、特別な何かを授かることに期待してもいいのではないだろうか。
具体的には、すごいスキルが欲しい。いわゆるチートスキルだ。
人は楽をしたい生き物だ。俺も当然、人生を楽に生きたい。現状に満足していても、よりよい未来は大歓迎なのだ。
「チートスキル……『通販』スキルとか欲しいなぁ」
前世のアニメで見た覚えがある、地球の物品をこちらの通貨で購入できるスキルとか、最高じゃないか。
その場で地球の物品を創造するという「創造神か何かか?」と言いたくなる、まさしくチートなスキル。今の生活に不満はないが、不便が解消できるに越したことはない。
と、そんな妄想をしながら、俺は就寝した。
そして、翌朝。俺はチートスキルではなく、『トーチ』スキルに目覚めた。
◆◇◆◇◆
「ヤベい、『トーチ』がチートすぎる……」
二十歳の誕生日を迎えて、スキルを習得したその日。俺はスキル検証のために、仕事を休んでいた。以前から申請していた一日だけの休暇だ。
俺が『スキル』と訳した異能力。それに目覚めると、脳裏にその能力の概要がぼんやりと思い浮かぶと、聞き及んでいた。
そして、その仕組みのおかげで俺は本日起床すると共に、自分のスキルが『トーチ』であると気付いた。俺は思わず「違うだろ!?」と叫んでいた。俺が欲しかったのは『チート』であって、『トーチ』ではない。
スキル『トーチ』。その名の通り、トーチを創り出すスキルだ。
念じると、手の中にトーチが出現する。それだけのスキル。
トーチとは、先端に火を灯した棒状の照明のこと。俗に言うたいまつだ。
チートならぬトーチ。まさかのダジャレオチに、俺は起きがけにガッカリさせられた。
……だがしかし。実際にスキルを行使してみると、俺はそのヤバさに気付いてしまった。
「リソースを消費しないで無限にトーチを創造できる……しかも、トーチなら地球産のトーチでも可……」
無からの創造とか、創造神か何かか?
ヤベえ、ヤベえよ……。
原価ゼロでトーチ屋さんができるよ。トーチ屋さんってなんだよ。
いやあ、どうするかな……。とりあえず、まずするべきことは……。
「朝飯を作ろう」
俺は王都のアパートメントで一人暮らしをしているため、朝食は自炊で済ませている。
朝のメニューはいつもポリッジだ。王都周辺は森林資源の減少で薪の値段が高く、パンを自宅で焼くのは難しい。
薪は高い。なので、俺は火を灯していない木製のトーチを複数作りだし薪代わりにして、最後に火を灯した木製トーチをかまどの中に放り投げる。
そして、気付いてしまった。
薪が無限生成できると。
ヤベえ。ヤベえよ……。
原価ゼロで薪屋さんができるよ。こっちはガチだよ。
そうして、『チート』ならぬ『トーチ』がもたらす未来に対しておののきながら、俺はポリッジで腹を満たした。
それから一ヶ月後……俺は薪屋さんとして、大金を稼ぐことに成功した。
◆◇◆◇◆
薪を無から生み出して、王都の薪不足を解消した俺。
チート過ぎるそのスキルを使う俺の後ろ盾が、誰となるのか。王都の貴族がその立場を奪い合って、政治的暗闘を繰り広げている……らしい。新聞に、そんなことが書いてあった。
そう、新聞である。印刷技術は割と発展しているらしく、王都では新聞が発行されている。
前世の新聞と比べると、ページ数も足りず活字も粗いが、ちゃんとした新聞である。
割とお高く、主に裕福層が買うような代物なのだが……うさんくさい治療院の雇われ薬師から薪屋さんに転職した俺は、裕福層の仲間入りをはたしていた。
そして、購読を始めた新聞で、ようやく俺の立場がヤベーことになっていると気付いたのだ。
「いや、貴族の後ろ盾ってなんだよ」
そんなお偉いさんからの接触、この一ヶ月でなかったけど……?
飛ばし記事なのか?
いや、貴族間で抜け駆け禁止みたいになっている可能性も?
そんな疑問を頭の中で巡らせながら、俺は今日も薪という名の木製トーチの作成にはげんだ。
ちなみに、前世のガストーチの類は売りに出していない。
トーチ屋さんになるにしても、どういう伝手を使って売り出せばいいかよく分かっていないのだ。
火起こしが楽になるので、この文明レベルだと一家に一台のレベルで売れそうなのだが。
「そういえば、ガストーチって金属缶だよな……?」
えっ、俺、金属屋さんにもなれるの?
新たに気付いたヤバさに、ゾクゾクしながら薪作りを頑張り、ほどほどに働いたところで帰宅することにした。
金は稼げたが、相変わらず一人暮らし用のアパートメントが我が家である。
なにせ、一ヶ月程度じゃあ王都での引っ越しは終わらない。十分な引っ越し資金が確保できたのもここ半月のことだ。
そうして、薪を収めた倉庫がある倉庫街から、アパートメントに向けて歩いて帰宅していた、そのとき。
ふと、遠くから馬車が、猛スピードで迫ってくるのが見えた。
王都の道は広く、車道と歩道が分かれている。
道の走行は基本馬車優先だが、交通量と人口密度の多い王都では、歩行者専用の歩道がちゃんとあるのだ。
その歩道に向けて。馬車が突っ込んでくる。
しかも、俺が立つ場所へと真っ直ぐに。
瞬間、死を覚悟した。そして、脳内に前世の死の光景が浮かぶ。
そういえば、前世も交通事故死だったなぁ。
などと思ったところで、脳裏に別の情報が走った。そして。
「『トーチカ』ぁぁぁ!」
頭の中に浮かんだワードを俺は、全力で叫んでいた。
すると、突然目の前が真っ暗になり――遅れて、轟音が響いた。
そして、わずかに揺れる地面。
目まぐるしく変わる状況。
それでも俺は、無事に難局を乗り越えられたことを確信し、ホッと息を吐いていた。
「やっぱチートスキルだわ……」
『トーチ』のスキル。それがこの土壇場で成長し、『トーチカ』スキルへと昇華していたのだ。
トーチカとは、コンクリート製の防衛施設のことである。銃撃や砲撃、爆撃から身を守るための小さな建物であり、非常に強硬であるらしい。前世の地球にて、第二次世界大戦中に用いられた過去がある。
俺は、この土壇場でそのトーチカを無から生成できるスキルに目覚めていた。
いや、目覚めたというか、トーチを生み出すスキルが、トーチとトーチカを生み出すスキルに成長したのが正しいか。
確かに、異能力であるスキルが成長することは、この世界ではままあることだ。
その条件は個々人で違うようなのだが……俺のスキルは、必要に応じて新たに『トーチ』っぽい語感の新能力が生えてくるものであると、新しく脳内のスキル情報が更新されている。
これも、俺が成人を迎えるにあたって、チートスキルを望んだことが始まりなのかもしれないが……。
「なんとも、ダジャレ全開というか、『トンチ』の利いたスキルだなぁ」
ちなみにこの後、トーチカ内から出ていった俺は、街の警邏隊に保護され、その後、国のお偉いさんのもとへと連れていかれ、正式に貴族の後ろ盾がつくこととなった。
暴走した馬車は、それとは別の貴族が放ったものらしく……貴族のゴタゴタとは、本気で関わり合いになりたくない俺であった。
◆◇◆◇◆
「ほう……これが『トローチ』か」
「はい、口の中で薬をゆっくり溶かすことで、口の中や喉の粘膜に薬効を働かせるための製剤方法ですね」
「薬そのものではなく……あくまで薬の形の種類であると……」
「そうなります」
「つまり……『トローチ』の形に加工された物ならば……おぬしの能力で……いかような薬でも創造できるわけだな……?」
「……そうなっちゃうんですかねぇ」
俺の後ろ盾となった御方は、公爵様であった。
しかも、なんと王弟というすごい立場である。貴族どころか王族であった。
そんな王弟殿下の庇護下に入った俺は、王都にある殿下のタウンハウスにて居候を始めた。
そこで薪を作り続ける日々を送っていたのだが……ある日、王弟殿下が流行り風邪をわずらった。
ただの風邪といえども、馬鹿にできないのがこの時代。
治療系のスキル持ちは居るが、風邪が流行っているために、忙しくしている。
そのため、王弟殿下といえども即日でスキル持ちは確保できなかった。
せっかくの後ろ盾が、風邪をこじらせてポックリ逝かれても困る。そう思った瞬間、俺のスキルがまた成長した。
そうして、目覚めたのが、『トローチ』を創り出す能力。
『トーチ』と同じく、前世にあったパッケージ入りのトローチの薬を無から生成することだってできる。
それを今、風邪に苦しむ王弟殿下へ献上しに来たわけだ。
殿下は興味深そうに、前世で俺が勤めていたドラッグストアで売っていた、風邪用のトローチの空き箱を眺めた。
ちなみに中身は取り出されて、『毒味』のスキルを持つ従僕が詳細を確認済みである。
もちろん、毒判定は受けず、むしろ効能の高い薬判定を受けて、殿下はちゅうちょなくトローチを口の中に入れた。
そうして、殿下が薬を口に含むことしばらく。
舐め終わるまで退室は無理かなー、と殿下の寝室で突っ立ったままの俺だが、不意に殿下が俺に向けて言葉を発した。
「ところでおぬし、爵位に興味はあるか?」
「えっ……それは、私がお貴族様になる、というお話で?」
「そうだ。強力な能力を授かった者が、一代限りの爵位を与えられることはしばしばあることでな」
「な、なるほど……今後も殿下の庇護下にいられるなら、爵位など必要ないのですが」
いや、本当本当。異世界転生して貴族に成り上がりとか、そりゃあすごいと思うよ。でもさ、貴族としての教育を受けずに育っていない人間が、貴族の世界に放り投げられて渡っていけるかというとね?
なので、俺はやっていける自信がないことを素直に殿下へ説明したのだが……。
「昔から能力のみをもって貴族となる者はいた。社交界も、それを受け入れる下地がある。どうだ?」
「それならば、殿下の厚意にすがりたいところですが……あっ!?」
「どうした?」
「『トーチ』がまた成長しました……」
「おぬし、先ほど『トローチ』に目覚めたばかりではないのか? で、今度はなんだ?」
「『トウチ』……ええと、統治能力が上がり、ご当地の名産を見つけやすくなる能力のようです」
「わはは! それはそれは! 我が領地の一部を任せてみるのも一興かのう!」
薪屋さんから始まった俺の成り上がりロードは、ご当地統治屋さんにまで登り詰めるものであったらしい。
いや、このチートスキル、今後もどんな成長を遂げるか、分かったものじゃないんだけどね?




