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第5話:不協和音の残響

 あれから、いくつかの依頼をこなした。

 北の峠道での『大ミミズ』掃討を皮切りに、ゴブリンの群れ、はぐれ魔獣の処理。

 その全てにおいて、アイリスは俺の指示を無視し、その理外の肉体密度で全てを粉砕していった。


「ねえ、今日も私の勝ち。あんたの出番、一度でもあった?」


 帰路の夕闇の中、アイリスが勝ち誇ったように笑う。

 彼女の振るう斧は、俺が練り上げた戦術も、用意した罠も、全てを「過剰なまでの余興」へと変えてしまう。

 俺は何も言わず、ただ手帳に彼女の身体データの更新を書き込むだけだ。

 彼女はまだ気づいていない。

 その一撃一撃が、どれほど彼女自身の肉体に微細な亀裂を蓄積させているか。

 そして、万が一にもその一撃が通じない「壁」にぶつかった時、彼女がどう崩れるのか。


 そんなある日、クランマスターのガーランドから呼び出しがかかった。

 差し出された依頼書を見た瞬間、俺の横でアイリスの呼吸が止まった。


 対象は、かつて彼女が所属していたパーティを壊滅させ、彼女を「ただの盾」として置き去りにした――あの**『重装甲のミノタウロス(通称:黒き角の獣)』**だ。


「……私が、殺す」


 アイリスの瞳から色が消え、剥き出しの殺意だけがそこに宿った。

 これまで以上の拒絶。これまでの比ではない、周囲を省みない「破壊の意志」。

 俺はいつも通り、いや、いつも以上に入念な準備を始めた。


「アイリス。今回の相手は今までの雑魚とは違う。地形を利用し、奴の突進を――」


「黙ってて!!」


 アイリスの怒号が会議室に響く。


「あんたみたいな、逃げ回ることしか考えてないオッサンに、私の何がわかるのよ! あの時、私を見捨てた奴らと同じで、どうせ私を『駒』にして自分だけ助かるつもりでしょ!」


 彼女は俺の言葉を最後まで聞かず、乱暴に部屋を飛び出していった。

 残されたのは、俺と、冷めきったブラックコーヒー。

 そして、彼女が決して見ようとしない、数十枚に及ぶ「もしも」のシミュレーション図面だけだ。


「……プロなら、客の感情にまで備えておくべきなんだがな」


 俺は自前の角砂糖を二つ、ボリボリと音を立てて噛み砕いた。

 彼女は、間違いなく俺の指示を無視して突っ込むだろう。

 そして、間違いなく絶望的な窮地に陥る。


 俺は重い腰を上げ、カバンの奥に、今の彼女なら「そんなのいらない」と鼻で笑うであろう、特製の『仕掛け』を詰め込んだ。


「さて……。死ぬ気で守ってやるのが、今の俺の『仕事』か」


 俺は分厚い眼鏡を拭き直し、彼女の後を追うべく、静かに歩き出した。


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