表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ3年目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/110

コーチング


-----


プレシーズンの練習試合だった。


相手は地域の下部リーグのクラブだった。本格的な試合ではなかった。でもニコラスには目的があった。


コーチングを試みることだ。


-----


前半十五分、ロジャーズがボールを持った。


ニコラスはロジャーズの視野に入る位置にいた。デュランが右へ流れていた。ワトキンスがニアへ動いていた。


ニコラスには見えていた。ワトキンスがニアへ動いた瞬間、DFが一枚ついた。ファーが空いた。そこへロジャーズが出せばニコラスが抜け出せる。


「ファー」と言おうとした。


でも言葉が出るころには、ロジャーズはすでに別の判断をしていた。デュランへ出した。デュランがシュートを打った。GKが弾いた。


ニコラスはその場に立っていた。


言葉が一拍遅かった。


-----


前半三十分、今度はワトキンスがボールを持った。


ニコラスはゴール前に入っていた。DFが二枚いた。でもワトキンスがボールを持った瞬間、右のDFの重心が少し外へ流れた。その瞬間に中へ切れ込めばフリーになれた。


「中」と言おうとした。


声が出た。でも小さかった。ワトキンスには届いていなかった。


ワトキンスは左へ流した。ニコラスが走った。ボールは来た。でもタイミングがずれていた。シュートは打てなかった。


-----


ハーフタイム、ベンチでニコラスは水を飲んだ。


頭の中では見えていた。どこへ動けばいい、誰がどこにいる、次は何が来る。全部見えていた。言語化もできていた。


でもそれを口に出す前に、プレーが動いていた。


サッカーは止まらない。言葉が一拍遅れると、もう意味がなかった。


エメリーがニコラスの隣に来た。


「声を出そうとしているのはわかった」とエメリーは言った。


「遅い」とニコラスは言った。


「そうだ」エメリーは言った。「でも出そうとしていることが大事だ。今日が始まりだ」


「どうすれば速くなる」


エメリーは少し間を置いた。「言葉を短くしろ。『ファーへ動け』じゃなくて『ファー』だけでいい。お前はまだ文章で伝えようとしている」


ニコラスはその言葉を聞いた。


「それから」エメリーは続けた。「プレーが起きてから言うんじゃない。起きる前に言え。お前には先が見えている。それを使え」


「先が見えていても、声に出すのが怖い」とニコラスは言った。


エメリーが少し驚いた顔をした。「怖い?」


「外れたら、チームが動いて無駄になる」


エメリーはしばらくニコラスを見た。それから言った。「外れてもいい。百回外れて一回合えばいい。最初はそれでいい」


-----


後半、ニコラスは意識して短い言葉を出すようにした。


「ファー」


「戻れ」


「右」


ぎこちなかった。タイミングもまだ合わなかった。でも声は出た。


ワトキンスが一度だけ、ニコラスの声に反応して動いた。


「右」と言った瞬間、ワトキンスが右へ動いた。スペースが生まれた。ロジャーズがそこへ出した。ワトキンスが受けた。シュートを打った。ポストに当たった。


ゴールにはならなかった。でもニコラスはその場面を見ていた。


声が届いた。


-----


練習試合が終わった後、エメリーがニコラスを呼んだ。


「後半、何回か声が出ていた」とエメリーは言った。


「ワトキンスが一回反応した」


「見ていた」エメリーは言った。「ワトキンスはお前の声に慣れている。他の選手はまだ慣れていない。時間がかかる」


「わかった」


「焦るな」エメリーは言った。「言語化を覚えるのに一年かかった。コーチングも時間がかかる。でも今日、始まった」


ニコラスは頷いた。


「もう一つ」エメリーは言った。「さっき、外れたら怖いと言った。それを言えたのは良かった」


「なぜですか」


「お前が自分の問題を言葉にできたからだ」エメリーは言った。「コーチングは相手に言葉を届けることだ。でもまず自分の中を言葉にできないと、相手にも届かない。今日、一つ進んだ」


-----


帰り道、ニコラスは車の中で今日の練習を振り返った。


言葉が遅かった。声が小さかった。タイミングが合わなかった。


でも一回だけ届いた。


ワトキンスが動いた。


それで十分だった。今日は。


-----

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ