三年目
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八月、バーミンガム。
プレシーズンが始まっていた。
ニコラスはトレーニンググラウンドに早く来た。いつも通りだった。芝の上でボールを蹴った。朝の空気はまだ涼しかった。
三年目だった。
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エメリーに呼ばれたのは、プレシーズン二日目の朝だった。
監督室に入ると、エメリーはホワイトボードの前に立っていた。
「座れ」
ニコラスは座った。
エメリーはしばらくニコラスを見た。それから言った。
「ワールドカップを見ていた」
「そうですか」
「ムバッペと話したと聞いた」
「少し」
エメリーは頷いた。「あいつが何をしているか、わかったか」
ニコラスは少し間を置いた。「一つの動きでチーム全体が動く」
「そうだ」エメリーは言った。「昨季、俺はお前に言語化を教えた。お前はそれを覚えた。今季はその次だ」
「チームを動かす」
「動かすだけじゃない」エメリーは言った。「昨季、お前はワトキンスと連動することを覚えた。今季はそれをチーム全体に広げろ。ワトキンスだけじゃない。ティーレマンスが動く。ロジャーズが動く。デュランが動く。お前の動きでチーム全体が動くようにしろ」
「コーチングを始めろ」エメリーは言った。「言語化はできるようになった。次はそれをプレー中に味方へ伝えることだ。瞬時に言葉が出るようにしろ。まだお前の言葉は試合の外にしかない」
ニコラスはその言葉を聞いた。
「できるか」とエメリーは言った。
「やります」
エメリーは少し間を置いた。「その先はその後だ。今季はまずチーム全体と繋がれ」
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練習が始まった。
ワトキンスと並んでウォームアップをした。
「今季もよろしく」とワトキンスは言った。
「よろしく」
二人は並んで走った。言葉はそれだけだった。でも二年間で積み上げてきたものがあった。隣を走るだけで、お互いの状態がわかった。
ワトキンスが少し軽そうに走っていた。オフシーズンのコンディション調整がうまくいったのかもしれなかった。
「今季で三年目か」とワトキンスは走りながら言った。
「そうだ」
「早いな」
ニコラスは少し頷いた。
「今季は何を目指してる」とワトキンスは聞いた。
「チーム全体と連動する。ワトキンスだけじゃなく」
ワトキンスは少し間を置いた。「難しいな。俺とは二年かかった」
「そうだな」
「でもお前ならやる」とワトキンスは言った。断言するように。
ニコラスはその言葉を聞いた。
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午後の練習が終わったころ、グラウンドの端に見慣れない選手がいた。
細身だった。浅黒い肌。焦げ茶の髪。若かった。
マルティネスが近づいて、スペイン語で何か話しかけていた。相手が笑った。
「ユースから上がってきた選手か」とワトキンスがニコラスの隣で言った。
「そうらしい」
「アルゼンチン人だ」とワトキンスは言った。「マルティネスが知り合いみたいだな」
ニコラスはその選手を少し見た。
若かった。でも立ち方に自信があった。グラウンドを見渡す目が、周りを品定めしているように見えた。
それだけ見て、ニコラスはロッカールームへ向かった。
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夜、ニコラスはバーミンガムのアパートに戻った。
三年目が始まった。
エメリーの言葉が頭にあった。「一つの動きでチーム全体が動く」。ムバッペが三十一歳でやっていることを二十二歳でやれ。
難しかった。でも今季やることが見えていた。
スマートフォンを取り出した。アリスターにメッセージを送った。
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今季始まった。
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すぐに返信が来た。
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俺も!今季こそプレミア取るぞニック
ユナイテッドが優勝するから覚悟しといて
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ヴィラが取る。
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言うようになったな笑
今季もやり合おう
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ニコラスはスマートフォンを置いた。
窓の外にバーミンガムの夜景が広がっていた。
三年目が始まる。
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