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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
2030ワールドカップ

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90/109

ムバッペ――フランス戦


---


七月九日、マドリード。サンティアゴ・ベルナベウ。


準決勝、イングランド対フランス。


バスの中でニコラスはスマートフォンでフランスの映像を見ていた。


ムバッペだった。


三十一歳になっていた。二十代の爆発的なスピードは少し落ちていたかもしれない。でもプレーの幅が違った。自分で仕掛ける場面と、周りを使う場面の使い分けが、二十代のころより格段に増えていた。


「周りを動かすことが得意な選手」という言葉が頭にあった。


今日、それを直接見ることになる。


---


キックオフ前、ケインがニコラスの隣に来た。


「今日が最後かもしれない」とケインは言った。静かな声だった。


ニコラスは少し間を置いた。


「そうかもしれない」


「だから今日、俺に教えたことを使ってみろ」ケインは言った。「俺が動く。お前が逆を取る。全部出してこい」


「わかった」


---


前半、フランスは4-3-3だった。


ムバッペが中央前線に入り、左右にグリーズマンの後継者たちが並んでいた。中盤にカマヴィンガとチュアメニが構えていた。


イングランドがボールを持つと、フランスのプレスが来た。でもスペインほど激しくなかった。フランスは守備よりも攻撃に重心を置いていた。


十八分、ムバッペが動いた。


左サイドへ流れた。ライスがついた。でもムバッペはボールを持っていなかった。


その瞬間、中央が空いた。


右サイドのFWが走り込んだ。チュアメニからパスが通った。シュートが来た。


マルティネスが弾いた。


ニコラスはその場面を見ていた。


ムバッペが動いてスペースを作った。自分は何もしていない。でもチームが動いた。


「あれだ」とニコラスは思った。


---


三十三分、フランスが先制した。


今度はムバッペがボールを持った。右に仕掛けた。キャッシュが対応した。ムバッペが縦へ抜けた。低いクロスを入れた。


中央に走り込んでいたFWが合わせた。


一対零。


スタジアムが沸いた。フランスサポーターの声が大きかった。


---


ハーフタイム、ロッカールームでトゥヘルが言った。


「ムバッペを右サイドへ誘導しろ。キャッシュではなくウォーカーが対応する。中盤はライスとメイヌーが潰す。ニコラス、後半ケインの動きをよく見ていてくれ」


「わかった」


ケインが隣に来た。「俺が教えたことを後半やれ。今日こそだ」


---


後半、イングランドがペースを上げた。


メイヌーが中盤で奪う場面が増えた。ボールがよく回った。


六十二分、ケインがニアへ動いた。DFが二枚ついた。


ニコラスはファーへ走り込んでいた。


ボールが来た。


トラップして、振り向いて、シュートを打った。


同点。


スタジアムが静まった。イングランドサポーターの声が上がった。


ニコラスは右手を上げた。


ケインが歩いてきた。「それだ」とだけ言った。


---


七十分以降、試合が膠着した。


どちらも点を取れなかった。慎重になった。スペースが消えた。


八十二分、ムバッペが中盤へ下りてきた。ボールを受けた。ライスが出た。


ムバッペがワンタッチではたいた。


カマヴィンガが受けた。前を向いた。


ムバッペが前線へ走った。カマヴィンガからパスが来た。


ムバッペがゴール前に入った。


シュートを打った。


マルティネスが弾いた。こぼれ球。


詰めていたFWが押し込んだ。


二対一。


スタジアムが揺れた。


ニコラスはその場面を見ていた。


ムバッペが下りてきた。ボールを受けた。はたいた。走った。戻ってきた。それだけだった。


でもその動きで、フランス全体が動いた。一つの動きがチェーン反応を起こした。


止めようがなかった。


---


試合終了、二対一。


フランスがベスト4を突破した。


イングランドの選手たちがピッチに膝をついた。ライスが天を仰いだ。ベリンガムがピッチに座り込んだ。アリスターがユニフォームの首元を引っ張った。


ニコラスはピッチに立っていた。


悔しかった。でもそれより、今日見たものが頭に残っていた。


ムバッペが一つ動くと、チームが動いた。自分がボールを持っていなくても、相手を動かした。自分がボールを持ったとき、すでにチームが走っていた。


それが「周りを動かす」ということだった。


まだできていなかった。でも今日、初めてその全体像が見えた。


---


ピッチで握手を交わしていると、ムバッペが来た。


「お前のゴール、良かった」とムバッペは英語で言った。


「お前の動きの方が良かった」とニコラスは返した。


ムバッペは少し笑った。「どの動きだ」


「八十二分、下りてきてはたいて走った場面だ」


ムバッペは少し間を置いた。「気づいていたか」


「見ていた」


「あれは練習で覚えたものじゃない」ムバッペは言った。「試合の中で体が動いた。年を取ってからそういう動きが増えた」


ニコラスはその言葉を聞いた。


「俺はまだそこに行けていない」


「行ける」ムバッペは言った。「お前はまだ二十一歳だろ。俺が二十一歳のとき、今日みたいなことは全然できなかった」


それだけだった。


ムバッペが次の選手と握手を交わした。


---


ロッカールームで、ケインがニコラスの前に来た。


「今日のゴール、俺が動いた後に逆を取れた」とケインは言った。「できたじゃないか」


「できた」


「でも悔しそうだな」


「二点目が取れなかった」とニコラスは言った。「ムバッペの動きを見ていた。あれがまだできない」


ケインは少し間を置いた。


「俺も最後までそれは完全にはできなかった」ケインは言った。「でもお前には時間がある」


「お前は今季で引退するか」


ケインはしばらく黙った。


「たぶんそうだ」とケインは言った。「このワールドカップが終わったら、体と相談する。でもたぶんそうだ」


ニコラスは少し間を置いた。


「教えてくれてありがとう」


ケインはニコラスを見た。珍しく、少し目が赤くなっていた。


「お前みたいな選手に教えられて良かった」とケインは言った。「来季、ヴィラでやってみろ。俺が言ったことを」


「やる」


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