異国
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コンヤは、思っていたより広い街だった。
空港を出た瞬間、熱気が体にぶつかってきた。チェスターフィールドの夏とは次元が違う暑さで、ニコラスは思わず立ち止まった。空が高くて、濃い青色をしていた。建物の色が、形が、イングランドとは全然違った。
クラブのスタッフが迎えに来ていた。四十代の男で、英語が少しだけ話せた。
「ウェルカム、ニコラス」と言って握手をした。「ホテル、まず行く」
「はい」
「疲れた?」
「いいえ」
それで会話が終わった。車の中はずっと静かだった。
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最初の練習は翌日だった。
グラウンドに着くと、チームメイトたちがすでにウォームアップをしていた。ニコラスが現れると、何人かが振り返った。視線が体を上から下まで走った。チェスターフィールドのロッカールームで経験したものと似ていたが、感情が違った。あちらは驚きだった。こちらは、値踏みだった。
「Merhaba」と誰かが言った。
ニコラスはスマホのアプリで覚えたばかりの言葉を思い出した。
「Merhaba」と返した。
相手は続けて何か言った。トルコ語が流れるように出てきた。ニコラスにはわからなかった。
「すみません、英語で話してもらえますか」
相手は肩をすくめて行ってしまった。
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練習が始まると、サッカーの言語は少しだけ共通だった。
コーチの指示はわからなかったが、動きを見て判断した。ポジショニング、プレスのタイミング、戦術の形。目で追えば、ある程度は理解できた。
しかしボールが絡むと、すぐに問題が出た。
右サイドの9番、トゥリュチがボールを受けた。ニコラスはゴール前でスペースを作って待った。パスコースは明らかだった。トゥリュチはそちらを見た。でもパスを出さなかった。逆サイドに無理な横パスを送って、カットされた。
ニコラスは何も言わなかった。
次の場面でも同じことが起きた。
その次も。
練習が終わって、ロッカールームでゾーイにメッセージを送った。
「右サイドが使えない」
すぐに返信が来た。
「初日から結論出さないでください。まずは観察」
「観察した。使えない」
「……わかりました。でもまだ我慢してください」
ニコラスはスマホをロッカーに入れた。
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最初の一ヶ月、ニコラスはホテルに住んでいた。
クラブが用意した部屋で、広くて清潔だったが、静かだった。窓の外にコンヤの街が広がっていた。モスクの尖塔が夕暮れの空に突き出していた。アザーンの声が遠くから聞こえた。
夜、ゾーイとビデオ通話をした。
「慣れてきましたか」とゾーイは聞いた。
「慣れるとはどういう意味だ」
「孤独じゃなくなってきた、という意味です」
「孤独には慣れている」
ゾーイは少し間を置いた。
「それは慣れじゃなくて、諦めです」
ニコラスは窓の外を見た。アザーンの声がまた聞こえた。
「トルコ語は続けていますか」
「続けている」
「何か言えるようになりましたか」
「Teşekkür ederim」
「ありがとう、ですね。使えましたか」
「食堂のおばさんに言った」
「どうでしたか」
「笑ってくれた」
ゾーイは少し間を置いた。それから言った。
「それで十分です。続けてください」
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試合が始まると、ゴールは自然に入った。
チームは強かった。チェスターフィールドとは比べものにならないフィジカルと技術があった。それでもパスミスは多く、連携が噛み合わない場面が目立った。ニコラスは次第に、前線だけに留まっていられなくなった。
中盤まで下がってボールを受ける。自分でキープして、前を向く。出せるパスを探す。いなければ自分で運ぶ。そういう場面が増えた。
フォワードの仕事ではなかった。でも誰かがやらなければならなかった。
六節を終えて、七ゴール。チームの順位は中位だった。
ゾーイからメッセージが来た。
「六節で七ゴール、順調ですね」
「チームが機能していない」
「わかっています。でもあなたは機能している」
「俺が機能してもチームが勝たないと意味がない。」
しばらく間があった。
「今日はゆっくり休んでください」とゾーイは言った。「あなたが一人で抱えられる量には限界があります」
ニコラスはスマホを置いた。
窓の外で、コンヤの夜が静かに広がっていた。
チェスターフィールドとは違う夜だった。でも空は同じだった。どこに行っても、空だけは同じだと思った。
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十月のある夜、グレースから電話が来た。
「元気?」
「元気」
「ご飯食べてる?」
「食べてる。トルコの飯は旨い」
「そう」グレースは少し笑ったようだった。「テリーの奥さんが先週も来てくれたわよ。スコーンを持って」
「そうか」
「チェスターフィールドの試合もちゃんと見てるって言ってた。あなたのことも話したって」
ニコラスは少し間を置いた。
「スカーフ、してるか」
「してるわよ。毎日」
「そうか」
「あなたは?」
「俺はスカーフしない」
グレースがまた笑った。久しぶりに聞く笑い声だった。
「そうよね」と彼女は言った。「頑張って」
「うん」
電話が切れた。ニコラスはしばらくスマホを持ったままでいた。
遠かった。チェスターフィールドは遠かった。でもグレースの声は、いつもと同じ温度だった。
それだけで、十分だった。
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十一月の終わり、アリスターからメッセージが来た。
「トルコどうだ。ゴール量産してるじゃないか」
「まあまあだ」
「まあまあで十五ゴールはまあまあじゃない」
「チームが機能してないからな」
「ニックがいなかったら何点取られてたんだろうな」しばらく間があって「ご飯はおいしい?」と続いた。
「旨い」
「それはよかった」また間があった。「孤独か」
ニコラスはしばらく考えた。
「慣れてきた」
「それは答えになってないよ」
ニコラスは窓の外を見た。コンヤの夜景が広がっていた。
「孤独だ」と打った。「でも問題ない」
「そうか」とアリスターは返した。「俺はいつでもいるからな」
ニコラスはそのメッセージを見た。
それだけだった。それだけで、何かが少し軽くなった。
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十二月、ニコラスはアパートに引っ越した。
ホテルよりも小さかったが、台所があった。自炊を始めた。最初はひどい出来だったが、繰り返すうちに少しずつマシになった。グレースに電話して作り方を聞いた。レシピをメモした。
食堂のおばさんが時々、器に料理を入れて持ってきてくれた。毎回「Teşekkür ederim」と言った。毎回笑ってくれた。
それがこの街で唯一、自然に笑える瞬間だった。
ゾーイに「食堂のおばさんと仲良くなった」とメッセージを送った。
「それは大事なことです」とゾーイは返した。「続けてください」
「何をだ」
「人間でいることを」
ニコラスはしばらくその文章を見ていた。
意味はわかった。でも、うまく返せなかった。
そのまま、スマホを置いた。




