ケイン
---
第二戦の前日、練習後にケインが来た。
「時間あるか」
「ある」
二人でピッチの端に残った。他の選手たちは引き上げていた。
ケインはボールを一つ持ってきた。
「昨日話したこと、実際にやってみよう」とケインは言った。「俺が動くから、お前はどこにスペースが生まれるか見ていてくれ」
ニコラスは頷いた。
ケインがゴール前に立った。ゆっくりと右へ動いた。左へ切り返した。また右へ。
「今、どこが空いた」
ニコラスは少し考えた。
「左のニアポスト寄り」
「そうだ」ケインは言った。「俺が右へ動くと、DFは俺についてくる。その瞬間、ニアが空く。お前がそこに入れるか」
「入れる」
「やってみよう」
---
三十分、二人でそれを繰り返した。
ケインが動いてスペースを作る。ニコラスがそこへ走り込む。ケインがボールを出す。ニコラスが合わせる。
最初は少しタイミングがずれた。
でも十回繰り返すうちに、合い始めた。
「感覚が掴めてきたか」とケインが聞いた。
「掴めてきた」
「言葉にしてみろ」
ニコラスは少し間を置いた。
「お前が動いた瞬間に、俺が走り出す。ボールを受けてから動くんじゃなく、スペースが生まれる前に動き始める」
ケインは頷いた。「それだ。先に動く。それが全部だ」
---
「一つ聞いていいか」とニコラスは言った。
「何だ」
「お前はそれをいつから意識してやっているんだ」
ケインは少し考えた。
「意識し始めたのは二十五歳ごろだ。それまでは体で覚えていたことを、言葉にしようとし始めた」
「なぜ言葉にしようとしたんだ」
「怪我をしたからだ」ケインは言った。「長期離脱したとき、体が動かない状態で映像を見続けた。見ながら言語化するしかなかった。そうしたら、戻ってきたとき見え方が変わっていた」
ニコラスはその言葉を聞いた。
「俺も監督に二年間言語化しろと言われた」
「エメリーか」
「そうだ」
「あの監督の下でプレーすれば、そうなる」ケインは言った。「お前は運が良かった」
---
第二戦、vsセネガル。リスボン、エスタディオ・ダ・ルス。
セネガルは強かった。
フィジカルが規格外だった。イングランドのDFが競り合うたびに弾き飛ばされた。前半、セネガルのペースになった。
ニコラスはボールが来るたびにプレスを受けた。体を張って収めようとしたが、セネガルのCBが背後から当たってきた。
前半終了間際、サカが右から仕掛けてシュートを打った。GKが弾いた。
ハーフタイム、ロッカールームでトゥヘルが言った。
「後半、セットプレーを増やす。ニコラス、ケインの動きを見て逆を取れ。昨日練習したことをやれ」
---
後半五十二分。
コーナーキックだった。
ケインがニアへ動いた。DFが二人ついた。
その瞬間、ニコラスはファーへ走り込んでいた。
ボールが来た。
頭で合わせた。
ネットが揺れた。
スタジアムが沸いた。
ニコラスはケインを見た。ケインが頷いていた。それだけだった。
---
七十一分、セネガルが同点にした。
コーナーキックから高い選手がヘッドで合わせた。マルティネスが届かなかった。
同点。スタジアムが静まった。
イングランドが攻勢に出た。
八十三分、ベリンガムがドリブルで持ち上がった。ニコラスが右へ流れた。ケインが中に残った。
ベリンガムがニコラスへパスを出した。ニコラスがワンタッチでケインへ落とした。ケインが一瞬で向きを変えてシュートを打った。
ゴール。
二対一。
ケインがゆっくりとコーナーフラッグへ歩いた。ニコラスが追いついた。
「今のアシスト、意図してやったか」とケインは言った。
「した」
「ワンタッチで落としたのはなぜだ」
「お前の体勢が整っていたから」
ケインは少し間を置いた。それから「そうだ」と言った。「それが正しい判断だ」
---
試合終了、二対一。
ロッカールームで、ケインが隣に来た。
「今日の前半、苦しそうだったな」とケインは言った。
「当たりが重かった。ぶつかったとき、普通より体が流されなかった」
「そういう試合がある」ケインは言った。「セネガルは当たりが規格外だ。俺も何度か対戦したが、毎回同じ感覚になる。でも動きで外せばいい。お前は後半それをやった」
「前半にやれれば良かった」
「それが来年の課題だ」ケインは笑った。「俺には来年がないかもしれないが」
ニコラスは少し間を置いた。
「来年もいるか」
「わからない」ケインは言った。「体と相談だ。でもこのワールドカップが最後になるかもしれない。だから今日みたいな試合で勝てると、やっておいて良かったと思う」
「お前が最後なら」とニコラスは言った。「教えてもらったことを使い続ける」
ケインはニコラスを少し見た。
「それが一番いい引き継ぎ方だ」
---




