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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
2030ワールドカップ

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86/112

ケイン


---


第二戦の前日、練習後にケインが来た。


「時間あるか」


「ある」


二人でピッチの端に残った。他の選手たちは引き上げていた。


ケインはボールを一つ持ってきた。


「昨日話したこと、実際にやってみよう」とケインは言った。「俺が動くから、お前はどこにスペースが生まれるか見ていてくれ」


ニコラスは頷いた。


ケインがゴール前に立った。ゆっくりと右へ動いた。左へ切り返した。また右へ。


「今、どこが空いた」


ニコラスは少し考えた。


「左のニアポスト寄り」


「そうだ」ケインは言った。「俺が右へ動くと、DFは俺についてくる。その瞬間、ニアが空く。お前がそこに入れるか」


「入れる」


「やってみよう」


---


三十分、二人でそれを繰り返した。


ケインが動いてスペースを作る。ニコラスがそこへ走り込む。ケインがボールを出す。ニコラスが合わせる。


最初は少しタイミングがずれた。


でも十回繰り返すうちに、合い始めた。


「感覚が掴めてきたか」とケインが聞いた。


「掴めてきた」


「言葉にしてみろ」


ニコラスは少し間を置いた。


「お前が動いた瞬間に、俺が走り出す。ボールを受けてから動くんじゃなく、スペースが生まれる前に動き始める」


ケインは頷いた。「それだ。先に動く。それが全部だ」


---


「一つ聞いていいか」とニコラスは言った。


「何だ」


「お前はそれをいつから意識してやっているんだ」


ケインは少し考えた。


「意識し始めたのは二十五歳ごろだ。それまでは体で覚えていたことを、言葉にしようとし始めた」


「なぜ言葉にしようとしたんだ」


「怪我をしたからだ」ケインは言った。「長期離脱したとき、体が動かない状態で映像を見続けた。見ながら言語化するしかなかった。そうしたら、戻ってきたとき見え方が変わっていた」


ニコラスはその言葉を聞いた。


「俺も監督に二年間言語化しろと言われた」


「エメリーか」


「そうだ」


「あの監督の下でプレーすれば、そうなる」ケインは言った。「お前は運が良かった」


---


第二戦、vsセネガル。リスボン、エスタディオ・ダ・ルス。


セネガルは強かった。


フィジカルが規格外だった。イングランドのDFが競り合うたびに弾き飛ばされた。前半、セネガルのペースになった。


ニコラスはボールが来るたびにプレスを受けた。体を張って収めようとしたが、セネガルのCBが背後から当たってきた。


前半終了間際、サカが右から仕掛けてシュートを打った。GKが弾いた。


ハーフタイム、ロッカールームでトゥヘルが言った。


「後半、セットプレーを増やす。ニコラス、ケインの動きを見て逆を取れ。昨日練習したことをやれ」


---


後半五十二分。


コーナーキックだった。


ケインがニアへ動いた。DFが二人ついた。


その瞬間、ニコラスはファーへ走り込んでいた。


ボールが来た。


頭で合わせた。


ネットが揺れた。


スタジアムが沸いた。


ニコラスはケインを見た。ケインが頷いていた。それだけだった。


---


七十一分、セネガルが同点にした。


コーナーキックから高い選手がヘッドで合わせた。マルティネスが届かなかった。


同点。スタジアムが静まった。


イングランドが攻勢に出た。


八十三分、ベリンガムがドリブルで持ち上がった。ニコラスが右へ流れた。ケインが中に残った。


ベリンガムがニコラスへパスを出した。ニコラスがワンタッチでケインへ落とした。ケインが一瞬で向きを変えてシュートを打った。


ゴール。


二対一。


ケインがゆっくりとコーナーフラッグへ歩いた。ニコラスが追いついた。


「今のアシスト、意図してやったか」とケインは言った。


「した」


「ワンタッチで落としたのはなぜだ」


「お前の体勢が整っていたから」


ケインは少し間を置いた。それから「そうだ」と言った。「それが正しい判断だ」


---


試合終了、二対一。


ロッカールームで、ケインが隣に来た。


「今日の前半、苦しそうだったな」とケインは言った。


「当たりが重かった。ぶつかったとき、普通より体が流されなかった」


「そういう試合がある」ケインは言った。「セネガルは当たりが規格外だ。俺も何度か対戦したが、毎回同じ感覚になる。でも動きで外せばいい。お前は後半それをやった」


「前半にやれれば良かった」


「それが来年の課題だ」ケインは笑った。「俺には来年がないかもしれないが」


ニコラスは少し間を置いた。


「来年もいるか」


「わからない」ケインは言った。「体と相談だ。でもこのワールドカップが最後になるかもしれない。だから今日みたいな試合で勝てると、やっておいて良かったと思う」


「お前が最後なら」とニコラスは言った。「教えてもらったことを使い続ける」


ケインはニコラスを少し見た。


「それが一番いい引き継ぎ方だ」


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