タトゥー
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ワールドカップ開幕の一週間前、チェスターフィールドに寄った。
グレースのアパートだった。夕食を食べた。グレースが作ったシェパーズパイだった。子供のころから変わらない味だった。
食後、二人でソファに座っていた。テレビはつけていなかった。
「ワールドカップ、緊張している?」とグレースは聞いた。
「少し」
「正直ね」グレースは笑った。「絶対『してない』って言うと思った」
「してないとは言えない」
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しばらく静かだった。
ニコラスは自分の右腕を見た。
タトゥーが肩から手首まで入っていた。十四歳のときから少しずつ増えて、今の形になった。
「母さん」とニコラスは言った。
「何?」
「タトゥーの意味、聞いたことなかったよな」
グレースは少し間を置いた。
「聞きたかったけど、あなたが話すまで待とうと思っていた」
「いつか話す、と言っていた」
「覚えてる。去年のインタビューで言ってたやつでしょ」グレースは言った。「ずっと気になってた」
「今日話す」
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ニコラスは右腕の袖をまくった。
肩から手首まで、黒い模様が入り組んでいた。
「全部で意味が一つあるわけじゃない」とニコラスは言った。「場所ごとに違う」
「教えて」
ニコラスは右腕の内側を向けた。
「ここに、細い傷痕が三本ある。タトゥーの下に今もある」
グレースは静かに頷いた。見えないが、知っていた。
「これを隠すために入れたのが最初だ。十四歳だった」
「そう」グレースの声は静かだった。
「隠したかったわけじゃない」とニコラスは言った。「上から何かを重ねたかった。あの傷で終わりたくなかった」
グレースは何も言わなかった。
「だから最初のタトゥーは、隠すためじゃなく、上書きするためだった。右腕を入れて、数週間後に左腕も入れた。両方同じ理由だ」
「全部、あのときの気持ちから来てるのね」
「そうだ」ニコラスは言った。「ただ、今は意味が変わってきた」
「どういうこと?」
「入れたときは、あの傷を消したかった。でも今は違う。あの傷があったから今がある、という感覚になってきた。タトゥーもその一部だ。コンヤで戦ったこと、ルガーノで優勝したこと、ヴィラでここまで来たこと、全部この腕と一緒にある」
グレースはニコラスの両腕をしばらく見た。
「最初に入れたのに、今はそういう意味になってるのね」
「時間が意味を変えた」
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「全部見せた」とニコラスは言った。
「ありがとう」とグレースは言った。声が少し低くなっていた。
「聞いてくれてよかった」
グレースはしばらく黙っていた。それから言った。
「一つだけ聞いていい?」
「何だ」
「最初のタトゥー、十四歳のとき——私は気づいていたの。でも何も言えなかった。あの頃のこと、あなたはどう思ってる?」
ニコラスは少し間を置いた。
「母さんのせいじゃない」
「そんなことはわかってる」グレースは言った。「そういうことを聞いているんじゃなくて。あなたが、今どう思っているかを聞きたかった」
ニコラスは右腕を見た。
「あの傷がなければ、タトゥーを入れなかった。タトゥーがなければ、俺は俺を見つけられなかったかもしれない。全部繋がっている」
「後悔してない?」
「していない」とニコラスは言った。「あの時間があって、今ここにいる」
グレースは頷いた。何も言わなかった。でも少し、目が赤くなっていた。
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「一つ言っておく」とニコラスは言った。
「何?」
「ヴィラでタイトルを取ったとき、また入れようと思っていた」
「また増えるの?」
「まだ入れていない」ニコラスは言った。「ワールドカップが終わってから考える」
グレースは少し笑った。「じゃあ楽しみにしてる」
「体に残す価値のある結果を出す」
「あなたらしいわね」グレースは言った。「条件つき」
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帰り際、玄関でグレースが言った。
「去年のインタビューで『いつか』って言ったの、気になってたの。今日聞けてよかった」
「俺も話せてよかった」
グレースはニコラスを少し見た。
「最初に話してくれたのが私で、嬉しかった」
ニコラスは少し間を置いた。
「最初は母さんがいいと思っていた」
グレースは何も言わなかった。でも頷いた。
ニコラスは外へ出た。
チェスターフィールドの夜だった。
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