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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ2年目

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81/111

ゾーイ


---


六月の終わり、ワールドカップ開幕の前日だった。


ゾーイがスペインへ来ていた。代理人として、開幕直前の確認事項があるからだと言った。でも実際の用件は三十分で終わった。


「せっかくだから少し話しましょう」とゾーイは言った。


ホテルのロビーだった。ゾーイがコーヒーを頼んだ。ニコラスはお茶を頼んだ。


「チェスターフィールドのカフェと同じですね」とゾーイは言った。


「そうか」


「あなたはお茶で、私はコーヒー。四年間変わっていない」


ニコラスは少し間を置いた。


「四年になるか」


「なります。二〇二六年の春に会いましたから」


---


ゾーイはあのとき二十三歳だった。独立系エージェントとして動き始めたばかりで、大きなクライアントはいなかった。


「あのとき、なぜ俺に連絡してきたんだ」とニコラスは聞いた。


「データを見たからです」ゾーイは言った。「チェスターフィールドの四部リーグの数字を、私は定期的にチェックしていました。異常な数字が出たら動こうと思っていた。あなたの数字が出ました」


「それだけか」


「最初は。でも試合を三試合見て、確信しました」


「何を」


「この選手を逃したら後悔する、ということです」ゾーイは言った。「エージェントとしての話だけじゃなく。この選手の旅を、最初から見ていたいと思いました」


ニコラスはゾーイを見た。


「それは珍しい動機だ」


「そうですね」ゾーイは笑った。「でも正直な動機です」


---


「一つ聞いていいか」とニコラスは言った。


「どうぞ」


「俺は扱いにくいクライアントか」


ゾーイは少し考えた。


「扱いにくい、とは少し違います」


「どう違う」


「あなたは自分が何をしたいか、何をしたくないかが明確です。広告に興味がなかった。メディア露出を増やすことに興味がなかった。移籍の話が来ても、自分のタイミングまで待った」ゾーイは言った。「それは扱いにくいのではなく、軸がある、ということです」


「でも手間はかかるだろう」


「かかります」ゾーイは笑った。「でもその手間は、意味のある手間です。あなたが嫌だと言ったことには理由があるので」


---


「ゾーイは今、他にクライアントがいるか」とニコラスは聞いた。


「四人います」


「俺以外に四人か」


「合計で五人です」ゾーイは言った。「多くはありません。でも私はそれで十分だと思っています。一人一人をちゃんと見られる数にしたい」


「俺が最初のクライアントだったのか」


「そうです」


ニコラスは少し間を置いた。


「いつか聞いた気がする」


「言いましたよ、一度だけ」ゾーイは言った。「覚えていてくれたんですね」


「そうか」ニコラスは少し考えた。「でも、経験のないエージェントだとわかっても、俺はコンヤへ行っていたと思う」


「なぜですか」


「お前が一番まともなことを言っていたから」


ゾーイは少し間を置いた。それから「ありがとうございます」と言った。珍しく、少し声が低くなった。


---


「ワールドカップが終わったら」とゾーイは言った。「いくつか話したいことがあります」


「移籍の話か」


「それも含めて。でも今日はしません。今日はただ話したかっただけです」


ニコラスは頷いた。


「ゾーイ」とニコラスは言った。


「何ですか」


「お前がいなかったら、今ここにいなかったと思う」


ゾーイはしばらく黙った。


「それは言いすぎです」とゾーイは言った。「あなたの才能は私とは関係ない」


「才能の話じゃない」ニコラスは言った。「最初にコンヤを選んだとき、お前が理由を説明してくれた。数字だけじゃなく、環境と俺の性格を合わせて考えた。あの選択がなければ今がない」


ゾーイはコーヒーカップを両手で包んだ。


「じゃあ、二人でここまで来た、ということにしましょう」


「そうだ」


---


ゾーイが立ち上がった。


「明日、いいプレーをしてください」


「する」


「応援しています」ゾーイは言った。「代理人として、ではなく」


「わかってる」


ゾーイは頷いた。トートバッグを肩にかけた。四年前と同じバッグだった。


「そのバッグ、まだ使っているのか」とニコラスは言った。


ゾーイは少し驚いた顔をした。「気づいていたんですか」


「チェスターフィールドのカフェで持っていた」


「覚えてるんですね」ゾーイは笑った。「気に入ってるので、なかなか替えられなくて」


「替えなくていい」


ゾーイはそれを聞いて、また笑った。


「じゃあ、ワールドカップで」


「ワールドカップで」


ゾーイが出ていった。


ニコラスはお茶の残りを飲んだ。


四年間。コンヤ、ルガーノ、ヴィラ。全部ゾーイと一緒だった。


明日からワールドカップだった。


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