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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ2年目

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80/110

始まりの前


---


六月の深夜、代表合宿の部屋だった。


チームメイトたちは寝ていた。ニコラスは眠れなかった。


スマートフォンを手に持ったまま、天井を見ていた。


理由はわからなかった。でも今夜、父のことを調べようと思った。


---


検索した。


「エドゥアルド・ロメロ ゴールキーパー ラ・リーガ2部」


スペイン語のページがいくつか出てきた。古いページだった。二十年以上前のものが多かった。


一つ開いた。


選手名鑑のようなページだった。


エドゥアルド・ロメロ。1971年生まれ。ポジション:ゴールキーパー。所属チームの欄に三つクラブ名があった。全部ラ・リーガ2部だった。通算出場数が書いてあった。


百三十七試合。


ニコラスはその数字を見た。


百三十七試合。悪い数字ではなかった。プロのGKとして、十年近くプレーした計算になる。


---


別のページを探した。


映像が出てきた。


古い映像だった。画質が荒くて、ユニフォームの色も判別しにくかった。でも確かに、ゴール前に立っている男がいた。


番号は1番だった。


ニコラスはその映像を見た。


父だった。


生きていたころの、まだサッカーをしていたころの父だった。


GKが動いた。右に飛んだ。シュートを弾いた。立ち上がって、DFに短い声をかけた。


知らない男だった。


チェスターフィールドで見た父と、同じ人間だとは思えなかった。


---


もう少し調べた。


怪我の記事が出てきた。スペイン語だったが、翻訳機能で読んだ。


「ロメロ、膝靱帯断裂。復帰を目指してリハビリ継続中」


日付は2003年だった。ニコラスが生まれる前だった。


別の記事があった。


「ロメロ、現役引退を発表。膝の回復叶わず」


それだけだった。


その後の記事はなかった。


スペインにいた父の話は、そこで終わっていた。


---


ニコラスはスマートフォンを置いた。


天井を見た。


百三十七試合出場して、膝を壊して、引退した。復帰を目指してリハビリを続けたが、戻れなかった。


その後、イングランド人の女と結婚して、チェスターフィールドへ来た。仕事を転々として、酒が増えた。


そういう男だった。


ニコラスはタトゥーの入った右腕を見た。


細長い傷痕は、タトゥーの下に今もある。父のベルトの金具がつけた跡だった。


怒りはなかった。もう何年も、父への怒りは持っていなかった。


でも今夜、違うものがあった。


映像の中の父は、ゴールを守っていた。シュートを弾いて、DFに声をかけていた。あの男も、何かのためにプレーしていたはずだった。ピッチに立つことが好きだったはずだった。


それを失った。


失った後、別の生き方ができなかった。


---


もう一度映像を再生した。


父がシュートを弾く場面を、もう一度見た。


飛び方が速かった。判断が早かった。あの時代のGKにしては、動きが洗練されていた。


少しだけ、わかる気がした。


ピッチに立っていたころの父は、別の人間だったのかもしれない。


ニコラスが知っている父は、すでに終わっていた男だった。でもピッチにいた父は、まだ何かの途中だった。


---


グレースに電話しようか、と思った。


でも深夜だった。やめた。


メッセージを送った。


「父の映像を見た。GKとしては悪くなかった」


グレースからすぐ返信が来た。眠っていなかったのかもしれなかった。


「そう。昔の写真、一枚だけあるわよ。ユニフォーム着てる写真。見る?」


ニコラスは少し間を置いた。


「いつか」と返した。


「わかった。いつでも言って」


それだけだった。


ニコラスはスマートフォンを置いた。


部屋が静かだった。


父のことをもっと知りたいか、と自分に問いかけた。


わからなかった。でも今夜、百三十七試合という数字と、シュートを弾く映像を見た。


それで十分だと思った。少なくとも今は。


---


翌朝の練習、ニコラスはグラウンドへ出た。


ゴールが二つあった。


ニコラスはそのゴールを見た。


父はあの場所を守っていた。自分は反対側からあの場所を狙う。


それだけのことだった。


でも少しだけ、何かが違って見えた。


ボールを蹴った。


ゴールに向かった。


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