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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ2年目

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79/110

スパイク


---


六月の中旬、ワールドカップ開幕の直前だった。


ゾーイから電話が来た。


「ナイキから正式なオファーが来ています」


「スパイクか」


「スパイク契約です。長期、複数年。条件は後で送りますが、数字はかなり良いです」ゾーイは言った。「ただ、それだけじゃないんです」


「どういうことだ」


「ナイキは広告キャンペーンも一緒にやりたいと言っています。ワールドカップのタイミングに合わせた映像広告です」


ニコラスは少し間を置いた。


「俺が広告に出るのか」


「そういうことです」


「断れるか」


「スパイク契約だけにすることもできます」ゾーイは言った。「ただ、話だけでも聞いてみませんか。担当者が直接会いたいと言っています」


---


代表合宿の空き時間に、ゾーイが連れてきたナイキの担当者と会った。


三十代の男だった。スーツではなくナイキのジャケットを着ていた。名前はジェームズと言った。


「今日はありがとうございます」とジェームズは言った。「単刀直入に話させてください」


「そうしてくれ」


「我々はロメロ選手に、スパイク契約と広告キャンペーンをお願いしたいと思っています」ジェームズは言った。「今回のキャンペーンのコンセプトは一つです。言葉じゃなく、プレーで語る選手」


ニコラスは少し間を置いた。


「それは」


「ロメロ選手のことです」ジェームズは言った。「インタビューを見ました。試合映像を何時間も見ました。ロメロ選手は話さない。でもプレーで全部語っている。それが今、世界中に伝わっています」


「広告で何を撮りたいんだ」


「プレーです」ジェームズは言った。「セリフはいりません。ロメロ選手がボールを受けて、DFを外して、ゴールを決める。それだけです。余計なものは何もいらない」


ニコラスはジェームズを見た。


「本当にそれだけか」


「本当にそれだけです」


---


その夜、ゾーイと二人で話した。


「どう思いましたか」とゾーイは聞いた。


「嫌いじゃない」


ゾーイは少し驚いた顔をした。「珍しいですね、そういう反応」


「セリフがないなら、俺に向いている」


「確かに」ゾーイは笑った。「でも一つ聞いていいですか。スパイクにこだわりはありますか。履き心地とか」


ニコラスは少し考えた。


チェスターフィールドのころは、安いスパイクしか買えなかった。コンヤでは支給されたものを履いた。ルガーノでも同じだった。ヴィラに来てから、初めて自分で選んで買った。


「ゴールを決められれば何でもいい」とニコラスは言った。


「ナイキのスパイクで決めてきましたよね、今季のゴールは全部」


「そうだったか」


「そうです」ゾーイは言った。「気づいていなかったんですか」


「履き心地がいいとは思っていた」


ゾーイは少し笑った。「それで十分です。では進めていいですか」


「頼む」


---


一週間後、契約書にサインした。


ゾーイが横にいた。


書類の最後のページにサインを書いた。


「これでナイキの選手です」とゾーイは言った。


ニコラスはペンを置いた。


チェスターフィールドで初めてスパイクを買ったのはいつだったか。安いものしか買えなかった。半年も履くと底が剥がれてきた。それで初めてまともにボールを蹴った。


そこから六年。今、世界最大のスポーツブランドと契約した。


「どんな気分ですか」とゾーイは聞いた。


「よくわからない」


「そうですよね」ゾーイは言った。「ただ、一つ言いいいですか」


「何だ」


「あなたが最初のオファーを断ったとき、私はいつか必ずもっと大きな話が来ると思っていました」


「最初のオファーとは」


「ヴィラ1年目のオフシーズン、複数のブランドから接触がありました。全部断りましたよね。あなたが関心を示さなかったので」


ニコラスは少し考えた。そういえばそういう話があった、とぼんやり思い出した。


「今回は違ったのか」とゾーイは聞いた。


「セリフがない」とニコラスは言った。「それだけだ」


ゾーイは頷いた。「それがロメロさんらしいと思います」


---


数日後、代表合宿の練習後にベリンガムが近づいてきた。


「ナイキと契約したのか」ベリンガムは言った。


「そうだ」


「俺もナイキだ」ベリンガムは言った。「お揃いだな」


「スパイクが同じでもプレーは変わらない」


ベリンガムは少し笑った。「そりゃそうだ」


それだけだった。


でも翌日の練習で、ナイキのスタッフが新しいスパイクを持ってきた。


黒いスパイクだった。


ニコラスはそれを手に取った。軽かった。


グラウンドへ出た。


ボールを蹴った。


変わらなかった。ゴールに向かう感覚は、チェスターフィールドのころからずっと同じだった。


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