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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ2年目

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73/110

トロフィー


---


表彰式が終わっても、選手たちはピッチに残っていた。


スタッフが紫のTシャツと帽子を配った。「CHAMPIONS」と書いてあった。ニコラスはそれを受け取って、着た。


七万人がまだいた。帰らなかった。スタンドが紫に揺れていた。


---


マルティネスが全員を集めた。


円になった。


「このチームで優勝できた」とマルティネスは言った。スペイン語訛りの英語だった。「全員のおかげだ。全員に感謝している」


チームメイトが頷いた。何人かが声を上げた。


ニコラスは円の中に立っていた。


去年も同じ場所に立っていた。でも去年は少し外側にいた。円の中にいながら、少し外から見ていた。


今日は違った。自分がその円の一部だと感じた。


---


解散して、それぞれが動き始めた。


家族が入ってきた。子供を連れてきた選手がいた。奥さんと抱き合っている選手がいた。


ニコラスは少し離れたところに立っていた。


グレースはいなかった。今日は来られないと言っていた。体調が完全に戻りきっていなかった。


スマートフォンを取り出した。


グレースから着信が三件来ていた。


折り返した。


「見てた」とグレースはすぐに出た。「全部見てた」


「そうか」


「あのPK、心臓止まるかと思った」


「止まらなくて良かった」


グレースは笑った。「本当に。ニコラス」


「何だ」


「おめでとう」


ニコラスは少し間を置いた。


「ありがとう」


電話を切った。


---


ワトキンスが来た。


「母親か」


「そうだ」


「来られなかったのか」


「体調がまだ完全じゃない」


ワトキンスは少し頷いた。「来季は連れてこい」


「そうする」


二人でピッチに立った。七万人がまだいた。スタンドのどこかで「ヴィラ」というコールが始まった。広がっていった。


しばらくして、ワトキンスの後ろから小さな声がした。


「パパ」


ワトキンスが振り返った。妻が二人の子供を連れて歩いてきた。上の子が走ってきてワトキンスの足にしがみついた。ワトキンスが抱き上げた。


「ニコラス」とワトキンスが言った。「うちの家族だ」


妻が「おめでとうございます」と言った。


上の子がニコラスをじっと見ていた。それからワトキンスの耳に口を近づけて、小声で何かを言った。


ワトキンスが笑った。「ロメロ選手だって言ってる。テレビで見てるから知ってるんだ」


ニコラスは少し屈んで子供と目線を合わせた。


「よろしく」と言った。


子供は照れて、ワトキンスの肩に顔を埋めた。


ワトキンスが笑った。「こいつ、お前の真似してシュート練習してるぞ」


「本当か」


「本当だ」


ニコラスはその小さな顔を少し見た。二年前に動画の中で走り回っていた子供が、今日ここにいた。ワトキンスがこの子たちのために戦っている、ということを、今日初めて体で感じた気がした。


---


インタビュアーが来た。


試合後のピッチサイドインタビューだった。カメラが向いた。


「ロメロ選手、プレミアリーグ優勝おめでとうございます。今日のPK、あの場面で何を考えていましたか」


ニコラスはカメラを見た。


「右に蹴ると決めていた。それだけです」


「GKが揺さぶってきていましたが」


「見えていました。でも変えませんでした。変えると体がぶれる」


「今季、リーグ優勝、カラバオ制覇、そして得点ランキング2位。この2年間を振り返って、一番大きかったことは何ですか」


ニコラスは少し考えた。


「言葉を覚えたことです」


インタビュアーが少し間を置いた。「言葉、ですか」


「ピッチで起きていることを、言葉にすることを覚えた。それが今季の自分を変えた一番大きなことだと思います」


「最後に、ファンへひと言」


ニコラスはスタンドを見た。紫がまだ揺れていた。


「ありがとう」と言った。スペイン語ではなく、英語だった。「来季も、ここで戦います」


---


「どんな気分だ」とワトキンスが言った。


ニコラスは少し考えた。


「重い」


「カラバオより重いか」


「比べ物にならない」


ワトキンスは笑った。「そうだろうな」


「お前は」


「俺も重い」ワトキンスは言った。「でも今日は違う重さだ。カラバオのときは『やっと取れた』だった。今日は、ここから先がある、という重さだ」


ニコラスはその言葉を聞いた。


「ここから先」


「CLで負けた。得点王も取れなかった。でも今日、リーグを取った。それがある。その上で、まだあるということだ」


「そうだな」とニコラスは言った。


---


パウ・トーレスが来た。


「ニコラス」とパウ・トーレスはスペイン語で言った。「お前が今日取ったPK、ずっと覚えていると思う」


「なぜ」


「あれだけ静かに立てる選手を、俺は見たことがない」パウ・トーレスは言った。「七万人いて、シティの選手が詰め寄って、ゴールがかかっていて。それでもお前は止まっていた」


ニコラスは少し考えた。


「止まっていたのではない。右に蹴ると決めていた。それだけだった」


「それだけ、か」パウ・トーレスは笑った。「二年間、お前と同じチームでいられて良かった」


ニコラスはパウ・トーレスを見た。


「俺もだ」


スペイン語だった。


パウ・トーレスは少し目を細めた。それから頷いた。


---


マルティネスがトロフィーを持ってきた。


「もう一度持て」とマルティネスは言った。


ニコラスはトロフィーを受け取った。


重かった。さっきと同じ重さだった。


マルティネスがそばに立った。


「写真を撮る」とマルティネスは言った。「嫌か」


ニコラスは少し考えた。


「撮れ」


カメラマンが来た。


マルティネスがニコラスの肩に手を置いた。ワトキンスが反対側に来た。ロジャースが後ろから頭を出した。ベイリーが割り込んできた。パウ・トーレスが来た。オナナが来た。


気づいたら全員が集まっていた。


シャッターが鳴った。


---


ロッカールームに戻った。


エメリーが立っていた。


全員が揃うのを待った。


「お前たちはやった」とエメリーは言った。「プレミアリーグのチャンピオンだ。それはこれから先、ずっと変わらない」


静かだった。


「来季また始まる。今日だけ喜べ」


それだけだった。


---


シャワーを浴びて、着替えた。


ニコラスはロッカーの前に座った。


今季を頭の中で追った。


二トップが始まった。言葉が足りなかった。エゴを自覚した。反転シュートを身につけた。カラバオを取った。スランプがあった。アリスターと引き分けた。CLで敗れた。グレースの体調が崩れた。オファーが来た。そして今日、リーグを取った。


全部繋がっていた。


どれか一つが欠けていたら、今日ここにいなかったかもしれない。


ワトキンスが通りかかった。


「今日のこと、言語化できそうか」とワトキンスは言った。


ニコラスは少し考えた。


「まだできない」


「そうか」ワトキンスは言った。「できるようになったら聞かせてくれ」


「お前にだけ言う」


ワトキンスは少し笑った。「光栄だな」


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