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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ2年目

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72/110

最終節――シティ


---


五月の最終日曜日、ヴィラパークだった。


キックオフ三時間前から、スタジアムの外に人が集まっていた。バーミンガムの空が晴れていた。


ロッカールームに入ると、誰も喋っていなかった。いつもは誰かが音楽をかけていた。今日は誰もかけていなかった。


着替える音だけがあった。


ニコラスは9番のユニフォームを着た。


---


エメリーが話した。


「今日勝てば優勝だ。引き分けは優勝できない。負けは論外だ。それだけだ」


それだけだった。


戦術の話はなかった。映像もなかった。


エメリーは全員の顔を一度見て、出ていった。


---


ウォームアップ中、ハーランドが向こうのハーフで走っていた。


ニコラスはその姿を一度だけ見た。


大きかった。速かった。プレミアで五年、同じ場所に立ち続けてきた選手の体だった。


ニコラスは視線を切った。


自分の体を動かした。


---


キックオフ。


序盤からシティが押し込んだ。


シティはヴィラが勝ちに来ることをわかっていた。引き分けでは届かない。だから前に出てくる。その裏を使う戦略だった。


八分、ハーランドがボールを受けた。コンサが寄せた。ハーランドは止まらなかった。体でコンサを外した。シュートを打った。


マルティネスが弾いた。


ニコラスはそのプレーを見ていた。重心を外す動きが速かった。練習でも見たことがない動きだった。


---


十七分、ヴィラのカウンターだった。


ロジャースがボールを持った。前にスペースがあった。ニコラスが走った。ワトキンスが逆サイドへ流れた。


ロジャースからパスが来た。


DFが来た。背中を向けた。ポストで受けた。


ワトキンスが動いた。右から左へ走り込んでいた。


DFの重心を感じた。反転した。


シュートは打たなかった。


ワトキンスへ出した。


ワトキンスが受けた。GKと一対一だった。


左に流し込んだ。


入った。


一対〇。


ヴィラパークが揺れた。七万人の音が波になった。


ワトキンスがニコラスを見た。ニコラスは頷いた。それだけだった。


---


三十一分、同点にされた。


ハーランドではなかった。中盤からのミドルシュートだった。マルティネスの指先をかすめてゴールに入った。


一対一。


ヴィラパークが静かになった。


ニコラスはセンターサークルへ歩いた。


まだ六十分ある。取り返せる。


---


三十八分、ハーランドがまた動いた。


右サイドでボールを受けた。パウ・トーレスが対応した。ハーランドはサイドへ流れてクロスを要求した。


クロスが入った。


ハーランドが飛んだ。


マルティネスが弾いた。


こぼれ球がエリア内に転がった。シティの選手が詰めた。


ニコラスがブロックした。


ゴールラインの手前で止まった。


---


ハーフタイム、一対一だった。


エメリーが言った。


「シティは中盤を厚くしてきている。サイドが空いている。キャッシュとロジャースを使え。クロスの本数を増やす。二トップへ届ける回数を増やす」


ニコラスは頷いた。


後半、もう一点取る。それだけだった。


---


後半が始まった。


五十一分、キャッシュが右サイドを上がった。クロスが入った。


ワトキンスが飛んだ。競り勝った。


ヘディングがゴールに向かった。


入った。


二対一。


ヴィラパークが揺れた。


---


六十三分、ハーランドがゴールを決めた。


カウンターだった。一対一になった。ハーランドがマルティネスの逆を突いた。


二対二。


ヴィラパークが静まった。


このまま引き分けならシティが優勝だった。


---


エメリーがベンチから指示を出した。前に出ろ、という合図だった。


ヴィラが前に出た。


シティも前に出た。どちらも引き分けでは届かない状況だった。オープンな試合になった。


七十一分、ニコラスがエリア内でボールを受けた。


DFが来た。


背中を向けた。


反転しようとした。


今度は反転できなかった。DFに体を押さえられた。


倒れた。


笛が鳴った。


PK。


---


ヴィラパークが一瞬、静まった。


それからどよめきが来た。七万人が同時に何かを感じた音だった。


シティの選手たちが審判に詰め寄った。笛は変わらなかった。


---


ニコラスはボールを受け取った。


スポットへ歩いた。十二ヤード。ゴールまでの距離を体が知っていた。


ボールを置いた。


スタジアムが静かになっていった。少しずつ、波が引くように静かになった。七万人が同時に息を止めた。


「ロメロがスポットに立ちました。このPKを決めれば三対二、ヴィラが再びリードします。プレミアリーグの優勝が、この一本にかかっています」


シティのGKがラインの中央に立った。手を広げて、ゴールを大きく見せた。


何かを言っていた。ニコラスには聞こえなかった。


---


ニコラスはGKを見た。


大きかった。両手を広げるとゴールの半分が消えた。


コースを決めた。右だ。


GKが動いた。右に半歩寄った。


ニコラスはその動きを見た。


読まれているかもしれない。


でも変えない、と思った。自分が決めたコースを変えない。変えると体がぶれる。


「ロメロ、動きません。ゆっくりと助走の距離を確認しています。プレミアリーグ、残り十九分。このPK、外せません」


GKがまた動いた。今度は左に寄った。


揺さぶっていた。


ニコラスはGKを見続けた。


右だ。変えない。


---


助走をつけた。


四歩。


三歩。


二歩。


GKが動き始めた。左へ飛んだ。


蹴った。


右下。低く、速く。


GKの体が左へ伸びた。


ボールが右のネットを揺らした。


---


*「入ったーーー!ロメロ!ニコラス・ロメロ!PKを決めました!三対二!ヴィラが再びリード!チェスターフィールドから来た男が、プレミアリーグの頂点へヴィラを押し上げた!」*


ニコラスは走った。コーナーフラッグの方へ走った。


チームメイトが追いかけてきた。ワトキンスが最初に来た。ロジャースが来た。オナナが来た。マルティネスがゴールを離れて走ってきた。パウ・トーレスが来た。全員が来た。


押しつぶされた。


---


残り十九分、シティが攻めた。


ヴィラが守った。


八十二分、シティのクロスが入った。ハーランドが飛んだ。コンサが体を張った。


弾いた。


八十七分、シティのFKだった。


壁を作った。


ミドルシュートが飛んだ。


マルティネスが両手で弾いた。


アディショナルタイム、五分だった。


ヴィラが時間を使った。ボールを回した。シティが追いかけた。


ニコラスがボールを受けた。コーナーへ運んだ。時間を使った。


笛が鳴った。


---


試合終了。三対二。


ヴィラがシティに勝った。


プレミアリーグ優勝。


---


笛が鳴った瞬間、ニコラスはピッチの上に立ったまま動かなかった。


まわりが動いた。ワトキンスが叫んでいた。ロジャースが飛び跳ねていた。エメリーがベンチで立ち上がっていた。


ニコラスは少し目を閉じた。


チェスターフィールドから始まった。四部リーグだった。コンヤがあった。ルガーノがあった。プレミアの一年目があった。二年目があった。


この瞬間のために来たわけじゃなかった。でもここに来た。


ワトキンスが来た。


何も言わなかった。ただ、肩を抱いた。


ニコラスは少し、その重みを受け取った。


---


表彰式が始まった。


トロフィーが運ばれてきた。


マルティネスがトロフィーを持ち上げた。テープが飛んだ。


ニコラスの番が来た。


両手で持った。


カラバオのトロフィーより重かった。


プレミアのトロフィーは、違う重さがあった。


---


表彰式が終わって、ピッチに選手が残っていた。


シティの選手たちが通路へ引き上げていく中、ハーランドがニコラスのそばに来た。


「おめでとう」とハーランドは言った。ノルウェー訛りの英語だった。


「ありがとう」


「今日、三十四点か」


ニコラスは少し考えた。PKの一点だった。


「そうだ」


「俺は三十五点で終わった」ハーランドは言った。「来季また競おう」


「来季も取る」とニコラスは言った。


ハーランドは少し笑った。「そうだろうな」


それだけ言って、通路へ向かった。


ニコラスはその背中を少し見た。


プレミアで五年、ゴールを取り続けてきた選手が、来季もここにいる。


自分も来季ここにいる、とニコラスは思った。少なくとも今は、そう思った。


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