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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ2年目

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グレース


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五月の初旬、リバプールがCL決勝でバイエルン・ミュンヘンを下して優勝した。ニコラスはその結果をスマートフォンで確認した。自分たちを倒したチームが頂点に立った。悔しかった。でもそれが今の差だと思った。来季、この舞台でもっとやる。


---


CLの敗退から四日後、グレースから電話が来た。


夜の九時だった。グレースからの電話はいつもメッセージで予告があってからだった。いきなりの電話は珍しかった。


「どうした」


「ちょっと話したくて」グレースの声は普通だった。でも少し間があった。


「何かあったか」


「実はね」グレースは少し間を置いた。「先週から体の調子がよくなくて。疲れやすくて、少し息が上がりやすくて。それで今日、病院に行ったの」


ニコラスは少し止まった。


「何と言われた」


「検査が必要だって。来週、もう少し詳しく調べることになった」


「何の検査だ」


「血液とか、心臓とか。心配しなくていいと思う。先生もたぶん問題ないと思うって言ってたし」


「たぶん」


「ニコラス」グレースは少し笑った。「大丈夫よ。ただ報告しておこうと思って。気にしないで、サッカーに集中して」


「気にするな、は無理だ」


「そう言うと思った」グレースはまた笑った。「でも本当に、大丈夫だと思ってる。先生もそう言ってたし」


「検査はいつだ」


「来週の木曜日」


「それまでに帰れる」とニコラスは言った。


「帰ってこなくていい。試合があるでしょう」


「土曜日に試合がある。でも木曜日までに帰れる」


「ニコラス」


「帰る」


グレースはしばらく黙った。


「……ありがとう」と言った。


---


翌日の練習、ニコラスは体は動いていたが頭が少し遠かった。


シュートを三本外した。エメリーは何も言わなかった。でも練習後に残った。


「何かあったか」とエメリーは言った。


「母の体調が優れない」とニコラスは言った。「先週から疲れやすく、息が上がりやすいと言っていた。昨日病院に行って、来週詳しい検査を受けることになった」


エメリーは少し間を置いた。


「木曜日に帰りたい」とニコラスは言った。「土曜日の試合には戻る」


「行け」とエメリーは言った。それだけだった。


---


水曜日の夜、ニコラスは車でチェスターフィールドへ向かった。


高速に乗ってから、四時間かかると気づいた。夜の道は空いていた。


グレースのアパートに着いたのは夜の十一時過ぎだった。


グレースはドアを開けて、ニコラスの顔を見た。


「顔色悪い」とグレースは言った。


「母さんが言うか」


グレースは笑った。「私はそんなに悪くないわよ。あなたの方が心配そうな顔してる」


ニコラスは部屋に入った。去年と同じ部屋だった。テリーの写真が壁にあった。父のユニフォームの写真もあった。


「何か食べた」とグレースが聞いた。


「途中でサービスエリアで何か食べた」


「それじゃ足りないでしょ」グレースはキッチンへ向かった。「座ってて」


ニコラスはソファに座った。


グレースがキッチンで動く音がした。普通の音だった。疲れた様子には見えなかった。でも見えないだけかもしれなかった。


「本当に大丈夫そうか」とニコラスは言った。


「見ての通りよ」グレースはスープを温めながら答えた。「ただ疲れやすいだけ。最近仕事も少し忙しかったし」


「仕事を減らせ」


「そんな簡単には」


「なぜ」


「生活があるから」グレースは少し笑った。「あなたと違って、私は試合で稼いでいないから」


ニコラスは少し間を置いた。


「俺が送る」


「いらない」グレースはすぐに言った。「そういうことじゃないの。ただちょっと無理してたってだけ。検査して問題なければ、少し休めばいい。それだけよ」


スープが出てきた。


「食べなさい」


ニコラスは食べた。温かかった。


---


木曜日、病院に付き添った。


グレースは「一人で行けるのに」と言ったが、ニコラスは聞かなかった。


待合室で一時間半待った。グレースが検査室に入っている間、ニコラスは椅子に座ってスマートフォンを持ったまま、何も見なかった。


いつもはピッチのことを考えていた。次の試合、次の相手、自分の動き。でも今日は何も考えられなかった。


グレースが出てきた。


「終わった」と言った。「結果は来週」


「何か言われたか」


「とくに。先生、穏やかな顔してたから、たぶん大丈夫だと思う」


「たぶん」


「ニコラス」グレースは少し笑った。「そんな顔しないで。あなたが心配そうにしてると、私が本当に具合悪いみたいじゃない」


ニコラスは少し黙った。


「心配している」


「知ってる」グレースは言った。「でも帰ってきてくれただけで、十分よ」


---


帰り道、二人で少し歩いた。


チェスターフィールドの街だった。子供のころ歩いた道があった。テリーの店の前を通った。まだあった。


「テリー、最近どうだ」とニコラスは聞いた。


「元気よ。先月、店の前でばったり会ったけど、あなたのこと話してたわ。チェスターフィールドから出たあの子が最近どこそこで活躍してるって、地元の人に毎日話してるって」


「まだそんなことを」


「あの人はずっとそうよ」グレースは笑った。「あなたのこと、孫みたいに思ってるんじゃないかしら」


ニコラスは少し歩きながら、テリーの店の小さなショーウィンドウを見た。


チェスターフィールドから来た。ここから始まった。


「来季、リーグ取ったら旅行に連れていく」とニコラスは言った。


「まだそれ言う」グレースは笑った。「今季取れなかったの」


「CLで負けた。でもリーグはまだ残ってる」


「残り何試合」


「五試合だ。シティとの差は二。取れる」


グレースはニコラスを少し見た。


「取りなさいよ」と言った。「取ったら旅行。約束ね」


「取る」


---


金曜日の朝、車でバーミンガムへ戻った。


グレースが玄関まで来た。


「来てくれてありがとう」とグレースは言った。「安心した」


「俺もだ」


ニコラスはスマートフォンを取り出した。グレースの口座に送金した。検査代として想定した額より多かった。


「何してるの」グレースは気づいた。


「送った」


「いらないって言ったでしょう」


「俺が決めた」


グレースはしばらくニコラスを見た。


「受け取らない」


「もう送った」


「返す」


「返してくれていい。でもまた送る」


グレースは少し黙った。それから小さくため息をついた。


「……頑固なんだから」


「お前に似た」


グレースは笑った。「母さんに似た、でしょ」


ニコラスは少し間を置いた。「母さんに似た」


グレースはそれを聞いて、少し目を細めた。怒っているのか笑っているのか、わからない顔だった。


「行きなさい。サッカーしてきて」


ニコラスは車に乗った。


バックミラーに、手を振るグレースが見えた。


その姿がいつもより少し小さく見えた。気のせいかもしれなかった。でも、ニコラスは少し長くバックミラーを見ていた。


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