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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ2年目

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空白


---


二月の半ば、ニコラスは七試合ゴールがなかった。


数字として知っていた。試合が終わるたびに、その数字が一つ増えた。一試合、二試合、三試合。気づいたときには七試合になっていた。


---


体は動いていた。


走れていた。ポストプレーはできていた。ワトキンスへのパスも出せていた。反転シュートも打てていた。ネットを揺らせていなかっただけだった。


それだけのことだった。


でも七試合という数字は、少し重かった。


---


八試合目の前夜、ニコラスはホテルの部屋で天井を見ていた。


明日も打てるだろうか、と思った。


その考えが浮かんだ瞬間、ニコラスは少し止まった。


今まで、そういうことを考えたことがなかった。打てるかどうかを考えたことがなかった。ゴール前に立てば打つ。それだけだった。コンヤでも、ルガーノでも、ヴィラ1年目でも、ゴールが取れない時期はあった。でも「打てるだろうか」とは思わなかった。


今日初めて、そう思った。


怖いのかもしれない、とニコラスは思った。


---


その感覚が何なのか、しばらく考えた。


打ってきた。ずっと打ってきた。ゴールへの嗅覚はある。反転シュートも身につけた。体の状態は悪くない。


なのに七試合入らなかった。


その事実が、少しずつ何かを削っていた。体ではなく、頭の中の何かを。


エメリーが去年言っていた言葉を思い出した。「無意識の変化は、崩れるときも無意識だ」。


崩れているのかもしれない、とニコラスは思った。でも何が崩れているのかがわからなかった。


---


翌朝、練習前にエメリーのところへ行った。


「言語化したいことがある」とニコラスは言った。


エメリーは少し目を細めた。「話せ」


「七試合ゴールがない。体は動いている。でも昨夜、打てるかどうかを考えた。今まで考えたことがなかった」


エメリーは黙って聞いた。


「怖いのかもしれない」


しばらく沈黙があった。


「何が怖い」とエメリーは言った。


ニコラスは少し考えた。


「わからない。でも何かが怖い」


「それを言葉にできるか」


「まだできない」


エメリーは頷いた。「使い続ける」と言った。「お前を外す理由がない。ゴールが入っていないだけで、お前がやるべきことはできている」


それだけだった。


ニコラスはそれを聞いた。使い続ける。それがエメリーの答えだった。


---


九試合目、十試合目。


ゴールは入らなかった。


ゾーイから電話が来た。


「メディアが書き始めています」とゾーイは言った。「スランプという言葉を使っています」


「そうか」


「気になりますか」


「気になる」とニコラスは言った。「今まで気にならなかった。でも今は少し気になる」


「それは正直な答えですね」ゾーイは少し間を置いた。「でも数字は嘘をつきません。今季全体で見れば、まだ十分なペースです」


「わかっている」


「わかっているなら大丈夫です」とゾーイは言った。「ただ、一つだけ聞かせてください。今、何かが変わりましたか。プレーの感覚で」


ニコラスは少し考えた。


「打つ前に、少し考えるようになった」


「それが原因かもしれません」


ニコラスは黙った。


「考えすぎると遅くなります」とゾーイは言った。「それだけです。おやすみなさい」


電話が切れた。


---


打つ前に、少し考えるようになった。


ゾーイの言葉を繰り返した。


エメリーが言っていた。「考えながら動けるようになれ」。でもゾーイは「考えすぎると遅くなる」と言った。矛盾していた。


矛盾していなかった。


考えることと、考えすぎることは違う。頭で追いかけながら体が先に動く状態が正しい。頭が先に動いて体が遅れるのが崩れた状態だった。


何が崩れているのか、ようやく言葉になった。


頭が先に走っていた。七試合ゴールが入らない、という事実が頭に先に来ていた。体より頭が速くなっていた。


---


次の練習でワトキンスに話した。


「七試合入らない原因がわかった」


「何だ」


「頭が先に走っていた。ゴールが入らないという事実が、シュートを打つ前から頭にあった」


ワトキンスは少し考えた。


「それに気づけたのか」


「昨日やっとわかった」


「言語化できたなら、修正できる」ワトキンスは言った。「お前は去年より頭が使えるようになっている。だから頭が邪魔になることもある。それがベテランになるってことだ」


ニコラスは黙って聞き、尋ねた。


「ベテランはどうする」


「慣れるしかない」ワトキンスは笑った。「頭と体のバランスを取る感覚を、また体に染み込ませる。時間がかかるけどな」


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十一試合目。


前半、二度チャンスがあった。どちらも打つ前に頭が動いた。コースを考えた。GKの位置を確認した。その一瞬、体が遅れた。シュートはどちらも枠を外れた。


ハーフタイム、ニコラスはロッカールームで少し考えた。


頭で動こうとするたびに遅くなる。わかっていた。でも試合に入ると頭が先に来る。言語化を意識するようになってから、頭が動くのが早くなった。それが裏目に出ていた。


次のチャンスは、去年までのように動こう、とニコラスは決めた。考える前に体を動かす。言語化は後でいい。


六十一分、エリア内でボールが来た。


頭が動きかけた。


体を先に動かした。


打った。


入った。


ニコラスは右手を上げた。チームメイトが来た。ワトキンスが来た。


何も言わなかった。でも頷いた。


それでよかった。


---


試合後、エメリーとすれ違った。


「何が崩れていたかわかったか」


「わかりました」


「言葉にできるか」


「頭が先に走っていました。体より速かった」


エメリーは頷いた。


「また崩れることがある。そのときも言葉にしろ」


「はい」


エメリーは先に歩いていった。


ニコラスはその背中を少し見てから、ロッカールームへ向かった。


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