FAカップ
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十一月の第二週、FAカップ一回戦。
ゲイリーがロッカールームで言った。
「FAカップを知っているか」
「名前は知っています」
「イングランドで最も古いカップ戦だ。どのカテゴリーのクラブでも出られる。俺たちみたいな四部のチームが、プレミアのチームを倒すこともある」
ニコラスは頷いた。
「今日の相手は同じ四部だ。まずここを勝て。その先に何があるかは、勝ってから考える」
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一回戦の相手は、リーグでも対戦経験のあるチームだった。
試合は淡々と進んだ。ニコラスは前半十二分に先制点を取った。右サイドからのカウンター、DFを一枚かわしてGKと一対一、左に流し込んだ。
後半にも追加点を取った。コーナーキックの流れで、こぼれ球に反応した。
二対〇で勝った。
「次は二回戦だぞ」とテリーが言って、チームメイトが笑った。
ニコラスは着替えながら、特別なことが起きたとは思っていなかった。試合があった。ゴールを決めた。勝った。それだけだった。
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十二月の第一週、FAカップ二回戦。
相手はチャンピオンシップ、イングランド二部のクラブだった。
ゲイリーが試合前に言った。「相手は格上だ。でも不可能じゃない。カップ戦は一発勝負だ」
チームメイトの顔が少し硬かった。二部のチームと対戦する機会はそう多くない。ロッカールームの空気に緊張があった。
ニコラスは特別何も感じていなかった。相手が二部だろうと、やることは同じだ。ゴール前でボールをもらって、蹴る。いつも通りだ。
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試合が始まった。
最初の十分で、違いがわかった。
相手のフィジカルが強かった。四部の選手とは強度が違った。パスが速く、正確だった。チェスターフィールドの選手たちが後手に回る場面が続いた。
十八分、先制点を取られた。
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二十六分、ニコラスにボールが来た。
ペナルティエリアの右端。DFが一枚来たが、体を入れてターンすることで躱した。右足を振り抜いた。ボールがGKの左下を抜けていった。
一対一。
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しかし三十五分、また取られた。二対一。
後半、乱打戦になった。
五十一分、ニコラスがカウンターからヘッドで合わせて、二対二。
六十三分、取られた。三対二。
七十一分、ニコラスがペナルティエリア内で止まらずに右足で流し込んだ。三対三。
七十八分、また取られた。四対三。
残り十二分。
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八十六分、コーナーキックが来た。
ニコラスが飛んだ。DFより高く。ヘッドで叩いた。
入った。
四対四。
スタジアムが爆発した。テリーがベンチから飛び出てきた。
試合は延長戦に入った。
両チームとも疲弊していた。延長前半、どちらも足が止まり始めた。
延長後半十三分、ペナルティエリアの手前でニコラスがボールを受けた。DFが一枚。切り返した。右足を振った。
五対四。
今度はチェスターフィールドが勝ち越した。
そのまま試合は終わった。
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ロッカールームは騒然としていた。
「ジャイアントキリングだ!」とテリーが叫んだ。「二部に勝ったぞ!」
誰かが飛び跳ねていた。誰かが泣いていた。
ニコラスは着替えながら、それを眺めていた。嬉しかった。でもそれより先に、今日の試合の中で見えたことを考えていた。
四ゴール取った。延長ゴールで勝った。
でも試合を通じて、相手に四点取られた。チェスターフィールドの守備は、二部の攻撃をほとんど止められなかった。自分がゴールを取り続けなければ、もっと早く終わっていた試合だった。
「次は三回戦だ」とゲイリーが言った。「プレミアのチームが入ってくる」
プレミア。
ニコラスはその言葉を聞いた。
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一月の第二週、FAカップ三回戦。
抽選の結果、エバートンがチェスターフィールドのホームに来ることになった。
プレミアリーグ、中位のクラブだった。それでも、チェスターフィールドよ三つカテゴリーが上だ。
地元の新聞はその週、ずっとこの試合の話をしていた。「奇跡が起きるか」という見出しが躍った。チケットは即完売だった。チェスターフィールドのスタジアムが、これほど早く売り切れたことは近年なかったと、テリーが言っていた。
ゲイリーがミーティングで言った。
「相手は格上だ。でもここは俺たちのホームだ。できることを全部やれ。何が起きるかはわからない」
チームメイトが頷いた。
ニコラスは前を向いていた。
プレミアの選手たちが、どうやってプレーするのかを、自分の目で見たかった。
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試合が始まった。
最初の五分で、全部わかった。
速度、技術、判断の速さ、どれを取ってもレベルが違った。
エバートンの選手がボールを持つと、チェスターフィールドのプレスが間に合わなかった。到達する前に次のプレーが始まる。守備のポジションを整える時間がない。
十一分、先制点を取られた。
右サイドから崩されて、中央に折り返された。チェスターフィールドのGKには反応できない速さだった。
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二十三分、ニコラスにボールが来た。
カウンターの形だった。ニコラスが受けた。DFが一枚来た。
力づくで振り切った。
GKと一対一になった。
右足を振った。
入った。
一対一。
スタジアムが揺れた。チェスターフィールドのサポーターが全員立ち上がった。
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でも二十九分、取られた。
三十七分、また取られた。
前半が終わった。三対一。
ロッカールームは静かだった。チームメイトの顔に疲労と混乱が混じっていた。エバートンの攻撃を受け続けて、何人かは当たりの強さに顔をゆがめていた。
ゲイリーが言った。「後半も戦え。最後まで諦めるな」
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後半が始まった。
エバートンはペースを落とさなかった。むしろ上げてきた。
五十三分、四対一。
六十一分、五対一。
七十四分、六対一。
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ニコラスは走り続けていた。
ボールが来るたびに前を向き、DFと戦った。でもボールが来る回数が前半より減っていた。チームメイトがボールを持てなくなっていた。
八十一分、ニコラスがまたボールを受けた。
カウンターではなかった。ロングボールを体で収めた。DFが二枚来た。
一枚を振り切った。もう一枚が来た。
それでも打った。
枠を外れた。
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試合は六対一で終わった。
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ロッカールームは沈黙していた。
誰も話さなかった。シャワーの音だけがした。
ニコラスは着替えながら、今日の試合を頭の中でなぞった。
一ゴール取った。
でも試合は六対一で負けた。
プレミアのチームは、自分一人がゴールを取っても、どうにもならない水準で動いていた。チームとして、全員が同じビジョンを見ていた。ニコラスが一点返しても、また次の点を取りにきた。止まらなかった。
自分がいくら点を取っても、チームが同じ水準でなければ、試合にならない。
四部のチェスターフィールドとプレミアのエバートン。その差は、一人の選手がどれだけ頑張っても埋められるものではなかった。
その事実が、静かに、確実に、体に入ってきた。
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翌日の練習後、ゲイリーが声をかけた。
「昨日、どう思った」
「差がわかりました」
「どんな差だ」
ニコラスは少し間を置いた。
「俺が点を取っても、試合にならなかった。プレミアは一人で変えられない。チーム全体が同じ水準でないと、戦いにならない」
ゲイリーはしばらく黙っていた。
「それがわかったか」
「わかりました」
「お前は今、どこに行きたいと思ってる」
ニコラスは答えるまでに、一秒もかからなかった。
「プレミアです」
ゲイリーは頷いた。
「今日その言葉が聞けてよかった」と彼は言った。「シーズンが終わったら、また話をしよう」
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リーグ戦が再開した。
四部の相手と戦いながら、ニコラスはあの試合のことを時々思い返した。
六対一。一ゴール取った。でも試合にならなかった。
ゴールを決めることと試合に勝つことは、別のことだ。そしてチームが同じ水準でなければ、自分のゴールは勝ちに繋がらない。
プレミアに行く。
それは漠然とした思いではなくなっていた。
行かなければならない、という確信になっていた。
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