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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
チェスターフィールド

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6/110

FAカップ


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十一月の第二週、FAカップ一回戦。


ゲイリーがロッカールームで言った。


「FAカップを知っているか」


「名前は知っています」


「イングランドで最も古いカップ戦だ。どのカテゴリーのクラブでも出られる。俺たちみたいな四部のチームが、プレミアのチームを倒すこともある」


ニコラスは頷いた。


「今日の相手は同じ四部だ。まずここを勝て。その先に何があるかは、勝ってから考える」


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一回戦の相手は、リーグでも対戦経験のあるチームだった。


試合は淡々と進んだ。ニコラスは前半十二分に先制点を取った。右サイドからのカウンター、DFを一枚かわしてGKと一対一、左に流し込んだ。


後半にも追加点を取った。コーナーキックの流れで、こぼれ球に反応した。


二対〇で勝った。


「次は二回戦だぞ」とテリーが言って、チームメイトが笑った。


ニコラスは着替えながら、特別なことが起きたとは思っていなかった。試合があった。ゴールを決めた。勝った。それだけだった。


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十二月の第一週、FAカップ二回戦。


相手はチャンピオンシップ、イングランド二部のクラブだった。


ゲイリーが試合前に言った。「相手は格上だ。でも不可能じゃない。カップ戦は一発勝負だ」


チームメイトの顔が少し硬かった。二部のチームと対戦する機会はそう多くない。ロッカールームの空気に緊張があった。


ニコラスは特別何も感じていなかった。相手が二部だろうと、やることは同じだ。ゴール前でボールをもらって、蹴る。いつも通りだ。


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試合が始まった。


最初の十分で、違いがわかった。


相手のフィジカルが強かった。四部の選手とは強度が違った。パスが速く、正確だった。チェスターフィールドの選手たちが後手に回る場面が続いた。


十八分、先制点を取られた。


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二十六分、ニコラスにボールが来た。


ペナルティエリアの右端。DFが一枚来たが、体を入れてターンすることで躱した。右足を振り抜いた。ボールがGKの左下を抜けていった。


一対一。


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しかし三十五分、また取られた。二対一。


後半、乱打戦になった。


五十一分、ニコラスがカウンターからヘッドで合わせて、二対二。


六十三分、取られた。三対二。


七十一分、ニコラスがペナルティエリア内で止まらずに右足で流し込んだ。三対三。


七十八分、また取られた。四対三。


残り十二分。


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八十六分、コーナーキックが来た。


ニコラスが飛んだ。DFより高く。ヘッドで叩いた。


入った。


四対四。


スタジアムが爆発した。テリーがベンチから飛び出てきた。


試合は延長戦に入った。


両チームとも疲弊していた。延長前半、どちらも足が止まり始めた。


延長後半十三分、ペナルティエリアの手前でニコラスがボールを受けた。DFが一枚。切り返した。右足を振った。



五対四。


今度はチェスターフィールドが勝ち越した。


そのまま試合は終わった。


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ロッカールームは騒然としていた。


「ジャイアントキリングだ!」とテリーが叫んだ。「二部に勝ったぞ!」


誰かが飛び跳ねていた。誰かが泣いていた。


ニコラスは着替えながら、それを眺めていた。嬉しかった。でもそれより先に、今日の試合の中で見えたことを考えていた。


四ゴール取った。延長ゴールで勝った。


でも試合を通じて、相手に四点取られた。チェスターフィールドの守備は、二部の攻撃をほとんど止められなかった。自分がゴールを取り続けなければ、もっと早く終わっていた試合だった。


「次は三回戦だ」とゲイリーが言った。「プレミアのチームが入ってくる」


プレミア。


ニコラスはその言葉を聞いた。


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一月の第二週、FAカップ三回戦。


抽選の結果、エバートンがチェスターフィールドのホームに来ることになった。


プレミアリーグ、中位のクラブだった。それでも、チェスターフィールドよ三つカテゴリーが上だ。


地元の新聞はその週、ずっとこの試合の話をしていた。「奇跡が起きるか」という見出しが躍った。チケットは即完売だった。チェスターフィールドのスタジアムが、これほど早く売り切れたことは近年なかったと、テリーが言っていた。


ゲイリーがミーティングで言った。


「相手は格上だ。でもここは俺たちのホームだ。できることを全部やれ。何が起きるかはわからない」


チームメイトが頷いた。


ニコラスは前を向いていた。


プレミアの選手たちが、どうやってプレーするのかを、自分の目で見たかった。


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試合が始まった。


最初の五分で、全部わかった。


速度、技術、判断の速さ、どれを取ってもレベルが違った。


エバートンの選手がボールを持つと、チェスターフィールドのプレスが間に合わなかった。到達する前に次のプレーが始まる。守備のポジションを整える時間がない。


十一分、先制点を取られた。


右サイドから崩されて、中央に折り返された。チェスターフィールドのGKには反応できない速さだった。


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二十三分、ニコラスにボールが来た。


カウンターの形だった。ニコラスが受けた。DFが一枚来た。


力づくで振り切った。


GKと一対一になった。


右足を振った。


入った。


一対一。


スタジアムが揺れた。チェスターフィールドのサポーターが全員立ち上がった。


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でも二十九分、取られた。


三十七分、また取られた。


前半が終わった。三対一。


ロッカールームは静かだった。チームメイトの顔に疲労と混乱が混じっていた。エバートンの攻撃を受け続けて、何人かは当たりの強さに顔をゆがめていた。


ゲイリーが言った。「後半も戦え。最後まで諦めるな」


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後半が始まった。


エバートンはペースを落とさなかった。むしろ上げてきた。


五十三分、四対一。


六十一分、五対一。


七十四分、六対一。


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ニコラスは走り続けていた。


ボールが来るたびに前を向き、DFと戦った。でもボールが来る回数が前半より減っていた。チームメイトがボールを持てなくなっていた。


八十一分、ニコラスがまたボールを受けた。


カウンターではなかった。ロングボールを体で収めた。DFが二枚来た。


一枚を振り切った。もう一枚が来た。


それでも打った。


枠を外れた。


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試合は六対一で終わった。


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ロッカールームは沈黙していた。


誰も話さなかった。シャワーの音だけがした。


ニコラスは着替えながら、今日の試合を頭の中でなぞった。


一ゴール取った。


でも試合は六対一で負けた。


プレミアのチームは、自分一人がゴールを取っても、どうにもならない水準で動いていた。チームとして、全員が同じビジョンを見ていた。ニコラスが一点返しても、また次の点を取りにきた。止まらなかった。


自分がいくら点を取っても、チームが同じ水準でなければ、試合にならない。


四部のチェスターフィールドとプレミアのエバートン。その差は、一人の選手がどれだけ頑張っても埋められるものではなかった。


その事実が、静かに、確実に、体に入ってきた。


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翌日の練習後、ゲイリーが声をかけた。


「昨日、どう思った」


「差がわかりました」


「どんな差だ」


ニコラスは少し間を置いた。


「俺が点を取っても、試合にならなかった。プレミアは一人で変えられない。チーム全体が同じ水準でないと、戦いにならない」


ゲイリーはしばらく黙っていた。


「それがわかったか」


「わかりました」


「お前は今、どこに行きたいと思ってる」


ニコラスは答えるまでに、一秒もかからなかった。


「プレミアです」


ゲイリーは頷いた。


「今日その言葉が聞けてよかった」と彼は言った。「シーズンが終わったら、また話をしよう」


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リーグ戦が再開した。


四部の相手と戦いながら、ニコラスはあの試合のことを時々思い返した。


六対一。一ゴール取った。でも試合にならなかった。


ゴールを決めることと試合に勝つことは、別のことだ。そしてチームが同じ水準でなければ、自分のゴールは勝ちに繋がらない。


プレミアに行く。


それは漠然とした思いではなくなっていた。


行かなければならない、という確信になっていた。


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