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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ2年目

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59/111

カラバオ――決勝


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一月の末、ウェンブリーだった。


バスの窓からスタジアムが見えた瞬間、ニコラスは少し目を細めた。


去年もここに来た。FAカップの準々決勝だった。あのときはマンチェスター・シティに負けた。スタジアムの大きさだけが残った。


今日は決勝だった。


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ロッカールームに入ると、エメリーが短く言った。


「今日、このクラブにとって今季最初のタイトルがかかっている。それだけだ」


それだけだった。


チームメイトたちの顔は静かだった。去年より落ち着いているように見えた。一年分の試合を一緒に戦ってきた顔だった。


ニコラスはユニフォームを着た。9番。


タイトルはなかった。チェスターフィールドで優勝した。コンヤで優勝した。ルガーノで優勝した。でもプレミアに来てからはまだなかった。去年の五月、ゾーイに「まだ取れていないものがある」と言った。グレースに「タイトルを取ったら旅行に連れていく」と言った。


今日がその日かもしれなかった。


-----


試合が始まった。


チェルシーは堅かった。守備の整備が行き届いていた。二トップへのパスコースを消してきた。ニコラスがボールを受けようとすると、すぐに二枚が寄ってきた。


十九分、ヴィラが先制した。


コーナーキックから、マルティネスが頭で合わせた。一対〇。


チェルシーが前に出てきた。ヴィラの最終ラインが下がった。ニコラスとワトキンスへのボールが減った。


三十八分、同点にされた。一対一。


ハーフタイム、エメリーが言った。


「チェルシーは二トップを警戒して中を固めている。サイドが空いている。使え」


-----


後半、ヴィラのサイドが動き始めた。


クロスが入った。ニコラスが競った。弾かれた。


ワトキンスがこぼれを押し込もうとした。GKに弾かれた。


六十三分、チェルシーが勝ち越した。一対二。


スタジアムの空気が変わった。チェルシーのサポーターの声が大きくなった。


ニコラスはセンターサークルに歩きながら、頭の中を整理した。


二十七分ある。一点取れば同点。もう一点で逆転。できる。


できる、という言葉が浮かんだのは初めてだった。去年だったら何も浮かばなかった。ただ走っていた。今日は言葉が浮かんだ。


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七十一分、ワトキンスが倒されてPKを得た。


ニコラスがボールを置いた。


スタジアムが静かになった。


助走をつけた。右上に蹴った。


入った。


二対二。


ワトキンスがニコラスの肩を叩いた。何も言わなかった。それでいかった。


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八十二分だった。


左サイドからクロスが上がった。ニコラスはエリア内に入っていた。DFが一枚ついていた。


ボールが来た。


DFを背負った。


ゴールが後ろにあった。見えなかった。でもわかった。


反転した。


DFが遅れた。


打った。


GKが動いた。間に合わなかった。


ネットが揺れた。


三対二。


ニコラスはゴール裏に向かって走った。サポーターが揺れていた。チームメイトが後ろから追いかけてきた。ワトキンスが最初に来た。それからキャシュが来た。マルティネスが来た。全員が来た。


ニコラスはその中心にいた。


押しつぶされそうだった。でも今日だけはそれでいいと思った。


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試合は三対二で終わった。


最後の笛が鳴った瞬間、ニコラスは動かなかった。


まわりがすぐに動いた。チームメイトが叫んでいた。エメリーがベンチで立ち上がっていた。スタジアムの紫のエリアが揺れていた。


ニコラスはピッチの上に立ったまま、少しだけ目を閉じた。


チェスターフィールドで優勝したとき、テリーが叫んでいた。コンヤで優勝したとき、エムレが泣いていた。ルガーノで優勝したとき、スタジアムが揺れていた。


どれも自分のためのものだった。


今日は違った。


七万人がここにいた。チームメイト全員がここにいた。一年間、同じピッチを走ってきた人間たちがここにいた。


自分一人のタイトルじゃない、と初めて思った。


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表彰式でトロフィーが運ばれてきた。


キャプテンのマルティネスが持ち上げた。テープが飛んだ。チームメイトが順番にトロフィーに触れた。


ニコラスの番が来た。


両手で持った。


重かった。


金属の重さだけではなかった。


ニコラスはトロフィーを持ったまま、少しだけグラウンドを見た。ウェンブリーの芝が、照明の下で緑に光っていた。


取れていないものが、一つ減った。


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ロッカールームに戻った。


ワトキンスが隣に来た。


「初めてか」


「そうだ」


「どうだった」


ニコラスは少し考えた。


「重かった」


ワトキンスは笑った。「俺もだ。プロになってからずっと取れなかった。やっと取れた」


ニコラスはそれを聞いた。


「まだある」とニコラスは言った。


「そうだな」とワトキンスは言った。「まだある」


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その夜、ニコラスはグレースに電話した。


「見てたか」


「見てた!」グレースの声が弾んでいた。「あの最後のゴール、すごかったわよ。反転して打つなんて、いつの間にそんなことできるようになったの」


「練習した」


「そう」グレースは少し笑った。「タイトル、取ったわね」


「一つだ」


「一つでも約束は約束よ」


ニコラスは少し間を置いた。


「リーグを取ったら行こう。今季終わったら」


「リーグも取るつもりなの」


「取る」


グレースはしばらく黙った。それから「じゃあ待ってる」と言った。


「待ってろ」


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