カラバオ――決勝
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一月の末、ウェンブリーだった。
バスの窓からスタジアムが見えた瞬間、ニコラスは少し目を細めた。
去年もここに来た。FAカップの準々決勝だった。あのときはマンチェスター・シティに負けた。スタジアムの大きさだけが残った。
今日は決勝だった。
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ロッカールームに入ると、エメリーが短く言った。
「今日、このクラブにとって今季最初のタイトルがかかっている。それだけだ」
それだけだった。
チームメイトたちの顔は静かだった。去年より落ち着いているように見えた。一年分の試合を一緒に戦ってきた顔だった。
ニコラスはユニフォームを着た。9番。
タイトルはなかった。チェスターフィールドで優勝した。コンヤで優勝した。ルガーノで優勝した。でもプレミアに来てからはまだなかった。去年の五月、ゾーイに「まだ取れていないものがある」と言った。グレースに「タイトルを取ったら旅行に連れていく」と言った。
今日がその日かもしれなかった。
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試合が始まった。
チェルシーは堅かった。守備の整備が行き届いていた。二トップへのパスコースを消してきた。ニコラスがボールを受けようとすると、すぐに二枚が寄ってきた。
十九分、ヴィラが先制した。
コーナーキックから、マルティネスが頭で合わせた。一対〇。
チェルシーが前に出てきた。ヴィラの最終ラインが下がった。ニコラスとワトキンスへのボールが減った。
三十八分、同点にされた。一対一。
ハーフタイム、エメリーが言った。
「チェルシーは二トップを警戒して中を固めている。サイドが空いている。使え」
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後半、ヴィラのサイドが動き始めた。
クロスが入った。ニコラスが競った。弾かれた。
ワトキンスがこぼれを押し込もうとした。GKに弾かれた。
六十三分、チェルシーが勝ち越した。一対二。
スタジアムの空気が変わった。チェルシーのサポーターの声が大きくなった。
ニコラスはセンターサークルに歩きながら、頭の中を整理した。
二十七分ある。一点取れば同点。もう一点で逆転。できる。
できる、という言葉が浮かんだのは初めてだった。去年だったら何も浮かばなかった。ただ走っていた。今日は言葉が浮かんだ。
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七十一分、ワトキンスが倒されてPKを得た。
ニコラスがボールを置いた。
スタジアムが静かになった。
助走をつけた。右上に蹴った。
入った。
二対二。
ワトキンスがニコラスの肩を叩いた。何も言わなかった。それでいかった。
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八十二分だった。
左サイドからクロスが上がった。ニコラスはエリア内に入っていた。DFが一枚ついていた。
ボールが来た。
DFを背負った。
ゴールが後ろにあった。見えなかった。でもわかった。
反転した。
DFが遅れた。
打った。
GKが動いた。間に合わなかった。
ネットが揺れた。
三対二。
ニコラスはゴール裏に向かって走った。サポーターが揺れていた。チームメイトが後ろから追いかけてきた。ワトキンスが最初に来た。それからキャシュが来た。マルティネスが来た。全員が来た。
ニコラスはその中心にいた。
押しつぶされそうだった。でも今日だけはそれでいいと思った。
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試合は三対二で終わった。
最後の笛が鳴った瞬間、ニコラスは動かなかった。
まわりがすぐに動いた。チームメイトが叫んでいた。エメリーがベンチで立ち上がっていた。スタジアムの紫のエリアが揺れていた。
ニコラスはピッチの上に立ったまま、少しだけ目を閉じた。
チェスターフィールドで優勝したとき、テリーが叫んでいた。コンヤで優勝したとき、エムレが泣いていた。ルガーノで優勝したとき、スタジアムが揺れていた。
どれも自分のためのものだった。
今日は違った。
七万人がここにいた。チームメイト全員がここにいた。一年間、同じピッチを走ってきた人間たちがここにいた。
自分一人のタイトルじゃない、と初めて思った。
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表彰式でトロフィーが運ばれてきた。
キャプテンのマルティネスが持ち上げた。テープが飛んだ。チームメイトが順番にトロフィーに触れた。
ニコラスの番が来た。
両手で持った。
重かった。
金属の重さだけではなかった。
ニコラスはトロフィーを持ったまま、少しだけグラウンドを見た。ウェンブリーの芝が、照明の下で緑に光っていた。
取れていないものが、一つ減った。
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ロッカールームに戻った。
ワトキンスが隣に来た。
「初めてか」
「そうだ」
「どうだった」
ニコラスは少し考えた。
「重かった」
ワトキンスは笑った。「俺もだ。プロになってからずっと取れなかった。やっと取れた」
ニコラスはそれを聞いた。
「まだある」とニコラスは言った。
「そうだな」とワトキンスは言った。「まだある」
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その夜、ニコラスはグレースに電話した。
「見てたか」
「見てた!」グレースの声が弾んでいた。「あの最後のゴール、すごかったわよ。反転して打つなんて、いつの間にそんなことできるようになったの」
「練習した」
「そう」グレースは少し笑った。「タイトル、取ったわね」
「一つだ」
「一つでも約束は約束よ」
ニコラスは少し間を置いた。
「リーグを取ったら行こう。今季終わったら」
「リーグも取るつもりなの」
「取る」
グレースはしばらく黙った。それから「じゃあ待ってる」と言った。
「待ってろ」
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