外側
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## チェスターフィールド、テリーの店
シーズンが終わった週、テリーはカウンターの奥でスマートフォンを見ていた。
店には昼時の客が何人かいた。チェスターフィールドFCの若い選手が二人、奥のテーブルでスープを食べていた。引退してから三年、テリーはこの店を続けていた。元チームメイトが顔を出すこともあった。現役の選手が練習後に寄ることもあった。そういう店だった。
画面にはBBCスポーツの記事があった。見出しは「ニコラス・ロメロ——プレミア初年度19ゴールの男は何者か」。
記事の冒頭にニコラスの写真があった。ヴィラのユニフォームを着て、ゴールを決めた直後に右手を上げている場面だった。
テリーはその写真をしばらく見た。
「うちの奥さんの飯、毎朝食ってたやつだぞ」とテリーは奥さんに言った。
「知ってる」と奥さんは言った。
「タッパー持って練習場に行ったら、もうグラウンドでボール蹴ってた。八時に行ったのに、あいつはもっと早くから来てた。毎朝そうだった」
「知ってるって」
テリーはスマートフォンを置いた。それから壁のユニフォームを見た。9番。額の中で、ユニフォームはそのまま動かなかった。
「すごいな」とテリーは言った。
奥さんは何も言わなかった。でも少し笑っていた。
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## BBCスポーツ、コメント欄
「16歳でサッカー始めてプレミア1年目に19点は冗談でしょ」
「チェスターフィールドってどこ?と思って調べたら人口10万の街だった。そこから3年でプレミア2位まで行くんか」
「インタビュー短すぎて草。でもなんか好き」
「タトゥーの意味いつか教えてくれって言ってたけど絶対教えないやつだろ」
「顔がいい。なんでこんな顔してるんだ」
「サッカー興味なかったけどニコラス・ロメロで興味持ち始めた」
「↑わかる。でも試合見たら普通にプレーもすごかった」
「ヴィラのサポーターだけど今季一番好きなシーンはあのオールド・トラッフォードの87分。あれは一生忘れない」
「プレミア初年度に19点以上取った選手リスト調べたら全員レジェンドで笑った」
「タトゥーと顔とあの無口さのギャップがずるい」
「このひと去年どこにいたの?」
「ルガーノ(スイス)。その前はコンヤ(トルコ)。その前はチェスターフィールド(イングランド4部)」
「え?4部から3年ででプレミア1年目2位?」
「各クラブでの成績調べてみた。チェスターフィールドで50ゴール(得点王・優勝)、コンヤで38ゴール(得点王・優勝)、ルガーノで74ゴール(得点王・優勝)。で、プレミア1年目19ゴール2位。どこ行っても点取るのに今季だけ得点王取れてないの笑う」
「ルガーノで74ゴールってスイスリーグのレベルがどうとかじゃなくて単純に狂ってる」
「プレミアはハーランドがいるからな。2点差か……来季次第では抜けるぞ」
「環境変わっても同じことやれるのが怖い。チェスターフィールド4部からCLでレアルに3点入れるまで何年だよ」
「CLで7点取ってるのも地味に触れられてなくて草。レアルに3点入れてるのに」
「声かけてくれた人がいた、って言い方がいいよな。誰かは絶対言わないつもりだろうけど」
「チェスターフィールドの知り合いって、アリスター・セント・クレアじゃないの。ヴィラ戦後のインタビューで自分が誘ったって言ってたじゃん」
「あーそれだ。完全一致」
「ニコラスは言わない、アリスターはもう言ってる、この非対称がいい」
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## マンチェスター、アリスターの自室
アリスターはベッドに寝転んで、スマートフォンでそのコメント欄を見ていた。
「このひと去年どこにいたの?」というコメントと、それに対する返信のやりとりを見た。
ルガーノ。コンヤ。チェスターフィールド。
インターネットはそこまで正確に答えていた。でもアリスターだけが知っていることがあった。
チェスターフィールドの前、ニコラスはサッカーをしていなかった。路地に立っていた。どこへも向かっていなかった。声をかけたのはアリスター自身だった。
アリスターはそれを読んで、少し天井を見た。
あの男が今、「プレミア初年度19ゴールの男」になっている。
アリスターは画面を閉じた。
来季、また対戦する。
自分も証明しなければ、とアリスターは思った。証明の仕方はニコラスとは違う。でもピッチで示すことは同じだ。
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## ヴィラパーク周辺の街
バーミンガムの街に、ヴィラの9番のユニフォームが増えた。
試合のある日だけではなく、オフシーズンの街角でも見かけるようになった。背番号9、名前はROMEROだった。
子供が着ていることが多かった。親が着ていることもあった。
ヴィラのサポーターではなかった人間が、ニコラスという選手を知って、ヴィラを見るようになった、という話がSNSに流れた。
「ニコラス・ロメロのせいでヴィラのサポーターになってしまった」という投稿が、リポストされ続けた。
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## チェスターフィールド
グレースは近所のスーパーで買い物をしていた。
レジの女性が「息子さん、すごいですね」と言った。
グレースは少し驚いた。
「息子さんですよね、ニコラス・ロメロ。テレビで見ました。チェスターフィールド出身って言ってましたから」
「そうです」とグレースは言った。
「あのインタビュー、見ました。ちょっと笑いました。短すぎて」
「そうでしょ」グレースも少し笑った。「あの子、昔からああいう感じなんです」
「プレミアでも変わらないんですね」
「変わらないですね」
グレースはレジを済ませて、袋を持って店を出た。
五月の空気が、少し温かかった。
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## ゾーイの仕事場
ゾーイは画面に向かっていた。
シーズン終了から一週間で、ニコラスの名前の検索量は七倍になっていた。BBCのインタビュー後の二日間で、さらに三倍になった。
内訳を見ると、サッカーファンからの流入だけではなかった。インタビューの動画が切り抜かれてSNSで広まっていた。短い回答、無口な佇まい、タトゥー。そこから入ってきた層が一定数いた。試合映像を見たことがない人間が、ニコラス・ロメロという名前を検索していた。
スポーツエージェントとして、これは扱いの難しい状況だった。
注目が集まっているとき、動けば大きく動ける。広告の話が来ていた。メディア露出の話が来ていた。複数の大きなブランドから接触があった。
でもニコラスという人間は、それを望んでいない。少なくとも今は。
ゾーイは画面を見ながら、少し考えた。
インタビューで「タトゥーの意味はいつか」と言ったとき、ニコラスは間を置かなかった。最初から「いつか」と決めていたような言い方だった。
「いつか」が来たとき、話す準備ができていれば——その瞬間に、この一年分の注目が全部意味を持つ。
ゾーイはメモを開いた。
来季終了後の想定スケジュールを書き始めた。
今はまだ早い。でも準備は今するものだ。
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