アリスター――五月
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## アリスター視点
シーズンが終わった。
マンチェスター・ユナイテッドは三位でシーズンを終えた。CL出場権は確保した。カップ戦は早い段階で敗退した。可もなく不可もない、という評価だった。
アリスター・セント・クレアは個人として、三十一試合に出場し、六ゴール十八アシストを記録した。メディアの評価は高かった。「ユナイテッドの心臓」「来季のキャプテン候補」「プレミアで最も成熟した二十歳」。
アリスターはそれを読んで、スマートフォンを置いた。
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六ゴール十八アシスト。
数字は良い。でも自分が納得できているかどうかは、別の話だった。
シーズンを通じて、アリスターには二つ、頭から離れない試合があった。
十月のヴィラ戦と、三月のヴィラ戦だ。
二試合とも、ニコラスに負けた。
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十月。ヴィラパークでのアウェイ。ニコラスが二点取った。
アリスターは試合後、ロッカールームでその試合のことを考えた。防げたかどうかではなく、自分が何をしたかを考えた。
チームとして戦術的に準備していた。ニコラスの動きのパターンは事前に分析していた。それでも二点取られた。
分析は正しかった。でも体の動きに分析が追いつかなかった。ニコラスの動きは、データで予測できる範囲を一歩超えたところにあった。
ニックはいつもそうだった、とアリスターは思った。チェスターフィールドで初めてボールを渡したとき、あの男はただ立っていた。ボールを受け取って、少し考えて、蹴った。うまくなかった。でもボールに向かうときの体の向き方が、普通の人間と違っていた。
あれから三年。
その体が、プレミアリーグで十九点取った。
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三月。オールド・トラッフォードでのホーム。
八十七分、失点した。
ニコラスが受けた。DFが一枚だった。もう一枚はロジャーズの動きに引きずられていた。
止められなかった。
試合後、通路でニコラスと話した。「あの八十七分、どこを見てた」と聞いた。ニコラスは「GKを見ていた」と答えた。「DFが詰めたから、GKが動けなかった」
体がそう判断したのか、とアリスターは聞いた。
「そうだと思う」とニコラスは言った。
そうだと思う。
確信ではなく、体が先に動いた結果だという意味だった。
アリスターは「俺には、それができない」と言った。正直な言葉だった。アリスターは頭で試合を読む。体より先に頭が動く。だから精度は高い。でもニコラスのような「体が知っている」という確信の種類には、一生なれないかもしれないとアリスターは思っていた。
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「期待の若手」
そのラベルについて、アリスターは正直に考えた。
嫌いではなかった。でも十分ではなかった。
二十歳。ユナイテッドのアカデミーから来た。期待されてきた。でも期待されることと、証明することは違う。今シーズン、六ゴール十八アシスト。それは証明か。
一方でニコラスは、三年前に初めてボールを蹴った男だ。
十六歳でサッカーを始めて、チェスターフィールドで三部に上がった。トルコへ渡った。スイスへ渡った。今年プレミアに来た。
その男が今シーズン、プレミアで二番目にゴールを取った。CLで七点。
アリスターが「期待の若手」である間に、ニコラスは証明してしまった。
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悔しいか、と自分に問いかけた。
悔しい、という感情は正確ではなかった。
もっと複雑なものが、胸の中にあった。
ニコラスがサッカーをやっていることに、アリスターは純粋に喜んでいた。あの日チェスターフィールドの街角で声をかけて良かった、と今でも思っている。本心だった。
でも同時に、追い越されたという事実があった。自分がアカデミーで磨いてきた年数より短い時間で、ニコラスは自分の先に行った。
それをどう処理すればいいかを、アリスターは五月になっても決めかねていた。
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ある日の夜、アリスターはスマートフォンの画面を開いた。
ニコラスとのメッセージ履歴だった。最後のやりとりは三月の試合直後、通路で話した後に短いメッセージを送ったものだった。
「次は負けない」
ニコラスからの返信は「来い」だった。
アリスターはそれを見た。
来い。
ニコラスはプレッシャーとして言ったのではない。ただ、来るなら来い、という意味だった。それが逆にアリスターには重かった。怒って迎え撃つよりも、静かに「来い」と言われる方が、やるべきことが明確になる。
来い、と言われた。
じゃあ行く。
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五月の終わり、アリスターはトレーニンググラウンドに一人で来た。
オフシーズンだった。誰もいなかった。
ボールを置いた。
アリスターは中盤の選手だった。ゴールを取るポジションではなかった。でも今日は、シュートの練習をすることにした。
なぜシュートをする必要があるのか、自分でもはっきりとはわかっていなかった。でも何かを変えなければ、と思った。来季もまた「期待の若手」で終わるのは嫌だった。チームの心臓でいることは好きだった。でもそれだけでは足りない。
心臓であると同時に、ゴールに向かう選手でなければならない。
FKの位置に立った。アリスターはFKが得意だった。時間をかけて壁とGKを見て、コースを頭で決めて、その通りに蹴る。今シーズンも2本決めた。精度には自信があった。
でも今日はFKの練習ではなかった。
エリアから十八メートルほど離れた位置に立った。ボールをその場に置かず、転がしてから走り込んで蹴る。動きながらのロングシュートだった。
一本目。右に外れた。
二本目。バーの上へ飛んだ。
三本目。GKのいない空のゴールに向けて、ようやく枠の中へ収まった。
FKで蹴るときと何が違うのかを考えた。FKは止まった状態から打つ。頭でコースを決めて、体に指示を出す。でも動きながら蹴るときは、体の向きとボールの位置と走速度が全部合わなければならない。頭で考える時間がない。
アリスターはその「時間がない」という部分が、まだ体に入っていなかった。
FKは静止した状態での精度だ。それは武器だが、試合中に同じ精度で動きながら蹴れるなら、もっと大きな武器になる。
FWがペナルティエリアの外にこぼしたボールを、中盤の選手が走り込んでロングシュートで叩く。相手GKが準備できていない一瞬を突く。
そういう場面がCLでもリーグでも何度かあった。
でもアリスターはそのたびに、コースを考えながら打って、精度が落ちた。
考える前に体が動けばいい。ニコラスのように。
でもニコラスの体の動かし方を真似しても意味がない。アリスターの強みは頭にある。頭の処理を速くして、体が追いつくようにする。それがアリスターのやり方だった。
十本打った。五本が枠に飛んだ。三本がGKのいる位置なら止められる高さと方向だった。二本は決まるコースだった。
来季、その二本を十本にする。
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その夜、アリスターはベッドで天井を見た。
来季。ニコラスはヴィラに残るだろう。また対戦する。今度は負けない、とアリスターは三月に言った。でも負けないために必要なことは、ニコラスを止めることではない。
自分が証明することだ。
「期待の若手」のラベルを、自分で剥がす。
誰かに剥がしてもらうのではなく、試合の数字として、タイトルとして、プレーとして、自分で上書きしていく。
ニコラスがそうしたように。
三年でそうしたように。
アリスターにはまだ時間がある。でも時間があることが保証ではない。ニコラスを見ていれば、それはわかる。時間は使い方次第で、三年が十年分になることもある。
来季。
証明する。
それだけを誓って、アリスターは目を閉じた。
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