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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ1年目

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47/110

五月


-----


シーズンが終わった。


最終節、ヴィラパークでのホーム最終戦に勝った。ニコラスが一点取った。スタジアムが揺れた。選手たちがピッチを一周した。


ヴィラは二位でシーズンを終えた。


リーグ優勝はアーセナル。勝ち点四差だった。


CLはベスト16。FAカップは準々決勝。


タイトルはなかった。


-----


チームが解散した翌日、ニコラスは一人でヴィラパークへ行った。


特に用事はなかった。


スタジアムは静かだった。昨日まで七万人がいた場所が、空だった。芝は踏まれていたが、まだ緑だった。


ニコラスはピッチへ降りた。


誰もいなかった。


ゴールを見た。


今シーズン、十九回このゴールにボールを入れた。CLで七回。FAカップで三回。合計二十九回。


でも取れなかったものがある。


ハーランドに届かなかった。アーセナルに届かなかった。レアルに届かなかった。シティに届かなかった。


届かなかったものの数の方が、届いたものより多い。


でもそれは来季まで持ち越しだ。


-----


ゴールに近づいた。


ポストに手を触れた。


冷たかった。


五月の空気はまだ少し肌寒かった。


ここでレアルと戦った。CLのピッチだった。あの夜、七万人がいた。ニコラスは三点取った。届かなかった。でも体はCLのスピードに追いついた。あの確認が、今シーズン一番必要だったことかもしれなかった。


-----


スタンドを見上げた。


空の七万席が、静かだった。


十二月、グレースが初めてここに来た。七万人の中で見えなかった。でもどこかにいた。


三月、二度目に来た。碧いスカーフが見えた。ゴールを決めて向いたとき、グレースが立っていた。


来季も来る、とグレースは言った。


エメリーは「十年を決める」と言った。体が動かなくなる日のために、今から頭を使えと言った。まだ十九歳だった。十年後のことを言われた。でも遠いとは思わなかった。


AKIは「CLは一人で変えられない場面がある」と言った。リバプールのCLで四本取られた夜に言った。あの言葉は今もどこかに残っている。


ワトキンスは「出番が来たときにちゃんとやる。それだけだ」と言った。同じポジションを争いながら、それだけを考えていた。怒りも諦めもない口調だった。


アリスターは「次は負けないから」と言った。二試合とも負けた後で、先に歩いていった。背筋がまっすぐだった。


マルティネスは「これが俺たちの今の実力だ」と言った。レアル戦が終わった後、静かにそう言った。今の実力。まだ伸びる、という意味でもあった。


-----


スタジアムを出た。


バーミンガムの五月の街が、午前中の光の中にあった。


去年の五月、ニコラスはルガーノにいた。ヨーロッパリーグの予選に出ていた。CLのことは夢ではなかったが、まだ手の届く場所にあるとは思っていなかった。


今年の五月、ヴィラパークを出ていく。


一年で、立っている場所が変わった。でも足りないものの数は減っていない。むしろ増えた。届きたいものが見えるようになったから、届いていないものの輪郭がはっきりした。


それでいい、とニコラスは思った。


見えない目標は追えない。見えているから、追える。


-----


グラウンドを出た。


バーミンガムの五月の街が、午前中の光の中にあった。


ニコラスは少し歩いた。


電話が来た。ゾーイからだった。


「シーズン終わりました」とゾーイは言った。


「そうだ」


「数字を整理しました。プレミアリーグ十九ゴール、CL七ゴール、FAカップ三ゴール。合計二十九ゴール。プレミアの得点王はハーランドで二十一点。ニコラスは二位でした」


十九点。ハーランドに二点差。


「来季は取る」


「ハーランドを抜くということですか」


「そうだ」


ゾーイは少し間を置いた。


「得点王だけじゃないですよね」


「リーグも取る。CLは決勝まで行く」


長い沈黙があった。


「全部ですね」とゾーイは言った。


「そうだ」


「わかりました」ゾーイは言った。「来季の契約、今週中に固めます。他クラブから問い合わせが来ていますが」


「ヴィラにいる」


「理由は」


「まだ取れていないものがある。このチームで取る」


「わかりました」ゾーイは少し笑った。気配でわかった。「一つだけ聞かせてください。今シーズン、何が一番良かったですか」


ニコラスは少し間を置いた。


「CLのピッチに立てた」


「ゴールじゃないんですね」


「ゴールは当然だ。CLに立てたことが、ルガーノのころには想像できなかった」


沈黙があった。


「来季、また当然になります」とゾーイは言った。


「そうなる」


電話が切れた。


-----


また少し歩いた。


別の電話が来た。グレースからだった。


「シーズン終わったわね」


「そうだ」


「来季はタイトル取りなさいよ」


「取る」


「それだけ?」


「それだけだ」


グレースは笑った。電話越しに聞こえた。


「わかった。待ってる」


電話が切れた。


ニコラスは歩き続けた。


バーミンガムの空が、少し青くなっていた。


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