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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ1年目

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46/109

終盤


-----


四月、アーセナルとのアウェイ戦の前日。


ニコラスはホテルの部屋で天井を見ていた。


エミレーツ・スタジアム。六万人。アーセナルはプレミア最長の連勝中だった。このまま勝ち続ければ優勝が見えてくる、とメディアは書いていた。逆に言えば——ヴィラがここで勝てば、首位に立つ。


ゾーイから来たメッセージを読み返した。


「現在リーグ十五ゴール。得点ランクは現時点で三位です。この試合、上位二チームが直接対決なので、他のチームとの差が縮まるタイミングでもあります」


ニコラスはスマートフォンを置いた。


得点ランクより、明日の試合に勝つことだけを考えていた。


-----


試合当日、エミレーツの空気はアンフィールドともオールド・トラッフォードとも違った。


整然としていた。スタジアムの設計が新しく、音の反響が均一だった。でもその均一さの中に、静かな圧があった。赤と白のスタンドが、ヴィラのアウェイ席を囲んでいた。


アップでピッチに出たとき、ニコラスはゴールを見た。


ここに二点入れる。それだけだった。


-----


試合が始まった。


アーセナルは速かった。連勝中のチームには独特の流れがある。自分たちのやり方が正しいという確信が、動きに出ていた。パスが速く、プレスが鋭く、ポジションの修正が早かった。


ニコラスは前線で動き続けた。マークが来た。外した。また来た。


二十四分、アーセナルが先制した。


サカが右サイドでボールを持った。キャッシュが出た。サカは止まらなかった。縦に一歩、横に一歩、それだけで体が入れ替わっていた。クロスが上がった。ヴィラのDFが競り負けた。ヘッドで合わせられた。


〇対一。


エミレーツが揺れた。


ニコラスはポジションへ戻りながら、サカの動きを頭の中で再生した。


止まった瞬間がなかった。常に次の動きへ向かっていた。判断が速いというより、判断と動作の間に隙間がない。AKIと似た種類の速さだった。でもAKIがスペースへ向かうなら、サカはマークの逆を突く。


取り返す。それだけだった。


-----


三十八分、ニコラスにボールが来た。


ペナルティエリアの外、右寄りだった。


DFが来た。


ターンした。逆を突いた。


エリアに入った。


シュートコースが開いた。


右足で蹴った。


低く、速く、ファーポストの内側へ。


入った。


一対一。


アウェイ席が声を上げた。ヴィラのベンチが立った。


ニコラスは右手を上げた。


同点だ。このまま勝てる。


-----


前半が一対一で終わった。


ロッカールームでエメリーが言った。


「後半、もう一点取れ。お前たちは今日、首位に立てる」


誰かが頷いた。ニコラスは静かに聞いていた。


首位。その言葉の重さより、後半四十五分のことだけを考えていた。


-----


後半、両チームが激しく動いた。


アーセナルが押した。マルティネスが二本止めた。


ヴィラが押した。ロジャーズが仕掛けた。ニコラスがポストプレーして落とした。サンチョのシュートがGKに弾かれた。


六十七分、ニコラスがまたボールを受けた。


ペナルティエリアの左端。難しい角度だった。


DFが一枚来た。


シュートするか、待つか。


一瞬だけ考えた。


シュートした。


巻いた。


ポストに当たった。


外れた。


スタンドがため息をついた。ニコラスは顔を上げた。惜しかった、とは思わなかった。


次だ。


-----


七十六分。


アーセナルが勝ち越した。


サカが縦に仕掛けた。ヴィラの守備が引きつけられた。逆サイドへ展開した。コーナーキックからの混戦。マルティネスが弾いたボールを押し込まれた。


二対一。


エミレーツが再び揺れた。


残り十四分。


ニコラスは息を吐いた。


取れる。まだ取れる。


-----


八十二分、オナナが前線へフィードした。


ニコラスが走った。DFと競り合いながら受けた。


ターンした。


エリアの外だった。距離があった。


GKが少し前に出ていた。


蹴った。


浮かせた。


GKが戻ろうとした。


届かなかった。


バーを叩いた。


入らなかった。


今日一番に惜しかった、とニコラスは思った。


-----


その後、ヴィラは押し込み続けた。


でも届かなかった。


試合は二対一でアーセナルが勝った。


-----


エミレーツを出た夜、バスの中でニコラスは窓の外を見ていた。


負けた。


アーセナルとの直接対決に負けた。


ゾーイからメッセージが来た。


「アーセナル、勝ち点七十九。ヴィラ、勝ち点七十五。ユナイテッド、勝ち点七十四。残り四節です」


差が開いた。


ニコラスはそれを読んで、スマートフォンを置いた。


終わったわけではない。でも険しくなった。


アリスターからメッセージが来た。


「今日の結果、見てた。バーは惜しかった」


テレビで見ていたのか。ニコラスは少し間を置いてから返した。


「次で取り返す」


「そっちが言うか」とアリスターは返した。


ニコラスは返信しなかった。


バスがロンドンの夜を走った。


-----


残り四節、ヴィラは三勝一敗だった。


アーセナルは四節を三勝一分で乗り切った。


最終節が終わった。


アーセナルが優勝した。


-----


最終節、ヴィラはホームでブレントフォードに二対〇で勝った。


ニコラスは二点取った。


リーグ十九ゴール。


試合後、スタジアムのモニターにアーセナルの試合結果が映った。


アーセナルの優勝が確定した瞬間、ヴィラパークに複雑な空気が漂った。自分たちも勝った。でも届かなかった。


エメリーが全員を集めた。


「残念だ。でも誇りを持て。今日まで三チームが競い合ったのは、お前たちがいたからだ。来季、また戦う」


誰かが頷いた。


ニコラスは着替えながら、一年間を頭の中に並べた。


バーミンガムに来た。適応した。点を取った。負けた。取り返した。また負けた。また取った。シーズンが終わった。


優勝はできなかった。


でも何かが、確かに変わった。自分の中に、プレミアというものが入ってきた。体が知った。


-----


ゾーイから確定の数字が来た。


「リーグ十九ゴール。得点ランク二位。ハーランドが二十一ゴールで得点王でした。プレミア1年目での十九ゴールは、クラブ史上最高の1年目記録です」


ニコラスはそれを読んだ。


二位。


ハーランドに届かなかった。あと二点だった。


でも、来季がある。


ゾーイに返信した。


「わかった」


それだけ送った。


しばらくして返信が来た。


「……それだけですか」


「来季取る」


少し間があった。


「それがあなたのリアクションですね」


「そうだ」


「わかりました。また来季も一緒に頑張りましょう」


-----


翌日、AKIからメッセージが来た。


```

@aki_kojima21:

お疲れ様でした!

19ゴール、すごいじゃないですか

リバプール戦で止めた俺が言うのも何ですが笑

来季はもっとやられそうで今から怖いです

```


ニコラスは少し考えてから返した。


```

@nicholas.romero9:

来季はもっと取る。

覚悟しておけ。

```


```

@aki_kojima21:

それはこっちのセリフですよ!!

来季もよろしくお願いします

```


ニコラスはスマートフォムを置いた。


「覚悟しておけ」と送ったことを、少し後から考えた。


自分がそういう言葉を送ることが、一年前にはなかった気がした。


何かが変わっている。少しずつ、確かに。


-----


アリスターからメッセージが来たのは、その夜だった。


「今シーズンお疲れ。来季も首位争いしよう」


ニコラスは少し間を置いてから返した。


「来季は優勝する」


「俺もだ」とアリスターは返した。「楽しみにしてる」


「楽しみ」という言葉が、少し自分の中に入ってきた気がした。


来季。また始まる。


-----


五月の終わり、ニコラスはチェスターフィールドへ帰った。


グレースの家に荷物を置いて、街を少し歩いた。


変わっていなかった。灰色の空、レンガの建物、狭い路地。チェスターフィールドは、ニコラスが出ていった日から何も変わっていなかった。


変わったのは自分だけだった。


テリーの店に顔を出した。


「ニック!」テリーが声を上げた。「来てくれたか」


「来た」


テリーの奥さんが奥から出てきた。壁を見ると、9番のヴィラのユニフォームが額に入って飾られていた。


ニコラスはそれを見た。


リビングの1番のユニフォームを思い出した。


9番と1番。


「見てたよ」とテリーが言った。「アーセナルに惜しかったな」


「来季取る」


「そうじゃなきゃな」テリーは笑った。「スコーン焼いてあるぞ。食っていけ」


バターと砂糖の匂いが漂ってきた。


ニコラスはカウンターに肘をついた。


バーミンガムとチェスターフィールド。プレミアとこの小さな街。


どちらも、自分の場所だった。


初めてそう思った。


-----


その夜、グレースと二人で夕食を食べた。


「どうだった」とグレースが聞いた。


「良かった」とニコラスは答えた。


「優勝できなかったけど」


「できなかった。でも良かった」


グレースはしばらくニコラスを見た。


「来季は優勝するの」


「する」


「根拠は」グレースは少し笑った。


「来季は俺が取る番だから」


グレースは何も言わなかった。でも目が細くなった。


窓の外は暗かった。チェスターフィールドの夜は静かだった。


ニコラスはスープを飲んだ。


温かかった。


ここから始まった。ここに戻ってくる。そしてまた出ていく。


それでいい、と思った。


-----

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